「あー、いろんなことがあってすっかり忘れてたわね」 とにかく何とか無事に島を離れてから、ぴたりとロックバードの襲撃は止み、やっとのことで、切れた息を整えた一行は、一気に脱力感に襲われた。 「そういや、ロックバードがいるって、旦那もお嬢も言ってたっけな」 ラゾワがぼそりとそんなことを言ったので、仲間達から、そういうことは早く言えだの、なんで忘れてるんだだの、ぼこぼこと頭を殴られている。 「日が昇ったから、出てきたんだねえ」 ずれた眼鏡を直して、太陽て手をかざすセインに、わけが解らないというように、水をいっぱい飲み干してから、ギャンガルドが食ってかかった。 「昨日はいなかったぞ?」 「あ、それ多分、僕らを襲ってたからじゃないかなあ?」 もう疲れた、というように、船の縁にのしかかってだらしなく伸びるセインに、ギャンガルドは息をつきながらナルホドと納得した。 「あれ?何度かこの島を訪れているんじゃないの?君」 「今までだって来てるが、あんなのはいなかったぞ」 それは運がいいというべきか。 「あー、もしかして、一人で来てたでしょ?」 「!よく分かったな。こっそり小船なんかで、こう、そそそっと」 奥さんのことを秘密にしていたなら、近くを通った時なんかに、一人で訪れていたに違いない。 「だからだよ。小船だから、ロックバードも餌を運んでくる町の人たちと同じに見てたんだ」 「って、それってえっと?」 引きつった笑みを浮かべるギャンガルドを、呆れ顔で見つめ返す。 「ここの人たちが、あの島で鳥葬をしているのは知っているよね?」 「あー、やっぱりか」 聖域になっているこの島を訪れるのは、亡くなった人を運んでくる小船くらいのものだろうから、ギャンガルドが小船で訪れても、ロックバードは餌を運んできた町人くらいにしか思わなかったのだろう。だから襲ってこなかったのだ。 「なんか、餌ってな・・・」 「ロックバードにとっては、人の亡骸も餌ってことだよ。町の人がどう崇めていようともね」 「まあ、それで食べてもらって、天国へ行けるのなら、文句もないだろうしな」 物騒な会話を、海に向かってしていれば、タカが二人の間に割って入った。 「何気持ちの悪い話してるんスか」 「やあ、タカ。君のお弁当箱、あの島に置いて来ちゃったよ」 再びの怪鳥の登場で、キャルのカバンを死守するので手一杯だった。何せあのカバンがなくなってしまったら、キャルもセインも商売上がったりで路頭に迷う事この上ない。おまけにキャルに殴られるに決まっているのだ。 旅の不便なところは、大事なものまで一緒に持ち歩かなければならないことだ。 例えば身分証明にもなるキャルのハンターパスとか、商売道具(いわゆる各種銃火器)やら通帳やら財布やら。 おまけにキャルの着替えからお気に入りの小物まで。ぎっしりと詰まっているので、小さな車輪が付いているとはいえ結構な重さなのだ。 「今は僕が持ち運んでるけど、前はキャル一人で持ち歩いてたんだよな」 キャルって凄いなあ、などと、今更ながら変なところで感心してしまうセインだった。 「そんなことより、お嬢も旦那も、もちろんフウェイルで陸まで行くんだろ?」 そうだった。島に上陸したときにもらったボートは、あの騒動で島に置いてきてしまったままだ。 「ごめん、ギャンガルド」 「うへ、素直にあやまんなよ。鳥肌立っちまう」 「そうですよ旦那。あんなくらいの船だったら、俺たち自分で作っちまうから気にすることはねえ」 どうやらクイーン・フウェイルに備えてある小船は、全て乗組員が暇つぶしに作ったものらしい。 「へえ!凄いんだね」 「そんなことねえよ」 驚くセインに、タカは照れて禿げ頭を掻く。 「まあ、そういうことだから、船のことは気にすんな」 「そうよセイン。乗せて行って貰わなきゃ、陸まで帰れないんだから」 セインの脇から、キャルが顔を出して、三人の男の間に遠慮なく、ぐいぐいと入る。 「でもキャル、小船をなくしてしまったのは事実だし」 「タカが気にするなって言ってくれたわ。それに、誘拐されたり拉致されたり監禁されたり脅されたり弄ばされたりした代償としては安いくらいよ」 鼻息も荒く、金髪の少女はふんぞり返る。 「うわあ、思いっきり変質者な犯罪者みたいっすね、キャプテン」 罪名がいちいち怪しいのはどうしたものか。 「まぜっかえすんじゃねえ!抵抗できねえだろうが!」 「いひゃいっしゅ、ひゃふひぇん」 つねって伸ばされて、両頬がびろんと伸びたままタカがしゃべるので、変な単語になる。どうやら、痛いっす、キャプテン、とか言っているらしい。 ともあれ、セインとキャル、ギャンガルド一行は、再びクイーン・フウェイル号に乗って、短い間だが、航海を共にすることになった。 相変わらず、ギャンガルドは信用されていないようで、セインもキャルも、彼だけには警戒心むき出しだったが。 その間、セインたちの地図と、海図をラゾワが見比べて、島の灯台もどきは当時のあの国の人たちに逃げ道を指し示すものであったことも判明したりと、ちょっとした発見もあったりした。 また、船の上ではあだ名で呼び合うものだと誰かが言い始め、セインの呼び名は大賢者にあやかって、グランローヴァから、グラン(本人はお爺さんみたいだからやめてくれと最後まで抵抗した)となり、キャルは二つ名からとって、ローズ(なんだかサスペンス小説ですぐに死んじゃう水商売の女みたいだからやっぱりやめてと本人は抵抗気味)と、勝手に呼び名を決められた。 しかし、ラゾワの本名がラルクント・ラゾッドだったのはまだいいが、タカの本名がキースウェル・ハートだったことには納得がいかないキャルだった。 これであんたらもクイーン・フウェイルの乗組員だと言われたのは素直にうれしかったが。 でも結局、呼びなれてしまったのは”旦那”と”お嬢”だったので、そう呼ばれることの方が多くて、安心した二人だった。 ギャンガルドを除く海賊達と、そんな妙な親睦まで深めて、二人は次の港町で船を下りた。 最後に、ギャンガルドがもう一度セインとキャルを誘ったが、それはやっぱり無下に断られて終わったりした。 大勢と過ごした時間は短かったが楽しく、キャルが両親を殺した男のことを口にしなくなっていたことに、セインは内心ほっとしていた。 賑やかな海の生活と、珍しい魚やタカのつくる美味しい料理などで、気をそらせてくれたならそれでいい。ひと時でも、キャルに楽しい時間を提供してくれたクイーン・フウェイルの皆に、セインは心から感謝した。 このまま忘れていてくれればいいと思うが、彼女が賞金稼ぎを続ける限り、それはありえないのだろう。 次に訪れた宿屋は、海の見える高台にあった。 窓から、港に浮かぶ帆船が見える。 目を細めて懐かしそうに海を眺めていたセインが、ふ、と、視線を室内に戻した。 「ああ、そうだ。キャル」 「何?」 別れ際。 ギャンガルドがセインに言った言葉を、今思い出したのだ。 それをキャルに耳打ちする。 二人でくすくす笑いあった。 「まったく、本当に油断も隙もないんだから」 「まさか、しっかりバレているとは思わなかったよねえ?」 船を降りるセインを呼び止めて、にやりと笑ってギャンガルドが言った言葉。 『早くお嬢と一緒になって、気兼ねなく平和に暮らせる楽園なんかが見つかるといいな?』 一緒になって、というところに、もしかして結婚、という意味が込められているのだろうかとセインは思いつつ、何でもお見通しの海賊王が、ああ見えて実はお節介焼きなことに、二人で笑いあった。 「さて、次はどこへ行きましょうか?」 「そうだねえ?」 今度は、二人一緒に買って来た地図を広げ、頭をつき合わせてお茶をすすった。 セインの淹れたお茶はやっぱりおいしい。 キャルが、窓から差し込むオレンジ色の光に、目を眇めて外を見やる。 今日の夕焼けはきれいだから、明日はきっと良い天気になるだろう。 「あ、そうそう。あのエルグランド島の獣達ね。ギャンガルドが開放したらしいよ?奥さんの墓を守らせるんだって」 「げ。じゃあ、あの島、今天然サファリパークなわけ?」 「街の人たちどうするんだろうねえ?」 「・・・・・まあ、いいけど?」 ちょっとしたオマケもついたが、海賊のおかげで、なんだかエルドラドに近づいたような気がした。 FIN |
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