HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN!5
道標と王様とそれからね

作:coconeko


「さあさあ祭りだ!祭りだよ!泣く子も子鬼も出ておいで!」

 派手な化粧を施した道化師が、楽隊を引き連れて空に向かってビラをばら撒く。

 ざわざわと騒がしい大通りには、色とりどりの花びらが舞い、行き交う人々の頭上に降り注ぐ。

 石畳の上を子供たちが駆け回り、大人は路上に並んだ出店を覗き込んでは、品定めに忙しい。

「今日は王様のパレードがあるんだって!」

「明日は神殿で奉納祭があるらしいよ」

 壁に飾られた花々と、飛び交う笑い声。

 町は華やかな活気に満ちていた。

 そんな町の騒ぎとは一画離れた場所で、フェナンシェを頬張りながらお茶を飲み、ゆったりとした時間を楽しむ青年と老紳士の姿があった。

「皆、楽しそうだね」

「そうですな。久々の祭りですからな」

 眼鏡をかけた細身の青年と、老いてなお矍鑠とした老紳士は、一見穏やかに談笑している。

 大きな庭に囲まれた、堅牢そうな屋敷の一階にある、小さなこの部屋は、はるか昔にこの屋敷を建てた人物が、自分の友人にあてがったものだ。

 庭に面し、突き出したように広がるテラスの大窓は、そのまま扉にもなっていて、開け放てばゆったりと庭を眺める事が出来る。

 そのテラスを眺めながら、テーブルを挟んで向かい合わせに二人の会話は続く。

「貴方様の祭りだそうですよ?」

 紳士が、青年の顔を覗き込むように言った。

「うん。聞いた」

 紅茶の注がれたカップを見つめながら、青年はうなづく。

「うちの道楽好きが、せっかくだからと私の言う事も聴きませなんでな」

 老紳士が、ロマンスグレーの頭髪と同じ色の口髭をゆらし、深々と溜め息を吐いた。

「…誠に申し訳ありません」

「いや、君のせいじゃないし、どうせ僕、城に行かなきゃいけないし」

 にこりと微笑むその青年の笑顔が、心なしか恐ろしいものに見えるのは気のせいではないだろう。

「セインロズド復活祭とか、国王はよほど暇と見えるよね?」

 穏やかな表情、穏やかな声音で、青年は怒っている。

「返す言葉も見つかりませんな」

 老紳士はフェナンシェをつまんで、口の中に入れる前に、またひとつ、溜め息を吐いた。

「あ!二人して美味しそうなもの食べてる!」

 金髪をふわふわと揺らし、少女が庭に面したテラスから顔を出した。

「キャルが呼んでも来ないからでしょう?」

 先ほどまでの怒気をはらんだ雰囲気を消し去って、青年は自らがキャルと名を呼んだ少女を振り返る。

「何よ!?あたしだって色々見て歩きたいもの。セインのケチ!」

「ケチってねえ…」

 ガラスの扉を開けて、豪奢な金の髪を靡かせ、子供らしく頬を膨らませて室内に入り込む少女に、ケチと言われながら、青年の色素の薄い瞳は優しい色合いを映す。

 そんな二人のやり取りを、にこにこと見守る紳士は、おもむろに手を二度叩いた。

「お呼びでしょうか?」

 室内の扉を開けて、ピシリと姿勢正しく入室して来たのは、これまた見るからに紳士的な男性だった。

「こちらの小さなレディに、紅茶とお茶菓子を用意してくれるかね?」

「かしこまりました」

 礼儀正しく頭を下げ、ピシリと退室しようとする彼を、セインが呼びとめる。

「あ!アルフォード」

「何でしょうか?セイン様」

「僕も行っても良い?」

 席を立って、セインはアルフォードの傍へと駆け寄った。

「セイン様。それは、ご自分でお茶のご用意をされたい、という事でございましょうか?」

「うん!あ、コック長や君の邪魔になるのなら、無理にとは言わないのだけど」

 セインの言葉尻が段々小さくなって行く。そこで、アルフォードは眉をしかめた。

 今、自信が無さそうに目の前に立つこの人物は、自分の主の客である。客を厨房に立たせるなどもってのほかで。

「失礼ながら、これは執事の私の仕事でございますので…」

「あー、うん。そうだよね?ごめん」

 冷静に返されて、眉尻と一緒に肩をおとすセインに、アルフォードも眉尻を下げる。

「ふふふ、流石のアルも、セイン様には甘い様だね」

 笑いだす自分の主に、アルフォードが困ったように視線を向けた。

「ラオセナル様。笑い事ではありません」

「はは、すまなかったね。お前の困った顔なんて、ずいぶんと久しぶりに見せてもらったよ」

「あ!ご、ごめん!」

 主の言葉に、自分が困っていると気付いて慌てて頭を下げるセインに、アルフォードはさらに困り果てた。

 何せこの、遠路なく頭を下げるセインなる人物。自分の仕えるラオセナル・オズワルド伯爵の、遠い先祖に当たるオズワルド家初代当主、ローランド・オズワルド卿の所持していた剣であり、伝説のセインロズドだというのだから、簡単に頭を下げられて困るのは当然だった。

 アルフォードは仕方ないと諦めて、ひとつ、咳払いをする。

「分かりました。少しの間でよろしければ、ご見学されますか?」

 そのアルフォードの一言に、嬉しそうに笑う自分より背の高い、眼鏡の長身の青年は、これで何百年も存在し続けているというのだから、呆れるというか、感心する他ない。

 そして何より、その人柄に結局、主人の言う通り、この人物には特別甘くなってしまうのを、自覚せざるを得なかった。

「ありがとう!」

 満面の笑みで返されれば、悪い気はしないものだ。

 この素直な笑顔が、セインロズドという伝説の聖剣である事など通り越して、セインという青年の魅力なのだと思う。

「では、こちらでございます」

「うん!」

 案内しようと出ていくアルフォードの背を追いかけようとして、セインがくるりと振り向いた。

「キャル!良い子にして待っているんだよ?!」

 ぱたんと扉が閉じた後、、くすくすと笑う老紳士と、半分頬を膨らませ気味な少女の二人が眼を合わせた。

「どっちが良い子にしてなきゃいけないんだか、分からないわよね」

 毒づく少女に、ラオセナル卿は微笑んだ。

「そう言うものじゃないよ。セイン様は君をとても大切にしているようだからね」

「でもね?時々、セインなんか引っこ抜くんじゃなかったー!って、思うのよ?」

「ほう?それはどんな時だね」

 キャルは部屋に用意されていた水の張られたボウルで手を洗い、ラオセナルの隣の椅子によじ登って座ったものの、テーブルの上のお菓子にまで手が届かず、悪戦苦闘する。

 その彼女の手前まで、菓子皿を寄せてやりながら、卿は興味深々といった風だ。

「えーっと、そうね。断りもなく人を抱き上げて二階の窓から飛び降りてみた時とか、予想で動いちゃって、その予想が的中していなかったら二人とも多分この世からサヨナラしていたんだろうなって時とか、勝手に突っ走って大怪我された時とか」

 これだけ聞くと、いったい何をしているのかというような内容に、ラオセナルはうんうんと楽しそうに頷いて聞いている。

「なるほど?君も、セイン様が好きなんだね」

 唐突なラオセナルの物言いに、キャルは大きな眼を、さらに丸く大きく見開いた。

「は?」

「おや。好きじゃないのかい?私は、セイン様の事は好きだがねえ」

 大袈裟に首をかしげるラオセナル卿に、キャルはぱっと頬を染めた。

「ああ、そういうことなら、まあ、好き、とも言えなくも、無いわね、うん」

 眼が泳ぐ幼い少女の、もごもごとした喋り方に、ラオセナルは笑みを深める。

「今回は、長くいられるのかい?」

「それは、分からないわ。セイン次第…、っていうより、王様次第だわね」

「でも、海賊たちはもう、海へ帰ったのだろう?」

「それがそうでもないらしいのよねー。何せほら、ギャンギャンとあの王様だもの」

「ああ、まあねえ。それは否定できないねえ」

 二人は同時に、腕を組んで眉をしかめた。

 キャルとセインは旅の途中だったのだが、国王から戻って来いと要請を受けた。普段の二人なら、そんな命令は国王だろうが無視してしまうのだが、知り合いの海賊船の、仲の良いコック長が「仲間を助けてやってくれ」というので、仕方なく首都であり王都であるこの町に、戻ってきていた。

 泣く子も黙る海賊王ギャンガルド。

 彼の船を捕まえて、国王が脅したと言うのだから立派なもので。

「もう、セイン様からお話を聞いた時には、倒れるかと思ったよ。そんな風に育てた覚えはないんだがね。教育係としては、情けなくて仕方がないよ」

「おじいちゃんが国王の教育係だったっていうのは聞いているわ。でも、王様がギャンガルド並みに好奇心旺盛で、なんでかあのギャンガルドと仲が良くなっちゃったっていうのは、別におじいちゃんのせいじゃないもの」

 確かに、自分の船をたまたま襲った海賊と意気投合して結託し、セインを王城に呼び戻さなければ、海賊王の乗組員全員と、海賊船そのものを国王の所有物とし、命の保証はしない、などという交換条件を出した国王の思いつきと、それを面白がって承諾してしまう海賊王のノリの良さに、この老紳士は関わってはいない。  

 キャルはセインの分にと、小皿に分けられていたフェナンシェを頬張った。

「おいしい!」

「はは。それは良かった。今、セイン様とアルフォードが、追加を持ってくると思うよ」

 喜ぶキャルに、ラオセナルも頬を緩める。

「しかし、セイン様には申し訳なくてね」

「あら。大丈夫よ」

「どうしてだね?」

「だって、セインだもの。何とかするわ」

 きっぱりと断言する少女に、少し驚きつつも、笑ってしまう。

「セイン様を引き抜いたのが君で、良かったと思うよ」

 しみじみと、小さく呟いたものだから聞こえなかったらしい。

「え?何?」

 きょとんとする、少女の少女らしい仕草に、また頬が緩む。

「そうだね。セイン様が君に封印を解かれて、一緒に旅に出た後も、こうしてこの館に立ち寄ってもらえるのが嬉しくてね」

「どうして?ここはセインのおうちじゃないの?」

「おや。セイン様がそう言ったのかい?」

「セインはそういう事は言わないわ。でも、ここのお屋敷はセインの前のパートナーの建てたおうちで、セインはこおうちの庭に封印されていたわけでしょ?」

 オズワルド家の庭の一角にある岩に、突き刺さったまま朽ち果てて、ボロボロになっていたセインロズドは、一見腐った鉄の棒にしか見えなかった。しかし、不思議な事に、どんな力自慢が引き抜こうとしても、崩れる事もなく、もちろん抜ける事もなく、ただ岩に突き刺さっていた。

その、誰も引き抜けなかった聖剣を、ちょっとしたきっかけでキャルが簡単に引き抜いてしまい、セインロズドの中に眠るセインを目覚めさせたのは、結構最近だ。

 その際に、セインロズドの最後の持ち主だったローランド・オズワルドの子孫であるラオセナルと知り合う事となり、こうして交流は今も続いている。

「セインだって、王都に来て真っ先に、このお屋敷に来たわ」

「それは嬉しいね。ほんとうに、この家はあの方の家なのだから、遠慮なく来ていただきね」

「言っとくわ。セインったら、変に律儀だから、ここにも、帰って来た、っていうより、懐かしい友達のおうちにお邪魔しに来た、っていう感じなんだもの」

 ラオセナルが、頬杖を突く少女の頬をつん、と突つく。

「キャル、私は君にも言っているのだがね」

「え?」

「セイン様の現所有者である君は、言ってみれば我が一族には家族も同然なのだよ」

「え?でも、それは違うと思うわ。わたしは、だって」

 おろおろする少女の頭を、老紳士は優しく撫でる。

「私も、孫が増えたみたいで嬉しくてね。だめかい?」

 悲しそうに言われてしまっては、キャルもどうしたらよいか分からず、しばらく口をパクパクさせていたが、やがで耳まで真っ赤になると、小さく頷いた。

「よかった。嬉しいよ」

 ラオセナルは、またキャルの頭を撫でた。

「失礼します」

 ノックと共に、扉の向こうからこの家の執事の声が聞こえた。



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