「大丈夫よ。どこぞの海賊にお仕置きしただけだから」 「あんまり穴開けたら駄目っすよ?」 「そういう問題でもないと思う」 セインの後から、タカも顔を出し、二人でティーポットやらカップやらを手に持って、実に微笑ましい光景だ。すぐ横の壁に空いた銃痕や、扉が壊れている事を除けばの話だが。 特にタカが絶妙だ。 禿げ頭にティーポットは違和感がありすぎだろう。 ギャンガルドが、見慣れない光景に口をへの字に曲げる。 「お茶もゆっくり淹れられないのはどうなのさ」 セインは呆れ半分に、テーブルの上でお茶の用意を進めていく。 人数分のカップにお茶を注げば、茶葉の芳醇な香りと、ミルクの甘い香りが相まって、豊かな香りが鼻孔をくすぐった。 「はい、どうぞ」 「ありがと」 キャルはそのお茶を、普通に口にする。 「どうしたの?」 タカに手渡されたカップを見つめたまま、微動だにしない海賊を、セインが覗き込んだ。 「いやいや」 「何が?」 「いやいやいや」 「…何が言いたいのさ」 手元のミルクたっぷりの紅茶と、聖剣兼大賢者の顔を交互に見やる海賊王は、とても忙しない。 その視線が、何かムカつく。 「いい加減にしないと、切るよ」 セインがにっこりと、あくまでも口調は軽く言い放つ。 「おお?」 わざとらしく、セインの顔を眺めるギャンガルドに、セインの笑顔も引きつった。 「…切られたいみたいだね」 「いやいやいや待て待て待て!」 表情は変えずに微笑みながら、さっさと両手を合わせようとするセインの腕を、ギャンガルドは慌てて掴みかかった。 もちろん、紅茶の入ったカップはテーブルに確保して。 「…離してくれる?」 見た目に反して怪力のセインを押さえるのに、ギャンガルドの腕も震える。 「うん。悪かった。俺が悪かったから、聖剣はやめようや?」 「へー?」 表情を変えずに、セインは掴まれた腕はそのままに、くるりと身体を回転させて瞬時に背中をギャンガルドの懐に潜り込ませる。 次の瞬間、ギャンガルドの足は床から離れていた。 「お?」 ズダン!! この部屋の下の宿泊客は良い迷惑だった事だろう。気が付けば景気良く床の上に投げ飛ばされていた。 「いてて」 「すげぇ…。俺キャプテンが投げられてんの初めて見た」 強かに打ち付けた背中を撫でながら眉をしかめるギャンガルドの横で、タカが目を丸くした。 「そんなに僕のお茶を飲むのが嫌なら、別に無理しないで良いし」 冷ややかに見下ろすセインに、ギャンガルドはニヘラと笑う。 「やっぱ怒らすと恐えな」 パタパタと埃を払いながら立ち上がると、ギャンガルドはテーブルの端に確保していたカップを手に取って、思いきり匂いを嗅いだ。 「あー、良い匂いだぜぇ」 目を瞑り上機嫌に呟いた。 「ちょっと。止めてくれないかしら?」 あまりの気味の悪さに、キャルは顔色が青くなり、セインはその横でコクコクと頷く。 「何だよ失礼な奴だな」 「あんたにダケは言われたくないわ」 だけ、の部分を殊更に強調してやったのに、ギャンガルドは嬉しそうにミルクティーに口を付ける。 「旨い!!お嬢ちゃんは毎回こんな旨い茶ぁ飲んでんのか!?」 「悪い?」 そりゃ、セインと一緒に旅をしているのだから、茶葉とお湯さえあれば、いつだってセインが淹れてくれる。 夜のお茶は定番になりつつある。 「子供の体には強いから、必ずミルクや蜂蜜なんかを入れてもらってるけど」 言っている側から、ギャンガルドの目がキラキラし出した。 「タカ!!」 「あー、言いたい事は解ります。さっき茶葉の量やら、手伝いがてら淹れ方、教えてもらいやしたから」 自分のキャプテンが、何を訴えているのか嫌になるくらい理解してしまえるコック長だった。 「大げさなんだよ、ギャンガルドは。だいたい、なかなか口を付けずにイヤイヤ言っていたのは何だったんだよ?」 呆れて、セインが髪をかきあげながらギャンガルドを見やる。 「だって大賢者って手先が不器用そうだからよ。こんな良い匂いの旨い茶を淹れられるのが意外でよ」 「…本っ当に、君って失礼だよね」 セインの眼が据わった。 「何だよ。本当の事だろう?」 「・・・・・・・・ふうん?」 今度こそ、勢い良くセインは手を合わせた。 「おわわわわ!!!待て待て待て!」 「待たない!」 ついに、ずるりとセインの手の平から、聖剣の柄が引き出された。 「だあああああ!」 「うるさいし!」 必死になってセインの腕を掴むギャンガルドだったが。 「おうわ!?」 ダダン! 宙を飛んだのは本日二度目だ。 「キャルのナッツも食べたみたいじゃないか。もうお茶は良いでしょ。さっさと部屋に戻って寝ちゃいなよ。子供は寝る時間だよ?」 「ははー。おっかねえなあー」 ひんやりとした視線をくれるセインに、床の上に伸びたまま、乾いた笑いを漏らす海賊王だった。 「うん、まあ、自業自得ってヤツっすね」 しみじみと呟くタカに至っては、おかわりを注いでもらいつつ、キャルのとっておきのチョコレートをいただいている。 「お前、ずるいぞ」 二度も食らった背中の痛みになかなか起き上がれず、床の上に座り込んだまま、後頭部を撫でるギャンガルドは、子供みたいに口を尖らせた。 「タカは悪い事をしていないもの」 ベッドの端に腰掛けたまま、キャルが美味しそうにカップを傾けている。 「へいへい、俺は邪魔者ですよーだ」 ようやく立ち上がったギャンガルドは、本当に子供みたいに拗ねてみせる。 「邪魔っていうより、害虫よ」 「お嬢?」 追い討ちをかけるキャルを、情けない顔で見やった。 「とにかく、外でぶら下がってる男の素性も分からねぇままだし、嵐はまだ止まねぇし。何にしたって帰って寝たほうが良いっスよ、キャプテン」 最終的には手下に宥められ、大人しく部屋に戻る事になる。 扉は壊れているので、残骸をまたぎ、枠だけになった部屋の入り口をくぐって廊下へと出て、ギャンガルドはひょい、と、室内を振り返った。 先程と同じ位置でカップを手にしたままのキャルと、背中を向けたまま、こちらを見ようともしないセイン。 ふむ、と、一つ頷いて、ギャンガルドはタカの頭をぺちりと叩く。 「なんスか?」 「ちょうどいいや。お前、お嬢たちの世話してから戻って来い」 自分たちのキャプテンは、人に気を使うような男ではないので、タカは眉をしかめた。 |
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