「セイン?」

 銃をぶちかました自分に驚くかと思ったが、そうでもないらしい。

「えーっと、縛るものと包帯になるものと・・・」

 ブツブツ言いながら、柱の影に隠れて置いてある掃除用具入れの中から、使い古されたロープと、壁の隅に置いてある机の引き出しから真新しいタオルを持って来ると、うめき声を上げて倒れる、残されたマイワンの手下二人を手際よく縛り上げ、傷口にタオルをあてがって手当てしていく。

「キャルって凄いなあ。もしかして賞金稼ぎ?」

「お、驚いたでしょ?」

 もしかしたら嫌われたのかもしれない。

 キャルは無理に胸を張ってみせた。

「別に嫌いになんかならないから、無理しなくてもいいよ」

「な、何よ!べ、別にあんたに嫌われたって、あ、あたし・・!」

 ドキッとした。

 この男は人の心を読めるのかと思うくらい的中だ。

 おかげでキャルは、セインの顔をまともに見ていられなくなって、しゅんと両手に持った絵本に視線を落とす。

 何度見ても、開いた穴は塞がることもなく、隙間から自分の足が見えた。

 パンパンと、手を叩く音がして、ハッと顔を上げれば、縛り上げた二人を柱にくくりつけ終わって、セインが手をはたいているところだった。

「この二人も、お金になるの?」

 普段と変わらない態度で、セインは足元のロックガンド一味(首領抜き)を指差す。

 その表情は嬉しそうだ。

「え?うん。ヘッドのマイワンなんかよりお金になるわ」

「へえ?じゃあ、役所に連絡しなくちゃね」

 今度は、床に出来た血溜まりをモップで洗いだす。

「セイン?」

「うん?」

「何やってんの?」

「お掃除」

「・・・」

 この状況はどうしたものか。

 キャルは訳が分からなくなって、ぽかんとセインを見つめるだけで、不本意ながら、つっ立って動けなくなってしまった。

 血を水で洗い流し、ごしごしとモップで綺麗に床を磨き終わってから、ようやくセインはキャルのところまで戻って来る。


「ここ、お年寄りも来るからね。驚いて倒れちゃったら後味が悪いじゃない?」

 そう言いながら、キャルがいまだに両手に持っている絵本を、すっと自分の手に取った。

「ああ、見事に穴が開いちゃったなあ。もったいない」

 細く開いてしまった穴を、聖堂の明かりにかざして見ながら、セインが呟く。

 そこでようやく、キャルは疑問を口にすることが出来た。

「驚かないの?」

「?何が」

 今まで、キャルが賞金稼ぎだと分かると、驚かない大人はいなかった。だから、セインには何となく、別に隠しているわけでもなんでもないのだが、驚きを含んだ、ある意味差別のこもった表情を、自分に向けて欲しくなくて黙っていたのに。

 彼は驚いて否定するどころか、すんなり受け入れてしまっている。

 どちらかというと、キャルがそれに驚いてしまっていた。

「僕はもっと色んなものを見ているからね。キャルみたいな小さな子が賞金稼ぎだったくらいじゃ、驚けないな」

 後に、セインが言った言葉だ。

「まあ、それなら、いいわ」

 やっと気を取り直したキャロットだ。

「絵本、まだ読めるかな?」

 まだちょっと混乱しているようなキャルに、セインは絵本を差し出す。

 彼女がわざわざセインのために持って来た本だ。出来れば綺麗なまま見てみたかったが、こうなってしまっては仕方がない。

 キャルは絵本を受け取ると、中身をパラパラとめくる。

「まあ、突き刺さっただけで、千切れたわけじゃないし・・・」

 穴は気になるものの、文章が途切れているわけでもなく、読もうと思えば読める。

 各ページをチェックしながら、キャルはセインロズドの傍らに、少々距離を置いたいつもの定位置に腰を下ろした。

 何度も来ていると慣れたもので、手を使わずに、普通に歩いて登れる場所を知っていたし、それでなくても最初に来た頃と比べれば、簡単に岩の頂上まで行けるようになっていた。

 セインがキャルの隣に、やはりいつものように腰掛ける。

「あ」

「どうしたの?」

「削られて座りにくくなってる」

 チェーンソーで多少削られている場所が、キャルのお尻の下になっていたものだから、身体が若干、片一方にどうしても傾くようになってしまっていた。

 仕方ないので、セインの方に少し詰める。

「役所に差し出す前に、一発ぶん殴らなきゃ」

「ははは・・・」

 ここで余計なことを言ったら、また頭にげんこつを落とされかねないので、セインは笑ってごまかした。

 ようやくいつものキャルに戻ってくれたらしい。

 二人はお互いの膝の間の真ん中に絵本を広げた。

 薄暗い聖堂の中ではあったが、六本の柱に付けられたガス灯の下の、ろうそくにも火を灯して、手元にも、備えておいてあったランプを置けば、綺麗な表紙が良く見えた。

 色鉛筆で細かく彩色された挿絵は、それでも人物の顔まではハッキリと描かれてはいなかった。どちらかというと背景主体で、セインは内容よりもそちらの方に目が行ってしまって、時々キャルに怒られた。

「まあ、あたしもどちらかって言うと恋人同士がどうなったのかなんて、興味ないんだけどね」

「じゃあ、どうしてこの本、選んだの?」

「理想郷、楽園よ」

「は?」

 セインのまぬけな顔に、キャルの方が、自分の言った言葉に恥ずかしくなって、思わず。

 ぱかん!

「い、痛いから。キャル」

 セインの頭を、また殴ってしまった。

「あ、ごめん」

「ど、どうしたの?」

「べ、べっつに!いいじゃない、いちいち気にしないでよ!」

 いつも謝ったりしないキャルが、珍しく謝ったりするので聞き返してみれば、またもや頭を殴られた。

「二人が最後に辿り着くエルドラドっていうのはね、知っているかもしれないけど、理想郷とか、楽園とか呼ばれる伝説の都のことなの」

 本の挿絵に視線を戻して、うつむいたまましゃべるキャルの耳は真っ赤だ。

 年相応に照れているのが、また珍しい。

 かわいいな、と思いつつ、それを口にしたら、今度こそ本気で殴られてしまうに違いがないので、セインは眼鏡のズレを直すふりをして、筋肉の緩んだ顔を隠した。





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