「キャル、どうしてるかな」
 ショックのあまり、セインはどうやら聖剣の姿を取ってしまっていたらしい。
 鎖でがんじがらめにされて壁に飾られていた。
 セインは剣の姿になったとき、人間体が鞘の変わりでもあるので、要するに今は抜き身のままなのだが、他の、鞘に収められた普通の剣と一緒になって並べられていた。
 この、骨董品ばかりを置いてあるらしい室内を見渡せば、なんとなーく嫌な予感がする。
 不意に、部屋の奥にあった扉が、取り付けてあるベルをカラカランと響かせて開いた。
「はい、いらっしゃい」
 続いて太った男が、入ってきた誰かを出迎えた。
「えー・・・・・・っとおおおおおお。もしかしてええええええ?」
 もしかしなくても、ここは骨董屋だった。

 その頃。
「ねえ、ゼルダ」
「なあに?」
 キャルは大いに困っていた。
「私、こういう服、似合わないと思うのだけど・・・・・?」
 真っ白なフリフリのドレスに、白い靴下、赤い靴に、真っ白なヘッドドレス。
 もちろんゼルダとは色違いのおそろいで、彼女は昨日と同じで赤い色のドレスを着ている。
 靴は黒だ。
「あら、そんなことないわ。とおってもかわいいわ!」
 鏡には、色違いのおそろいのドレスを着た少女が二人。
 金色の巻き毛の、ちょっと恥ずかし気な少女と、黒髪の巻き毛の、楽しそうな少女が、キラキラした室内で顔を寄せ合っている姿が映し出されている。
 昨日からこんな調子で、ゼルダの着せ替えごっこを付き合っているのだ。
 最初は楽しかったが、出てくる服がみな、着たこともないようなフリルとレースとリボンだらけのドレスばかりで、さすがに恥ずかしくなっていた。
 ゼルダと一緒に入ったお風呂は、ピンク色の薔薇の花びらが浮いていて、香りも良かったし、猫足のバスタブはとても可愛らしくて気に入った。一緒に眠ったベッドはまあるくて大きくて、天蓋の繊細なレースが降り注いでロマンチックだった。彼女が離さないテディ・ベアは、あったかくて、ゼルダもいい匂いがして、ふかふかで、ぐっすりと眠れた。
 夢のような生活だが、キャルは経験したこともない豪華な生活に、既に落ち着かなくなってしまっている。
「もう、セインの馬鹿はどこにいるのよ!」
 ぼやいてみるが、昨日の晩から姿が見えない。
「ねえ、ゼルダ」
「なあに?」
 次は何をしようかと、好奇心で瞳を煌かせるゼルダに、キャルは少々、言葉に詰まった。
「え、えっと、セインはどこかしら?」
「セインって?」
 きょとん、としたゼルダに、キャルは溜め息をつく。
 確かに見た目どおりの間抜けで、しかも薄らぼけっとしているが、あれでも黙って立っていれば、それなりの見た目で背も高いのだから、印象に残らないことはないと思うのだが。
「ほら、昨日、私と一緒にいた、背の高い、眼鏡をかけた薄らトンカチ」
 ひどい言いようだ。
「一緒にいた?」
 ゼルダが小首をかしげる。
 やばい。かわいい。
「そ、そうよ。ゼルダも話をしたじゃない?」
「そうだったかしら?」
 口元に人差し指を当てて、少し考える風な仕草をしてから、ゼルダはにっこりと微笑んだ。
「知らないわ」
「・・・え?」
 キャルの心臓が飛び跳ねる。
「そ、そんなはずないわ!だって、セインはしゃがんであなたに話しかけて・・・」
 そこでようやく、キャルは気づいた。
 昨日の夕食も、今朝の朝食も、綺麗なろうそくとかわいいテーブルクロスで彩られた食卓に、セインはいなかった。
 あまりにこの屋敷の雰囲気に自分がかけ離れすぎていて、恥ずかしくて出て来ないだけかと思っていたのだが。
「だって、あのすっとこどっこいには、充分ありえそうなんだもの」
 昨日、この屋敷に来て、中に入ってから、あの長身を見ていないのだという事に思い当たって、キャルの体内の血液は一気に下がった。
「あの馬鹿!」
 くるりと回れ右をして、部屋の扉のノブまで手を伸ばす。
「どこへ行くの?」
 すぐ耳元で、ゼルダの抑揚のない声が響いた。
 ばっと振り向けば、先ほどたしかに鏡の前にいた彼女が、キャルのすぐ隣に立って、微笑んでいる。
「あなた、セインをどうしたの?!」
 綺麗なゼルダの微笑が、ふっと無表情に崩れた。
「だって、邪魔だったんだもの」
「・・・じゃま?」
 セインが?何故?
「キャルがお友達になってくれるって言ったのは、嘘なの?」
「は?」
 どうしていきなり話題がそちらへ飛ぶのか。
「嘘じゃないわ。だって、私達、もう友達でしょ?」
 キャルはドアノブから手を離して、ゼルダを見つめ返した。
「セインだって、そう言ったと思うけど?」
「違うわ!」
 ゼルダはテディ・ベアに顔をうずめて叫んだ。
「違うって・・・」
 昨日、ゼルダが自分に友達になって、と言ったとき、こんなに可愛くて綺麗な少女と友達になれる事がうれしくて、すぐにうなずいた。そのあと、彼女はセインのほうへと走っていったので、てっきりセインにも同じ事を聞いたのだと思っていたのだが。
 泣き出してしまったゼルダの頭を、キャルはそっと撫でる。
「セインったら、あなたになんて言ったのか知らないけど、泣くことなんかないわ。きっと誤解よ」
 他の人間ならともかく、セインだからこそ、けしてゼルダの言う事を無下にはしないはずだ。二人の会話がどういうものであったのかは知らないが、多分セインのことだ。彼女に何か誤解をさせてしまったのだろう。
「ねえ、わかったから、意地悪しないでセインの居場所を教えてくれないかしら」
 何とか宥めすかそうと試みてみるが、ゼルダはイヤイヤと首を振るばかりで、テディ・ベアから顔を離そうとしてくれない。
「もう、セインもセインよね。自分から出てくればいいのよ」
 いい年をして、恥ずかしがるでもないだろうに。
 何せ封印されていた五百年と、その前の三百年を足せば、八百歳は超えているわけで。
「子供返りじじい」
 また、酷いことをボソリと呟くキャルだった。

「う、今、酷いことを言われた気がする」
 胸に痛いものを感じて、セインは落ち込む。
 胸といっても、今現在、姿は剣なので実際にはどこ、とも言えないのだが。
「困ったな。この状況は」
 先程、骨董屋に入って来た客が、半刻ほどセインを見つめている。
 顎に手を当て、それはもう熱い眼差しで。
「お客さん、それが気に入ったのかい?」
 こら店主。そんな声の掛け方をしたら、この客が購入を決意してしまうかもしれないじゃないか。それは困る。非常に、ひっじょーに、困る。
「おう、スゲエ業物じゃねえか。こいつぁ」
 指をさされて内心、汗をダラダラと噴き出しているセインだ。
「だろう?昨日手に入った代物でね」
「昨日?!へえええ!そいつは運が良い。いくらだい?」
 ほら見ろおおおおおお!!!!!
「いっちょここは人の姿に戻ってはい、残念でしたとか、やらかせばいいのか?いいやまて、そうしたら事が大きくなってえっとえっとえっと」
 それよりも先に、そんなことをしたら巻かれた鎖で身体を締め付けられて、下手をしたら首をくくってしまうわけなのだが。それは事が大きくなるとかいう以前の問題だったりするのだが。
「悪いねえ、お客さん。それは売り物じゃあないんだよ」
「は?」
 客と同時に店主の顔を見る。
「鎖で縛ってあるのはそのためさ。こいつ、ゼルダ屋敷のこぼし物でね」
 店主が、ゼルダ屋敷、と言った途端に、客の男の、健康的な浅黒い顔色が、さっと青白く変わる。
「げ!あのお屋敷の?」
「物が良いんで、つい買っちまったが、何があるか分かったものじゃないんでね。こうして括り付けてあるんですよ」
 ゼルダといえば、確かあの少女の名前だ。
 キャルに、確かにそう名乗っていた。
 では、ゼルダ屋敷とは、気を失う前までいた、あの屋敷のことだろうか。
「うひゃあ、いくら業物でも、それならこっちから願い下げだな」
「すいませんね、お客さん。代わりといっちゃあなんですが、これなんかどうです?これだって骨董ですがね、いい仕事してましてね」
 気味が悪いとでも言うように、髭の客はそそくさとセインから離れてしまい、店主の勧める他の剣へと興味を移した。
「・・・・・なんか複雑なんですけど」
 そりゃあ、自分だってまともな剣じゃないくらいの自覚はいいかげん持っているが、昨日ちょこっと立ち寄ったくらいの屋敷のせいで、気持ち悪がられるのはどうなのか。
 まあ、どうして骨董屋の棚に並べられているのか、自分でも記憶にないが、こうして剣の姿で飾られてしまっているところを見れば、どう考えても無意識に人から剣の姿に変わってしまったと考えるのが妥当だろう。それこそ、あのゼルダという人形のような美しい少女に気味悪がられて売られてしまったのかもしれない。
 とはいえ、思いっきり頭を殴られた感が無いでもないので、実際はクエスチョンマークだらけで整理のしようがなかったりする。ここにいる理由も、殴られた理由もわからないのだ。
 それにしても、ゼルダ屋敷とは、やっぱりあの少女の屋敷のことなのだろうし、どうしてあの綺麗な少女が、こんなにも嫌われているのか。
 そりゃ、セインだって、あの少女に何かわけのわからない不安なものを感じはしたけれど。これだけ毛嫌いされる理由が分からない。
 聞いてみたいが、ただでさえ気味悪がられているのだから、話しかけでもしたら、どういう扱いを受けるものか。
「うー、困ったなあ」
 とりあえず、この鎖だけでもどうにかならないものか。
「・・・・長期戦でがんばるか」
 手入れのときくらいは、さすがに鎖も外すだろう。その時に逃げるしかない。
 いつ、この店主が店の骨董品の手入れをするかが問題なだけで。こればかりは店主がぐうたらでないことを祈るしかない。
「あうー、キャルに怒られそうな予感がする」
 すぐに抜け出せないのなら、絶対に怒られるに違いない。
 どうやってキャルの怒りの矛先を反らさせるか、今から悩むセインだった。



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