第二章 「あ、やはり、剣、の、銘、なんで、すか」 「人でも剣でもどっちでもセインよ!」 「・・・えっと?」 セインというのが剣の名称なのか人の名前なのかと言われれば、正しくは人の時の名前はセインで、剣そのものの名前はセインロズドなのであるが、どっちにしろキャルにとって、セインはセインなので、ほぼやけっぱちな答えになってしまった.。 もちろん、それではピーターに通じる説明にはならなかった。 「セイン、さんの、持ちも、の、だったので、したら、申し訳、ない、です」 「いいから、売ったお店を教えて!」 なんにせよ、こうなってはセインを連れ戻すことが最優先事項だ。 万が一にも売れてしまえば、どこへ行ったか突き止めるのも大変なことになってしまう。 「そ、それ、は・・・」 「何?」 困ったように視線をそらせ、どもる口調に輪をかけて、しどろもどろになるピーターに、キャルは詰め寄った。 鞘の無い抜き身の剣とはいえ、柄の先に備え付けられたアメジストだけでも見事である上に、柄も刀身も、聖剣というだけあって、それは見事な拵えなのだ。 「お、お嬢様の、お許、しが」 「ゼルダの?」 こっくりと、ピーターが頷く。 「・・・・何だってゼルダの許可が要るのよ。セインは私の連れよ?!」 「そ、そうですが」 「私の持ち物を、勝手に売っておいて知らぬ存ぜぬはないでしょう?ゼルダだって、それっくらいはちゃんと分かるはずだわ!」 キャルの迫力に気圧されて、ピーターの首が、どんどん亀のように竦められていく。 「ピーターをいじめないで!」 甲高い叫び声に振り向けば、三階の、庭に向かって張り出たテラスの手すりの間から、ゼルダがこちらを見下ろしていた。 「どうして?キャル、私と一緒にいるのがそんなに嫌なの?」 大きな瞳に涙をにじませて、泣きそうなゼルダに、キャルは慌てて手を振った。 「ち、違うわ!セインを売った場所を教えて欲しいだけよ」 「・・・・・そんなに、あの背の高い人が良いの?」 「ゼルダ?」 セインのことは知らないと言っておいて、どうしてセインの身長を知っているのか。 「私に、嘘をついたのね?」 「私と友達になってくれるって言ったのはキャルだわ!」 「だからって、嘘をついて良いとでも?」 「友達になってくれるって言って、嘘をついているのはキャルだわ!」 会話が噛み合わない。 「セインがいるからって、どうしてゼルダと私が友達じゃなくなるの?!」 「あいつは私からキャルを奪い取ろうとしているわ!邪魔なのよ!」 ゼルダの顔は徐々に険しくなっていく。 可愛らしい少女の面影は、どんどん醜く崩れ始める。 異様なゼルダに、キャルはようやく、自分がとんでもないところに迷い込んだことに気がついた。 「セインが不安がってたのって、あながち当たってたって事?」 悲鳴に近い叫び声をあげて、ゼルダは赤いドレスもかまわずに、テラスから狂ったように躍り出た。 「キャルは渡さない!あなたも私とずうっと一緒にいるの!」 三階から飛び降りたにもかかわらず、ゼルダはそのままキャルめがけてゆっくりと歩き出す。 可愛らしい口元は大きく裂け、黒目がちの瞳は見開いて、桃色の肌は青白く変色してしまっていた。華やかなふわふわのドレスは、今では血の色に染まったかのような、恐ろしいドレスにしか見えなくなってしまっている。 「来るのよ!」 キャルはピーターの手を引っつかむと、ゼルダを振り向きもせずに屋敷の外へと走り出した。 「ああもう、まったく!うすらトンカチがドジさえ踏まなきゃこんなことにならなかったのに!」 ゼルダの可愛さと屋敷の豪華さに釣られて長居した自分を棚上げにして、キャルはいつもの口癖を、精一杯大きな声で叫んだ。 「セインを引っこ抜いてから、ろくな事がない!!!!!」 「一晩明けちゃった・・・」 昨日目覚めてから丸半日以上が過ぎてしまった。 さすがに飾ったばかりの剣を、早々すぐに手入れするはずも無く、店主はコーヒーカップやらワイングラスやら、細々としたものに手を付けてはいるものの、セインのところまではなかなか手入れをしてくれる様子はなかった。 あれから何人かの客が、やはりセインを気に入って、店主と交渉していたが、皆一様に、ゼルダ屋敷の名を上げたとたんに手を引いた。 「そんなに嫌われてるのに、この店主、よく僕を引き取ったなあ」 変なところに感心しつつ、セインは鎖で縛られたまま、ぼうっと店内を見回す。 外は少し曇り空のようで、窓の向こうが灰色がにじんだような色合いだ。 店主は店の中を行ったり来たりで、商品の値札のチェックやら整頓やらをしている。結構仕事熱心なようで、ホコリや塵一つ、店内には見当たらない。 骨董品や、それを展示している棚などは、暇を見つけては綺麗に磨いていた。 「だったら、向こうの鎧とか槍とか剣とか僕とか、磨いてくれないかな」 夜中に抜け出そうと試みてみたものの、セインロズドの姿では動くこともままならず、セインに戻ろうものなら首をくくりかねず。考えるに考えて夜が明けてしまった。 「致命的だったなあ」 これが人の姿のときであれば、鎖に絡められようが、いかようにもできるのだが。 ひとり悶々と考え込んでいれば、気配が通じてしまったのか、店主がちらりとこちらを見やった。 「しかし、見事だよなあ」 仮にも聖剣。当たり前である。 「この刃の輝きといい、柄のしつらえといいい、そんでこのアメジスト。国宝級じゃねえのか?これがあのお屋敷のお下がりじゃなきゃあなあ」 お下がりじゃなかったらどうするの。 声に出して聞いてみたいが、恐ろしい答えが出そうである。 「まあ、見てる分にゃ、減るもんでもなさそうだし」 見てるだけじゃなくて。 どうせなら手にとって見てみてくれれば何とかなるのに。 店主が、そうっと、手を伸ばしてきた。 おお!手に取るか!? セインは心臓が飛び跳ねるくらいドキドキした。 「いや、やめとこ。くわばら、くわばら」 急に、店主はその太い腕を引き込めて仕舞った。 「・・・・・・・呪うぞ」 「???」 思わず重低音で呟いた言葉は、店主の耳には辛うじて届かなかった。 「うう、どうしたら良いか、考えたところで今現在剣の身。動こうにも動けないし。話しかけようにも・・・・気味悪がられてるし」 ゼルダの屋敷が、そんなに気味悪がられているのなら、あの屋敷には何かあるはず。 そして自分が気を失ってしまった直前まで感じていた、あの肌寒さ。 「キャル、大丈夫かな?」 あの人形のような少女は、キャルと友達になる約束をしたと言って喜んでいた。なら、キャルには危害を加えていないとは思うが、あの言い知れない肌寒さに、やはり一抹の不安がどうしても残る。 キャルのことだから、大丈夫とは思いたいが、相手は同じ年頃の少女だ。 すっかり気が良くなっていた自分の持ち主に、セインは自信が持てずにいた。 「はあー・・・・・」 肺と心の奥底から、長い長い溜め息が出た。 気がつけば窓の外はオレンジ色に染まり、夜が近いことを知らせている。 店主が、店の入り口のドアノブに掛かっていた札を、くるりとひっくり返して、扉を閉めて鍵をかけている。 どうやら今日もまた、閉店時間になってしまったようだ。 「う。これで丸二日目か」 店の片付けを店主が始め、カチャカチャと商品整理の物音が店内に響く。 個人経営の小さな骨董屋であるので、店内はさほど広くはない。それでも、こまごまとしたものから大きなものまで、陳列しているものは意外に多い。 整理整頓がいきわたっているのと、ディスプレイが上手いので、狭い店内であるのに、それを感じさせない。 店主は小太りのオヤジであるのだが、案外器用である。それもこれも、骨董品への愛情のなせる業なのかもしれないが。 「鼻歌を歌いながら仕事ができるって、いいことだよね」 なんとなく、うらやましく思える。 ずっと、仕事といえば戦場であったり会議室であったりと、人生八百数十年と少し。あんまりやりたい仕事をしてきた記憶がない。 「そうだなー、こう、のんびり手作りの小物なんかをつくって、畑とか耕して、牛とか山羊なんかの乳絞りとか。してみたいなー」 おおよそ、自分の辿ってきた人生とは、全く正反対なことを夢見てみる。 「争いのない場所なら、僕だって」 しかしそれは、考えてみても詮方ないことだ。何せ自分は聖剣なんて代物である。 聖なる剣であるなら、戦なんてもの、魔法の一つ、奇跡の一つ、そんなものでも起こせてしまえればいいのに。そうしたら、この世から争い事なんて、消し去ってしまうのに。 実際は、名ばかりの、ちょっと大分、常識外れの単なる剣で、大分長生き過ぎる只の人なのである。そりゃ、まあ、自分のような存在が、普通であるわけがないのだけれど。 「何で僕、剣なんかになっちゃってるんだろう」 愚痴っても仕方のないことだ。 青い空の下、緑色の畑で、野良仕事をする自分に思いを馳せてみる。 「・・・・・似合わないね」 あの、ゼルダ屋敷のフリルとレースの中にいる自分より、畑仕事をしている自分の方が、全然違和感がある。そう思う。 自嘲気味に笑った。 「さて、と、次はお前さんだな」 店主の声で、セインは我に返った。 少々物思いに耽りすぎたらしい。 見れば、店主がオイルで鎧を磨いている。 その隣には、既に磨き終わったと思われる、ピカピカの青銅の盾。 そういえば、昨日はティーカップなんかの小物を磨いていた。今日は、大きなものを磨くのだとしたら、順繰りに手入れをしているのかもしれない。それでも今磨いている鎧だけでも、磨き上げるのは結構しんどそうだ。そのほかにも、あと二体、鎧は待ち構えている。 「あー、じゃあ、僕らみたいな武器にまで、手は回らないか」 しかし、店主の手際はすこぶるよかった。見る見るうちに、キュキュキューっと鎧を磨き上げてゆく。 「手馴れてるなあー」 感心して見ていれば、目が合った。 いや、正確には、今のセインには目はないのだから、自分の視線と、店主の視線がかち合っただけに過ぎない。 視線を感じられでもしたのだろうか。でも、今までこの姿のときに、相手に気配を悟られるようなことはなかった。では、これは単に。 視線を外さずに店主は、じいっとセインロズドを見つめている。自分が只の剣ではない事がバレでもしたのかと、セインは汗が滝のように全身から流れるような心境に陥った。 しかし、すぐに店主は、もう一体の鎧の手入れに取り掛かった。 また、手際よく磨き上げてゆく。 しかし、先程の鎧のときとは違って、ちょこっと手を止めてはチラリとこちらを見やる。 鎧は専用のテーブルの上に、各パーツ毎にバラされて丁寧に磨かれているのだが、こちらを見やる頻度が、徐々に増していく。 気になってはくれているようだったが、そんな見られ方をするのは、正直セインも落ち着かず、なんと言うか。セクハラでもされているような気分だ。 それでも、気がつけば磨き上げたパーツはあっという間に組み立てられて、最初の鎧の隣に並べられた。 仕上げに値札のプレートを、手に持たせられている。 そして、最後の一体に店主が手を掛けた。 やはり、各々のパーツに分解されるのか、背伸びして腕を冑に伸ばした。 「あれ?」 店主は体を伸ばしたまま、ぴたりと動きを止めた。 どうしたのかと思えば、チラリ。 伸びたそのままの姿勢で、セインロズドを見ている。 「ふう」 店主が溜め息をついて、鎧から身を引いて、もう一度。 チラリ。 「ああ、どうしようもねえ!」 そう怒鳴って、頭をガリガリとかきむしった。 「気になってしようがねえや!」 ほぼ投げやりに吐き捨てると、どかどかとセインロズドの元へ大またに歩み寄り、絡めた鎖に手を掛けた。 「おお!」 セインは喜んだが、一度手を引き込められている。 「解け〜、解け〜」 呪いの言葉のように、心の中で電波を送ってみる。すると、ぴたりと店主の手が止まってしまった。 「ああ!」 また、元の木阿弥に帰してしまうのかと思われたが、決心がついたように、店主は一つ大きく頷くと、真剣な面持ちで鎖をセインロズドから外し、ついに手にとって、鎧を手入れしていたテーブルの上に置いたのだ。 |
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