「んー、・・・あさ?」

  カーテンの隙間から差し込む光に、重い瞼を持ちあげて、キャルは上体を起こしてベッドから背中を無理やり引き剥がすと、しばしぼーっとして、頭の中身が覚醒するのを、ゆっくりと待った。

「・・・・・・あれ?」

 頭がはっきりして来ると、とある異変に気づく。 なんとなく、いつもより目線が高い気がする。

 ふと、自分の手を持ち上げて、目の前まで持って来てみる。

「?」

 眉間に皺を作り、首をかしげた。

 指が骨張って、なんだかやたら長いような気がする。それに。

「寝巻がきついわね・・・」

 普段は手首を超える寝巻の長袖が、何故か七分袖くらいに短い。

 目線を下に向ければ、ふくよかな丘が二つ、自分の胸にくっついている。

「・・・・・・」

 状況が把握できず、とりあえずぺたぺたと、体のあちこちを触ってみた。

「・・・大きい?なんか・・・全体的に?」

 がばりと飛び起きて、宿の部屋に備え付けてあった姿身を覗き込めば、そこには見覚えのあるようで、見た事もない女性が立っていた。

 ふわふわの金髪は寝癖でところどころはね、大きな青い瞳に、大きな胸。くびれた腰と、すらりと伸びやかな手足。

 でも着ている物は昨夜寝着く前にキャルが着替えた寝巻そのままで、体格には合わなさ過ぎてぱっつんぱっつんだ。

 しかもこの女、キャルが動いたとおりに鏡の中で動く。

 と、いうことは。

「きゃああああ!!!」

 思わず歓喜の声を上げて飛び上がったキャルは、ぐるりと勢いのまま振り向いて、自分の旅のお供が寝ている筈のベッドへ走ってダイビングした。

 ぼす!という柔らかな音とともに、

「ぐえっ!」

 という苦しげな声が聞こえたけれども、気にしない。

「セインセインセイン!見てコレあたし大きくなっちゃった!」

 お供は全身すっぽりと毛布にくるまってしまっていて、キャルはどのあたりが彼の体の何処なのかもわからないままべしべしと叩いてから、ふと違和感に気付く。

「セインってば、面積が少ない?」

 自分が大きくなった分、相手を小さく感じるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。改めて見下ろしてみるが、セインが隠れているであろう毛布の下の膨らみが、ベッドに対して小さい様に思える。

「まさかっ!?」

 本人の許可も取らずに、勢い良く毛布をはいだ。

「何なの、キャル?僕まだ眠いんだけど」

 ベッドの上で丸まって、眼を擦りながらこちらを睨むのは、小さな子供で。

「きゃーっ!!」

 思わず抱きついた。

「セインってばちっちゃい!!」

「へ?え?なに?どうしたの?!」

 普段と違って、子供特有のトーンの高い声。

 状況がつかめずに、慌てふためいてバタバタする小さな体を、思い切り抱きしめた。

 長身で細身のセインは子供になっても細くて、すっぽりとキャルの腕の中に納まってしまう。

 おまけに、背丈があった分、着ていたセインの寝巻はだぼだぼで、キャルが抱き上げた途端にズボンはずるりと落ちてしまうし、上着だけでもロングのワンピースを着ているような状態で、袖から手が出せないものだから、どんなに暴れてもガッシリ捕まえるキャルの腕から逃げられず。

「きゃー!かわいい!!」

 などとはしゃぐキャルに、されるがままだ。

「ちょ、ま、まって、待ってってば!キャル!」

  密着されたセインは顔を真っ赤にした。 当たるのだ。さっきから。

  大きな胸が。

「どーお?あたしおっきくなったわよ?」

 嬉しそうに胸を張るキャルは、立派な大人の女性になっていて、出るとこは出、凹むところは凹んで、とてもグラマラスだ。

 短くなった寝巻から、ほっそりした腰とおへそが丸出しになってしまっている。 しかし中身はいつものキャルで、 「結構巨乳よね」 などと自分の大きな胸を持ち上げたりしている。

「おおおお、おんなのこがきょにゅーとかいっちゃいけませんっ!」

 わたわたと慌てるセインをよそに、キャルはとても満足気だ。

「っていうか、キャルってばいったい何を願ったの?!」

「えー?んー。セインの見た目くらいの年齢になったらどうなるかなーとか、逆にセインがあたしくらいの子供になったらどうなるかなーとか、思ったくらいなんだけど」

  事の次第としては、中に入り込んだ人間の願いを一つ、一日の間だけ叶えてくれるという幻の森に入り込んでしまった所から始まる。

  もちろん、二人とも噂を聞いて訪れはしたものの、何せ幻の森。そうそう簡単に見つかるものとも思っておらず、そもそも存在さえ疑ってかかっていたのだが、何故か辿りついてしまった。

  噂のある村から、近くの森の中へ入りこみ、道に迷った所で急に虹色に輝く霧に見舞われた。立ち往生したものの、聞いた噂話と全く同じ状況で、件の幻の森に迷い込んだ事に気が付いた。 ところが、霧が晴れても二人に変化はなく、やはり噂は噂に過ぎないと、結局村に戻って宿を取ったのに。

  「はは、まさか、本当だったなんてね」

 セインはベッドの上で、がっくりとうなだれた。

「あら。良いじゃない。世の中不思議だらけだってどっかの誰かさんも言ってたわ」

「君が海賊王の言葉を使うなんて」

「ふふーん。何とでもおっしゃい!今のセインなんか、こうなんだから!」

 こちょこちょとくすぐられて、小さくなった体を転がしながら、止まらない笑いに腹を抱える。

「ちょ、んっ、あは、あはははは、や、やめ、ふひっ!うはははははっ!キャルってば!ひゃははははははは!ま、くるしっ、ちょ!」

「へへーん。まいったか!」

 ころころとベッドを転がってキャルの手から逃れようとするものの、すぐに引き戻される。そのうちまた抱きあげられて、頬にキスされた。

 非常に嬉しそうな彼女とは逆に、セインはゼイゼイと肩で息をする状態だ。

「とりあえず、お互いに服を着替えようよ」

 しかし、手持ちの自分の服はそれぞれに、セインはだぼだぼで動き難く、キャルはぴちぴちで動き難い。

 と、いうことで。

「・・・キャル、君、ズボンなんて持っていたっけ?」

「セインだって、スカート持ってないでしょ?」

 お互いの服を貸しあうという事になったものの、色々と妥協せざるを得ないらしい。

 キャルはセインのシャツに袖を通し、大判のストールを取り出すと、くるりと腰に巻いて留め、巻きスカートにしてしまう。さらに、その上からベストを羽織って首元にリボンを結んでリボンタイにする。大人になったキャルでも、セインのシャツは大きかったが、気にしないらしい。

 対してセインは、短パンを何とか見つけ出して履いてみる。出来れば普通のシャツかブラウスが良かったのに、キャルが黒のセーラーを引っ張り出してにこにこと差し出したので、断れずに着る事にした。

 またくすぐられるのは嫌だった。

 笑いすぎるのは、案外拷問に近いものがある。

「さて、準備は良いわね?ご飯に行くわよ」

「うええ」

 顔を洗って鞄を整理して、当然の如く、朝は朝ご飯を食べねばならず。キャルは元気に宿を跳び出した。

 小さくなったり大きくなったりしたものだから、出遅れて少し遅めの朝の街並みを、機嫌良くキャルは進む。

 足が長くなった分歩が進み、いつもより高い目線は新鮮で、遠くの物まで見渡せる。

「ふふ、いつもより偉くなった気分がするわ。セインはいっつもこんな高い所から景色を見ているのね?」

 同意を求めてくるりと振り向けば、そのセインが居ない。

「・・・あら?」

 見れば、遠くで人の波に押されて一生懸命走って来るセインの姿が見えた。

「キャルってば!待ってよ!」

「あらー?」

 いつもは一緒に歩いている筈のセインが、後ろで取り残されていたらしい。

 追いつくのを待って、また歩き出す。

 パン屋か朝食を出してくれるカフェを見つけなければ、先ほどからお腹がすいて仕方がない。

 で、あまり気にしなかったのだけれど。

 ちょくちょくセインが遅れるので、キャルはちらりと様子を窺い見た。

 キャルは普通に歩いているつもりなのに、セインはほぼ走っているような状態だ。

「・・・」

 無言で、歩調を緩めると、セインがホッとしたような顔になる。

 普段は気付かなかったけれど、セインはいつも、キャルの隣を歩いていた。それは、子供のキャルの歩く速さに、セインが合わせてくれていたのだと気付く。

 何も言わずに、出会ったころからそうだった。

 そういえば、セインに抱えられて移動するときは、いつもとても速かった気がする。

「ねえ、セイン」

「え?」

 急に声をかけられたセインが、キャルを見上げるのも待たずに、彼女はセインを抱えあげる。

「セインに合わせてたら、日が暮れるわ」

「え?え?」

 状況がつかめないでいるセインを抱っこして、キャルは上機嫌で歩き出す。

「え?ちょ、キャル?」

「この方が速いでしょ?」

「い、いや、そうだけど、でも、えっと」

 セインの顔がどんどん赤くなる。

「どうしたの?」

「は、恥ずかしいんだけど・・・」

 ぼそりと呟くと、俯いてしまった。

「なんで?」

「なんでって、僕幾つだと思ってるの?いい年して抱っことか、恥ずかしいでしょ?」

「なーんだ、そんなの気にする事ないわよ!だって、今のセインはどっからどう見たってお子様よ」

 ちらりと見上げて来るセインに、キャルは笑った。

「そ、そうなんだけどね?」

 また俯いてしまったセインの頭をぐりぐり撫でる。

 いつもはセインに抱っこされるのに、今日は自分が彼を抱きかかえているのが嬉しくて、キャルはセインをずっと抱えていたかった。

「あの、僕、重いと思うんだ」

 セインがまた呟いた。

 子供とはいえ体重はちゃんとある。 キャルは意地でもセインを下ろさなかったが、良さそうなカフェを見つけた時には、セインを抱えていた腕がもげるんじゃないかと思うくらいにピリピリしていた。

「うー、腕痛ーい」

「だから言ったじゃないか。僕は嫌だって言ったのに」

 運ばれて来た生ハムと野菜に卵のサンドウィッチを口にしながら、キャルはテーブルの上に両手を伸ばして突っ伏した。

「お行儀が悪いよ?」

「だあって、痛いんだもん」

  ぷう、と頬を膨らませる。

「もう、しょうがないなあ」

 キャルの口のまわりに付いたソースをぬぐってやりながら、セインはくすくすと笑う。

 そんなセインの顔を見ながら、キャルはセインの頬を撫でた。

「どうしたの?」

「ん。別に?」

「?・・・変なキャル。ほら。スープが冷めちゃうよ」

 そう言って、スープを差し出される。

 普段から、気にもしていなかった事が、とても大切なことだったのだと、大人の体になって分かる。

「セインはさ」

「うん?」

「やっぱり、お人好しよねー」

「は?どうしてここでそんな事言われなきゃなんないのさ」

「ふふ。いいの。あたしの独り言だもーん」

「人に面と向かって言うのは独り言とは言いません」

 眉間に皺を寄せるセインの顔に、今は眼鏡はかかっていない。愛用の眼鏡は大人用で、今のセインには大きすぎるから、宿屋に置いて来た。

 普段は眼鏡越しに見るセインの眼を、じっと見つめる。間に眼鏡が無いだけで、ずいぶんと違う。それとも、今は見た目の年齢が逆転しているから、そんな風に見えるのだろうか。

 今日は色々と分かった事がある。 いつも、キャルの歩調に合わせてゆっくり歩いてくれていた事。キャルが疲れたら抱き上げてくれるのも、実は結構大変らしい事。 そんな事毎に、何にも言わず、笑顔をくれていたという事。 それから、高い所に視野があるだけで、世界はとても広いという事。今のキャルが見るその世界より、さらに広い世界をセインは見ているのだという事。

 そうしていつの間にか、彼の傍にいると安心しきっている自分にも、気が付いた。

「たまには、あたしだって大きくなってみたりしたいじゃない?」

 小さく、呟いた。

「ん?何か言った?」

「言ったわ。セインばっかりずるいって言ったわ」

「どうして?」

 口を尖らせるキャルに、セインは困った顔をした。

 小さいセインのそんな顔も可愛いな、などと思いつつ、そのぷくぷくした頬っぺたを引っ張った。

「いひゃいいひゃい!ひゃひひゅひゅひょ!」

 暴れるセインから手を離せば、頬は真っ赤になっていて、セインは涙目だ。

「セインばっかり大きくて、ずるいって言ったのよ」

「ええ?今、僕の方が小さいのに?!」

 酷いよと嘆くセインをよそに、キャルはデザートに取り掛かる。

「あたしは子供で、セインは大人で、どうしたって届かないっていうのが悔しいのよね」

 いつだって、無意識のうちに甘えてて、でもそれを嫌とも言わずに包み込んでくれるセインに、キャルは勝てないと思う。それが、無性に悔しかった。

「何言ってるの。僕は大人で君は子供だけど、僕は沢山いろんなものを君からもらっているよ?」

「ほら。そーゆーところがね。悔しいのよね」

「えー?」

 さらに困った顔をして、セインはマグカップに入ったホットミルクを口にする。

「見てなさい!セインよりもビッグな大人の女になるわ!」

 意気込みも新たに、キャルは満足そうに頷いた。

 大事な人を、二度と失わないように。 目の前の人を、守れるくらいに強くなる。

 セインみたいに。

  当のセインは、何が何だか分からずに首をかしげている。

 それを見て、キャルはにやりと笑った。

「もういっそのこと、このまんまで良いのに!」

「ひゃあああ!!」

 がばりとセインを抱きしめた。

 そのまま押し倒すものだから、セインは椅子ごと地面に落下した。

 ごつ!

 良い音がした。

「君が作ったタンコブなんだけどっ!?」

「あはははははははは!ごめんごめん!あはははははははは!く、くるしっ!」

  一瞬気を失うほど、朝から大きなタンコブを作ったセインは結局、翌朝体が元の大きさに戻ってもタンコブはそのままで、キャルに大笑いされた。

 計らずも、体が小さくなったときに全身くすぐられた仕返しにはなったらしい。



夜中様からのリクエストで「主人公二人の年齢逆転」でしたー。
どう逆転させようか迷ったんですが、こうゆうのも楽しいかなと。
キャルはおっきくなったらナイスバディになるんです(笑)
リクエストありがとうございましたーヽ(*´▽`)ノ


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