キャルは目線を、聖堂内にしつらえられた用具箱の横、入り口から奥まった、ちょうど柱の陰で隠れた場所へ瞬時に走らせた。 昨日の今日で、また誰かが聖剣を盗みに来たのだろうか。 その可能性は高い。 「・・・誰?」 返事はない。 「誰かいるの?キャル」 確認を取るように、セインは長身を更に屈めて、キャルの顔を窺い見た。 セインの顔を見上げたキャルの不安そうな顔は一瞬にして消え、にやりと、不適な笑みが代わりに浮かぶ。 キャルは立ち上がると、スカートの中に両の手を無造作に突っ込んだ。 そこには二丁の拳銃が隠されている。 「昨日の今日だもの。準備は万端だわ」 仕方がないとばかりに、セインも立ち上がる。座っていては身動きが取れない。 もう一度、キャルが柱の影へ呼びかける。 「ねえ?昨日もここに泥棒さんが押し入ったの、知ってるのかしら?」 返事は、やはりない。 「昨日の今日で来るなんて、かなりのお間抜けさんね?それとも、裏をかいたつもり?残念ね。昨日のことは役人に知らせてあるんだもの。当然でしょ?もう少ししたら、警備の人が来るのよ?」 実際、巡回するように頼んである。ハッタリ臭いが、事実は事実だ。 しばらく返事を待ってみたが、やはり応答する気配がない。 もしかしたら、風か何かで小枝が吹き込みでもしただけで、誰もいないのかもしれない。 そんなことを思ったが、ふるりと頭を振った。 どう考えたって、入り口から奥まった柱の影になんか、風が吹き込むわけがない。 セインが、いつの間にやら岩の上を移動して、自分の頭上から柱の影を見つめていた。 「セイン?」 一瞬、彼に気をとられた隙に、何かがきらめいた。 「!」 キイ・・・ン 金属と金属が響きあう音が室内に広がった。 きらめいたのは巨大な針。 ちょうどセインロズドに当たって弾かれ、幸いにもキャルまで届かなかった。 「運が良いのよね、あたし」 緊張に汗が背を伝う。 「キャル!柱の影じゃない!用具入れの右下!」 ガウン! セインの声に素早く反応する。何のためらいもなく、彼の言葉どおりの場所へ銃弾を放つ。 手ごたえがあった。 ふらりとよろめきながら、人影がガス灯の明かりの中に晒し出される。 「今日は手ごろな小さい銃だからね。どんどん撃っちゃうわよ?」 今日用意した銃は大人の手の平にすっぽりと入ってしまうような小ささで、キャルにはちょうどよい。 しかし、光の中に晒された人物の顔に、キャルは息を飲んだ。 出血で赤く染まった手で、打ち抜かれた左肩を押さえ、憎々しげな、憎悪を含んだ鋭い視線を向けて来るのは。 「そんな・・・何で?」 キャルの身体は、知らずに震えだす。無理に抑えようとしたが、どうしても止まらない。 殺気を帯びて、こちらを睨む瞳の色は、昼間見たときの輝きは無く、暗い光を灯したアンバーだ。 後ろに、いつもよりもきつく結んだ亜麻色の髪は、撃たれた衝撃のためか少々乱れ、汗で額に頬に張り付いた。 「・・・・・シェリー?」 震える声で、キャルは行きつけの店の、お気に入りのウェイトレスの名を呼んだ。 その様子に、少し満足したのか、彼女は醜く歪んでいた唇を、フッと笑みに崩した。 「キャル!」 その笑みを見たと思った直後、目の前には薄い色の髪が、広い背中とともに広がった。 「何が目的だ!」 聞いた事のないセインの怒声に、自分を狙ったシェリエッタの針を、セインが素手で弾き飛ばしたのだと気がついた。 「くっ!」 セインの背後から、シェリエッタに向けて発砲したが、薄暗い室内で目が利かない上に、やはり動揺が収まらず、また柱の影に隠れさせてしまった。 「知り合い?」 セインに問われて頷く。 「・・・そう」 きつく唇を噛む。 血の味が、口の中に広がって、胸のもやもやと一緒に気持ち悪さを倍増させた。 「そんなこと、言ってる場合じゃないわ!」 自分自身に叱咤し、シェリエッタの隠れる柱を狙い定める。 「理由は何だか分からないけれど、貴女、私の敵に回ったって事よね?」 その問いかけに、柱の影から、シェリエッタは笑い声で答えた。 頭の中の賞金首を、ざっと並べてみても、シェリエッタらしきものは浮かんでこない。 何故彼女が、ハンターである自分を狙うのか、理由が分からない。 必死に考えるが、捕まえた賞金首の部下や家族だという見方をすればキリが無さ過ぎて、すぐにやめた。 「でも、その方向性が高いわね」 こんなことは今までもあったことだ。 そうだ、そう思えば何も動揺なんてすることでも何でもない。 高鳴る心臓を押さえつけ、必死に冷静さを取り戻そうと唇を噛めば、余計に血の味がした。 苦い。 そんなことを思いながら、どうしてもシェリエッタの、きれいに笑った顔や、自分をからかうときの、悪戯っぽい顔が浮かんでは消えて。 気がつけば、頬を温かいものが伝っていた。 震えはようやく止まったが、今度は、この温かな雫があふれるのをどうしようもできなかった。 「セイン、下がってて?」 今だなお、キャルとシェリエッタの間に割って立つセインを退け、キャルは前に出ようとする。 「ダメ」 だが、セインの長い腕に遮られてしまった。 「!私はハンターよ?!」 「知ってるよ。君の腕前が物凄い事だって、昨日、知ったばかりだもの」 「じゃあ、どいて!」 「ダメ」 イライラする。 ぐい、と、無理やり涙を腕で拭って、キッとセインを睨みつければ、こちらを見もせずに、じっと、彼はシェリエッタの隠れている柱の影を見つめたままだ。 「セインは丸腰でしょ!」 一度シェリエッタの投げ針を弾いたとはいえ、セインは素人。このままでは、いつ飛んで来るか分からない針の恰好の餌食だ。 「ダメ。あの子は、君の友達なんだろ?」 ハッとして、セインの腕を掴みながら、彼の、隠れて見えない顔を凝視した。 「あたしがそう、勝手に思っていただけよ・・・。シェリーは、彼女は敵だわ」 だから、迷わず撃てる。 キャルはまた、自分にそう言い聞かせ、唇を軽く噛み締めた。 「・・・無理しないでいいよ。友達を打つなんて、きっとキャルには出来ないだろうから」 相変わらず、こちらを見もせずに、セインは腕にしがみついているキャルを、更に背後へと押しやった。 「イヤ!」 幼い自分に比べ、成人男性であるセインの腕の力は強くて、そのままよろけそうになった。 キャルは渾身の力で踏み止まる。 「これは、私とシェリーの問題だわ。セインには関係ない事よ?」 「・・・そう言うと思った」 セインはようやく、少しだけキャルへと視線を向けて、そっと笑った。 「!」 泣くかと思った。 そんなはずはなかったけれど。 セインがあんまり悲しそうに笑うので、キャルは何だか、彼を守るつもりが、物凄く、とても悪いことをしてしまったような気分になった。 それでも、このままセインを、自分の盾にしておくわけにはいかない。 「その子の言うとおりよ?」 柱の影から聞こえた、笑いを含んだ声に、二人に緊張が走る。 腕の裾を、キャルが無意識に、きゅうっと握り締めたのが伝わって、セインは空いている手の平で、小さな彼女の手を包み込む。 「なるべく、関係のない人間は巻き込みたくないの。おとなしく引き下がってくれないかしら」 高く澄んだ声だ。 「・・・随分と優しいじゃないか。そんな人がどうしてキャルを狙う?」 セインの声音は、意外にも普段と変わらない。 「そうね、それくらいは、説明してもいいかしらね」 クスクスと、シェリエッタの笑い声が、必要以上に聖堂の中で響いた。 「私、これでも一応ハンターなのよ」 「・・・え?」 シェリーがハンター? キャルの目は驚きに見開かれる。シェリエッタがハンターだとは、とても理解しにくかった。 「そう、貴女と同じね。キャル。ああ、それとも、二つ名で呼んだほうがいいかしらね?ゴールデン・ブラッディ・ローズ」 「・・・なんで、それを知っているの?」 キャルは自分を押さえつけるセインの腕から、出来る限り身を乗り出させた。 「もしかして、西の町に?」 このディーナに来る前に、酒場で情報屋二人と接触したことを思い出す。 深夜に会ったというのに、翌朝には、その二人が街中を歩いていたことも、同時に思い出した。 「察しがいいわね。そうよ?あの町で、貴女の情報を買ったの」 やはり。 予想していた事とはいえ、酔っ払いの情報屋二人の顔を、キャルは舌打ちしながら思い出した。 「こんなことなら、黙らせておけば良かった」 黄金の血薔薇が、まだ年端も行かない少女であることなど、ほんの一部の人間にしか知られていない。 誰かから伝え聞いたとして、ほとんどが信じない上に、子供にやられたなどと、大体の賞金首が口に出さずにいるからだ。 「なるほど?あなたみたいな子供が、まさかハンターだなんて思わないわよね」 「失礼ね。そう言うシェリーこそ、ハンターの匂いがしなかったわよ?」 ハンターには、同じハンターにしか分からない匂いがある。 例えばその者が纏う雰囲気や、仕草、といったものであったりするのだが。 何にせよ、そういった匂いが、シェリエッタからは感じられなかったのだ。 「そうでしょうね。私がハンティングをするのは、本当にごく稀だから」 ハンティングを本業としない。時々、そんなハンターも居ることは承知していた。 それでも、彼女にはハンターより、あの古びた店が似合っていると思う。それが、キャロットの感覚を鈍らせてしまったのだろうか? シェリエッタがキャルを狙う理由が、ますます見つからない。 ハンターがハンターを狙う理由はいくつかある。大体は自分より名のあるハンターを倒して自分の名声を上げるためである場合が多い。 もしくは、怨恨か。 しかし、シェリエッタはハンターを本業にしてはいないのだから、名声を上げる必要はそうそう無い筈だ。 では。 「私にはね、恋人がいたの」 突然の話に、キャロットもセインもお互いの顔を見合わせる。 「あら、何故今そんな話題になったか分からないって顔ね?」 クツクツと、シェリエッタの嘲笑が、聖堂内で嫌に響いた。 セインはそのまま、じりじりと自分の身体ごと、キャロットを後退させる。 岩の影でも何でもいい。彼女の視界から、自分達の姿を何とか隠したかった。 しかしここはその岩の上。そんなに巨大なわけでもない岩に、二人が隠れられる凹凸があるわけでもない。せめて反対側に逃げられれば、身を隠せるのだが。 「それで逃げているつもり?まだまだ後ろに下がらないと、相変わらず丸見えだわ!」 「逃げてなんか!セイン!」 前に出ようとするキャルをセインは必死に下がらせる。 「・・・ブラッディ・ローズ。貴女に私と同じ目を見て貰うっていうのも良いかもしれないわね」 その様を見て、急に声音を変え、シェリエッタは低く呟いた。 「どういうこと?」 「まだ分からない?貴女が以前、この町に来た時の事よ」 「・・・?」 以前来た時。 シェリエッタの言葉に、キャルは過去を手繰り寄せる。 以前、この町でハンティングをしたことがある。髭面の役人は、その時知り合ったのだから。 そうだ、その役人に引き渡したのは五千万ギグの大物で、今も何処かの刑務所にいるはずだ。 ちなみに今回捕まえたロックガンド・トリオは、三人合わせてようやく一千万ギグに届くか、というような額だった。 「シェリーの恋人って・・・?」 そこでようやく思い至って、キャルは愕然とした。 「だって、貴女ハンターでしょう?」 ハンターが賞金首と恋仲に落ちるなど。 考えられないと、キャルは首を振った。 「有り得ないとでも?」 シェリエッタが、暗闇の奥で哂う。 |
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