「こらこら。容易く侵入を許すな」 敵はどうも、前方へギャンガルドが跳びはねたのを見るや、一瞬のうちに標的を変更したようだ。 自分が蹴破った扉の向こうに、窓際で固まる三人と、動けないので食卓の椅子に座ったままのセインと、その背後の全身黒で統一した、覆面男が見える。 ギャンガルドが倒した男共も、皆色の違いはあれど、覆面に、全身黒か灰色の、いかにもな。 どこかで見たことがあると思うのは気のせいでもないのだろう。 それでもあの早撃ちを誇るキャルが、銃を抜いて構えただけとは、相手の体捌きは相当なものと見て取るべきか。 「昨日の晩の人?」 キャルが銃口を向けたまま、手短かに訊ねるが、男は答えない。 「何が目的?」 「・・・・・」 その質問にも男は答えず、立てないセインを引き寄せ、抱えあげようとするが、セインがテーブルに向かって座った体勢のままなので、上手く行かないらしい。セインはセインで、それをよく承知しているのだろう。わざと抵抗もせず、のらりくらりと力を抜いたまま、だらりとしている。力の抜けた相手というのは、扱いにくいものだ。 それに、男の視線はセインよりもキャルから離れようとしない。 キャルの銃の腕は知られているようだ。彼女から目を離した隙に、穴が開くのは男の方である。 「ねえ、聞いてもいいかな。目的は僕?」 セインが背後の男を見上げれば、覆面から覗く眼球が、ぎょろりと動いた。それでも、キャルから視線が外れないのは見事か。 「僕なんかどうこうしたってどうしようもないと思うのだけど。もしかして貴族会の方々の差し金かな?」 「・・・・・・」 男の表情は、一見何でもないように見えたが、ぴくりとセインの首筋に当てているナイフを持つ指が震えたのを、セインは見逃さなかった。 「当たりみたいだね」 今度は明確に肩が震えた。 「詳しくはこうでしょ。国王は僕に近衛の皆の訓練を要求している。今の近衛でさえ厄介なのに、これ以上強くなられては国王に近づく隙が無くなる。イコール、国王暗殺なり何なり、とにかく今のガンダルフが国王じゃ困る方々がいるってことでしょ?」 「・・・・・!」 「うん。大体、合っているみたいだね。それで、あわよくば僕を脅すなり宥めすかすなり懐柔して、逆に自分の私兵を訓練させる腹積もりだ。僕が邪魔なだけなら、今このナイフを僕の首に突き立てれば良いだけだからね。こんなところかな?」 眼しか見えないのに、男の顔から血の気が引くのが分かるようだ。 「でも、ごめんね。僕もマスターがおっかなくてね。このままやられるわけにはいかないんだ」 言うなり、セインはナイフを持ったままの男の腕を掴み、そのまま自分の肩口へ男の上体を引っ張ったかと思うと、空いた手を男の腕に絡ませ襟首を引っ掴み、男がバランスを崩したのを利用して、そのまま背負い投げよろしくテーブルの上に投げ飛ばした。 その拍子に、セインが絡ませた男の腕は、ボキリと嫌な音を発てて折れ砕ける。 「ぎゃああああぁぁぁあ!」 たまらず悲鳴を漏らし、腕を押さえてテーブルの上の皿や何やらが落ちて割れるのも構わず悶える男を、セインは冷ややかに見下した。 「僕も今回はあちこち怪我して痛くてね。原因を作ったんだから、八つ当たりくらい良いでしょう?」 事が終わり、キャルが銃をしまってセインに駆け寄った。 「キャル、無事だっ」 げいん! 「いたい!」 「おっかないって、誰の事よ!」 言い終わらないうちに頭を殴られた。 「今僕を殴った目の前のあなたです」 とは、言ってしまえばまた殴られるので、セインはにへら、と笑ってごまかした。 「ジャムリム、ごめんね?食器駄目にしちゃった」 食事はほぼ終えていたので、全員の腹の中に納められている。それでも、食器類は片付ける前だったので、盛大に割れてしまった。 のた打ち回った男は終いに床へ転がり落ちて後頭部を強打。そのまま伸びている。 「いいよ。気にしなさんな。あたしも明日から、ここを空ける事になるしね」 「え?」 華やかに笑うジャムリムに、全員が彼女の顔を見やった。 「おいおい、それって、着いて来るって事か?」 外で伸びきっている連中を、またもや素っ裸にひん剥いて、一纏めに括ったところでギャンガルドが戻って来た。 「おや。言わせて貰うけど。この壊れた扉どうしてくれんのさ」 刺客の不意を打つためとはいえ、盛大に扉は真っ二つだ。 「修理すんのに、いくらかかんのかね?」 「あー、そいつはー・・・。悪ぃ」 行きの旅費で派手に使ってしまった手前、手元に残った金額は微々たるものだ。 「それに、キャルちゃんとも仲良くなったしね?」 ジャムリムが軽く、キャルに向かってウィンクした。 「でも、またこんな連中に狙われるかもしれないよ?」 セインが問えば、ジャムリムがころころと笑う。 「両足動かせないくせに、こんなヤツを伸しちまえる人に何言われたって怖かないよ。ギャンガルドもあんたも、それにキャルちゃんだっているんだ」 そこまで言って、彼女はギャンガルドを振り返る。 「もちろん、守ってくれるんだろ?」 にっこりと問われれば、それは最早決定事項なのだと悟るしかなく。 「ふん。ますます好い女になったじゃねえか」 顎をさすって、ギャンガルドはにやりと笑う。 「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。天下の海賊王、ギャンガルド様だぜ」 「そうこなくっちゃ!」 この時のジャムリムの笑顔は、本当に美人過ぎて惚れ直した、とは、後のキャルの言である。 またもや同行人が増えたところで、一同は部屋の片付けに入った。 床に転がった男も外の連中と一緒に裸にひん剥いてロープで簀巻きにし、同じ場所に山積みにする。 ついでに、その裸の塊は、騒ぎに駆けつけた村の自警団に引き渡した。 自警団の皆さんの、何ともいえない複雑な表情は、しばらく忘れられないだろう。 誰だって野郎の素っ裸の塊なんざ見たくはない。 しかし彼らから剥ぎ取った衣服から、ぽろりと密書が出てきて事の顛末が判明するのは翌朝の事。 がたごとと揺れる馬車の上で、他の乗客とぎゅうぎゅうになりながら、一同は王都を目指す。 「密書持ち歩いてたって事は、僕らを襲った後、とっとと引き上げる予定だったらしいねえ」 びらりとその密書を広げて、誰の眼もはばかることなく読みながら、セインがぼやく。 「まあなあ、思ったより俺らを見つけんのに時間がかかったんだろ」 ギャンガルドがセインの隣で興味も無さそうに、持ち込んだビーフジャーキーを齧っている。 「でも密書持ち歩くなんて、間抜けだねえ」 「プロにはあるまじき行為よね」 キャルは、またもやジャムリムに髪の毛をいじってもらっている。今日はお団子にしてもらうらしい。 「それだけ焦っていたんでしょうねえ。大掛かりに盗人集団まで雇って、宿屋の主人まで手懐ける用意周到さは認めますがね?」 タカが手元で何かくるくると回しているので、何かと思えばタティングレースを編んでいた。 「上が頭悪いと、下の連中が苦労するって事じゃない?タカ、君器用だねえ」 「へへ。嫁に教わったんですよ」 セインは密書を折りたたんで、キャルの鞄の中に仕舞った。 要するに。セインが刺客に喋っていた予想は大当たりで、貴族会のメンバーのうち、馬鹿な考えを起こした人間がいて、セインの誘拐を目論んだらしい。 行き先は、国王が伝言に旅立たせた人間の足跡を辿れば良い。それで、帰る途中で同じ場所に立ち寄ると踏んで、只でさえ近衛兵の訓練を頼むような達人らしいから、ちょっとした罠を張ってみたのだ。 しかし、そこで雇った盗人集団がいけなかった。 喜び勇んで盗みを働き、村の評判を落とすので、仕方なしに宿屋の主人と保安官を買収し、悪評が広まらないように苦心したものの、結局嵐で爆破しなくても良くなった街道を爆破し、騒ぎを大きくしてくれたのだ。 「どこまでも不運な人っているからねぇ」 「それを言っちゃあ、奴らが可愛そうだろうがよ」 足止めをするはずが、爆発騒ぎで結局駅馬車が動く事になり、更に焦ったという事か。 「そういえば、クレイは?」 「心配しなくても、ちゃんと着いて来ているわ」 昨日、セインに懐いた馬にクレイと名付け、馬車に同行を許してもらっている。 賢い栗毛の馬は、名前を呼ばれたのが嬉しかったか、かぱかぱと走り寄って、幌をめくった部分から顔を出した。 「ああ、ほらクレイ。危ないからね?」 「ヒヒン!」 言われてすぐに、クレイは顔を引っ込めて、馬車と併走する。 頭の良い馬だ。 「馬車馬たちが殺されなかったのだけは、感謝かな」 セインが呟く。 足止めが目的なら崖を崩すよりも何よりも、手っ取り早く馬車を破壊するか、馬たちを殺すかすれば良かったのに、それをしなかったのは、彼らも駅馬車を使っての移動を考えていたのだという事になる。 「こんな小さな村で、馬を人数分用意して脱出なんて、目立って仕方がないだろうからね」 依頼して来た人間然り、雇った人間然り。 そして何よりターゲット然り。 本当に、色々な意味で彼らは不運だったのだろう。 「あたしはあんたの正体がバレていなかったってだけでひと安心だったわ」 お団子を二つ作ってもらって、いつもとちょっと雰囲気の違うキャルは、なんだか大人っぽく見える。 「へえ。可愛いじゃない」 「ふふーん。似合ってる?」 「うん、似合ってる」 髪型を見せて満足そうなキャルと、ぱちぱちと手を叩くセインを、ギャンガルドは呆れたように見やる。 「賢者さんよぉ。ロリコンも大概にしねぇと、そのうち捕まるぜ」 「なっ!?」 顔を真っ赤にしてうろたえるセインに、ギャンガルドは機嫌よくにやりと白い歯を見せた。 「仲が良いのはかまわねえが、あんまり惚気てると周囲が引くぜ?」 「ど、どういう意味だよ!?」 「お前さんがロリコンって意味さ」 その発言に、キャルが拳を振り上げた。 げいん! 「うおっ」 「あんたがそういう事を言うなら、浮気であたしもあんたを訴えるけど良いのかい?」 ギャンガルドの目の前にはキャルではなくてジャムリムが立っていた。 いつもならキャルの鉄拳が振り下ろされるのだが、今回からは海賊王の躾は彼女がしてくれるらしい。 「いやぁ、姐さん。頼りになりますわー」 「すてき!」 タカとキャルから羨望の眼差しを受け、ジャムリムはふん、と胸を張る。 「覚悟してね?」 艶やかに、華やかに。 笑顔で宣言されれば、ギャンガルドも呆然と頷くだけだった。 「確かに、君の女性を見る眼は確かだよ」 ぽかんと驚きながら、ぽつりと呟いたセインの言葉に、ギャンガルドはがっくりと項垂れ、ジャムリムは嬉しそうにセインに微笑みかけた。 「ありがと」 「はは。どういたしまして」 空は青く澄み渡り。 鳥がさえずり、頬を撫でる風が心地よい。 強力な助っ人を手に入れて、キャルもセインも、大船に乗ったような気分で馬車に揺られていた。 王都で何が待っているのか分からないけれど。 かの都で、多分自分たちの帰りを、首を長くして待っている友人に会うのを、楽しみにしていよう。そう思うのだった。 二人の旅は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない。 FIN |
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