第五章

 外へ出ると、クイーン・フウェイル号一同が、勢ぞろいで待っていた。
 日は昇って燦々と光を降り注ぎ、とうに朝が来ていたことを伝え、洞窟内とは打って変わって、さわやかな空気が肺を満たす。
 肩にロープを担いでいたり、救急箱を抱えていたり、縄梯子を運んでいたりと、面々の、大そうな救助道具にギャンガルドは笑い、ラゾワは三人の顔を見て腰が抜けたようにしゃがみこみ、タカはキャルに泣きついた。
 あの、洞窟内での別れ際の騒動に、ラゾワは心底心配したらしい。
 船の乗組員全員かき集めて、援護ではなく、救助を求めたのだ。
「大げさだよまったく」
 笑いがおさまらないギャンガルドに、ラゾワが食ってかかった。
「だってキャプテン、あれじゃあ間違いなくキャプテンが悪者ですって!」
 怪我人に鎖を巻いてそのまま連れ去り、本来の目的だった、探していたはずの部下は置き去りにし。
「キャプテンのことだから、絶対楽しんでるだけだって自信はあったっすけど、相手が相手だし!お嬢なんか、まだぜんぜん子供なんスヨ?!」
 興奮しすぎて語尾が裏返っている。
「ああ、わかったわかった、俺が悪かったよ」
 降参のポーズをとるギャンガルドに、ラゾワの次はタカが食って掛かる。
「まったく、弁当食いそびれたってみんなから苦情が来るし、その分また飯作んなきゃいけなかったし!キャプテンもう少し自重してくれねえと!」
「うー、俺お前にまで怒られるの?」
 情けなくも眉尻を下げるギャンガルドに、タカは額を押さえて唸った。
「うっわ自覚ないんだ!キャプテン今日の昼飯抜き!」
「げ!」
 もみくちゃである。
「あの、みんな。もうそれくらいにしてやってくれないかな?」
  おそるおそる、セインが口を挟んでみる。
 確かにはちゃめちゃだったが、ギャンガルドにも、部下に知られたくない秘密があったわけで。
 結局は、その手伝いをさせられただけだったのだから、今となっては、セインはそんなに怒ってはいなかった。
 だからといって、ギャンガルドを信用したわけでもないが。
「旦那!あんな目に合っておいて、うう、申し訳ねえ!」
「肩の傷は大丈夫かよ?」
 わらわらと囲まれた。
「ああ、もう大分傷は楽だから、気にしないで。それより、タカ、君のお弁当、僕らも食べたんだ。食いはぐれた人がいるって、ごめんね?」
「その謙虚さをキャプテンに分けられたらなあ!」
「違いねえ!分けれるモンなら分けてくれねえか?!」
「む、無理だよ」
 思わぬ再会がうれしかったのだろう、我も我もと集まるものだから、背の高いセインが埋もれるほどだ。
「お嬢も大変だったなあ」
 セインと並んでいたキャルも、必然と囲まれて、小さな彼女は早々に埋まってしまっていた。
「・・・どっちかっていうと、今のほうが大変だわ」
 埋もれるだけ埋まって、キャルがぼそりと呟いた。
 心なしか元気の無いキャルに、タカは景気付けだとばかりに朝食を差し出した。
「腹が減ってんじゃねえかと思ってな。ちゃんとしたのは船に着いたら食わしてやるから、まずこれ食べな!」
 元気がないときは食うに限る、とはタカの持論なのだが、人間、腹が減っていては思考も偏る。
 バスケットの蓋を開けたとたんに、キャルの目が輝いた。
 その様子を見ていた一人が、
「なんだ、お嬢もゲンキンだな!」
 と言ったものだから、どっと笑いがあふれた。
 その様子に、セインはほっと安堵の息を漏らす。
「おめえも苦労してんなあ」
「いや、僕もキャルには助けられっぱなしですから」
 目を細めてキャルを見つめるセインに、ギャンガルドが、今度は溜め息をつく。
「な、何ですか?」
 この二人は、自分達の気持ちに気がついているのかいないのか。
 特にセインに至っては、キャルの言うとおり、年を食いすぎてボケてしまっているのだろうか。
「それにしても、すんげえ年の差だな?」
 にやりとそんなことを言うギャンガルドに、セインは何のことだか分からなくて、首を傾げる。
「さっきから、いったい何のことですか?」
「いんや?気にすんな。それより」
 そんなセインの視線を一回かわし、もう一度、今度はずいっと顔を近づけた。
「俺のカミさんのことについては、黙っといてくれてありがとうよ」
 にかっと笑う。
 話を上手く逸らされたような気もするが、セインもにっこりと、微笑んで返した。
「いえ、あなたも、大変でしたでしょうに、キャルのことまで気遣っていただいて」
「・・・」
「なんです?」
 自分の顔をまじまじと見つめながら固まるギャンガルドに、セインは訝しげに眉をひそめた。
「いや、怖くない微笑もできるんだなあ、と」
「・・・・あなた、僕をなんだと思ってるんです」
「できれば今からでもかっ攫っちまいたいくらい欲しい大賢者」
 即答で、けろりと返される。
「・・・・あ、そうですか」
 冗談なのか本気なのかといえば、彼のことなので本気なだろう。無理だとわかっているから手を出さないだけで。
 やっぱりギャンガルドは苦手だと、セインは思う。
 人生を常に面白おかしく謳歌しようという心意気は認めるが、人を巻き込むのは是非止めていただきたいものだ。
 しかし、苦手といっても聞いておかなければならないことがある。
 ふう、と一呼吸して、セインは海賊王の目を見た。
「あの。あなたの奥さんですが・・・」
 聞きにくいことだが、確認を取らねばなるまい。
 キャルのためにも。
 セインは声を小さくしてギャンガルドに訪ねた。
「ああ、多分、お嬢の言う男に、殺されたと見て間違いないだろ」
 何故殺されたかといえば、多分に海賊王の伴侶だったからだろう。
「どうしようもない怒りだな。この感情は」
 いつもの飄々とした表情は消えうせ、彼の瞳に、暗い光が宿る。
「復讐しようとは・・・?」
「・・・・・思うが、だからといってあいつが帰ってくるわけでもねえ。旅先で、もしその男に会うことがあったら、迷わずに切り捨てるだろうがな」
 静かに語るギャンガルドの目には、先ほどまでとは違った、炎のような光が揺らめいていた。
「お嬢ちゃんの気持ちも分かる。経験者だからな。だからといってあんなちっせえ体に、んなくだらねえ重荷を背負わせることもないだろ」
 今度はにやりと、例のあの笑顔で、白い歯を見せる海賊王に、セインはまた笑った。
「本当に、掴み所がありませんね。あなたは」
「かっこイイだろ?」
「さあ、それはどうでしょう?」
 笑いあう二人に、ラゾワがびしっと指を刺す。
「ああ!何を二人で楽しそうにしてるんすか!」
「だからラゾワ。君、人を指で指すのは良くないって」
 そんなやり取りをしているところに。
「うわあ、やな鳴き声聞いちゃった」
 キャルが青ざめた声を出した。
「キャル、それってもしかして・・・?」
 セインの顔も青ざめた。
「もしかしなくっても、そのもしかしてよ!」
 わけの分からない二人の会話に、海賊達が首を傾げたときだった。
「クエエエエエエエエエ!」
「来たー!」
 三つ足の巨大な怪鳥が、何故か朝日を背中にしょって現れた。
「何だありゃ?」
 のんきなギャンガルドに、キャルが叫ぶ。
「ロックバードよ見て分かるでしょう!?」
「いや、普通は分からないと思うよ?」
 冷静にツッコミながら、セインは走る。
「どわああああ!」
 見たこともない伝説の巨大な鳥に、海賊達は色めき立った。
「ケエエエエエエ!」
 また鳴き声がすさまじい。
「うへえ!なんだあ?ありゃ」
「うわうわうわ!」
 急降下で襲ってくるのを、一斉に転げるように地に伏せてやり過ごす。
「ああ!俺の髪!」
「禿げた!」
「タカの仲間入りはごめんだ!」
「あんだとコラ!飯抜かすぞ!」
 何人かが、頭を大きな爪に掠められて、髪の毛を剃られた。
「とにかく、撤退!」
 穏やかだった空気は一転。
 全員がクイーン・フウェイル号へと走り出した。



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