ドドドン!
「うひょお!」
 迫り来るキャルの弾丸を耳に、ギャンガルドはそれでもセインを離さない。
 担がれ続けて、セインもいよいよ疲れ果てていた。
 肩は痛むし、男に尻は触られるし。
 本気でセインロズドに姿を変えようかと考える。
「思ったんだけどよ」
「なんだよ」
 いかん。
 口調までやさぐれている。
「銃って反則じゃねえか?」
 応えるのもうっとおしいと思ったら、変わりにキャルが叫んだ。
「お生憎さまね!私の本業はこっちなのよ!」
「うそーん?!ガンマンかよ?」
 そんな会話が出来るほど、三人の距離は縮まっていた。
「お!見えた!」
 ギャンガルドがそう叫んだかと思えば。
「ええ?!」
 ぽーい、とばかり、セインは放り投げられていた。
「うわわわわっ!」
 驚いた拍子に、思わずセインロズドに姿を変えた。
「セイン!」
「うひゃあ!」
 からからと、床の上で滑りながら回転して、目が回りそうだ。
 走り寄ったキャルに拾われて、何とか回転から免れたものの、ギャンガルドが何を考えているのやら、さっぱり分からない。
 おかげで両手を縛っていた鎖は解けたが。
「おお、よく回ったな」
「こらー!」
 散々担がれて、痛い思いをさせられた挙句に放り投げるかこの男は。
 叫んでみるが、たとえキャルとはいえ、八歳の少女の胸に、しっかり抱きとめられた姿では迫力に欠けた。
「セイン、これ・・・」
 キャルが呆然と辺りを見渡すので、剣の姿のままではあったが、セインもキャルの視線を追ってみた。
「俺があんたを連れてきた理由、分かったかい?」
「・・・・」
 そこにあったのは、ほの青く光を放つ石たちに囲まれた花の棺。
 透明な棺に蓋はなく、ただ花に埋もれて、そこに佇んでいる。
「・・・この人は?」
「きれいだろ?」
 棺の中に横たわる、豊かな黒髪の女性は、今にも起きだしそうな、息遣いが聞こえてきそうな、そんな風に見えた。
「なんだって、こんな所に?」
 セインが震える声で呟いた。
「やっぱ、あんたの知り合いか」
「え?」
 セインは、驚くキャルの手から離れて、再び人の形をとった。
 棺の前で、ひざまつき、そっと黒髪に触れる。
「知り合い、というのとは違うな。この子は、多分、彼女の子孫だろう。とても、よく似ているよ」
 遠い昔にセインを愛し、信じきれなかった女性。
 彼女の面影が残る面差しに、セインは声が震えた。
「・・・・もしかして、君の奥さん?」
 セインがギャンガルドを振り返る。
「よく分かったな?」
「だって書いてある。愛する海賊王に、永遠の愛と尊敬を」
「ああ、やっぱりそれ、古代文字か」
 キャルが、とてとてと、セインの隣にやってくると、棺の中を覗き込む。
「・・・きれいね」
「自慢の嫁だったさ」
 それが、殺された。
「俺が留守の間にな。航海に連れて行けばよかったと、今でも思うよ」
 ギャンガルドが、初めて真剣な顔を見せた。
「君が僕をここへ連れてきた理由って、この棺に書かれた古代文字を、読んでほしくて?」
「おう。俺には読めねえんでな」
「・・・彼女と君はずいぶん仲が良かったようだね。君のことばかりだ」
「まあ、な。こいつにゃ、家族がなかったんでな」
「・・・そう」
 読み始めるセインの声に耳を傾けるギャンガルドの姿は、とても寂しそうに見えた。
「大丈夫かい?」
「おっと、いけねえ。へへ」
 こぼれそうな涙を、ギャンガルドは笑ってごまかした。
 棺に刻まれていたのは彼女の遺言。
 そして。
「このこと、君は知っていたんだ」
 静かに、ゆっくりと、セインはギャンガルドを見やった。
「ああ、だから、あんたのことはすぐに分かった。話に聞いていたからな」
「それで、すんなり納得していたのか」
 手の平から剣を出すのも、子供が聖剣を持っているのも。この海賊王は全て驚かずに見ていた。
「それとは別にしたって、喉から手が出ちまうくらいに、セインロズドは欲しいけどな」
 権力や富なら、自分で手に入れる事が出来る。だから、千の知恵も万の力も、いらない。ただ楽しみたい、それだけで大賢者、聖剣セインロズドが欲しいのだと、ギャンガルドはそう言って、笑う。
 こんな男と一緒にいたら、いくつあっても身はもたないと思うが、ギャンガルドの本心を隠さない、遠慮のない態度が、セインには気持ちよかった。セインはそんな彼に、仕方がないとばかりに笑い返して、彼の妻の棺へと目線を戻す。

 遺言の一文として。
 書き記されていたのは。

 はるか昔に、愚かな一人の女が、恋人を信じきることが出来なかったために犯した、罪の物語。

 一族の女は延々とそれを語り継ぎ、だから一度信じた恋人は、何があっても信じ続けると、自分もそうしてきたことを誇りに思うと、彼女の遺言に刻まれていた。
「あんただろ。剣になってしまった、この男って」
「君は本当に行動が知れないけど、御礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
 その礼は、肯定を示す。
 セインは立ち上がって、ギャンガルドに手を差し出した。
「俺も、これですっきりしたよ。何せこいつ、人目に触れたくないとかでこんなところに墓は作っちまうし、一族の慣わしだかなんだかで古代語で遺言残すわで、俺も困ってたんだ」
 照れくさそうに、ギャンガルドはセインの手を握った。
 いまだに続く王族の血脈が、こんな風にあること事態おかしなことだ。
 が、セインと王女の物語が刻まれているところを見ると、かの王女は、セインが剣になってしまったあと、追放されてしまったのかもしれない。
 もしかしたら、元の恋人を想うあまり、自分で城を出たのかもしれない。
 そう思ってしまうのは、己惚れだろうか?
「彼女も、辛かっただろうに」
 改めて、棺の中の、女性の顔をみやる。
 自分が、まだ王女の顔を覚えていたことに驚きながら。

「ねえ、一千万ゴールド」
「なんだ?そりゃ俺のことか?」
 一千万ゴールドはギャンガルドに掛けられた賞金金額だ。
「嫌ならギャンギャンって呼ぶけど?」
「・・・・どっちかっつったらそっちにしてくれ」
 セインの隣にたたずんで、じっと棺を見ていたキャルが、急に声を上げた。
 この呼び方は、今までのギャンガルドの仕打ちに対する嫌味らしかった。
「この人が亡くなったのはいつ?」
「ああ。もう一月経つな。この石のおかげで、生きてるみてえに見えるけどよ」
 棺の花の周りに置かれた青い石は、彼女の一族にまつわるものだという。
「けど、もういいやな」
 ふわふわ浮かぶ飛石を捕まえて、棺の横に据えられた台の上に置くと、青い石は一斉に浮き上がって、光の粉になって砕け散った。
 きらきらと輝いて、すうっと、消えてなくなってしまう。
 あたりはまた、闇に閉ざされる。
「誰に殺されたか、分かっているの?」
「・・・名前まではわからねえ。が、見た奴の話じゃ、真っ黒いフードを目深にかぶった、左頬にでかい傷のある男らしい」
 ことり、と、ギャンガルドが飛石を台座から外す。

「・・・見つけた」

 飛石のおぼろげな光だけが浮かぶ闇の中に、キャルのかすれた声が響いた。
「お嬢ちゃん?」
「あんたの奥さんを殺した奴は、あたしのパパとママも殺したの」
 搾り出すような声音に、ギャンガルドは眉根を寄せた。
「キャル、もしかして・・・?」
「そうよ。あたしが賞金稼ぎをする理由。それがその男よ」
 キャルはギャンガルドに飛びついた。
「奥さんが殺された場所はどこ!?」
 その剣幕に、ギャンガルドは溜め息をついた。
「なあ、お嬢ちゃん。キャロット?なんでお前さんの両親を殺した奴が、こいつを殺した奴と同じだと分かるんだ?特徴が似ているだけかもしれねえだろ?」
「分かるわ!あんたの奥さん、服で隠してあるけど肩からばっさり切られてる。傷の方向からして後ろからよね。それで、このきれいな切り口。一緒なのよ!パパとママと!」
 遺体を見て、きれいねと呟いたのは、肩口から覗いた傷跡を見てのことだったのかと、セインは驚愕した。
「そして左頬の傷!口元から目尻にかけてのもののはずよ。あたしが付けた傷だもの。間違えようがないわ!」
 掴み掛かるキャルに首を振り、ギャンガルドは背を向けて歩き出す。
「とにかく、ここを出ようぜ。悪いが、そんな話をこいつの前でしたくねえ」
 はっとしたキャルは、スカートの裾をぎゅっと掴んで俯いた。
「ごめんなさい」
 小さく呟いた言葉に、ギャンガルドはかすかに振り向いて笑った。



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