HEAVEN!ヘヴン!HEAVEN!2 眠る少女の森 作:coconeko |
第一章 「えーっと」 セインは辺りを見回した。 部屋の中には大雑把に置かれたテーブルや棚があり、その上には金銀の煌びやかな食器や小物、はたまた人形などが、それなりに綺麗に飾られている。 壁には古臭そうな甲冑や、サーベルが数本。他にも、異国のものらしい、珍しい織物やカラフルな衣装が吊り下げられていた。 そして、かく言う自分はといえば、剣の姿のままで、鎖でがんじ絡めにされて壁に飾られている状態だ。 「ここ、どこですか?」 自問してみるが、答えは出なかった。 事の発端は多分昨日。 駅馬車を降りて歩くこと数時間。 いいかげん足も痛くなって、お腹もすいて、キャロットと二人で、町で買った地図に文句を言いながら、森の中を歩いていた。 辿り着くはずの村はいくら歩いても見つからず、コンパスで見てみても、今まで辿ってきた道を地図の上で引き返してみても、道は間違っていないというのに、目的地はみつからない。 これは自分達が迷子になったのではない、地図が間違っているのだと結論がつき、引き返そうとしたが辺りは既に薄暗く、野宿をしようと、へとへとになった身体に鞭打っていた頃だった。 「ああ、キャル。幻かなあ、お屋敷が見えるよ」 「へ?」 深い緑色の木々の枝の上に、赤い屋根が見えた。 「あんたにしてはでかしたわ!セイン!」 「ははー、ひとこと多いよ?」 ひょんなことから一緒に旅を始めてもう三ヶ月になる、小さな八歳の少女から、あんまり嬉しくないお褒めの言葉をいただいて、乾いた笑いを漏らす。 ふわふわの金髪の少女キャロットことキャルと、その隣に肩を並べる長身の眼鏡をかけたセインとは、これでも一応浅はかならぬ仲だ。なにせ少女の方はこの年で凄腕のヘッドハンターで、間の抜けた見かけの眼鏡青年の正体は、三ヶ月前にキャルに引き抜かれ、五百年の長い眠りから覚めた伝説の聖剣、セインロズドだったりする。 人のくせに何故剣なのかといえば、話せば長くなるので割愛。 とにかく、これ幸いとばかりに屋敷の門をくぐれば、セインはなんだか不思議な感覚に囚われた。 「なんか、寒い?」 「そりゃそうよ、もう日が暮れているんだもの。すみませーん誰かいませんかー!」 キャルは腕をさするセインにお構いなしに、屋敷の扉を叩いた。 「すーみーまーせーん!」 どんどんと、扉を叩きつけながら二、三度呼びかけただろうか。 ギ、ギギギギギーイイイィィィィ・・・・・ 重苦しく蝶番の金属が軋む音と共に、中から真っ赤なドレスを身につけた少女が、テディベアを抱えながら出てきた。 「だあれ?」 年のころはキャルと同じくらいだろうか。 あどけない少女の瞳は榛色で、縦ロールのツインテールは漆黒。陶器のように白い肌に加え、頬はふっくらと自前の紅がさし、形は良くても、まだまだあどけない唇は仄かに淡いピンク色。一瞬、等身大の人形が、動いて扉を開けたかのように錯覚する。 稀に見る美少女だった。 「きゃあ!あなたかわいいわ!お人形みたい!」 初対面の少女に、キャルが歓喜の声を上げた。 「キャル、失礼だよ」 「だって、かわいいんだもの」 確かにフリルのふんだんに使われた赤いドレスに白い肌、大きな瞳、豊かな黒髪と、美しい少女の風貌は人形めいていたが、セインにはそれが不気味に思えた。 キャルだって、白い肌に大きな青い瞳、ふわふわの、太陽みたいな黄金の髪の持ち主で、それなりのドレスを着たら、この少女と並んだって引けをとらないだろうと思う。 だが、赤いドレスの少女はなんだか違う雰囲気なのだ。 しいて言えば、どこかが冷たいような。 「あ、ごめん。今、ここには君一人?」 長身を屈め、眼鏡のずれを直して少女の顔を覗きこむ。 きらりと、少女の瞳が光ったような気がした。 「お父様もお母様も、もうずうっと帰って来ないわ。ここには、私とメーブル・チャイダンと、ピーターだけよ」 彼女のほかに、あと二人いるのかと、扉の奥をのぞき見たが、彼女以外の気配がない。 「そう。じゃあ、今はこのお屋敷のご主人は君という事かな?」 「そうよ。私がここの主人だって、ピーターが言っていたわ」 お金持ちのご両親は随分と長いこと、このお屋敷を空けているのか、もしくは、既に亡くなっているのか・・・・・。 ピーターという使用人らしい者が、この少女を主人だと言っているのなら、後者の可能性が高かった。 「失礼なことを聞いてしまってごめんね?僕はセイン。こっちは」 「キャロットよ」 キャルは少女を気に入ったらしく、自分で名乗ると手を差し出して握手を求めた。 「こんにちは。私はゼルダ。よろしくね?」 少女ははにかみながら、キャルの手をとった。 僕の勘違いかな? そんなことを思いながら、セインは二人の少女を見やる。 微笑む少女からは、先程の冷たい雰囲気は消え失せていた。 「申し訳ないんだけれど、僕たち道に迷ってしまったようで」 「あら、迷ったんじゃないわ。この地図が悪いのよ」 「え?」 「キャル、話が進まないよ」 がつん! 足を蹴られてセインは思わず飛び上がった。 この同行者は少々、いや、かなり乱暴者で、セインはいつも殴られるなり叩かれるなり踏まれるなり蹴られるなりしている。 「見てよこの地図!」 痛みのあまり声も出ないセインを放っておいて、キャルは鞄から地図を取り出してゼルダの前に突きつけた。 「このあたりに村があるって書いてあるのに、どこにもないのよ?間違ってる地図をつかまされたんだわ!」 「まあ。それはお気の毒」 ゼルダは小さな口元に手を当てて、にっこりと微笑んだ。 花が咲いたような艶やかさだ。 キャルは一瞬、彼女に見とれた。 「何頬染めてんのさ。女の子同士でしょう?」 げし! 今度は足を踏まれてうずくまった。 「と、とにかく、そんなわけで、僕たち今晩だけでいいので、泊めてもらえないかな?」 涙眼で訴えれば、ゼルダがこっくりと頷いて、屋敷の中へと招き入れてくれた。 屋敷の中も見事だった。 キャルなんかは、きれーいとか、すごーいとか、そんな言葉を連呼して、きゃーきゃー大はしゃぎだ。 少女趣味というかなんというか。 女の子なら誰でも好きだろう。 フリルとか、ぬいぐるみとか、かわいい小物で埋め尽くされた屋敷に、自分は浮きまくっているだろうなあと、セインは容易に理解できた。 この屋敷の中に佇む自分というものは、あまり想像したくない。 「あああああ、なんか居ても立ってもいられないって言うかなんて言うか!」 頭を抱えたところで、ゼルダがいつの間にか側にいた。 「キャルが、お友達になってくれるのですって」 「そう?それは良かった」 キャルも、同じ年頃の友達が欲しかったのだろう。これでも結構殺伐とした旅を続けているのだから、彼女にはいい機会かもしれなかった。 こんな当てもない旅に、キャルをつき合わせてしまっている、そんな負い目が、セインにはある。そんなことを言えば、いつもキャルに叱られてしまうのだが。 「じゃあ、この屋敷にずうっといてくれる?」 「え?」 ゼルダは嬉しそうにセインを見上げてくる。 こんな、部屋がいったいいくつあるのかも分からない広い屋敷に、使用人と自分しかいないのだから、寂しいのだろう。 しかし。 「ごめん。それは出来ないんだ」 「どうして?」 縋り付いてくるような少女の瞳を、セインは見つめ返した。 この少女も、自分と同じような孤独を、味わっているのだろうか。 永い時の中。気の遠くなるような深い深い時代の中を、セインは封印という孤独な戒めの中で、たった一人で眠り続けた。それを目覚めさせたのは、あのキャルだ。 聖剣として利用されることを嫌い、不幸しか呼ばない己を嘆いて自身を封印したセインを、キャルは光の方向へ導いてくれた。 聖剣セインロズドの封印を解き、彼を理想の楽園、エルドラドへ連れて行くと言ってくれたのだ。 だから。 「僕らには、やらなきゃいけないことがあるんだ。だから、留まってはいられない。ごめんね?」 キャルのためにも、自分のためにも。 一箇所に留まることは許されない。 「あなた、やっぱりいらないわ」 急に、ゼルダの声色が凍りついた。 「え?」 天地が逆転した。 それが、最後の記憶だった。 |
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