第六章 「いいから、黙って剣になってなさい!」 びし!っと指をさされ、セインはさらにさめざめと泣く。 キャルの言うとおりに、剣の姿に戻るのもかまわないけれど。 「僕が剣になっちゃったら、誰がカバン持つのさ」 底に車輪が付いているとは言っても、キャルのカバンは結構重い。何せキャル愛用の銃やら弾丸やら、それらの整備用品やらがまとめて入っているのだ。 「あんたに会うまでは一人で持って歩いてたのよ。なんてことないわ」 「・・・・・じゃあ、誰が抜き身の僕を持つの?」 「・・・・・・・・・・・・・・あー」 「忘れてたでしょ」 セインロズドは鞘のない抜き身の剣で、しかも聖剣と呼ばれるだけあって切れ味はそれはそれは抜群に良い。 重さは、キャルにあわせて軽くなるとはいえ、長さもあれば刃もあるわけで。 二人のやり取りを見ていたピーターは、すっかり口を開けて、ぽかんとしていた。 「ねえピーター」 毒気を抜かれてしまって唖然とするばかりのピーターに、キャルはかまわず話を進める。 「もし、セインの剣の鞘を作るとして、どれくらい掛かるかしら?」 両手を腰に当てて、実に偉そうに訊ねる。 「ちょ、キャルちょっと待ってよ」 「なによ。どっちにしたっていずれ鞘はいるでしょうが」 「いや、そうじゃなくって!第一、いきなりピーターだって困るよ」 眉間に皺を寄せ、慌てふためくセインに向けて、大きく足を振り上げた。 「うわあ!」 危うく踏みつけられそうになった右足を、大慌てで引っ込めると、少しの間も置かずに大きな音を立てて、キャルの足がセインの右足のあった場所に振り落とされた。 「・・・・・ちっ」 間一髪難を逃れたものの、怪我人になんてことをするのか。 しかも舌打ちって。 「逃げんじゃないわよ」 「逃げます」 攻撃的なキャルの視線から目を逸らすが、逸らしたところでちくちくと、大きなその目から、針でも飛ばしているんじゃないかと思うくらいに視線が痛い。 「・・・・あ、あの」 おどおどと、ピーターが二人の間に進み出る。 「な、仲が、良い、とこ、ろ、悪い、んです、が」 「君は今のを見てそう思うのか?」 「ち、ちが、う、ですか?」 聞き返されて、アレが仲が良いスキンシップと見られてしまう自分たちの関係をセインは嘆いた。 「さ、鞘だ、け、でしたら、一に、ちも、あれ、ば、つ、つ、作れ、ますけ、ど」 「本当?」 キャルは喜んだが、セインが首を振る。 「なによ。ピーターの腕が気に入らないって言うの?」 「そうじゃないよ。ピーターなら、立派なものを作ってくれるだろうし、腕も確かだろうけれど、問題はそうじゃないんだ」 どうして、セインロズドは鞘もなく抜き身のままなのか。 セインの肉体が鞘であるといっても、彼自身が剣の姿になってしまえば、鞘がなければ不便で仕方がない。 「もともと僕が剣なんだから、必要な時って少ないだろう?剣の入ってない鞘を持ち歩くの?」 それはそれで奇怪だ。 「剣を出しっぱなしにしとけばいいわ」 「僕の一部なのに?」 そこで、セインはピーターに聞こえないように、声のトーンを落として、キャルに耳打ちする。 「それに、セインロズドそのものの姿は結構知られているよ?」 今までのセインロズドの持ち主がほぼ有名人であったりするために、滅多にないとはいえ、絵画になってしまっていたり、語り草になってしまっていたりで、少々特徴が伝えられてしまっている。 「伝説の剣が目の前にあるだなんて、一部の海賊を抜いて、みんな単に非常識すぎて気が付かないだけで」 「・・・・・」 セインの正体は、バレないように、バレないように、これでも気を使って旅して来た。 それでも確かに、あんまり誰もが気が付かないので油断しかけていたところに、ちょっとおかしな海賊にセインの正体がバレたのは、ついこの前だ。 考え込むキャルに、セインは追い討ちをかける。 「鞘に入ってしまったら、僕、この姿に戻るときに大変なことになるし。誰かに鞘から抜いてもらわないと元に戻れないって、それも不便だと思うよ?」 「うっ」 怯んだキャルに、さらに畳み掛ける。 「あとね?それでなくても、どんな鞘だろうが長持ちした事がないんだ」 今までのセインロズドの持ち主だって、鞘がないのは不便だと、何度となく彼に鞘を与えてきたものの、どんなに腕の良い職人に作らせようと、どんな素材で作ろうと、3日と持ったためしはない。 「大理石を削りだして作っても割れてしまったくらいだからね」 「どうしたら大理石が割れるのよ」 「僕が聞きたいよ」 大人しく収まっていようが、セインロズドに見合った鞘は、セインの肉体しかないという事らしい。 「・・・・・・あんたって結構、不憫だったのね」 ただでさえかわいそうがられているのに、不憫まで加わってしまったらしい。かわいそうと不憫が一緒になってしまえば、それは本当に、張本人であるセインとしてはどう対処したものか。 「いや、そこで不憫がるかなあ」 自分の発言に、情けなく眉をハの字にするセインを放っておいて、キャルはくるりとピーターを振り返り、ふんぞり返って爽やかに微笑んだ。 「と、いう事だから、鞘の話は無しだからっ」 話の展開が見えないピーターとしては、何がどうしてどうなったのか分かりようがない。 「へ、え、えっ?」 「キャル、またそんな唐突に言われたってピーターが困るだけだから」 ピーターの肩を叩いて、おろおろする彼を落ち着かせる。 「さ、鞘、いらない、ですか?」 「ピーターくらいの職人なら、良い鞘を作ってくれると思ったんだけど」 「な、何か、おれ、お礼、したい、です」 「へ?」 今度は、ピーターの唐突な物言いに、キャルが驚いた。 「お礼って、何の?私、何にもしてないわ」 それに、どちらかといえば、タダで今まで泊めてくれて、食事も世話してくれて、身の回りの世話までしてもらっておいて、御礼をもらうのはどうにも気がひける。 それに、すでにゼルダの心臓をもらっているのだ。 「お、お嬢、さまの、お、友達に、なってくだ、さった」 「ああ」 ようやく、ピーターの意図を理解した。 「じゃあ、やっぱりお礼なんておかしいわ。友達になったからってお礼されるなんて、おかしいもの」 それを聞いて、ピーターはしゅんとしてしまう。 こういうとき、悪いことはしていないのに、悪いことをしてしまったように思えてしまうのは何故なのか。 「何よう、そんなに落ち込むことないじゃない」 どうしたものかと、キャルもピーターも向かい合ったまま、床を見つめてしまった。 「お礼というのは大袈裟だけど、君の気が済まないっていうんなら、ピーター?」 見かねて、セインが助け舟を出す。 「君、この辺に賞金首がいないかどうか知らない?」 「・・・は?」 余計に、ピーターをきょとんとさせてしまったらしい。 八歳の幼女と、セインのひょろりとした頼りなさ気っぷりと、賞金首という単語は、一見結びつかない。 「えっとね、僕達、そろそろお財布がピンチでね?」 「・・・・・・・あー」 しばらく考え込んで、ピーターがおもむろに、納得したと首を縦に振った。 良く考えなくても、見た目はどうあれ、この二人の立ち回りは眼にしている。 剣技も銃の腕前も、それはそれは見たことのないもの凄さで。 「ヘ、ド、ハン、ター?」 そういう人種であるのなら、納得がいく。 「そうなんだ」 うんうん、と、頷くセインに、ピーターは腕組みをして眉間に皺を寄せ、彼にしては珍しく、難しい顔をして天井を睨みつけ始めた。 どうやら、記憶をフル活動で探り倒しているらしい。 「あ、あのね?分からないなら、別にね?」 あんまり険しい表情をするものだから、セインもキャルも、心配になった。 考え込みすぎて、血管が切れてしまわないだろうか。 |
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