「そんな大事なことを、どうしてもっと早く言わないのさ」
 半分以上呆れ顔で、セインはキャルを降ろす。キャルはキャルで、呆れるというより、心なしか眉がつり上がり気味だ。
「なんっか、おかしいと思ったら、そういう事だったの」
 ふん、と、そのまま自分の大きなカバンをガラガラと引き摺り、セインの腕の裾を捕まえて、海賊二人の脇をすり抜ける。
「あ、あれ?お嬢?」
 涙で目を真っ赤にしたタカが、不思議そうに聞いてくるのを、チラリと見やって、無言のまま、ふい、と、先ほどまで海賊と追いかけっこをしていた道を戻り始める。
「お嬢、いいのかい?」
 やっと、キャルの意図を理解したタカの問いに、答え返したのはセインだった。
「キャルが行くっていうからね。でも、この森は、迂回して行くよ。それで良いね?」
「な、何よ、行くとは言ってないわよ、行くとは!ただ、みんなにはお世話になったし、また会いたいっていうか、そう思っただけ!」
「ほ、本当に?」
 思いがけない二人の行動に、タカは、先ほどとは違った涙を流し始めた。
「うああ、すまねえ!旦那!お嬢!」
 感涙に咽ぶタカの肩を、ギャンガルドがぺんぺん叩く。
「な?お前連れて来て正解だったろ?」
 ちゅいん!
 甲高い音が耳元を掠めて、ギャンガルドは冷や汗をかいた。
「お城へは行くけど、誰もギャンギャンと行くなんて言ってないわ」
 髪の一部を弾丸で短くされて、ギャンガルドは普段なら男前の、日に焼けた顔をだらだらと崩した。
「俺、そんなに嫌われてんの?」
「今更気が付いたの?」
 冷たい答えが返って来た。当然である。
「君の事だ。僕らには肝心な事は黙っていた方が面白そうだから、僕らが折れるまで黙っていろとか何とか言って、タカに口止めをしていたんだろう?」
 じろりと睨まれたが、海賊王はなんのその。
「良く分かったな」
「分からない訳がないでしょう。まったく。本当に君って馬鹿だよね」
 馬鹿と言われても気分が悪くはならないのは、何故だろう。むしろ、わくわくしてくるのは、相手が相手だからか。
「あ。タカは別に一緒でもかまわないわ。というか、一緒に来ないかしら?」
 楽しくて鼻歌が自然と出てきそうなギャンガルドだったが、キャルの一言で我に返った。
「あ、良いんスか?」
「もちろんよ!どっかの顔だけの海賊王なんて居ても邪魔なだけだけど、タカなら大歓迎だわ」
 更に追い討ちをかける賞金稼ぎの少女は本気で容赦ない。
 それに釣られる自分の手下もどうなのか。
「じゃあ、とりあえず行こうか?」
 ギャンガルドはそれでもけろりと一行に近づいた。
「て、え?え?」
 近づきざま、ひょい、と、セインを担いで、ギャンガルドはのしのしと進んでゆく。
「ちょ、ちょっと、何いきなり担いでるの!」
 相も変わらず読めない行動に、セインは慌てふためいた。
「だって、怪我してんだろ?」
 担がれたのも不覚なら、気づかれていたのも不覚。
「でなきゃ、男なんか担ぎやしねえって」
「・・・・・・・ふーん」
 前科があるこの男に、そんなことを言われても、全くもって説得力がない。
「ちょっと、何で気が付いたのよ?」
 キャルがあわててギャンガルドの前に立ちはだかかった。
「なんとなく。賢者の動きにキレがないしな。お嬢が一人で銃なんかぶっ放してるし、セインロズドも出させないくらいだから、気遣ってんだろうと思ってね」
 なんとなくでそんなことまで見破るな。そう言いたかったが事実なので押し黙る。
「だからって担ぐ理由にならないだろ!」
 ごん、と、セインがギャンガルドの頭を殴って、無理やり地面に降りる。
「痛ってえなあ」
 思い切り殴ってやったのに、さして痛くもなさそうに、殴った頭をさする。なんて忌々しい男だろうか。
 確かに、ゼルダに貫かれた傷は深く、治癒しかかっているとはいえ、実際支障がある。誤魔化していたのに、よりにもよって、この男に気づかれてしまうとは。
「だ、旦那がそんな怪我しているなんて、オレ気が付かなかったっスよ!大丈夫なんスか?」
「ああ、もうほとんど治っているんだ。気にしなくても良いよ」
 心配そうなタカに、セインは笑って見せた。
「でも、俺に担がれっちまうくらいの怪我だけどな」
 しれっと、海賊王は余計なことを言う。
 確かに、いつものセインであれば、不覚を取らなかっただろうし、軽く返り討ちにくらいはしていただろう。
「ギャンギャンが余計な手出しをしなければ、セインだって、さっきの町でゆっくり治療する事だって出来たんだわ」
 ぼそりと、キャルが恨めしそうに呟いた。
「うあ?」
 下から恨めしそうに睨みつける幼女の目線は、先程よりも恐い。
「人形、届けてやっただろ?」
「タカがね?」
 恩を着せて回避しようとしたが失敗する。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 睨み合ったまま、しばしの沈黙。
「よし!決めた!!!」
 キャルがいきなり大声で、ビシッとギャンガルドを指差した。
「うお?」
「どうせギャンギャンだもの。イヤだって言ったってついて来るわ」
「よく分かってるじゃねえか」
 当たり前な顔をするギャンガルドを無視し、顎に指を当て、考えながらキャルは続ける。
「このまま捕まえてお金儲けたっていいけど、それじゃクイーンの皆に悪いし、なんてったってセインの怪我は事実。だったら」
 ふん、と、腰に手を当ててふんぞり返り、キャルは銃をギャンガルドに向けにっこりと、艶やかに、微笑んだ。
 ゴールデン・ブラッディ・ローズが、絶世の美女と言われる由縁。
 心臓までもが凍てつくような、逆らうことを許さない、艶やかで妖しい微笑だ。
「ギャンギャン、これは大きな貸しになるわね?」
 しまったと思ったがもう遅い。
「ツケといてあげるから、覚悟なさい?言っとくけど、私の貸しは高いわよ?」
 とにもかくにも、ご同行を許された海賊王と、その料理長だった。
 先が思いやられると、海賊の料理長と、伝説の大賢者はひっそりと思うのだった。

「お嬢がお前さんに似てきたと思ったんだが、逆だったんだな」
 キャルが眠ってしまった後で、ギャンガルドがセインにそう言ったのは、旅の途中でのこと。その後のお話は、また後ほどに。



                                                 FIN



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