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「・・・っだコリャー?!!!」
昨夜、勝手に見つけて勝手に使わせてもらっている廃屋の一室で、甲高い悲鳴が響いた。
「何―?うるさいわよセイン」
眼を擦り、起き上って隣のベッドを睨む。
睨んだまま、眼をすがめ、ごしごしと何度か眼を擦って、隣の小さくぷるぷる振るえる少女の全身を何度も確認する。
確認して。
「な、な、な、何よコレ!?」
長身を伸ばして、男も飛びあがった。
そこでちょうど、ガチャリと部屋のドアが開いた。
「あー、起きた?」
呑気な声で入室したのはグラマラスなボディの豊かな黒髪を持つ美女だ。
「ああら。やっぱりギャンガルドの中にキャルちゃんが入っちゃってるみたいだね」
続いて、長身の色素の薄い青年が、若干おネエ言葉でひょいと覗き込む。
「おれっちだけ何ともないんすよねー」
続いて、禿げ頭。
「いやー、僕らも起きてから慌てたんだけど、二人とも良く寝てるからとりあえず同じ部屋に移動したんだよね」
ぽりぽりと、美女が美女らしからぬ仕草で頭を掻く。
それを男がわなわなと震える指で示し。
「も、もしかして、セイン?」
「うん。そう」
訊ねられて頷く美女は、へらりと笑った。
「僕の身体の中にジャムリムが、彼女の身体の中に僕が入っちゃってるみたいなんだよね。精神の入れ替わり?」
「キャルちゃんの中にギャンガルド、ギャンガルドの中にキャルちゃんが入っちゃってるみたいだね」
「おれっちも混ざりたかったっすー」
先に目覚めていた三人は落ち着いた様子で、呑気に凄い事をのたまった。
キャルは慌てて自分の顎を触ってみる。
「ぶ、無精ひげ・・・・いやあああああああ!!」
泣きそうである。
「うおお!ちっせ!」
ギャンガルドはギャンガルドで、ベッドから降りようとして床に足が届かず、思わず叫ぶ。すると、枕が勢いよく飛んで来て、後頭部にヒットした。
「ちっさい言うな!」
「馬鹿お嬢!落っこちるだろうが!」
後頭部を可愛らしい手でさすって、ギャンガルドが吠えた。
「そうだよキャル!中身はどうでも良くても、身体はキャルなんだから!」
「どうでも良いって、賢者さんよ・・・」
キャルの姿のギャンガルドが、セインを見上げる。
「ヤダあんた。今はセインさんはあっち」
セインの格好をしたジャムリムが、自分の姿をしたセインを指差す。
「あああ!ややこしいわ!」
小さな体で、ギャンガルドが頭を抱えて叫んだ。
閑話休題。
とりあえず落ち着こうと言う事で、キャルもギャンガルドも寝巻きから着替え、他の三人が待つテーブルに着く。
着替えの時もひと悶着あったのだが、ギャンガルドが折れて、彼は今スカートを履いている。見た目は幼い少女なので違和感はないとはいえ、中身があの破天荒な海賊王だと思うと、自然笑いがこみ上げると言うもので。
「お前ら笑うな」
肩を震わせる一行を睥睨してやるが、どうにも姿かたちは可愛らしい少女なので迫力に欠ける。中身が身体の持ち主であるキャルなら、同じ身体でも凄味が増すのは何故だろう。
ああ、そうか。本人じゃないからか。
セインはそんな事を思いながら全員をそれとなく観察する。全員、違和感がありまくりで、実際おかしい。
「うわー、どうしよう、この髭」
「剃っちゃえば?」
「ああ。そうか」
キャルは身体の大きさに慣れないらしく、先ほどから歩くたびに躓いている。そんな彼女に着き添うみたいに、セインの姿をしたジャムリムが傍に居る。
「僕とギャンガルドが寄り添ってる・・・」
「うへえ」
「面白いっすね」
大男二人が並んで女子会よろしくキャッキャしている光景は、何とも言い難い。
しかも外見は自分たちだ。
しかし、そう思っているのは女子も同じだったらしい。
「・・・」
「どうしたの?キャルちゃん」
じっと、ジャムリムを凝視するキャルに、ジャムリムが首を傾げて、うふ、と微笑みかける。
それがまた何と言うか・・・。
「・・・なんか・・・セインが色っぽい・・・」
「あら」
中身がジャムリムでも外見はセインなのである。ジャムリムの普段の仕草を、そのままセインの身体がやっているので、必然的に艶が出るらしい。
「聞き捨てならないんだけど!」
「いいじゃねえか。色っぽいってよ」
「うわー。なんか、今ならおれっち、旦那を女と間違ったっていうラゾワの気持ちが分かるっす」
「待って待って!中身ジャムリムだからね?アレは僕じゃないからね?」
慌てるセインと、半眼でそれらを眺める男性陣を置いて、女性陣の会話は弾む。
「それを言うなら、初心なギャンガルドが見られてあたしは新鮮だよ」
「へ?」
楽しげにキャル(外見はギャンガルド)の頬をジャムリム(身体はセイン)がつつく。
「頬染めて恥ずかしがってるギャンガルドの顔なんて、あたし初めて見るもの」
にーっこりと、満面の笑みで、
「可愛いねぇ」
ぼん!と音がしそうな勢いで、キャルが真っ赤になった。
「・・・いたたまれない」
頭を抱えたのは当の身体の持ち主であるところの、ギャンガルドとセインだった。
「いやー、微笑ましいっすね!」
中身で転換して見ているのか、自分に被害が及んでいないからか。タカだけが動揺もせず通常通りである。
「ふん、そんなら俺だってなあ」
がばりと起き上がると、ギャンガルドは小さな片足をテーブルにのせ、身体を乗りあげさせる。
「あ!お行儀!」
いつもの癖でテーブルの上からキャルの身体(中身ギャンガルド)を下ろそうとしてセイン(外見ジャムリム)が乗り出し、その顎をひょい、と小さな手に捕らえられる。
「う?」
「いつもと違って、ちーっとばかしお惚け天然のジャムリムも、俺は大好物だぜ?」
そのまま両手で顔を挟み、ふっくらつやつやとした唇に唇を寄せて。
ごいん!
「いってえ!」
先ほどとは別の理由で頭を抱えた。
「セインに何しようとしてんのよ!」
「あんた、あたしとの付き合いは身体が目的だって事かい?」
キャルとジャムリムが青筋を立てていた。
「え?え?」
何が起きたか分からずきょとんとしていたセインだったものの、段々頭の中で状況を理解して、息をのむ。
「・・・うわあ」
蔑むような眼でギャンガルドを睨んだ。
「キャプテンがそんな人だったなんて・・・」
タカまで加わった。
「何だよ!お嬢とジャムリムが乳繰り合ってっから、こっちはこっちで仲良くしようとしただけだろうが!」
「あのさ、外見はジャムリムかもしんないけどさ。中身は僕だよ?分かってるの?」
「あ」
「あ、って。馬鹿でしょあんた」
「一瞬忘れてた」
「忘れてたって君ね・・・」
非常時でも、この男のこういう所は変わらないらしい。
「まー、とにかくだ。どうしてこんな事になってんのか、俺たち元に戻れんのかって事を考えねえとって事だよな」
珍しくまともな意見を言うギャンガルドに、一同は眼を丸くした。
「どうしたのよ?ギャンギャンってば、またバナナで滑って頭でも打った?」
「やめろよ。自分の顔で言われっと、なんかいつもの二倍増しでキツイわ」
ギャンガルドは涙目になったが、
「ちょっと私の顔でそれはやめてよ」
キャルに同じような事を言われた。
「あー!この状況つまんねえ!面白くない!」
耐えきれなくなったか、叫ぶ。
たまに真面目な事を言うと思えば、そういう事かと、一同、なぜかホッと胸をなでおろした。
「ジャムリムとお嬢がじゃれあってんのも、見た目俺様と賢者だし!ジャムリムに手ぇ出したくても俺今お嬢だし!ジャムリムの中身賢者だし!」
だん!とテーブルを叩く。
「襲えねえじゃねえか!」
誰をだ。
セインとキャルは、同時に心の中で突っ込みを入れた。
「んま!そんなにあたしとイイ事したいのかい?」
ジャムリムだけが上機嫌で、ギャンガルドの頬にちゅ、とキスする。
「ふん、お前みてえな好いオンナ目の前にして、何にも出来ねえ俺の気持ちを慮りやがれ!」
流し眼を送り、ジャムリムの頬に手を添えて・・・。
手を添えたまま固まった。
「あんた?」
ジャムリムの問いかけに、顔を赤くしたり青くしたり、眉間に皺を寄せたり泣きそうになったりと、百面相を始める。
「っ、っ、くっそ!どう見たって男だもんなあ!」
叫んだ。
「その前に、あんた身体がキャルちゃんなんだから。何にも出来ないんじゃないかい?」
「ああ!そうだ!」
どういう内容の会話だと、セインはキャルの、今は自分より高い位置にある両耳を塞ぎながら青筋を立てた。
「うう。お嬢の声で聞きたくなかったかも」
タカまでもが、何かしらダメージを受けていたらしい。
「見た目はお嬢と旦那なのに、中身が違えばやっぱり別人っすね。つか、お嬢が旦那を襲う感じっすかね?」
「恐ろしい事言わないでよタカ・・・」
「あ。わりっす」
へこりと、タカが頭を下げた。悪気が無いのも分かってはいるものの、事が事だけにげんなりする。
「姐さんの中身を襲えば身体は旦那ですし、身体を襲えば中身は旦那ですしねえ」
「だから、タカ?」
「へ?」
わざとなのか天然なのか。多分に天然なのだろうけれど、セインは初めてタカに殺気を持ってしまった。
「旦那。怖ぇっす・・・」
「うん。自重してね」
「すんまっせん」
普段からこの殺気を浴びて平気な自分のキャプテンの、妙な偉大さに気付いたタカだった。
「まあ、いいや。僕の話を聞く気はあるの?」
キャルを促して、ジャムリムたちのいるテーブルに着かせながら、セインも席に着く。
ふにふにと頬っぺたでジャムリムに遊ばれていたギャンガルドが、嬉しそうに身を乗り出した。
「さっすが賢者!戻り方が分かるのか?」
「残念でしたー。戻り方と言うより、どうしてこうなったかを僕なりに分析してみたんだよ」
そう言うと、ぶちぶちと文句を言いながら、元の場所に戻る。
「ちょっと!セインの上から降りなさいよ!」
キャルが吠えた。
ギャンガルドの今の位置は、ジャムリムの膝の上。つまり、セインの身体の膝の上に座っている事になる。
「良いじゃねえかよ。今じゃなきゃジャムリムの膝の上になんか座れねぇんだから」
「わたしが嫌なのよ!」
さらにキャルが言い募ろうとすると、ひょい、と、腰を浮かせた自分の背後に誰かが座る気配がした。
「あー、はいはい」
ジャムリムの声がしたかと思えば、両脇に手を差し入れられて、すとん、とそのまま腰を落とされる。
「キャルは此処でいいよね」
セインがキャルを膝の上に座らせたのだった。
「う、うん?」
「もー、話が進まないよ!膝抱っこしたいんならこれでいいよね?」
しかし、今度はそれにギャンガルドが猛反発しだした。
「ば!賢者お前ジャムリムの身体と俺の身体で何しやがる!」
「何って。見ての通りだけど」
「ジャムリムに膝抱っこされてる俺なんざ見たくねえわ!逆だろ!逆!」
「キャルに僕を抱っこさせろっていうの?」
「見た目はそっちが普通だろうが!」
「男のプライドにかけてそれは嫌です」
「俺もだ馬鹿野郎!」
「なんだよ。君は既に僕の上で膝抱っこされてるじゃない」
「見た目の問題だ!それにお嬢のほうが軽いんだから当然だろうが!何か?お前をお嬢に抱っこさせろってのか?」
「そんな事は言ってないよ。もう!ホントにうるさいな!君は元に戻る気があるの?!無いの?!」
若干キレたセインに、ギャンガルドは、ぐぬぬ、と拳を震わせた。
すると、もじもじとキャルが両手の指をいじり始める。
「ね、ねぇ?あたし重くない?」
おずおずとセインに訊ねた。
「ん?」
「だ、だって今あたし身体がギャンガルドで、セインはジャムリムじゃない?お、女の人の身体にギャンガルドは重いと思うの」
セインがきょとんと、首を傾げる。
「キャルは、僕に抱っこされるのは嫌?」
「そういうわけじゃないけど。ジャムリムの身体に負担掛けちゃいけないかなって。あと、その。当たるの。背中に」
「背中・・・」
ふと、自分とキャルの間にある物を見下ろし。
キャルが続けてぽつりと訴える。
「柔らかいのが、二つ」
「・・・」
女同士でも、これは気になる物らしい。
こほん、と咳払いをすると、今は自分の身体にくっついている立派な双丘を、キャルから離す。
顔を真っ赤にしたキャルが、もそもそとセインの上から降りて、隣の椅子に腰かけた。
「おまえら、それヤメロ」
「うふ。初々しいねぇ」
正面からそれらを見ていたギャンガルドは、一種の拷問かと呻いたが、ジャムリムは嬉しそうに眺めていた。
「えーっと、本題に入るけど」
やっとのことで話が進展する気配に、タカはやれやれと立ち上がって、お茶を淹れる。
いつもはセインが淹れるのだが、今日はタカが朝から外でハーブを見つけて摘んで来ていたから、自分で淹れると申し出ていた。たまにはやってみたいのだ。
ちなみに、一同がいるこの家屋は、夏の間家畜を放牧するため、牛飼いが期間限定で使用する山小屋である。今は季節的に空き家で、そういう時は旅人が宿泊してもいい様になっているので、遠慮なく使わせてもらっているのだった。
「中身が入れ替わった組み合わせを考えてみたんだけど、ちょうど昨夜、向かい合って座っていた同士なんだよね」
セインとキャルが隣同士に座り、セインの前にジャムリムが、キャルの前にギャンガルドが座っていた。
タカは、テーブルの端、いわゆるお誕生席にいて給仕をしていたので、誰も向かいに居なかった。
それらを思い出し、うんうん、と皆で頷く。
納得したのを見やってから、セインは本来、ジャムリムの物である長くて細い、綺麗な指をピ、と一本立てた。
「あのとき、何があったか、皆覚えてる?」
言われて、一斉に顔をしかめる。
「ご飯食べたのは覚えてるわ」
「飯の内容も覚えてるなあ」
「でも、食べた事だけしか、覚えていないねぇ」
「あれですかい?すっげー轟音と同時に、辺りが真っ白になったヤツですかね?」
タカが片眉をあげ、顎に手を当てながら呟くように言う。
「「「それだ!!」」」
一斉に指をさされた。
「君たち、いつも言うけど人を指差すのは良くないよ?」
セインだけが呑気にそんな事を言った。
「そうだそうだ!なんでか忘れてた!」
興奮気味にギャンガルドがジジ臭くぽんと手を叩く。
「どどーんって音が凄かったのよね!」
「目の前が真っ白になったよ!あれは眩しかった!」
女性陣も納得したようだった。
「うん。思い出したみたいで結構。あれ、雷なんだけどさ」
「あれが?」
「うん。雷。落雷したんだよ」
雷と言えば、光った後に雷鳴が聞こえるように、遥か上空で起こる現象と思いがちなのだが、そうでもない。結構地上に落ちている。
「この小屋に直撃まではいかなかったけど、直ぐそこの杉の木に落ちたみたいでね」
窓を指差すセインに合わせて視線を外へと向ければ、雨に濡れてきらきら光るガラス窓の向こうに、黒く焼けた肌をさらし、真っ二つにへし折れた杉の大木が目に入る。
「雷のほぼ真横に居たわけだから、あの轟音と光が同時に起こるわけだね。それで、僕ら感電したんじゃないかと思うんだ。その時にちょうど向かい合っていた同士が、その影響で入れ替わったと考えられるわけで」
「ああ。だから、おれっちだけ無事なんすか」
タカが、自分を指差した。
「そう。他の皆は落雷の記憶が一瞬思い出せないくらいだし、影響はあると思うよ?」
こてり、と首を傾げるセインに、ギャンガルドがぷう、と頬を膨らませる。
両方、男がやっても可愛くは無い仕草であるが、今は見た目がそれぞれ美女と幼女なので妙に似合う。
「セインさんが覚えていたのは何でだい?」
「まあ、僕は朝起きてから外の杉を見て思い出したっていうか」
ジャムリムが、優雅にギャンガルドの頭を撫でる。その手の流れがやたらに艶っぽくて、自分の体なのにセインは視線を逸らした。
「じゃあ、もう一度雷が落っこちないと、わたしたちこのままって事?!」
大人しく話を聞いていたキャルが、声を荒げた。
「その可能性もあるけど、勝手に元に戻る可能性もあるよ?」
「勝手に元に戻るって、だったらいつよ?」
「分からないよ。明日かもしれないし、明後日かもしれない」
「嫌よそんなの!」
キャルは必死だが、見た目はオカマさんになってしまっている。
ギャンガルドがふるふると、口元を押さえて肩を震わせているのは、仕方ないと言えば仕方ないか。彼の身体が女性言葉を使っているわけで。
「お嬢、落ちつけよ。旦那に当たってもしょうがねえだろ?」
タカに宥められて、キャルは涙目だ。
「でもまあ、この辺り落雷が多いみたいで、おれっちハーブを採りに行って、地元民に遭遇したんすけど」
バッと、全員がタカへ視線を集中させた。
「え、えと、なんか被害に遭ったのってキャプテンたちだけじゃねえみてえッすよ?」
「どうして先にそんな重要な事を言わないのさ」
ジャムリムが呆れたように眉を下げる。
「わりぃっす」
肩をすくめて小さくなった。
「それで?」
「あ、へい。それで、結構昔っからこの辺入れ変わりが起きるみてぇで、だいたい皆、次の雷が落ちるか、何かがきっかけで戻るかするみてぇです。とにかく入れ換わりっ放しってことはねぇようですぜ」
それを聞いて、タカを除いた全員が溜め息と共にテーブルに突っ伏した。
「だだだだ、大丈夫っすか?!」
慌てるタカをよそに、全員気が抜けただけらしい。
「とりあえず元に戻るのね。良かった・・・」
「うん。僕このままジャムリムの身体だったらどうしようかと思ったよ。色々気を遣っちゃって」
「あら。あたしはセインさんの身体、楽しいわよ」
「やめてよう」
「こら。聞き捨てならねえな!」
「やん!あんたってば可愛い!」
「くっそ!ちっちゃくて何もできねえ!」
「だからちっさい言うな!」
いつもの調子が徐々に戻り、実は一番ホッと胸をなでおろしたのはタカだった。
「良かったっす!休憩入れやしょうや」
いそいそと、昨日焼いておいたクッキーを出す。
「そういえば、あたしら雷で感電したって事だよね?どうして無事だったんだろ」
ジャムリムがサクサクと、大きめのクッキーを齧りながら首を傾げる。
「ああ。なんか、避雷針があったのと、何だか金属の線が外に引っ張ってあったから、あれは多分雷避けなんだろうな。此処の地方は本当に雷が多いみたいだね」
セインが、小屋の周りをうろついて見つけた金属類を思い出しながら、タカの淹れてくれたミントティーを飲む。
カッと、外が光った。
遅れて、ごろごろと雷鳴が遠くから聞こえる。
「言ってる傍からだ」
ギャンガルドが外を見に玄関へ走り、他の全員で窓を見た。
「雨も降るのかな」
昨日は、曇っているだけで雨は降らなかった。
戻ってきたギャンガルドが、わたわたとキャルの向かいに座る。
「向こうは雨が降ってる。こっちにも来るんじゃねぇか?」
伸ばした手の届くところに、タカがクッキーを分けて置いてやると、ギャンガルドは嬉しそうに齧る。子供の身体なので味覚が子供になっているのだろう。
「ええ?じゃあ、今日は足止めかい?」
かいがいしく、ギャンガルドの零すクッキー屑の面倒を見てやりながら、ジャムリムが眉間に皺をよせた。
「そういう事になるね」
セインが頷き、
「まあ、この身体のまま町に行っても、面白おかしい集団にしかならないんだから、別にいいわよ」
キャルが椅子の背もたれに寄りかかった。
「おかわりいる人ー?」
タカが、次のハーブティーを用意して、のんびりとそんな事を言った。
ガカッ!!
ドドドドドド!!!
物凄い眩しさと、物凄い轟きに、視界も聴覚も利かなくなった。
「・・・・・・・あれ?」
誰かがそんな呟きを漏らして、全員の意識が戻る。
「今の、何?」
突っ伏した顔をあげて、ふわふわの金髪を掻き上げる。
「あれ?!」
セインの声が、素っ頓狂に響いた。
「どしたんすか?みんな無事っすか?」
床に倒れていたタカが、頭をふりながら、立ち上がると、全員の無事を確認する。
「ほ、ほんとに大丈夫っスか?!」
テーブルに着いていた四人が四人とも、口を開けてぽかんとしていたものだから、タカは焦った。
「タカ。ちょっと、皆の名前を順繰りに呼んでくれない?」
ぽかんとしながら、セインがゆっくり、タカを見上げた。
いや、今は中身はジャムリムの姐さんだったかと思いながら、タカは頷いた。
「へ、へえ。構いませんけど、んじゃ、キャプテン」
すると、ギャンガルドの身体が手を上げた。
「おう。ここだ」
あれ?今はキャプテンの中身はお嬢じゃなかった?
「じゃ、じゃあ、お嬢!」
「はい!」
勢い良く、キャルの手が上がる。
「え?え?えっと、ジャムリムの姐さん!」
「はいな」
にっこりと笑って、ジャムリムが手を上げる。
「じゃ、じゃあ旦那は!?」
「はい」
最後に、セインがセインの身体のまま手を上げた。
「ってことは!」
「うん。ありがたい事に、元に戻ったみたいだね」
またもや、雷が落ちたらしい。
そうと分かると、皆で一斉に立ち上がり、そそくさと旅支度を始める。
雷はまだ鳴り響いているのである。
「よし、逃げるぞ!」
「雨が降る前に、雷から逃げ切れるかな?」
「此処にいて、また入れ換わったらどうしようもないじゃない」
「それもそうだわねぇ」
「おれっちも混ざりたかったっす・・・」
こんなに簡単に落雷があって、こんなに簡単に元に戻れるとも思っていなかった一同だけれども、やっぱり自分の身体が一番良い。
「うああー、モノに手が届くって素晴らしい!」
ギャンガルドが嬉しそうに手足を伸ばし、
「うん、うん、うん」
何やら一人で頷きながら、キャルは足やら手やらスカートやらをチェックしている。
「ジャムリム、僕の身体使いにくくなかった?」
「あら、快適だったよ。セインさんこそ、あたしの身体は不便だったんじゃないかい?」
ジャムリムに問いかければ、問い返されてセインは言葉に詰まった。
「あー、うん、女性って大変なんだね」
ジャムリムの豊満な胸は重くて肩が凝り、着替えの際にはきちんと下着を着けるよう指導された(というか、着せられた)わけだが、これがまたキツイのだ。
眉をハの字に情けない顔をするセインに、ジャムリムはころころと笑った。
「何にしても、皆無事に戻れてめでたしですよ!ちょっとおれっちも体験してみたかったっすけど!」
タカが安心したとばかりに先頭を切って町を目指す。
しかし、混じりたかったと散々言っていたせいなのか何なのか。
町に辿り着く前に、小休憩の間にキノコを採ろうと森に入り、地元の猟師と遭遇した所で落雷を受けたタカが、しっかり入れ変わりを起こしたのは余談である。
ちなみに、入れ変わってから本日既に四日目。
「なんでおれだけこんな長いんすか!」
泣いて訴えるタカがいた。
おわり |
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