「そうだね。旅にでも出ようかな」

「・・・旅に出てどうするの」

「・・・さあ?」

「嘘つき」

「・・・ごめんね?」

 長い永い眠りの中にいて、もう二度と目覚めることもなかったはずの自分が、今ここにこうして立っていられるのはキャルのおかげだ。キャルが、この聖堂に来てくれたからだ。

 それはいったい、どれ程の奇跡なのだろうか。

 金色の少女は、果てしなく続くはずだったセインの暗闇に、小さな光を灯してくれた。

「あんたって、こんな時でも笑うのね」

 セインロズドの伝説を知っていれば、おおよその見当はつく。

 聖剣の持ち主だった人々が、聖剣を持つが故に被ったもの。彼らに共通する事柄は、故意であれ不本意であれ、争いに巻き込まれたということだ。

「愚かなことです」

 ぽつりと、ラオセナルが呟いた。

 遥か昔の、自分の持ち主だった最高の友に、その姿がだぶる。

「旅に出て、適当なところを見つけたら、また自分を封印でもするつもりなんでしょう?」

「・・・やっぱり君は頭が良いなあ」

 ちょっとした会話で、まだまだ幼いくせに、大人並みの解釈をする。

「君に何にも恩返し出来ないままなのは、心苦しいんだけど」

 ボカッ!

「痛!」

 いきなり脛を蹴られて、セインは飛び上がった。

「な、何するのさ急に!」

「・・・・・・!!!」

「いた、痛たい!キ、キャル?」

 ポカポカポカポカ

 キャルはセインを小さな拳で何度も叩く。

「キャル、痛いよ?」

「痛いように殴ってるんだから、痛くて当たり前でしょ?!」

 ボカン!

「あぐ!」

 屈んだセインの顎に、キャルの繰り出したアッパーがきれいに決まる。

「だから何なのさ!」

 尻餅をついたまま、ずれた眼鏡を直して顎をさすり、涙眼でセインが訴える。

 唐突なキャルの行動が、何がなんだかわからない。

「あんたが馬鹿だからよ!」

「へ?」

「!」

 自分の出した声が、あんまり間抜けだったのには、セインも気がついたが、しまったと思ううちにも、キャルはみるみる真っ赤になってゆく。

「良く聞きなさいよこの馬鹿賢者!」

 ガシッと胸元を掴まれて、急接近したキャルの顔に、セインは頬が引きつった。

 正直、恐い。

「封印なんて、あんたまた同じことを繰り返すだけで進歩が全く無いじゃない!そんなんだから筋肉馬鹿どもに狙われんのよ!」

「き、筋肉馬鹿って・・・」

 確かに、このディーナの町では、筋肉自慢がやたらに聖剣を引き抜きに訪れていたけれども。

「王族だろうが貴族だろうが筋肉だろうが、権力が欲しいとかお金が欲しいとか名声が欲しいとか、とにかくくだらない連中に狙われんのはあんたが阿呆だからだわ!」

「あ、阿呆って」

 何百年ぶりかに浴びせられた罵倒に、腹が立たない自分は、彼女の言う通りにやっぱり阿呆なのかと思いつつ。

 セインはキャルの瞳を見つめ返す。

 まっすぐに見上げる瞳はどこまでも青く透明で。

 まさに吸い込まれそうだった。

「またどこかしらに一人で、今までみたいにひっそりと隠れてみたところで、いずれは見つかるのよ。そうしたら、またこの町みたいに観光地にされて、筋肉自慢どもに毎日毎日何回でも引っぱられるんだわ」

「う、それを言われると・・・」

 目覚めてから今までの日常を思い出してみると、あまり気持ちのいいものではないことに、決意がちょっと挫ける。

 よく飽きもしないものだと、客観的に眺めていたものの、時々老人や今にも折れてしまいそうな美人にも引っぱられることはあったが、『岩から引き抜かなければならない』ためか、明らかに力自慢のデカブツというか。筋肉モリモリの汗臭そうな男どもに、よってたかって引っぱられていた気がする。

 どちらかと言わなくたって、触ってくれるのは、どう考えても女性の方が良い。

 男として。

「あんたなんか、一生筋肉と付き合っていればいいんだわ!」

「うわあ、そりゃ勘弁してクダサイ」

 そういう問題なのか?という疑問が一瞬湧いたが、一生がかかるとなると、大変笑えないことになる。

 なにせ自分に一生という言葉が当てはまるのか。

「セインは、そうやって満足かもしれないけど。そんなことをしたって、結局セインは・・・」

 聖剣と知られた瞬間に、奪い合いが始まるのだろう。

 過去のように。

 この町のように。

 それは、あまりに悲しいことではないのだろうか。

 キャルは急に、喉の奥が熱くなって、きゅっと唇を噛み締めた。

「キャル?」

 覗き込むセインを、キッと睨み付けた。

「あんたあたしのモノ決定」

「・・・へ?」

 また間の抜けた声を出してしまった。

 今度も殴られるのかと思い、首をすくめて力一杯目を瞑って構えてみたが、衝撃はいつまでたってもやってこなかった。

 おずおずと目を開けば。

 大きな青い瞳。

 金色のふわふわの髪。

 頬を赤く染めた白い肌の。

 綺麗な少女が、ただ自分を見つめている。

「キャル?」

 うつむいて、ポツリと何かを呟いた。

「何?聞こえない」

「馬鹿って言ったのよこの超ド阿呆!!!!」

 ボグウッ!

「ぐはあ!」

 勢いに乗った良い頭突きが、顔面にクリティカルヒットした。

「馬鹿と阿呆のダブルですか」

 ほっほっほ、と、楽しそうにラオセナルが笑っている。

「はな、鼻血が出ひゃらどうひてくれふのひゃ?!」

 真っ赤になった鼻は、折れたかと思われたが、何とか無事だった。

「ほほ、キャルがセイン様を起こせた理由が解りますなあ」

「何で?!」

 楽しそうなラオセナルに、思わずセインが鼻を押さえながら突っ込む。

「とにかく!あんたはこれからあたしと一緒よ!」

「そんなことをしたら、僕がセインロズドである以上、君にどんな危害が及ぶか解らないんだよ?」

「だからよ!」

 今までの話を総合して、どうしたらキャルと行動を共にする結論に至るのか。

 セインには、自分が無くなってしまうか、それが出来なければ今までのように、何処かに隠れて封印するかした方が、穏やかに事が済むように思われた。

「少しは現状を打開しようとか!どうにかしてやろうとか!思わないのセインは?!」

「それが出来ればとっくの昔にやっているよ」

「うっさい!黙んなさい!あたしを誰だと思っているの?これでも黄金の血薔薇の名にプライドくらい持ってるわ!」

 また、泣き顔になり始めたキャルに、セインは口をつぐんだ。

「セインはかわいそうだから。あたしが一緒にいてやろうって言ってんのよ。それっくらい分かりなさいよ」

 ほろほろと、少女の大きな青い瞳から、大粒の澄んだ涙が零れ落ちる。

 今日、キャルは何度も泣いたのに。

 そのどの泣き顔よりも、今目の前にしている泣き顔の方が、辛そうに見えるのは、気のせいなのだろうか。

 静かに泣くキャルに、ただどうしようもなくて佇むしかなかった。





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