この少女は面白い。 聖剣・大賢者セインロズドをして、“鉄の棒”扱いだ。 いかな黒く錆び付いていて、原型を留めていなくとも、伝説の聖剣を、恐れもなくそう呼ぶ人間は、まずいないだろう。 「な、なによ?」 あんまり綺麗に微笑むので、キャルは身を引いた。 とぼけて笑っていた今までとは、あまりに差があるくらい、綺麗な笑みだった。 「そうだね、何から聞きたい?」 しかし、青年から発せられた言葉は、意外にもキャルの望み通りの言葉で。 「話してくれるの?」 「うん、いいよ?」 思わず嬉しくなって、岩の突き出しに座るセインの隣に、キャルはいそいそと並んで腰を下ろす。 キャルが腰を落ち着けると、セインは彼女のリクエストに応えて、セインロズドの物語を、思い出すかのように滔々と話し出した。 セインの話は幅が広くて、キャルは絵本を読んで聞かせてもらっているようで、いつの間にか、うきうきと聞いていた。セインロズドの物語は、随分昔の、古い話であるのに、かの剣の軌跡は波乱に満ち溢れて、飽きることがなさそうだ。 それに加え、セインの話し方の上手さも手伝って、国王や騎士たちが、それぞれの時代の中の世界を駆け巡る様が、今見て来たかのように鮮明に浮かぶ。 眠いのを我慢して来て、本当に良かったと、熱心にセインの話を聴きながら、キャルは随分と有意義な夜を過ごした。 「んー、何がいいかな?」 町の一角にある大きめの書店で、キャルは本の並ぶ棚と、小一時間ほどにらめっこをしていた。 セインとの会話は楽しくて、ここ数日、実は聖堂に通いつめている。それで、今夜も会う予定でいるので、キャルは何か、セインに話して聞かせられる本はないかと、書店の親父の咳払いを、先ほどから無視しまくりながら、本の背表紙を見比べていた。 なにせ、セインは物知りで、いつも彼に物語やキャルの興味のある物事の話をしてもらっているものだから、たまには何か、自分から面白い話をしてやりたかった。 「こうなると、結構難しいものね」 大量の本を前に、腕組みをして溜め息をつく。 いったい、世の中に書物というものは、どのくらいあるものなのだろう。 「多すぎて、どれから見ていいものかも、わかんないわね」 適当に、手に取ってめくってみたりするものの、はたして、どういったものがセインを喜ばせられるのかが分からない。 セインは本当に色々なことを話してくれた。 あの聖堂のある場所は、元々は聖剣の最後の所有者であったオズワルド卿の屋敷の敷地内なのだそうだ。 それが何故あんなことになっているのかといえば、道路を整備する際に、オズワルド家に、国が敷地を買い取る話を持ちかけたのが発端だったらしい。 何せ、整備して作りたい道路は、どうしてもオズワルド家の敷地に入ってしまう。国側からは随分と良い条件を提示したらしいが、しかし、現オズワルド卿は、これを断固拒否。 整備する道路のド真ん中に、あの岩があったからだ。 聖剣として先祖代々受け継いできたものを、土地を含め、道路整備なんぞで手放したり出来ないと言う。 それを聞いた国側は、その伝説の剣とやらが、いったい本物なのかどうか怪しいと、証拠を提出するように要請した。どうせ偽物と、タカをくくっていたのだ。 卿は、馬鹿にするなと言って、早速、ご先祖の初代オズワルド卿の手記から何から、片っ端からそろえて提出。それでこの岩に刺さっている鉄の塊が、本物の聖剣だと鑑定されてしまって、大騒ぎとなった。 そうして、聖剣を奉るから、土地ごと公園として貸し出してくれと国が言い出した。先祖の面目が立ったオズワルド卿は、貸し出すだけならとこれを承諾。国と町はその場所を、瞬く間に観光地化してしまった。 そうして、今に至るのだそうだ。 「オズワルドさんは良いかも知れないけれど、聖剣には端迷惑な話よね」 オズワルドの庭に佇んでいられたら、あんなに毎日、色々な人々に引っぱられることもなかっただろう。 そう。不思議なことに、キャルが一度抜いてしまったにもかかわらず、元の岩に戻したセインロズドは、他の誰にも引き抜くことができないでいた。 「・・・聖剣だしね」 それで無理やり納得するキャルだったが、聖剣の側には、あれ以来近づかないようにしている。 他にも、聖剣を一番初めに手にした、我侭な王の末路や、当時のオズワルド卿の華々しい戦歴など、聖剣の伝説に、ここまで詳しい人は、他にいないのではないかというくらい、セインは色々話してくれた。 聖剣にまつわる話だけではない。 ちょっとした橋の簡単な掛け方や、鉱石の見分け方、水脈の見つけ方など、セインの知識は底が知れないのではないかと言うくらいに豊富だった。 「まあ、私が知らないだけなのかもしれないけど」 セインといると、キャルはまだ、自分がたかだか八年しか生きていないのだということが時々悔しくなる。 「覚えることや、学ぶことはまだまだ沢山あるのだから、何も焦らなくてもいい」 セインはそう言ってくれたが、世の中には知らないことが、知らなければならないことが多すぎる。 「勉強熱心なんだね」 と、セインは褒めてくれたが、何のことはない、キャルが一人で生きていくためには、様々な知識が必要なだけなのだ。 実際、彼女は年齢にそぐわないようなことを知っているし、もう二十歳を超えていてもおかしくないくらいに大人びてもいる。 銃を扱うために、腕の筋肉は少女のものとは思えないくらいに発達しているし、手にマメもある。 セインには気付かれないように隠しているが。 「さて、どうしようか」 視線を、ずらりと並ぶ本の背表紙に戻して独りごちる。 もう一度、列の端から見て歩く。 ちょうど、セインに興味はないだろうと、今まで見もしなかった絵本の棚に辿り着いたときだった。 「・・・これ・・・?」 目を引いたのは、覚めるような青の背表紙。 引っ張り出してみれば、色鉛筆で細かく彩色された、綺麗な絵本だった。 エルドラド そう題名に記されていた語句には覚えがあった。 まだ本当に小さかった時、母が寝物語に聞かせてくれた話の中に出てきた、伝説の楽園。 楽園といえば、ユートピア、エデン、シャンバラなどなど、国や地域で様々な呼び方をされるが、キャルはこのエルドラドの話が好きだった。 争いもなく、飢えもない。 人々は心穏やかに平和に暮らし、日々の糧を得るために働き、家族と幸せを分かち合う。 よく耳にする、永遠の命が与えられるだの、選ばれた人間だけが行けるだの、ほかの“楽園”などと違い、普通に人々が暮らし、日々の小さな幸せを喜ぶ。 一見地味だが、このエルドラドなら、本当に何処かにあるような気がしたものだ。 中をめくってみれば、綺麗な絵が続いていた。 二人の姉弟が、争いの絶えない世界を悲しみ、エルドラドへと旅立ち、様々な苦難を乗り越えて、やがて楽園に辿り着く。 そんな内容であったが、綺麗な挿絵と、描かれたエルドラドの様子が、母に聞いたものと似通っていて、キャルはこの絵本がとても気に入った。 「ちょっと、子供っぽいかもしれないけど」 あの、ボロボロで寂しい剣に詳しいセインなら、気に入ってくれるかもしれない。 そう思うと、何だか嬉しくなった。 キャルは絵本を買うと、大事に胸に抱えて聖堂を目指した。 途中の出店でサンドイッチなどを二人分買って、空を見上げればまだ夕暮れ時。 茜色に空がけぶり、雲が黄金に輝いている。 今日はよく晴れた一日だったから、見物人も多かったことだろう。 このところは、まだお金に余裕があるから大丈夫とはいえ、セインとの時間が楽しくて、せっかく聞き出した情報だというのに、賞金首のことなどどうでもよくなってしまって、自分でもちょっとマズイと思う。 生きていくためのハンター職だ。 八歳の自分が生きていくのに手っ取り早い方法は、結局のところヘッドハンティングなのである。何せ自分は見たとおり子供で、賞金首の連中は勝手に油断しまくってくれるのだ。 「まあ、そのうち向こうから引っかかって来るでしょ」 この町に来たばかりのときに見かけた、あの変な、情けない三人組のようなのが。 今後のことは気楽に構える事にして、人もまばらになり始めた聖堂の前に辿り着くと、きょろきょろと、セインの姿を探す。 別段、時間を約束しているわけでもないのに、毎回セインはキャルを待ってくれていた。 「さすがに今日は早いか」 通常よりも早く来てしまった為か、背の高い、あのひょろりとした姿が見当たらない。 ちょっとがっかりして、近くのベンチに腰掛ければ、向こうから見たことのある顔が。 「うわあ、思い出すもんじゃないわね」 だらしなく歩く、貴族風の派手な服を着た男を先頭に、すらりと姿勢を正した黒髪の女と、対照的に、必要以上に短足な上に、筋肉がいかつく、いびつにゴツゴツした体格の男。 例の三人組だった。 |
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