「ちょっと!どういう事よコレ!?」

 鞘職人の前で、小さな少女が背の高い眼鏡の青年に食ってかかっている。

「どういう事って、見ての通りなんだけど・・・」

 しゅんと肩を落とし、眼鏡の青年は手にした剣を、たった今壊れたばかりの鞘から引き抜く。

 刀身が全て引き抜かれると、鞘はカランと乾いた音を立てて床に転がった。

「・・・・・・・・」

 この鞘をつくった職人は、真っ二つに裂かれた新品の鞘を、ぽかんと見降ろす。

「だから言ったじゃない。コイツに鞘をあてがった所で、使い物にならないって」

 へにょりと眉を下げて、青年は職人の肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。

「あの。大丈夫ですか?」

「ハッ!」

 声を掛けられて、丸顔の職人がびくりと背を伸ばした。

「うえ、な、何でこりゃ、ええ?!」

 まだ混乱しているようだ。

「ちょっと!適当なの作ったわけじゃないでしょうね?」

「なんだって?!そんなわけあるか!俺はこの町一番の鞘職人だぜ!仕事にゃ誇り持ってるんだ!いくら子供だからって、適当な事言うってんなら、承知しねえぞ!」

 怒鳴る少女に怒鳴り返したものの、町一番の鞘職人はへたりと座り込み、たった今二つに分かれてしまった新作を手に取った。

「何だってんだ。こりゃ」

 見れば、綺麗な切り口で二つに割れてしまっていた。

 そう、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたような。

「兄ちゃん、その剣、どうなってんだ?」

「あー。ねえ?」

 曖昧に笑って、眼鏡の青年はポリ、と頬を掻く。

「・・・分かった。俺も男だ、職人だ。うちにあるヤツ、全部試してやる」

 目の前の少女から依頼を受け、精魂こめて作った鞘が、あっさりと使い物にならなくなったのはどう考えても納得できない。

「それ、貸しな!」

「あ、いや、でも。止めた方が良いかと思うよ?」

「いいから!」

 青年の手から剣を奪うと、壁に掛けてある物から工房の奥にある物まで、片っぱしから鞘の中に剣を納めて行く。

 しかし自慢の鞘は、次々と使い物にならなくなった。

「なんなんだ・・・」

「だから言ったのに」

 呆然と、目の前に山積みにされた鞘の残骸を見詰める職人に、申し訳なさそうに青年が呟いた。

「も、もしかして、お前さんたちか?」

「は?」

「この辺の鞘職人工房を荒らし回ってるっていう二人組ってのは」

「はあ?!」

 ぽつりぽつりと、独り事の様にささやかれた言葉に、青年も少女も、頓狂な声をあげた。

「なによそれ!天下のキャロット・ガルム様が、そんなことするわけないでしょう!?」

 少女がいきり立つ。

「あ、でも、そう思われても仕方ないか、ナ?」

 どか!

「あぎゃ!」

 足を踏まれて、青年が飛びあがった。

「痛いよキャル!」

「セインが馬鹿な事言うからでしょう!」

 青年と少女の漫才を横目に、丸顔の鞘職人は、丸い顔を真っ赤にして、キャルを指差した。

「きゃ、キャロット・ガルムだと?!」

「なによ?!」

「人を指さしちゃいけないよ?」

 ギッと睨まれるのと、のんびり注意されるのとは同時だった。

 ちょっと自分も漫才に混ぜてもらったような気になりつつ、ゆでダコの様になった職人は、ごくりと息を飲み込んだ。

「キャロット・ガルムっつったらおめえ、え?ええー?!」

「要領を得ないわね」

 尻もちをついた所を、仁王立ちに腕組みをして睨み下ろされる。

「黄金の血薔薇?」

 振るえる唇で、名の通ったガンレディの二つ名を口にすれば、

「ゴールデン・ブラッディ・ローズっていうのは、キャルの通り名だよ」

 そのキャロット・ガルムに、セインと呼ばれた青年が、きょとんと肯定した。

「うっそだあ!」

 ごいん!

 間髪置かずに頭に拳骨が落ちた。

「・・・いだい」

「痛いようにしてるのよ」

 頭を抱えて蹲る。

 ごそごそと、自称キャロット・ガルムがスカートのポケットから何かをぴらりと取り出し、こちらに差し出したので受け取って見てみる。

「・・・・・」

 それは、まぎれもないハンター・パスだった。

「納得した?」

 職人は、パスと少女の顔を何度も見直して、大きくもない眼を、これでもかと大きく見開いたまま、プルプルと震える手で、パスを少女の手に戻した。

「これまた失礼いたしました!」

 床に頭を擦りつけて詫びる。

「分かればいいのよ。分かれば」

 ハンター・パスには、彼女が自称ではなく本物のキャロット・ガルムであると明記されており、キャロット・ガルムといえば、容赦ない銃の腕前で有名なヘッド・ハンターだ。

 怒らせたら、命が危ない。

「でもさ、この界隈の鍛冶職人さんや鞘職人さんの工房は回っちゃって、ここが最後だったでしょ?キャルもいい加減、鞘の事は諦めなよ」

「あたしに抜き身の剣持って歩けって言うの?!」

「だからさ、僕が仕舞ってしまえば良いんだから、そんなに鞘に拘らなくたっていいじゃない?」

「セインが仕舞えない時にどうしたらいいのよ?」

「いや、だから、それはさ。僕が僕のままでいたら良いわけだしさ」

「それが出来ない事態に陥ったから、こうしてそのやたらめったら切れ味凄過ぎで傍迷惑な剣の鞘探ししてるんじゃないの!」

「傍迷惑・・・。そうか。傍迷惑か・・・」

 セインという青年が、何だか思いっきり凹んだのが、哀愁漂う背中から理解出来た。

「あの、ごめんね?売り物みんな駄目にしちゃって」

 ぺこりと彼が頭を下げ、まだぎゃんぎゃんと納得できずに抗議の声をあげるキャロット・ガルムの背中を押しながら、ちりん、と工房のドアに取り付けてある鈴を鳴らして出ていった。

「な、なんだったんだ?」

 色々な意味を込め、丸顔をツルリと撫でた職人は、自分の工房を見渡して、深々と溜め息をついた。

 あとには、山と積まれた、役に立たなくなった自分の作品が残されるばかりだった。

「ああ、この仕事、引き受けるんじゃなかったなあ」

 ぽつりとそんな事を呟いてみるも、覆水盆に返らず。時すでに遅し。

「ありゃ、切れ味が良いってレベルじゃねえよ」

 触れるだけでするりと切れる。

 あんな剣なぞ、見た事が無かった。

 その剣が、かの伝説の聖剣、大賢者 セインロズドであることなど、彼は知らないので当然であるが。

「ほら、ね?どんな鞘を誂えたって、切っちゃうんだもの。無理なんだよ」

「もう!どうしろっていうのよ!」

「だから、今まで通り、僕が鞘でいいじゃない」

「良くない!」

 鍛冶刀で有名なこの街中の鞘職人の工房を、手当たり次第訊ねては、注文を繰り返し、果ては全ての鞘を壊してしまう二人組が居ると噂が立ったのはつい最近の事。

 しばらくして、使える鞘が一つも無くなってしまったこの町は、職人たちの涙交じりの雄たけびが響いた。

 悔し紛れに頑張った職人たちが、さらに質の良い剣と鞘を作りあげるようになり、この町の剣は、各国から王侯貴族はもとより、名のある剣士や騎士の憧れの的となるのは、後の話。



こたつむさんからのリクエスト、「セインロズドの鞘にまつわる話」でしたー。
まさか鞘問題でリクエストされるなんて思ってもみなかったのでwww油断したwww
でも、まあ、こういうわけなんです。
だから、セインは鞘のまんまなんですね。一心同体です。ま、満足していただけましたでしょうか?
リクエストありがとうございましたーヽ(*´▽`)ノ


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