「その馬二頭がいたら、今頃もっと先の道を進めたわよね」 じろりと、キャルが海賊王をねめつける。 「仕方ないだろう?ガンダルフの奴、旅費をケチりやがったんだ」 それは絶対嘘だ。 「何言ってるんスか。王様はちゃんと旅費を充分出してくれたのに、キャプテンが行く先々で散財するから、すぐ無くなっちまったんじゃないですか。おれちゃんと止めましたよね?」 案の定だったらしい。 この男の事だ。立ち寄った村だの町だの行く先々で、酒や女につぎ込んだに決まっている。 「だっからさあ、お前さっきから何でバラすの」 タカの肩を組んで、ぐいぐいと締め付ける。 「だっておれ、お嬢に嘘はつけねえス」 「嘘はつかなくても黙ってはいられるだろう?」 「駄目ッス!お嬢に黙ってなんかいらんないッス!」 絞まりかかった首を何とか死守しつつ、タカは一生懸命抗議している。 「ギャンギャンさあ。そういうところが子供っぽいって言っているのよ。あんたがいいかげんで滅茶苦茶なのは今に始まった事じゃないことくらい分かっているから、さっさと話を進めてちょうだい」 ちゃき 硬質で甲高い音に目を向ければ、黒々とした銃口がこちらに向けられていた。 「うげ」 「おおおお、お嬢?!」 慌ててじたばたともがくタカに、キャルはにっこりと笑いかけた。 「大丈夫よタカ。この至近距離で狙いを外すなんて有り得ないから」 「それって、何をやっても当たるのは俺のみって事?」 「他に誰がいるのよ」 彼女はスプーンを銜え、頬杖を付き、艶然と微笑む。 狙い定めているのは、海賊王の額ど真ん中。 「えれぇ自信家だな」 「あら?じゃ、打ってみる?」 タカの頭を放そうとしないギャンガルドに、キャルは安全装置をかちりと外す。 しばし、二人の睨み合いが続き、彼らのテーブルだけが、凍りついたような殺気にまとわれる。 店の客も従業員も小さな少女が持つ物騒な代物には、全く気付いてくれる気配が無い。だいたい、視界に入ったとして現実味が無いのだろう。小さな手に握られている鈍い光を放つ鉄の塊が、本物の銃であるなどと。 さすがに、その状況にタカが悲鳴を上げて、この場で唯一この状況を打破できる人物に、縋りついた。 「旦那ぁ!何とかしてくださいよう!」 「えーっと」 泣き付かれて、セインは小首を傾げてみる。 傍観するつもりでいたのだけれど、このままでは時間もかかりそうだ。 「ギャンギャン。止めてくれない?」 にっこりと、爽やかに。 セインの微笑は場の空気を更に凍りつかせた。 「・・・・・・・だから、怖ぇから、微笑むなって」 「ん?それは君の態度次第なんだけどな?」 ギャンガルドは思わず自分の手下の頭を解放して両手を挙げ、降参のポーズをとった。 タカは、知らずにぶるりと体を震わせた。 「さ、キャルもそれ、しまって。早く部屋に戻ろうよ。美味しいお茶を淹れてあげる。ここのは、悪いけど口に合わないや」 「お茶・・・」 美味しいお茶、の一言で、キャルも拳銃を定位置に戻し、先程と打って変わった表情で、ニコニコと機嫌が一気に上昇した。 「ミルクたっぷりね?」 「うん。分かってる。お湯を貰って来なきゃね」 セインの淹れる紅茶は絶品なのだ。 「後でタカもおいでよ」 「え?良いんですか?」 「そこのバカイゾク王は置いて来てね?」 「もちろんです!」 もう、どちらの手下なのか分からなくなっているタカだった。 「じゃあ、話をまとめようか」 結局、タカもギャンガルドも、駅馬車については知らないので、明日にでもどこかで聞こうという事になった。どちらにしろ、この嵐では駅馬車があるとして、すぐに機能するのかどうかも疑わしい。 それに、馬車を使おうが使うまいが、王都へ向かうルートを決めなければならなかった。嵐で道が分断されていた場合、回避して回れる道を確保しなければならない。 地図は、以前キャルが購入していたもので間に合った。がさがさと、食事を片付けて飲み物だけになったテーブルの上に広げる。 現在地から、王都へ辿る道筋はあまり多くはない。何せ田舎道。そんなに大きな道が何本もあるわけではなく、大体のルートは決められてしまう。 「困ったな」 もし、山道で崖崩れや倒木で道が塞がれていたとしたら、復旧するまで足止めを食らう事になる。 地図を広げたところで、ルートが限られている事しか把握できず、どの道明日にならないとどうしようもないらしい。 諦めて、早々に地図を畳む。 「まあ、そうなったらそうなったで」 ふうん、と、キャルは顎を摘んだ。 時間がかかるなら、いっそセインを休養させることが出来る。 問題は海賊と一緒ということだけで。 「ほんっと、邪魔よね」 「なにが?」 「あんたがよ」 呟きにいちいち反応する海賊王を、黄金の血薔薇の異名を持つ少女は冷たくあしらう。 国王も国王だ。よりによって、何故この男を寄越すのか。 そして、セインを王城へ呼び出して、どうするつもりなのか。 キャルの眉間には、年齢にそぐわない皺が、深々と溝を作った。 「そんなに、心配することはないよ。ガンダルフだって、あのラオセナルの一応生徒だったんだし。ラオセナルの事なら、信用できるでしょう?」 「まあ、あんな国王でも、教師がオズワルド卿っていうだけで、なんとなく信用は出来るけど」 二人の会話に、タカが不思議そうに首を捻った。 「あの、ガンダルフとかオズなんとかとか、ラオセなんとかって、誰ですかい?」 そのタカの様子に、キャルはきょとんとして、次に視線をギャンガルドに向けた。 「説明していないの?」 「おう。面倒くさくってな。つか、そのオズワルドとかなんとかは、俺だって知らねぇぜ」 鷹揚に、ギャンガルドは手を振って笑って応えた。 その態度に、セインもキャルも、盛大に溜息をついた。 「お、おれ、何かまずい事聞きました?」 「ああ、タカは悪くない。悪いのはこのバカイゾクだから」 指を向けられた海賊王は、眉間に皺を寄せた。 「んだよ。さっきからバカイゾクって?」 「馬鹿な海賊だからバカイゾクって言っているのよ」 きっぱりと言い切られて、ギャンガルドは情け無さそうに眉を八の字にした。 「えっとね?ガンダルフって言うのは国王の名前でね。今何世だっけ?まあいいや。ラオセナル・オズワルドは、僕らの友人で、国王の家庭教師だった人物なんだ。なかなかの好人物でね。僕の昔の主人の子孫に当たるんだ」 「へえ〜」 そんな人物達と、親しそうにしているのは流石というか。 「感心しないでよ。君のキャプテンだって、さっき国王を呼び捨てにしていたし」 そういえば、ガンダルフとか言っていた気がする。 「まあ、国王とは顔見知りくらいだし、親しい間柄でもないから、彼が僕にどんな用事があるのか分からないし見当が付かなくてね。唯一考えられるのは、彼の近衛兵の訓練くらいなんだけれど、そんなことでわざわざ海賊を拉致したりしないだろうし」 「セインと同じ存在がいるって話もホントか嘘かって言ったら嘘っぽいし。行ってみない事には、何が起きるのか分からなくって」 キャルの空色の瞳は、不安に揺れていた。 「ガンダルフは、近衛の連中が賢者にやられっぱなしで落ち込んでいるから、カツを入れて欲しいような事を言っていたがなあ」 暢気にそんな事を口にするギャンガルドを、キャルが睨み上げた。 「あんただって、そんなのが嘘だって事くらい、分かっているでしょうに」 セインは、手に入れることが出来たなら、一国ぐらい容易く手にいれる事が出来ると言われている聖剣であり、伝説の大賢者自身だ。 彼と出会った時の王都の様子を思い出し、キャルは身震いした。 出来れば、戻りたくなんかなかった場所。 「なんか、おれたち、本当にお嬢と旦那に迷惑かけてるっスね」 しゅんとしてしまった自分の手下の背中を、盛大にギャンガルドが叩く。 「まあまあ、ガンダルフは俺の船を捕らえた初めての国王だぜ?大丈夫だって。くよくよしてたって始まるモンも始まらねぇ。いざとなったら、俺達でお嬢と賢者を攫って逃げりゃあ良いだけさ」 盛大に笑う海賊王に、キャルもセインもあっけに取られた。 そうか。 そういうことか。 この男が、気が合ったといっても、大人しく国王なんて権力者の下につく筈がない。 いつもの悪い癖で面白そうだからこの話を引き受けたというのは、嘘ではないのだろうし、いつでも逃げられるという確証があったから、手下たちを船ごと国王の元に置いて来たのだ。 自分の考えを理解したらしい二人に、ギャンガルドはニッと笑ってみせる。 「なんだ。相変わらず食えない人だね君は」 「俺がいなくったって、あいつらいつだって動けるさ。なんてったって、クイーン・フウェイルの乗組員だからな」 絶対の信頼。絶対の自信。 普段が普段なだけに、この男の本性を忘れがちになるが、やはり海賊王キャプテン・ギャンガルドなのだ。 セインは可笑しくなって、ついクスクスと笑ってしまった。 キャルはキャルで、一気に肩の力が抜けたらしい。 「分かったわ。みんなのヘッドは、そういやギャンギャンだったわね。その辺は任せるし。私たちは私たちで、何とかするわ」 「どっちにしろ、明日にならないと身動きが取れるのかどうかも分からないからね。ギャンガルドの事は、少しだけ信用してあげるよ」 「少しだけかよ?」 「当たり前でしょ?」 とりあえずは、セインを攫って逃げる気は、今のところ無いのかもしれない。 なにせ、この男は国王を大掛かりにからかっているだけなのだ。 気が合ったというのも本当だろうが、ギャンガルドの性分を考えれば、有り得なくはない。 しかも相手は一国の王。 からかう相手としては申し分ない。 大胆不敵にも程があるのだが、海賊王に常識は通用しない。 「で?君は僕らに何をして欲しいのさ?」 「まあ、とりあえず一緒に来てもらって、一緒にトンズラしてもらったら、今のところは満足かな?」 「今のところ?」 それは、気が変わるかもしれないということか。 「そのときの状況によるさ。盛大に遊ぼうぜ?」 白い歯を見せて、ギャンガルドはニヤリと笑った。 |
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