近くの出店で、絞りたてのジュースを買って、一気に飲み干す。 「はあ、落ち着いた」 フルーツの優しい甘味と酸味が、原因の分からない、もやもやした気持ちを押し流してくれたように思えた。 グウウウ・・・。 「あららら」 落ち着いてみると、腹が空いたのに気が付いた腹の虫が、抗議の声を上げる。 宿も探しておきたいが、ここはまず腹ごしらえが先のようだ。 ゴロゴロと鞄を引きずって、適当な飲食店に入る。 と、店に入って早々に、煌びやかな衣装をまとった貴族風の馬鹿が眼に付いた。 此処は王都。本物の貴族がうろついていても何らおかしくは無いのだが、目の前の馬鹿は明らかに’貴族風’であって、本物の貴族でないと一目で分かる。 なにせ、巻いた金髪は変だったし、物腰はいくらなんでも高貴の出とは言いがたい。刺繍やレースで飾り付けられた衣装も、なんだか変なデザインだった。 面白いものを見た、とは思ったものの、キャルは小さく呆れた溜め息を吐きだした。 「あーあ。こんなところにあんな服着て来ちゃ、カモにされるだけよ」 貴族風馬鹿男も入ってきたばかりだったらしく、少々店内を見回して、カウンターに陣取る。 取り巻きだろうか。すらりと綺麗な姿勢の際立つ、黒髪の細身の女と、ごつごつした筋肉質の、極端に短足で不格好な男が、貴族風男の両脇に控えるように座った。 この二人は全体的に黒っぽく、皮の上下でびっちりとしたタイトで、動きやすいのか動きにくいのか分かりにくい服装である。 中心の貴族みたいにヒラヒラした馬鹿っぽい男とは、対照的と言えば対照的なのだが、合わないにもほどがある。 何を考えて、彼らはこの恰好をチョイスしたのか分からない。 「ダサ」 見れば見るほど悪趣味な三人組を、こっそりとバッサリ厳しく評価して、キャルは適当なテーブルに座った。 「いらっしゃいませ」 すぐに、にっこりと、優しそうな笑顔を向けて、ウィトレスが水とメニューを持ってきてくれた。 亜麻色の長い髪を後ろで一まとめに束ね、白い肌に綺麗な弧を描いた眉の下には、これまた綺麗な濃いアンバー色の瞳と、キャル好みの美人だ。優しく、にっこりと微笑んでくれた。 ウェイトレス、といっても、この店の娘なのだろう。 ジーンズにTシャツ、その上にエプロン、といった格好で、古ぼけた小さな、そういった店特有の、粋な雰囲気にとてもよく似合っていた。 礼を言ってメニューを受け取り、オムライスとオレンジジュースを注文する。 しばらくすると、先程のウェイトレスが、イチゴのパフェを目の前に差し出した。 「あれ?私、頼んでないわよ?」 間違ってしまったのかと、キャルがウェイトレスを見上げると、彼女は今度はいかにも営業スマイルといった表情で、先程よりもいくらか硬く、にっこりと微笑んだ。 「あちらのお客様からです」 彼女の示した先を見やれば、先程のダサい三人組みだった。 真ん中の、あの男が、こちらへ軽く手を振った。 「良く分からないんだけど」 キャルは視線をウェイトレスへ戻して、ぽそっと言った。 「・・・?お知り合いの方ではないのですか?」 「ぜんっぜん知らないわ」 不思議そうなウェイトレスに、キャルは首を思いっきりぶんぶんと振ってアピールした。 「悪いんだけど、私、知らない人から物を貰っちゃいけませんって、お母さんに言われているの。だから、これ、受け取れないわ」 ごめんなさい、と、申し訳なさそうに、キャルはパフェをウェイトレスに差し返した。 すると、ウェイトレスはちょっと考えてから、パフェをキャルの前に置き、最初に見せてくれた優しい笑顔で、キャルの頭を撫でてくれた。 「じゃあ、これは私からのオゴリ、ということで。お店からのサービスなら、食べてもかまわないでしょう?」 「本当?ありがと!」 キャルもそれに、にっこりと笑って応えた。 その様子を見ていた男は、大仰に肩をすくめて、首を振ってみせた。 そしてこの男、他のお客の注文を取ってカウンターの中に戻るウェイトレスにしつこく話しかけたり、ウィンクをしてみせたりしている。 どうやらここの看板娘に言い寄っているらしいのだが、いかんせん、彼女の方がまったく乗り気ではないようだ。 というより、嫌っている、と言った方が正しいのかもしれない。 まあ、あんな格好なのだから当たり前だ。ど派手で、似合うならまだしも、ただダサい格好をしておいて、女性に好かれようなど、勘違いも甚だしい。 それで、男がどういうわけだかキャルにパフェを奢ろうとしたものだから、知り合いなのだと勘違いされてしまったらしい。 「あの笑顔の差はそういうことね」 ふう、と溜め息をついて、キャルは鞄の中からごそごそと、地図やこの町のガイドブックを取り出して、宿屋をチェックし始める。 「お待たせいたしました」 声に顔を上げれば、ウェイトレスがオムライスとオレンジジュースを手際よく目の前に並べてくれる。 「おいしそう!」 お腹が空いていたのも手伝って、思わず出た言葉に、くすりと笑われる。 えへ、と舌を出して、キャルはオムライスにスプーンを突き立てた。 相変わらず絡んでくる男を上手くあしらいながら、彼女はてきぱきと仕事をこなしていく。 が、大概男もしつこい。 「しつこい男は嫌われるって、知らないの?!」 ついに彼女がキレた。 「ふん、せっかく私が、あの、一人でこんなところに食べに来ている可愛そうな少女にパフェを奢ったのに、それを君は邪魔をしておいて、私を嫌うのかね?」 ウェイトレスの彼女も、キャルも、同時に二人であんぐりと口を開けた。 ようするに。 小さな少女が、親もなしに一人でご飯を食べに来ているのは、どういう事情があるにせよかわいそうである。だから、気前良く、女の子の好きそうな甘いパフェを、心根の優しい俺様が恵んでやったのだ。それを勝手に店の奢りにしてしまって、俺様を見直すどころか少女への俺様の親切心を無下にしたくせに、俺様の言うことを聞かないとは。 なんと生意気な。 と、いう事らしい。 「馬鹿はどこまでいっても馬鹿なのね」 いきなり指名されて驚いたものの、内容のあまりの馬鹿さ加減に、キャルは問題のイチゴパフェをつついていたスプーンの手を止めた。 「さて、どうしてやろうか」 こういった揉め事に、自分から突っ込んでいくことは、普段ならしない。が、自分自身がネタに使われたのなら話は別である。 と。 店に新しい客が入ってきた。 「あ」 ウェイトレスが対応しようと、男の手を振り切った直後だった。 「な、何をする!離したまえ!」 わらわらと、派手な格好をした馬鹿男は物騒な連中に囲まれてしまった。 「へへ、良い物着てるじゃねえか」 「外から丸見えだぜ?こんな所でそんなモン着てちゃあ、いけねえなあ?」 物騒な連中は三人がかりで貴族風の馬鹿男を、店の外へと引きずり出してしまった。 「ああ、言わんこっちゃない。でも、ま、いっか」 馬鹿にはいい薬だ。 キャルはまたパフェをスプーンですくい取って、口に運ぶのを再開した。 ガタガタ 「?」 勢い良く椅子を蹴倒すかのような音に目をやれば、あの男の連れ二人が、食事を済ませて席を立ったところだった。 会計を終えて足早に店の外へ出てゆく。 外へ出たとたんに、細身の女と、筋肉質の男は走り出し、瞬く間にゴロツキどもを蹴散らしてゆく。 エセ貴族男が連れ出されたのを、すぐに追いかけなかったのは、行儀が良いのか何なのか、食事を残さずたいらげるためだったらしい。 「ふわ?、やるじゃない」 ずるりと、貴族男を引きずり出し、二言三言、女が何かを言って男が頷くのを確認すると、たいして怪我もしていなさそうなのに、二人で貴族風馬鹿男に肩を貸して歩いて行ってしまった。 道端には、彼女と筋肉質の、あのいびつな身体の男に殴り飛ばされた連中が、ゴロゴロと転がっているだけになった。 「あ」 そこで、キャルは思い至ったように声を上げた。 「賞金首だっけ?そういえば・・・」 あまりに低い額なので失念していたことを思い出した。 あの、貴族風の馬鹿男を中心に、細身の黒髪の女と、筋肉質の男。 「ロックガンド・トリオだったかな?」 一応あれでも、山賊だ。三人しかいない理由が、今分かった。 あの頭の悪い男が何故かヘッドなのだ。 賞金も、取り巻き二人のほうが、実は高かったりする。 それで、何だか気になっていたのかと、キャルは納得して、広げていた地図とガイドブックをしまうと、残っていたパフェを平らげて、早々にレジへと向かう。 「ごめんなさい、変なところを見せてしまって」 申し訳なさそうなウェイトレスに、キャルはにっこり笑って返した。 「おいしかったわ。ごちそうさま!」 美人は大好きだ。まして、こんなに良い人ならなお更である。 いろいろあったものの、おいしかったことはおいしかったので、キャルは満足して店を出た。 |
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