HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN!
銃と少女と聖剣と+海賊と?!

作:coconeko

 第一章


「どうしたらこういう状況になるのかしらね?」
 金色の、ふわふわの髪をゆらし、両の腕を組んだまま、少女は足元の青年を見下ろした。
「ううう、ごめんなさあい」
 ずれた眼鏡はそのままに、青年は背中を丸め、うずくまったまま頭をかばうポーズを条件反射的に取って、少女に見下ろされながら謝った。
 ちゃんと立てば、二人の身長差は頭三つ分ほどもあるというのに、どうやらこの二人の立場は身長とは関係がないらしい。
「あんた、年いくつだっけ?」
「・・・えっと?」
「じゃあ、あたしはいくつ?」
「やっつ?」
 少女は額に青筋をたて、げしげしと青年の背中を蹴りつけた。
「あんた見た目どう見ても二十歳とっくに超えてるわよ!」
「あいたたたたた!やめてようっ」
 どうやら、年齢差も関係がないらしかった。
「ちょっと買い物に出かけたはずなのに、戻って来ないから探しに来てみれば、何をどうしたらこうなるの?!」
「・・・不注意?」
 がつん!
「げふう!」
 少女は、今度は青年の背中を踏みつけた。
「お嬢ちゃんよ、俺らを無視しないでほしいんだがな?」
 無骨な髭面の男が、二人の会話に割って入る。
「あら、ごめんなさい。でも、あんたたちの欲しいようなもの、悪いけど持っていないのよ」
 振り返った少女の先には、数人のガラの悪そうな男たちが、にやにやと下卑た笑いを顔に張り付かせていた。

 ここは港町。
 大きくもなく、小さくもない、よって物資はそこそこあるが、警備もそこそこ。こういった港には、時々海賊なんてものが立ち寄ることがある。
 二人は今、そんな海賊にからまれている最中なのであった。
「そうかい?じゃあしょうがねえな。そこの眼鏡とお嬢ちゃん、二人に来てもらうか。あんたら二人、いい値で売れそうだ」
 髭の男がそう言うと、残りの海賊達が一斉にゲラゲラと笑い出す。
 暇つぶしに連れて行って、最後には奴隷商人にでも売ってしまおうということだ。
「・・・そういう物騒なことを言われてハイ、ソウデスカなんてついていくわけがないでしょ!セイン!あれ!」
「えー?キャルあれ出すの?この人たち一般人だし気が引けるんだけど」
 ごいん!
 変な音が青年の頭から発せられた。
 少女に殴られたためだが、彼女は構わず二発目の拳を作る。
「こいつらのどこが一般人なのかしら?」
「分かりました!ごめんなさい!」
 涙目になりながら青年は立ち上がり、両の手を合わせる。
 彼が、その合わせた手の平を、ゆっくりと離していくと、手と手の間の空間から何かが生まれ始めた。
 まず姿を見せた柄を青年の左手に握られ、右手の平から、赤ん坊が生まれるかのように、彼のものであろう赤い液体でぬめ光る、鋭く長い刃が引きずり出されてゆく。
 やがて、青年の血と体液を滴らせ、ずるりとその身を露わにした。
 ずぶずぶと、生々しく発生したそれを、少女はためらいもなく掴み取り、その長く煌く刃身を海賊達に向けた。
 それは一振りの剣だ。
「何だ?今のは」
 人の手から抜き身の剣が生まれる異様な光景に、男たちは呆然とした。
「あたしたちに目を付けたのが運のつきと思うことね」
 少女は不敵に笑う。
「手品か?どうやったかは知らねえが、その大刀、お嬢ちゃんには重いんじゃねえのかい?」
 男が少女に掴みかかろうとした、その瞬間だった。
 シュリン・・・!
 軽やかな音色と共に、少女の姿が視界から消えた。
「うわあああ!」
 後ろから聞こえた仲間の悲鳴に、男が振り返ると、信じられないことが起こっていた。
 ベルトを切られてズボンを押さえる者、頭部のてっぺんにハゲを作られた者や、腕に巻いていたバンダナを半分にされた者と、一人一人がみな一様に、どこかしら切られている。肝心の自分は、いつのまにやら小刀を下げていたホルダーベルトをすっぱりと切られていた。
 まさに電光石火。
 十にも満たない少女の仕業とは思えない。
 慌てて振り返れば、少女たちはもう遠くに逃げていくところだった。
「一体、何者だ・・・」
 男は不本意ながら、キャルと呼ばれていた少女の言ったとおり、あの二人に目を付けた不運を認め、後を追おうとはしなかった。

「キャ、キャル、もう大丈夫だよ」
「あ、そう?じゃあ、歩きますか」
 息を切らせているセインとは対象に、キャルはけろりとしている。
「若いっていいなあ」
 しみじみと呟くセインに、キャルは歩調を合わせた。
「あんたはもう年寄りだもんね。多少は労わってあげるわ。でもね、何であんなのに絡まれているのよ」
「年寄りって、うう、傷つくなあ」
 わざとらしく胸を押さえる青年を、少女はすっぱりと無視をする。
「あたしがいなくたって何とかできたんじゃないの?」
「だって、僕が手を出すわけにはいかないじゃないか」
「・・・あたしならいいわけ?」
「う。ごめんなさい」
 歩きながら、どちらが年上なのかわからないような会話を、二人は延々続けている。
「ほんと、セインなんか、引っこ抜くんじゃなかった」
「それはないよキャル〜」
 セインと出会ってから、すっかり口癖になってしまったそれを、キャルはまた口にした。

 聖剣・大賢者セインロズド

 三ヶ月ほど前、封印されたこの伝説の剣が、何者かによって数百年ぶりに解かれた。
 そのうわさは、まことしやかに囁かれ、あまり広がりを見せてはいない。
 それもそのはず。
 その当人たちが、実はコレである。
 眼鏡をかけた、背の高い、おっとりした青年が、長い歴史の間、自身を封印し続けていた聖剣、セインロズドの正体であり、また、その封印を解いて、彼を永い眠りから目覚めさせたのが、この金髪の勝気そうな少女、キャロットであった。
「岩に突き刺さってたあんたを引き抜いてからというもの、ろくなことがないわ。聖なる剣っていうんなら、何かこう、奇跡とか何か起こせないの?」
「む、無理デス・・・」
「・・・分かってるわよ。まじめに答えないでよ馬鹿バカしい」
 二人の会話は宿に着いてからも続いていた。
「この宿も明日には出るんだから、しっかりしてよね」
「うん。ごめんなさい」
 素直に謝るセインに溜め息をつきつつ、キャルは宿屋の部屋の扉を開けた。
 小さな宿屋である。簡素で安くて、しかし食事はそこそこ美味しかった。
 ここを離れるのは何となく惜しかったが、目的のためには仕方がない。
「次はどこへ行くの?」
「そうね。船で海を渡って、ここに行こうと思うの」
 キャルは、セインが買ってきた新しい地図を、歩きながら広げ、ばさりとテーブルの上に置いて、一点を指で示した。
「エルグランド島?」
「うん。名前が似てるでしょ?それに、本で読んだんだけど、ここってちょっとした伝説があるのよね」
 キャルの声は心なしか弾んでいる。
「伝説?どんな?」
 セインは地図を覗き込みながら、カチャカチャとお茶の用意を始めた。
「えっと、ね、この辺りの町や村には独特の風習があってね?亡くなった人をこの島に奉るの。そうすると、死者の魂は約束された地へ赴ける」
「ええ?それってお墓って事だよね?やだなあ」
「他にもあるわよ?ここでは昔から超常現象が見られるの」
「超常現象〜?」
 いかにも胡散臭いというように、眉尻を下げるセインに、キャルはかまわず、明日出掛けるための準備を着々と進めてゆく。
「そ。天に昇る階段を見たとか、海の向こうへ列を成して飛び交う光を見たとか。何にせよ、何か手がかりがあるかもしれないじゃない?せっかく近くに来てるんだから、行ってみてもいいと思うわ」
「じゃあ、明日は船を捜すの?」
 はい、お茶、と言って、手元にカップを置くセインを、キャルはガバッと見上げた。
「そーよ!船!すっかり忘れてたけど、さっきのあいつら海賊じゃない!」
「そうだね、いかにも海賊だったよねー」
 ばきん!
 セインは右の脛を抱えて涙眼にうずくまった。
「海賊って言ったら港に停泊しているに決まってるでしょ!明日鉢合わせでもしたらどうするのよ!」
「そんなに怒らなくても」
 見上げるセインを、キロリと睨む。
「左の脛も蹴られたい?」
「・・・イイエ」
 ますます小さくなってしまったセインを、キャルは再び見下ろして、彼の用意したお茶を啜った。
「・・・セインって、お茶を淹れるのは上手よね」
 思わずカップの中を覗き込む。
 ふんわりとした良い香りに鼻を刺激され、口に含めばなんとも言えないお茶の葉の、混じり気のないやわらかな味が広がる。
「明日早く出ることにするわ。今日はご飯食べたらさっさと寝るわよ」
 早起きの漁師の船にでも乗せてもらって、海賊に見つからないよう、こっそり船出するしかない。
 二人はそう決めると、早めの食事を摂ろうと、また部屋を出て行った。

 そして夜。
 といっても、まだ宵の口。
 セインのもそもそと動く気配に、キャルが目を覚ます。
「何やってんの?」
 目を擦りながら、声を掛けてみる。
「あ、ごめんキャル。起こしちゃった?」
 カーテンを少しだけ開けて、明かりも灯さずに窓辺に立つセインに、キャルは何となく事態を把握する。
「・・・何かあった?」
「うん、昼間の海賊さんたちがね」
 二人とも、声を潜めた。
 ちょいちょい、と、セインが外を示す。
 キャルはセインの側に、静かに歩み寄った。
「うわ、いるわね」
 そっと、窓の外を覗いて、キャルはうんざりしたような声を出す。
 部屋の向かい側の木の下、宿屋の外壁の隅、その壁に面した細い通路。
 見えるだけでも結構な数だ。
「・・・逃げよっか?」
「そうね。宿泊費は机の上にでも置いとけばいいわよね」
 早々に話がまとまると、二人とも素早く準備を完了させる。
「キャル、着替えた?」
「一番に着替えたわよ!」
 パジャマのままで逃げるわけがない。
 顔を真っ赤にしたキャルだったが、セインは意に介さなかったらしい。
「じゃあ、行こっか。荷物、離さないでね?」
 にっこり微笑んで、セインはキャルを、彼女の大きなカバンごと抱え込んだ。
「ちょ、セイン、ここ二階!」
 キャルが悲鳴を上げる暇も無く、セインは彼女を抱え込んだまま、音もなく窓から飛び降りた。
「大丈夫?」
「い、いいから、行くわよ」
 バクバクする心臓を、キャルはどうにかこうにか押さえる努力をする。
 時々セインがとる大胆な行動に、キャルは面食らうことがしばしばある。
 普段がふだんなだけに、予測がつかなくて困る。
「いつもこんな風ならいいのに」
「え?何?」
「何でもない!見つからないうちに行くわよ!」
 二人は宿屋の壁から離れて、目の前の茂み伝いに移動を始めた。
 カシャン!
 頭上から、何かが割れる小さな音が聞こえた。きっと、海賊どもが、先ほどまで二人がいた 部屋へ侵入したのだろう。
「何気に危機一髪だったのかしら」
「みたいだね。どうする?このまま港に出ちゃう?」
「そうね。それがいいわね」
 ヒソヒソと話しながら、四つん這いになって進んでいる時だった。
 ボキッ!
 盛大な音があたりに響き渡った。
 ざあっと血の気を引かせて二人が振り向いた先。
 セインの足元には、真っ二つに折れ曲がった木の枝が。
「この、大馬鹿者!」
「うわあん、ごめんよお!」
 そうっと辺りをうかがってみる。
 二人に気付いた気配もなく、しんとしたままだ。
 安堵に胸をなでおろす。
「おい、物音が聞こえたが・・・」
 急にすぐ横から声をかけられ、二人は飛び跳ねた。
 セインに至っては、声をかけてきた海賊と、バッチリ目が合ってしまった。
「いたぞ!」
「わわわっ!」
 一目散に駆け出したが、時は既に遅し。あちらこちらから人影が溢れてくるのが、夜目にも分かる。
「っ、このまま港まで突っ切るわよ!」




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