「ふうん?エデンとかは良く聞くけど、エルドラドは知らないな」

「え?ほんと?」

 自分が知っていて、セインが知らないことがあるのに驚いて、キャルは思わず聞き返した。

「うん。シャンバラとかエデンとか、あれでしょ?永遠の命を与えられて、死ぬこともなくて、貧困もなく飢えることもない、っていうのが売りの、信じてる人だけが行けるとか、限定付きのやつ」
 
 にっこりとセインが微笑めば、

「ちっがーう!!!!!」

 思わず全力で否定して、セインが若干怯えて身を引いた。

「エルドラドをそんじょそこらの楽園と一緒にしないでよ!」

「は、はい。すみません」

 楽園は、そんじょそこらに転がってはいないだろうが、勢いに負けてセインはつい謝ってしまう。

 そのキャルの声で気がついてしまったのか、柱に縛り付けた女が、軽くうめき声を上げる。

「う、うん・・・?」

「そこ、うっさい」

「は、ハイ!」

 ビシリ!とキャルに指差され、女は条件反射か、か細い声で返事をすると、またかくりと気を失ったので、気にせず話を進める事にする。

「エルドラドはね、そこに暮らす人はちゃんと働いて日々の糧を得て、貧富の差もなくみんなが一つの家族みたいに平等に暮らしているのよ。あれこれ限定付きの良くわかんないのと一緒にしちゃダメなの!」

「わ、わかりましたごめんなさい」

 再勢いを増したキャルに負け、気がつけば、ぐいぐい押されたセインの背中が、岩肌にぺったりくっついていた。

「分かったんなら、いいわ」

 深呼吸をして落ち着いてから、キャルはようやくセインを開放して、元の位置にすとんと座った。

「どうしてその本を、僕に?」

「・・・セインに、面白い話を聞かせたくて、本屋さんに行ったの。それで、この本が目にとまって・・・」

 体勢を崩したために落ちてしまった絵本を拾い上げて、最後のページを見つめながら、ぽつりぽつりと話す。

「ずうっと前に、聞いたことがあったのよ。エルドラドの話。それで、セインにどうかなって、思って・・・」

「じゃあ、この本、貰ってもいいの?」

 キャルの膝の上の絵本を、彼の長い指がひょい、と取り上げる

「そ、そりゃ。でも、だったら新しいの、また買ってくるわ」

「いいよ、これで」

 一生懸命見上げてくるキャルに、セインは楽しそうに微笑んだ。

「だって、そんな、穴の開いたのじゃ読みにくいじゃない」

「でも、せっかく買ってきてくれたものだし、穴の開いた本なんて、そうそうあるものじゃないでしょ?僕はこれがいいな」

 気を使ってくれているのかどうなのか、理解しがたいところではあったが、セインはこの絵本を、どうやら気に入ってくれたらしい。

「じゃあ、その本、大事にしてね」

 嬉しくて仕方がなかったが、それが表面に出ない様に気をつけながら、セインに絵本を渡す。

 自分は賞金稼ぎだ。いつまでもこの町にいるわけではない。

 この絵本を見たら、もしかしたらキャルのことを、セインが思い出してくれるかもしれない。

 実は、そんな思いもあって、セインが喜びそうな本を探していたのだが、天邪鬼な性格が邪魔をして、言い出せなかった。

「大事にするよ」

「絶対だからね!?」

 にっこりと笑ってくれるセインに、キャルも笑顔で返す。

「エルドラドか。そんな国があるのなら、本当に・・・」

 絵本を見つめるセインは、何だか少し、寂しそうに見えた。

「じゃあ、私、行くね?」

「うん。お休み。早く寝ないとダメだよ?」

 月はとっくに中天を超え、日付も変わってしまっている。

 いつもこんな時間までお邪魔しないのだが、それでも、文句も言わずに付き合ってくれるセインが嬉しかった。

「さあ、起きなさいよ」

 気絶したままの、捕まえた二人の頭を、銃の柄尻で、容赦なく殴り起こす。

「ひえ!」

「うご?!」

 痛みで目が覚めれば、目の前には銃口が。

 ドン!

 一発撃って、柱につなげてあった縄を切る。

「ひええええ?」

 自分が撃たれたと思ったらしい。二人同時に目を瞑って、亀みたいに首を引いた。

 柱と身体を縛り付けている間の縄が切れただけなので、縄は解けることはない。おかげで前のめりにべっちゃりと倒れこんだ。

 しかし、キャルはそんな二人に無情だ。

「さっさと歩く!」

 見上げれば、白く浮かび上がる月明かりの下に、少女の黄金が輝く。

 が、その黄金の少女は、銀色に光を反射する黒い銃をこちらに向けている。

 何とかよろりよろりと立ち上がるものの、そのまま歩いて階段を転げ落ちた。

「ぐえ」

 またもやカエルみたいにべっちゃり潰れたのに、黄金の髪の少女はお構いなしだった。

「ほら、シャッキリ歩くの!役場に行くんだから!」

 ふらふらと揺れる、縛り上げられて一塊になった男女と、その後ろをキビキビ歩く小さな女の子。

 捕まえる気もなかった小者だったが、聖堂に置いておくわけにもいかない。

 おまけにセインにあげたあの絵本に、こいつらは見事な風穴を開けたのだ。

 とりあえずいくらかの金にはなるのだから、もう役所に突き出す気は満々だ。

 そんな、対照的な影を見送って、セインは絵本を、今度は一人でぺらりとめくった。


 あと数時間で日が昇るというのに、役所の入り口は煌々と明るい。常駐の役人が待機していて、いつでも何かがあったときに対応できるようにしてあるのだ。

 その役所にキャルが着いてみれば。

「・・・何やってんの?」

「ひゃあ!」

 玄関をくぐった先で、マイワンが捕まっていた。

 役人に押さえつけられているにもかかわらず、キャルの顔を見るなり飛び跳ねた。

「お、親分!」

「ぶほっ!」

 手下二人が、縛られたまま走ろうとして、見事に顔面から役所の床に滑り込んだ。

「ペムカ!ジンズ!」

 役人の手を振り切って、手下に駆け寄るマイワンの顔は、涙と鼻水でべたべただ。

「名前があったんだ」

 あってあたりまえなのだが、もともと興味がなかったので、名前なんかどうでも良いキャルだった。

 ちなみに、どっちがペムカでどっちがジンズかといえば、男の方がペムカで女がジンズらしい。

 オイオイと泣きながら抱き合う三人に、軽作業服を来た、がっしりとたくましい役人が、帽子を脱いで、キャルにぺこりと頭を下げる。

 以前この町に来たときに、やっぱり賞金首を引き渡した顔馴染みの役人だった。

「こんなに夜遅くまで、ご苦労様です」

 にっこりと挨拶を返す。

「玄関でウロウロしているのがいるので、何か用があるのか聞こうとしたら、まあ賞金首じゃないですか。何考えてるんだか。おっと、拝見しますね」

 ごそごそと、スカートのポケットから出したハンターパスを、役人が受け取って、何事か書類に書き加えた。

「じゃあ、これ、パスはお返ししますね。ここにサインを・・・」

「ありがと。私も、まあこんな安値の雑魚なんか、捕まえる気はなかったんだけどね」

 さっとサインして、書類を役人へ返す。

「でしょうな」

 キャルから書類を受け取って、役人は、ふう、と溜め息をついた。

「しかしまあ、助かりましたよ。頭だけ捕まえても、こいつらの場合手下の方が厄介だったんで」

 若い役人に、縦に並ばされてロックガンド・トリオが引き立てられていく。

 ジンズとペムカは極端に違う足の長さと体格に、やっぱりよろよろ、ふらふらしながら歩くものだから、キャルの視界から消える前に、何度か転んで、その度に親分を下敷きにした。

 まあ、その親分であるところのマイワンなのだが、どうやら手下二人を残してきたことが心配で、役所にいれば、いずれ連れて来られるだろうと待ち構えていたらしい。しかし実力が実力なだけに、あっさり御用となったわけだった。

「キャロットさんも、早くお帰りなさい。いかなゴールデン・ブラッディ・ローズといえども、子供は子供。寝る子は育つんですよ?」

 銀行宛ての書類と、賞金額を記入した小切手を、にこやかに渡されたキャルは、ちらりと役人を見上げる。

 髭の濃い口元も、太い眉毛も弧を描き、人の良さそうな笑みが目線の先にあったので、子供扱いされたことには目を瞑って、キャルも素直に頷いた。

「ありがと。そうするわ。私も、もう眠いもの」

 ポケットの中に書類と小切手を小さくたたんでしまいこむ。

 役所を出ようとしたキャルだったが、ふと、立ち止まって振り向いた。

「どうしました?」

「そういえば、あの聖堂にいる管理人なんだけど」

「ああ、ダイラオ爺さんですか?」

「・・・え?」

 キャルは眉根をひそめた。

「・・・爺さん?」

「ええ。聖堂の掃除や、聖剣の監視をしているんですが。あれ?昼間に会いませんでしたか?」

 髭を撫でながら、きょとんとする親切な役人の顔を、キャルは見上げた。




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