「じゃあ、とりあえず座ろうか」
 指示されたのは、森から少し離れた草原に転がっている岩の上で、ギャンガルドもタカも、大人しく岩の上に腰を下ろした。
「さて」
 先に口を開いたのはキャルだった。
「おい、話を聞いてくれるんだろう?」
「それはまず置いとくわ」
「置いとくってどこに?」
「ギャンギャンの足元にでも?」
「・・・その呼び方止めてくれって」
「どう呼ぼうが私の勝手よ。それよりも、どうして陸に上がってるのか聞くのが先だわ」
 やはり警戒しているのだろう、自分たちより幾分離れた岩の上に座ってはいるものの、手には銃を持ち、足は立ててすぐにでも動けるような体制でいるキャルと、少女の隣に控えるように佇むセインに、海賊王はおどけてみせるが、二人には通用しない。
「俺も陸に連れて来られた理由を聞いてないんですけど?」
「何にも言わないでタカを連れて来たの?」
 相変わらず部下には心配ばかり掛けさせているらしい。
「いや、心配って言うより不安でさあね。信用はしてるんで。どっちかってったら、今度は何に巻き込まれるんだ俺たちっていう」
「心配じゃなくて不安なのかよ」
「当たり前っすよ!自覚ないんだからキャプテンは!」
 口を尖らせるギャンガルドに、タカが頭を抱える。
「手下にまで言われちゃあ、世話ないわね。それで?」
「は?」
 ぷちっ
 話を促すキャルに、ギャンガルドがとぼけてみせるので、キャルの中の何かがまた切れた。
「・・・・・・・あ」
 セインが止める間もなく。
「いい度胸だわこのゴールデンブラッディローズ様の前でセインよりも老人ボケした頭をお持ちの流石天下にその名も轟く大海賊よねでも頭に来たからヤっちゃっても良いかしら」
 一息に言いながら、淡々と弾丸をギャンガルドの足元に撃ちつけた。
 ギャンガルドに対しては、堪忍袋の緒も切れやすいらしい。
「聞く前に撃ってるじゃねえか!」
「ひ、ひどいよ」
 ギャンガルドのみならず、セインにまで地味にダメージを与えている。
「気が短いのよ」
「キャプテン、ここは大人しく、ちゃんと話したほうがいいですぜ?」
 タカが困ったように言うので、ギャンガルドも眉毛をハの字にしていると、セインが眼鏡をずらして目元を拭いながら、ムッとした顔を向けてボソリと呟いた。
「君、キャルより大人なんだよね?」
「うお?!」
 とばっちりを受けてご機嫌斜めの大賢者からは、背筋が寒くなるような殺気が漂ってくる。
「そういう切り替えしかよ」
「大人が子ども扱いされてどうするのさ。それに、いいかげんにしないと、そろそろ僕もキレるよ?」
 にっこりと微笑めば、ますます殺気は肥大して、おどろおどろしい。
「キャプテン。俺、恐い」
「安心しろ。俺もだ」
 安心できない慰め方をされ、タカはとばっちりを受けないよう、海賊王から離れた。
「こら」
「だって、ねえ?」
 部下にまで見放され、ギャンガルドはまた肩をすくめた。
「仕方ねえなあ」
「仕方ないんじゃないでしょう。今度は本気で風穴開けるわよ?」
「僕だったら風穴どころじゃないよ?」
 最強のハンターと最強の剣の双方に、それぞれ銃口と剣の切っ先を突きつけられて、ギャンガルドは万歳みたいに諸手を挙げて降参する。
「分かった、分かったって」
「へえ?」
「信じられない」
「なんでだよ!」
「そりゃあ、日頃の行いが原因でしょうなあ」
 タカにまで、うんうんと、首を縦に振りながら、しみじみと言われてしまえば、本気で降参するしかない。
「お前、俺の手下だろうが」
 半目で睨みつければ。
「だって、俺お嬢が好きだモン」
「あら、ありがと」
 ねー、などと二人で首を傾げ合っている。
「ちぇー、もっと先延ばしにしてやろうと思ってたのによう。タカの飯で釣ってさぁ」
 懲りないというのか、本当にセインとキャルで遊びたかったらしい。
 タカはキャルのご機嫌取りに連れて来られたようで、船の連中には迷惑この上ない。
 何でこんなのが海賊王なんだろう。
 セインは思ってみたものの、逆にこんな男だから海賊王なのだろう。一癖どころではない。二癖も三癖もある曲者だ。
「まあなんだ。二人には良い話なんだと思うぜ?」
「前置きはいいから、ちゃっちゃとしゃべって頂戴」
 銃を構え、キャルはもうこれ以上、ギャンガルドが話を先延ばしにするなら、容赦しない雰囲気だ。
「お嬢様は恐いねえ」
 片眉を上げ、にやりと笑う海族王に、キャルは負けじと、艶のある笑みを向ける。獲物を狙い済ました獣の目だ。
 タカなどは、初めて見るキャルの表情に、禿げ上がった頭に冷や汗がにじみ出ている。
「事は、お前さんたちの探し物のことさ」
 凍りつくようなキャルの視線に口笛を吹き、楽しそうにギャンガルドが口元を歪めた。
「探し物って、ギャンギャンに関係ないだろう?何でそんな情報、僕らに提供してくれるの?」
 ギャンガルドはぎょっとして、思わずセインを見つめた。
「何?」
「いや、大賢者にまでその呼び名で呼ばれるなんてなあ、俺はこれからどうすりゃ良いんだ?」
「いいんじゃない?呼びやすくて。ギャンギャン」
「うわあ、止めてくれ」
 この男にしては珍しく、本気で嫌そうな顔をするので、セインはこの呼び方は、海賊王対策に、おとっときにすることにした。
「お嬢たちの探し物って?」
「うん、色々ね」
 タカに訊ねられて、セインは言葉を濁す。どう説明したものか。大概の大人なら、笑い飛ばしてしまうような探し物だ。
 しかしそれは不要な危惧だったらしい。
「見つけたらタカも連れて行ってあげるわ」
「本当?」
「もちろんよ」
 何を探しているのか分からなくても、キャルが言えば、タカも嬉しそうに聞いている。
 キャルを知っている人は、彼女が口にしたことは容易に信用してしまう。そんな不思議なところが、キャルにはあった。
 もともと有言実行派のキャルなので、日頃の行いがそうさせているのか、それとも、彼女の内側から来るものなのか。
 どちらかといえば後者なのだろう。
 セイン自身が、キャルの夢のような言葉を信用してしまっているのだから。
「まあ、なんだ。ちょっと前に立ち寄った王族の船に、どうもお前さんたちの知り合いが乗っていたらしくてな」
「・・・・船って立ち寄るものなの?」
「そりゃあ、たまにひもじくなれば食料とかお宝とか貰うしなぁ」
「ひもじいっていうの?」
「それどころかあんた達の本業でしょう?」
 海賊業といえば、略奪だ。
 ひもじいから略奪するのかどうかは別として、まあ、自分たちと別れて間もなく、何処かの船を襲ったらしい。
「それで、どこの船を襲ったって?」
 海賊が襲うのだから、それはそれはお金持ちに違いないか、たいそう立派な商船か。
「・・・・待って。さっき、王族って、言った?」
 ふと思い当たって、セインは青ざめた。
「おう。言った」
 当たり前のように返事が返ってくる。
「王族なんかの船を、よくもまあ」
 呆れ返るセインにギャンガルドはにやりと笑う。
「王族ほどの金持ちは、そうそういないだろ?」
 それはそうなのだが、王族は王族だ。
 どこの国の王族だろうが、警備はそりゃあもう、もの凄いことだろう。普通なら、いくらなんでも避けるものだ。
「目の前にお宝と食料と、きれいな女がいりゃあ、仕掛ける理由は充分だろう?」
「成功すればね。王族相手だもの。収穫は凄いだろうさ」
「へっ、なあに。手前の国民から搾り取ったモンを、ちいっと分けて貰おうってんだ。別に悪くはないだろう?」
 悪い悪くないの話ではないのだが、どうもギャンガルドの頭の中では、それで説明できてしまうらしい。
「・・・・・・まあ、いいや。それで、僕らの知り合いの王族だって?」
「おう。なんだか知らねえが、お前さんの話をしてたからよ」
「何で船を襲って僕の話になるのさ。そんなの、セインロズド目的の会話なだけだったんじゃないの?良くあるもの」
 セインロズドの名前など、あちこちで話の端にくらい上るだろう。まして、王族などの権力者であれば尚更だ。
「おいおい、それっくらいで、わざわざ俺が大賢者探して陸に上がると思ってんのかよ?」
「君ならやりかねないだろう?」
 すっぱりと言われれば、さも嬉しそうに、ギャンガルドはにんまりと笑った。
「気持ち悪いわね」
「ホントホント」
 キャルが眉間に皺を寄せ、タカが相槌を打つ。
「こら。お前、俺の手下だろうが」
「だって、気持ち悪いモンは気持ち悪いっすモン。やめたほうがいっすよ?その顔」
 自分の手下にまで言われて、ギャンガルドは眉毛をハの字にした。
「だんだんこの二人に似てくるなあ」
 突っ込み方から会話のかわし方まで。このままでは船長としての沽券に関わるではないか。
「良い傾向じゃない?いつも人で遊んでいるからよ」
 いい気味だといわんばかりに、キャルはニヤリと笑って、ギャンガルドを睨み上げた。
「さて?」
 ギャンガルドはとぼけてみせる。
「まあ、ギャンギャンに関しては、あとでタカとキャルに叱ってもらうとして」
「おいおい。なんだあ?何で俺がこの二人に叱られるんだよ?」
 セインの言葉に、ギャンガルドが抗議すると、セインはにっこりと微笑み、いつの間に構えたやら。
 ギャンガルドの首筋に、セインロズドの切っ先が、またもやスレスレのところで留まっていた。
「それとも、僕が叱った方がいいのかな?」
 海賊王が、刃を突きつけられたまま口笛を吹き、不敵に笑う。
「やっぱ、惚れちまうね」
「むさくるしい男に惚れられたって、僕にそっちの趣味はないんだけど?」
 ちょっと前に、尻を思いきりこの男に撫でられたのを思い出し、セインは心底嫌そうな顔をした。
「ま、物騒なモンはしまってくれや。きっちり話を進めようか」
 刃先をつまむギャンガルドの手を叩いてどけさせると、セインは剣を一振り払って、脇に持ち替えた。
「・・・しまっちゃくれねえのかよ?」
「言っただろ?君は信用できないからね」
 油断大敵なこの男を前にして、セインは一時たりとも気を抜く気はないようだ。
「やれやれ」
 ブツブツと文句を言いながら、ギャンガルドはようやく腰を落ち着かせた。
「で?私たちの知り合いの王族が何?」
 キャルが話を促せば、ギャンガルドはにやにやとキャルを見やった。
「見当は付いてるんだろ?」
「そりゃあね?わたしとセインが知っているっていったら、一人しかいないもの。・・・というより、王族もいいところじゃない。王様でしょ?」
「へえ?」
 わざとらしく驚いた顔をして見せるので、キャルもセインも、カチンと来た。
 ドドン!
「のわ!」
 すかさず撃たれる。
「あーあー、キャプテンも懲りないっすねえ?」
「いいの!俺はこれで!」
「へーい」
 あきれる部下に噛み付く海賊王。
「ホント、君らクイーン・フウェイルのクルーは、苦労するよね?」
 同情すれば、タカがこくこくと、何度も首を縦に振る。
「それでも俺が好きだろ?」
「あー・・・」
 ギャンガルドに面と向かって言われれば、禿げた頭を真っ赤にして、タカが言葉に詰まる。
「自惚れさんだわ!自惚れさんがここにいるわ!」
「自信過剰なヤツって嫌だよねー?」
 キャルとセインが二人でこそこそ話し込めば、ギャンガルドがフッと微笑んだ。
「なんだあ?二人とも。俺に惚れたか?」
 ちゃき
 すぐそばで金属音。
 右のこめかみに銃口。
 左の首筋にセインロズド。
「だから、僕にその気はないと言っているでしょう?」
「私だって、ギャンギャンなんか無理だし」
 恐ろしく冷たい空気に挟まれて、ギャンガルドは身動きが取れなくなった。
「ああ、だからキャプテン、少しは懲りて下さいよお」
 泣きそうなタカが、キャルに縋り付いて、ようやく二人はギャンガルドを解放した。
「タカを連れて来て正解だったなあ」
 パタパタと顔を手で扇ぐギャンガルドに、セインもキャルも、冷たい視線を向けたままだ。
「とにかく、私たちの知り合いの王族なんて、この国の王様その人しかいないのよ。分かっていてそういう態度を取るんだから、容赦しなくて当然でしょう?」
「僕らで楽しむより、他にいくらでも楽しませてくれる相手がいるでしょうに」
「命がけで楽しめる相手なんか、そうそういねえよ」
 からかった相手にからかい返されたり、下手をすると冗談が通じず、本気で命が危なかったりするのだが、それさえ楽しいらしい。
「いろんな意味で命がけっずね」
 ハンターの中でも凄腕で知られるゴールデン・ブラッディ・ローズと、伝説の大賢者相手であれば、どんなことでも不足はないといったところか。
 しかしそれにしても。
「こんなことで命を落としたいなら、いくらでも落とさせてあげるわよ?」
 からかって命を落とすなら、命なんていくらあっても足りない。
「ええと、そ、そうだ!お嬢!王様と知り合いって、凄えじゃねえかい!」
 タカが必死に話を元に戻す。
「知り合いっていうか、どちらかと言ったらセイン絡みよね」
 キャルが気の毒に思ったのか、タカの話に受け答え、気の良い海賊船のコックは、ひとまず胸を撫で下ろした。
「僕がらみっていうの?」
「だって、おじいちゃんの上司でしょう」
「いや、上司って事はないんじゃ・・・」
 国王とその臣下は、別に会社勤めをしているわけではない。
「まあ、似たようなものか」
 とりあえず納得しておくことにする。
「思いっきり省略するけど、僕が昔仕えた人の子孫が貴族でね。それで、王とも繋がりがあるんだよ」
 思いきりと言うとおり、思いきりよく省略して説明したが、それでタカは納得できたらしい。
 しきりに感心している。
「へえ!旦那はやっぱ一味違うお人に仕えてなさったんだなあ」
「・・・・」
「なんすか?」
「いや、何でもないよ。あの説明でよかったかと思ってね」
 きみは一味どころか二癖も七癖もある人に仕えているじゃないか、などとは、気の毒で言えない。
「彼はもともと騎士だったしね。それで、王様が何だって?」
 ギャンガルドよりも、タカから話を聞いた方が早いと、セインはタカに話を促した。
「ああ、そうそう。なんだか旦那、やらかしたみてえじゃないですか」
「は?」
 国王がどうしたのか聞きたいのに、自分が何かをやったとは、どういう話の展開か。
「愚痴ってましたぜえ?セインロズドのせいで、我が親衛隊はすっかり自信をなくしてしまった、とかどうとか」
 口真似をしながらのタカの説明に、思い当たる事があるので、セインは言葉を濁した。
「あー・・・」
「まあ、そういいながら、エライ精鋭ぞろいで、苦労したんですがね。船がでかいわりに一隻でうろついてっから、国王旗なんか出してるけども、王族の端くれのどれかだろうって乗り込んでみたらいけねえや。王様そのものでやんの。のん気な王様も居たモンですよ」
 普通なら、国王ともなれば護衛をつけて厳重に、団体で航海するものだ。それを一隻で航海をしていたというのは、この国の国王らしいというか何というか。
「彼は君らのキャプテンと、似ているところがあるからねえ」
 しみじみと、セインが呟けば、タカはうん、うん、と、首を縦に振っている。
「そりゃあもう。用があるなら余を通せ、なんて、大音声で登場して、一気にキャプテンと意気投合ですよ。珍しいもん見たなあ、ありゃあ」
「ギャンガルドと意気投合・・・」
 それは確かに珍しい。



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