「だ、黙って聞いてりゃあ言ってくれるじゃねえか」

 どんどん顔が青ざめていくのが、少し離れた岩の上からでも見える。

「あら、キザったらしい態度は終了?」

 キャルはまだスカートの裾から手を離さない。

「ふん、夜中に来りゃあ、聖剣を盗み出せると思ったら、先客がいたってだけの話よ。生意気なガキと、細っこいの一人くれぇ、どうってことねぇしな」

 相手が小さな少女と、丸腰のひ弱そうな男と分かると、もう態度は急変していた。

 それでも、キャルから、またあの娘に告げ口をされると思ったのか、始めだけはそれなりに気を使っていたらしい。

 三人とも、上げていた両手をおろし、ずかずかとセインロズドに歩み寄る。

「おい、二人とも降りな。邪魔なんだよ」

 そのふてぶてしい、何を勘違いしたのか自分がこの世で一番偉いとでも言うかのような、いわゆる子供じみた態度に、キャルも内心ムッとしたが、相手が子供なら、それに倣うこともない。

「セインは岩の陰にでも隠れてて。あたし、こういう馬鹿がいっちばんキライなのよね」

 キャルのこの言葉に、慌てたのはセインだった。

「キャル、何言ってるんだ。隠れなきゃいけないのは君だよ?」

 言われてみれば。

 セインは、キャルが何者であるのかなんて知らないのだ。彼からしてみれば、キャルを守るべきは自分、ということになるのだろう。

 彼女を自分の背後へと押しやろうとする。

「あ、あああああ、あたしは平気よ!こんな小悪党、直ぐに役人とか警備隊がやっつけてくれるわ!」

 声が裏返った。

 呼びに行かなければ、役人も警備隊も、見回りに来ない限り現れないことくらい分かっているが、キャルはなんとかこの危険な位置から、セインを脱出させたかった。

「まだ、絵本も見せてないんだから」

 本音は聞こえないようにボソリと呟く。

「悪党とはひどいじゃないか。なに、そこをどいてくれて、 誰にも言わないでくれりゃあ、何もしやしねえよ」

 マイワンは歩きながら、口角を吊り上げる。

「誰がそんなの、信用すると思っているんだい?」

 すらりと立ち上がりながら、にっこりと、セインが微笑んだ。

 しかし、その目は笑っていない。

 マイワンの手下であるところの、細身の女が右側に、厳しい男が左側に回る。挟み撃ちにするつもりか、二人とも手に何か、武器らしきものを握っていた。

「セイン!伏せて!」

 キャルが叫ぶやいなや、女の手が伸びて、ギラリと光った。

 二人の間の岩が、ガイン!という音とともに弾け飛んだ。

「ショートダガーだわ!」

 がっちりと、岩に溝を穿ち、両刃のダガーが突き刺さっている。とても女性の技とは思えない。

 かと思えば、いびつな両腕を高々と上げて、雄叫びとともにいびつな体格のの男が、短い足をドスドスと鳴らして迫って来る。

 片手にはチェーンソーが握られていた。

 これがまたえらい勢いよく回転しているものだから、キュイイイイという金属音と、雄叫びとが入り混じって、それはそれは耳障りだった。

「ヴオオオオオオオ!」

「ああ、うんざりだよ」

 キャルはそのまま銃を引き抜こうとしたが、それよりも身体がふわりと浮き上がる方が早かった。

「え?え?え?」

 セインに抱えられて岩から飛び降りたのだと気付いたのは、すとん、と地に足を降ろされた後だった。

「逃げよっか?」

 顔の前で、にこやかに微笑まれて、思わず。

 ごいん

「い、イタイ」

 セインが頭を抱えてうずくまる。眼鏡の下は涙目だ。

 自分達の横では、男がセインロズドの突き刺ささっている岩の部分を、無心にチェーンソーで削っている。

「逃げるってあんたね!あれ!」

 キャルは、足元を削られている聖剣を指差して叫んだ。

「あんた、あれの管理人でしょう?!」

「聖剣のことをあれって言っちゃうあたり、やっぱりキャルはすごいなあ」

 殴られて出来たコブをさすりながら、セインは嬉しそうに、にへら、と笑った。

「もう!いいからセインはそこにいて!」

 何が凄いのか。言っている意味が分からない。

 力が抜けそうになるのを堪えるものの、この状況でどうしてそんなにのん気でいられるのか、頭痛がしてくる。

 そんなことをしているうちに、二本目のダガーが二人の間を再び突き抜ける。

 ドカ!

 その二本目は、キャルの手にしていた紙袋を、聖堂の壁に縫い付けた。


 ぷち


 セインは何かが切れたような音を聞いた気がしたが、音の先にあった、キャルのあまりな微笑みに、それどころではなかった。

「ぎゃハハハハハ!引き抜けねえなら、岩ごと削り取っちまえ!」

 マイワンが手下二人の背後で下品にはしゃぐ。

 キャルの目の前にはショートダガーを構えた女が立ち塞がっている。

 キャルはまた、スカートの中に利き手を滑り込ませた。

 こんなことになるとは思ってもいなかったために、一丁しか銃を装備してこなかったことを、キャルは今更ながら後悔して、小さく舌打ちをする。

 適当に持って来た銃は、少々反動が強い、ベレッタM84だ。

「こんなことならコルト25も仕込んどくべきだったかしら」

 補充用の銃弾も持って来なかったが、それでもキャルはひっそりと哂う。

 不意に、女がまたダガーを投げつけてきた。

 女の手が動くと同時にキャルはスカートから腕を引き抜く。

 少女らしい、白く細い太ももが、スカートがめくり上がったことで露わになった。

 その足には、似つかわしくない皮製のホルダーが巻きついている。

 そこにいつも収められているのであろう彼女の愛用の銃は、既に構えられて、あっという間に発砲されていた。

 発砲された弾丸は、投げられたダガーを弾き飛ばして軽快な音を発し、そのまま女の右腕を貫いた。

「き、貴様!」

 女が腕を押さえて膝を折る。

「あ、あたしの腕が!腕が!」

 わめく女に、キャルはちらりと冷徹な眼差しを向ける。

「うっさいなあ、手当てすりゃ元通りになるわよ。それとも、二度と使い物にならなくしてあげたほうが良かった?」

「ひ、ひい!」

 まさかこんなに幼い少女から、銃弾が飛んでくるなんて思いもしていなかったはずだ。

 女は尻を地面に押し付けたまま、ズリズリと後退した。

 すると、チェーンソーを振り回して、いびつな身体全身で、ごつごつした男がやはり奇声を上げながら向かってきた。

「ムガアアアアアア」

「あんたもうっさい!」

 ドン!

 有無を言わさず引き金を引けば、男はチェーンソーごとひっくり返り、自分の持っていた凶器に顔面の皮膚をえぐられて悲鳴を上げた。

「ウ、ウ、ウ、ウガアアアアアア!」

 回転する刃のせいで、ぐるぐる踊り狂うチェーンソーの横で、顔面を押さえ込んでうずくまる。太い指の間から血が流れ出るが、キャルの言葉は容赦がない。

「チェーンソーを撃っただけなんだけど。よけいにうるさくなったわね。口を打ち抜けばよかったかしら?」

 マイワンが青ざめて動けなくなっているのを確認して、キャルは壁に突き刺さったダガーを引き抜いた。

 紙袋の中身を取り出してみれば、案の定、絵本に縦長の穴が開いている。

「・・・・・・・・これ、弁償しなさいよ?」

 相手に背を向けているにもかかわらず、彼女の声音はロックガンド・トリオを震撼させるに充分だったようだ。

「ひ、ひゃ、ひゃはは・・・、て、てめえみたいなガキに、な、何が」

 ガウン!

 それでもがんばって笑ってみたのだろうが、しゃべり終わらないうちに、振り向きざまに一発。

 一瞬のうちに、マイワン自慢の豪華な衣装の裾に、焦げ穴が開いた。

「数えてない?私、まだ三発しか撃ってないの」

 ドン!

「ひいい!」

 ドン!

 ドン!

「うひゃあああ!」

 ベレッタM84の総弾量は十三発。

 マイワンは、足元へ正確に撃ち込まれる弾丸に、まるで針の上でステップを踏まされて、踊らされるように、聖堂から追い出され、最後には入り口の階段を、後ろ向きに転がり落ちて行った。

「ふん。雑魚が」

 銃を足のホルダーに戻すと、まだ転げまわっているチェーンソーを、セインが拾い上げて止めていた。





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