「それで?彼はなんて?」
「おお、そうなんですよ旦那!おれっちもびっくりしたんですがね、旦那とそっくりなのがいるって言うんですよ!」
「そっくり?」
 それは顔なのか何なのか。
「なんです?えっと、ちょっと遠いらしいんですけれどね。王様会議みたいなのがあってですね」
「王様会議・・・」
 どんな会議なのか。多分それはいろんな国の国王が集まる世界規模の、かなり重要な会議なのだろうけれど。王様会議などと言われてしまうと何とも形容しがたい。
 それでもタカが一生懸命しゃべるので、ツッコミは入れずにおく。
「その会議で、どうやら旦那みたいに生きている伝説みたいな人物がいるって、他所の国の王様から聞いたらしいんですよね」
「え・・・・・っと?それはどういう事?」
「セインみたいに非常識な生きている化石が他にもいるっていう事?」
 横からキャルが、非常に辛辣な質問を出した。
「生きている化石って、僕、化石?」
 密かにショックを受け、心の奥で泣きながら、セインはタカに話の続きを促した。
「まあ、その、そういう事です」
 キャルに睨まれながら、タカは頷く。
「それで是非とも、その話をお前さんに伝えてくれって言うんでなあ?」
 タカの頭を肘掛代わりに、のっそりとギャンガルドが割って入った。
 その顔はいつもどおり、のらりくらりと笑っているが、どう考えても楽しんでいる。
「・・・・・・わかったわ。セインのような人物が、この世にもう一人いるのね?」
「うん。そう」
 見上げるキャルを、白い歯を見せてギャンガルドが見下ろした。
「どうする?お嬢ちゃん」
 しばらくギャンガルドを見つめていたキャルだったが、盛大に溜め息を吐き出した。
「どうするもこうするも、ギャンギャンの言う事なんか信用できないもの。どうもしないわ。私たちは私たちの旅を続けるだけよ」
 そう言って踵を返し、セインの服の裾を引っぱった。
「ここでギャンギャンを捕まえても良いのだけど、行くわよ。セイン」
「キャル・・・」
 セインは、うつむいてこちらを見ようとしないキャルを片腕に抱き上げて、いつもの大きなカバンを逆の手に持った。
「悪いけど、海賊王の君の事だもの。何かと引き換えなんでしょう?国王と海賊が取り引きしたなんて、国民に知れたら大変なことになると、彼に伝えておいてくれるかな?」
 セインはキャルを抱えたまま、ギャンガルドたちへ背を向けた。
「それで、良いのかい?」
 意外そうに、ギャンガルドがタカの頭をぐりぐりといじりながら聞いてくる。
「だって、僕は仲間を求めちゃいないもの。もし、その人物が本当にいるのだとしたら、僕みたいな大馬鹿者が、この世に複数存在してしまうことになる。それは、ありがたくはないと思うのだけれどね?」
「ふん?ま、取り引きしてるってのはアタリ、だけどな」
 タカに邪魔にされて、彼のつるつるの頭から両手を離しながら、ギャンガルドはセインの背中と、担がれたまま大人しくしているキャルから視線を外さない。
「じゃあ、君は国王からの伝言を、僕らに伝えたのだし、取引は成立したわけだ。僕らはこれから行くところがある。新しい約束も出来たしね」
 振り向きもせずに歩き出したセインを、ギャンガルドは止めなかった。
 止めなかったのだが。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 野原を抜け、ゼルダの屋敷も完全に見えなくなり、馬車も通る街道に出た。次の宿場町の看板も見つけ、目的地も定まり、キャルも自力で歩き出した。
「あら、セイン」
「何?」
「あれ、そうよね?」
 キャルが指差す方向には、民家の屋根。看板のとおり、宿場町が見つかったのはお昼前。
「ねえ、キャル?」
「何?」
「僕ら、考えていることは一緒だと思うんだけどさ」
「ええ。そうね」
 ここまで来たら、いっそ誰が振り向くものかと、二人とも黙って、ひたすら進んできたが、それももう限界だった。
「走る?」
「ダメよ。追いつかれるわ」
「じゃあ、いっそのこと?」
「・・・・・・・それでも良いけど、それはそれで、相手の思う壺みたいで、なんだか癪に触るわ」
「とりあえず、出しても良い?」
 言うなり、セインは両手を持ち上げ、一度体内に納めた剣を取り出そうとしたが、キャルが止めた。
「町の近くで、セインロズドは出さない方が良いわ。だったら」
 ドドン!
 振り向きもしないで、素早くスカートの中の銃を引き抜き、後方へぶちかます。
「のわあああああ!」
「お嬢!俺!俺もいるから!」
 海賊の悲鳴が二つ。
「いつまでもくっついて来るからよ!」
「用事が済んだんだから、船に帰ったら良いのに」
 走り去りながら、キャルとセインが交互に怒鳴る。
 ギャンガルドは、二人に伝言を伝えた後も、何食わぬ顔でぴったりと、キャルとセインの後に着いてきたのだった。タカは当然、付き合わされている。
「キャルに渡してくれって頼まれモノがあるんだけどよお!」
 ギャンガルドが怒鳴り返す。
「嘘よ!ギャンギャンなんか、この世でいっちばん!信用できないもの!」
 走る足の早さもゆるめずに、キャルがまた怒鳴り返した。
「ほんっとうに、信用されてませんね。キャプテンって」
「うーるせえ。そうそう人に信用されてたまるかよ」
 信用されたくないというのもおかしい気がするが、そこはギャンガルドなのでなんとなく分かる気がするタカだった。
 ぶつくさと文句を口の中で呟いて、ギャンガルドとタカは二人の後を追いかける。
「ねえキャル。僕の剣を出すのを止めるなら、銃を町の近くで撃つのもどうかと思うんだけど」
「いーのよ。撃ちたかったんだから」
 そんな会話が、前方から聞こえてくるのに、タカはしみじみ泣きたくなった。
「本当に、ほんっとうに、本気で嫌われてますぜ、キャプテン」
「嫌われてたってこっちが嫌ってなきゃ良いんだよ!」
「そりゃあ、そういうもんなのかなあ?」
「そういうモンなんだよ!納得しとけ!」
「はあ。じゃあ、納得しときます」
 海賊はどこまでもマイペースだった。
「投げるから受け取れよー」
 あんまり間延びした声が後ろから聞こえたので、イラついて、ついキャルが後方へ振り返った。
「えっ、ちょっと、何?」
 こっちは何も構えてもいないのに、ギャンガルドが何かを放り上げるのが見えて、キャルは思わず両手を伸ばす。
 ギリギリ指先で捕まえたのは、小さな小さな、木細工の、可愛らしい人形だった。
「これっ」
 なんとなく、ゼルダに似ているのは気のせいだろうか。
 からん、と音を立てて、関節部分がちゃんと動く。大人の手の平に収まる大きさなのに、つくりはとても凝ったものだった。
「さっきの森の中で、背中の曲がったおっさんが、大事そうに持っててよ。それ、お前さんに渡してくれってさ」
 いつの間にか、すぐ傍まで追いついていた海賊たちだったが、キャルにはもう、そんなことはどうでも良かった。
「あんたたち、ピーターに会ったの?」
 キッと、ギャンガルドを睨み上げる。
 手の中にある銃のトリガーに、しっかりと指は掛けられたまま。
「おいおい、よしてくれ。何にもしちゃいねえよ。でっけえ屋敷の近くを通ったら、あんまり変わった風貌の男が、顔に似合わねえ人形なんか持っているから、なんだか面白そうで声を掛けてみただけだよ」
 肩をおどけてみせるギャンガルドだが、キャルの眼光は、ますます鋭くなるばかりだ。
 この男の事だ。もしかしたら、ゼルダ屋敷のオートマタドールを嗅ぎ付けているかもしれない。



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