「信用してくれねぇのかい?」
「あったり前でしょう」
 ギャンガルド相手に何を言っても、多分話が進まないので、セインは、困った顔をしてギャンガルドとキャルの間をウロウロしているタカの襟首を捕まえた。
「苦しいっす、旦那」
 首が絞まったタカを、くるりと回して自分の方へ向かせると、目線を合わせるように、両頬をがっちり掴んで、にっこりと微笑んだ。
「どうなの?」
「うわあ」
 恐い。
 頭が固定されてしまっているので、思わず、目線だけを泳がせるタカだった。
 海賊王だって恐れる無敵の微笑を、一般の海賊の自分が直視しては心臓が止まってしまうに違いない。
「こらこら、俺の大事なコック長を殺す気か?」
「だって、君じゃ埒が明かないから」
 自覚はあるらしい世界遺産並みのこの賢者は、実は相当腹黒いのではなかろうか。
「だめよ、タカのご飯はおいしいのよ?」
「止める理由がそこですか」
 止めに入ったキャルの言葉に、悲しくなってくるタカだった。
「大丈夫だよ。その気だったら、とっくに、ね?」
「・・・・・・何が?」
 恐ろしい発言をさらりとされて、タカの背中に冷や汗が流れたせいもあってか。
「うう、なんだかあの屋敷の変な噂は聞いてましてね?」
 ついに観念した。
「こら。そこで吐くのか、お前は」
「すいやせん、だって命は一つっきゃ、ないもんで」
「微笑まれただけでって、簡単すぎるだろ」
「あっしはキャプテンほど心臓に毛が生えてないんで」
「お前ね・・・」
 セインに頬を挟まれたままなので、ギャンガルドへ目線だけを向けてみるが、納得をしているのかしていないのか、微妙な顔の海賊王に、タカは眉毛をハの字にした。
 誰だって、手に入れたら世界を手に入れられる、なんて伝説まで付いている、聖剣兼賢者相手に、喧嘩なんか吹っかけたくないものだ。
「どうもね、死人が生き返ったとかいう屋敷が森の中にあるらしいって話を聞いてましてね。そりゃあ、うちのキャプテンですから、興味を持つでしょう?ほんで、どうも旦那たちっぽい二人連れが森の中に入って行ったって話と、どっかの道具屋で、なんか凄い剣が、その屋敷から売り飛ばされたのに跡形もなく消えちまったってんで、こりゃあ、お二方が屋敷に関わったんだろうから一石二鳥かなと」
 頭を固定されたまま、なるべくセインを見ないようにと目線を彷徨わせて、とつとつと、タカがこれまでのことを話し出した。
「まあ、屋敷に着いたところで背中を丸めた男に会ったのは本当で、なんだかやたらオロオロしてましてね。それで、キャプテンが話しかけたんですが、余計に驚かせちまったみたいだったんで、俺が話を聞いてみたら、まあ、お嬢にそれ、渡してくれって言って、泣くんですわ」
「・・・・・・・それは・・・」
「・・・・・・・目に浮かぶようだわね」
 本人達は知らないだろうが、ピーターは彼らを海賊だと知っている。しかも声をかけて来たのは、一般的に言うところの、泣く子も黙る海賊王なわけで、それはそれは恐ろしかったに違いがない。
 まあ、セインとキャルの脅しも効いているのかもしれなかったけれども。
「泣いて人形を差し出されたら、まあ、ねえ?」
 お人好しのタカは、ぐずるギャンガルドを宥めて、ピーターの願いを叶えるべく、また、自分たちの本来の目的を果たすべく、キャルたちを追いかけて来た、という事らしかった。
「まあ、帰り道にまた寄ってみれば良いんだしな」
 にやりと笑うギャンガルドに、一発。
 ドン!
「のわ!」
「ピーターの贈り物を届けてくれたのは、感謝するわ」
 煙の出ている銃口を向けたまま、キャルがにこりと微笑んでいる。
「・・・・・・誰かさんに似てきたな」
「なんか言った?」
「いいや?」
「とにかく、これ以上ピーターを怯えさせないでちょうだい」
 話し振りからして、オートマタドールのことは感付いていないらしい。キャルもセインも、このままシラを切り通すことにした。
「それに、死人が生き返るだなんて、馬鹿らしい話だわ」
 ふん、と、鼻息も荒く、キャルは断言した。
「そりゃあな?古今東西、似たような話はあれど、大概は仮死状態だったのを勘違いしたとか、別人と間違えていたとか、オチは付き物さ。それに関しちゃ、俺だって信じちゃいねえよ」
 顎をつまみながらにやにやと、ギャンガルドはキャルの話に合わせているものの、どうも胡散臭い。
「信じちゃいないわりには、興味津々みたいだね?」
「だから、微笑むなって」
 茶化す海賊王に、セインはそのまま訊ねる。
「死者が生き返るなら、君は何を望むの?」
 死んでしまった彼の妻を、生き返らせたいと願うのだろうか。
「・・・・」
 しばらくの沈黙の後。
「なーんにも?」
「何も?」
「そ。何にも」
 ずいぶんと、あっさりと言うので、セインはギャンガルドの顔をまじまじと見た。
 ようやく解放されたタカが、ぷるぷると頭を振っている。
「死んだ人間を生き返らせたって、何にも良いことなんか、ありゃしない。死んじまうから、生きていられるんだろ?その点、あんたは辛いよな?」
 この男は、どうしてこう、痛いところを突いてくるのか。
「さて、ね?」
 自分は、死者を生き返らせることができるのだとしたら、一体何を願うのだろう。自分への疑問を、そのままギャンガルドへ問うて、跳ね返されてしまった。
「あら。セインが辛いはずないわ。なにせ、絶世の美少女が一緒にいるんだから」
 二人の間に、キャルがグイ、と、割って入る。
「誰か将来美少女になる予定?」
 ギャンガルドがからかうつもりでキャルの頭を撫でようとして、頭突きを食らった。
 実に良い音が響いた。
「黄金の薔薇を前に、良い度胸だわ!」
「だって、お前さんまだ幼じょ、へぶっ」
 二発目を食らう。
「セイン!笑わない!」
 指摘されるものの、笑いが止まらない。
「いや、ち、ちが、違うんだ」
「何がよ!?」
「ま、待って、止まらない、ははっ」
 まったく、セインはキャルに頭が上がらない。だって、彼女のたった一言で、自分はこんなにあっさりと。
「そうだね。今は、君がいる」
 涙を拭きながら、セインが頷くと、キャルはセインの足を、思い切り踏んだ。
「なんで踏むの?!」
 痛い足を抱えて、先ほどとは違った涙が出る。
「今、じゃないでしょう?この先ずっとって、あたし言ったわ!」
「・・・うん。そうだったね」
 キャルが恐いので、身を引きながら頷いた。
「えへへ」
 嬉しさのあまりに顔がにやければ、キャルに睨まれた。
「なによ?もう一回踏まれたい?」
「いやいや、何でそうなるの?」
 ふるふると首を振る。
 その二人の後ろで。
「あーあ。相変わらずかよ?」
「キャプテン、まだ旦那の事が諦められねぇんで?」
「そりゃぁなあ」
 物騒な会話を交わす海賊に、キャルがべえっと、舌を出す。
「・・・・・・お嬢とワンセットにしたらどうですかね?」
「・・・・・・一回考えたんだが、お前、出来ると思うか?」
「無理ですねえ」
「分かってんなら聞くな」
「へえ」
 さらにぼそぼそと声を低くして、海賊二人は思案にふける。
「で?」
「わあ」
「びっくりした」
 二人の間に割り込んだキャルの超どアップが二人を襲う。
「ええ?」
 背の低いキャルの顔が、自分たちの目線にあることに再度驚けば、何のことはない。セインに抱きかかえられているだけだった。
「お、驚かさないで下さいよ」
「ふんだ。セインはあげないわよ」
 がっしりと、セインにしがみ付いたキャルに、まるで猿の子だと、海賊二人は思ったが、口には出さない。
「分かってますよ。とにかく、そのなんだか死人が生き返ったとかいう気味の悪い所にゃ近寄りませんし。実際、そんな時間もねえんです。お嬢も旦那も、俺たちと一緒に王様に会ってもらえないですかね?」
 ギャンガルドが口を開こうとするのを、タカが遮って、口早に訴えた。
「さっきも言ったけど、僕らは城へ行く気はないんだ」
 抱えたキャルにしがみ付かれながら、セインが踵を返すので、タカは慌てて二人の前に回り込む。
「頼みます!一緒に来てもらえねえですか?!」
 必死な様相に、セインもキャルも、眉根をひそめた。
「一体、どうしたっていうんだい?」
「その、実は・・・」
 しどろもどろに、タカが言うには。
「まったく恥ずかしい限りなんですがね。キャプテンが王様と仲良くなったって話しましたよね。それで、何て言うか・・・ごにょごにょ」
「どうしたっていうのよ。はっきり言ったら?」
「うう、うちの馬鹿キャプテンが賭け事をしちまったんです!」
 勇気を振り絞ったらしいタカの大声は、その内容と共に、賞金稼ぎの少女と伝説の大賢者を驚かせるには充分だった。
「もしかして、その賭け事の内容って」
 キャルはセインを指差した。
「キャル、人を指差すのは良くないよ」
 そんなことを言っている本人を目の前に、タカは泣き出してしまった。
「う、う、そおですー。うちの馬鹿キャプテンが、馬鹿な賭け事をしたばっかりにぃっ!」
 涙を拭うタカの禿頭を、がっしと掴む大きな手。
「ほっほう?お前、自分のキャプテンに向かって馬鹿だとう?」
 そのまま、泣きっ面の鼻をつまんで、ぐりぐりと回す張本人に、タカは悲鳴を上げた。
「いだい!いだいっす!ぎゃぶでん!」
「止めなさいよ、見苦しいわ」
「見、見苦しい?」
 キャルの冷たい言いように、ギャンガルドは思わず鼻をつまんでいた手を離す。
 タカは頭は掴まれたままで、無事だった鼻を両手で労わった。
「賭け事がどうのって言っていたわよね?どうせ、あの王様とギャンギャンの事だもの。セインを連れて来られるかどうか、お金をかけたんでしょう?」
「良くお分かりで」
 感心するギャンガルドを押しのけて、タカはさらに訴える。
「金だけじゃねえんです!それだったら俺たちだって、キャプテンが飽きるまで付き合えば良いんです。でも、でも!」
 わっと、堰を切って泣き出すタカの頭を、慰めるように撫でまわすギャンガルドだが、なんとな〜く、いやな予感がして、セインは口に出してみた。
「あのさ。賭け金以外に何かあるの?」
「お?あるっつーか、なんつうか。つまるところ、アレだ」
 言い辛そうにしているギャンガルドの手を頭から振り払って、涙と鼻水でぐしゃぐしゃなまま、タカはいきなり、がばりと頭を下げた。
「お願ぇしやす!仲間を助けると思って!一緒に来てくだせぇ!!!」
「あー・・・」
 事情が飲み込めてしまった自分に、ちょっと腹を立てながら、キャルは深い深い、溜め息をついた。
「ようするに、連れて来る事が出来たら、お金がもらえて、連れて来ることが出来なかったら、クイーン・フウェイルのみんなが向こうに取られちゃうってわけね?」
 泣きながら、タカがこっくりと頷いた。
「なんだか、士気力強化を図るとかで、うちの連中の闘いっぷりが気に入ったとか何とか言って、王様が」
「まーいーじゃねえか。こうやって見つけることも出来たんだし、後は連れ帰るだけだろー?」
 相変わらずくちゃくちゃなまま、タカはギャンガルドにしがみ付いた。
「うわ、おま、くっつくな!」
「ひどいっす!ひどいっすよキャプテン!あんな、俺たちだっててこずった親衛隊を一人で蹴散らすような旦那ですぜ?お嬢だって一筋縄じゃいかねえってのに!だいたい、キャプテンがお嬢と旦那に嫌われてるってのに、俺、俺!」
 ちーん!
「あ、ばかやろ!」
 ギャンガルドのシャツで鼻をかむ料理長に海賊王は諸手を上げて降参した。



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