第一章 「えーっと」 空は高く、蒼く澄みわたり。 遠くで小鳥の鳴く声が聞こえる。 そよぐ風に髪を遊ばせて、眼鏡を掛けた長身の青年が、小さく唸った。 「爽やかね」 「そうだね」 青年のすぐ隣には、ふわふわと眩しい金色の髪の少女が、今日の空のように蒼くて綺麗な瞳をキラキラさせていた。 少女の、言葉とは裏腹に、素っ気ない物言いだったが、青年は、事実目の前に広がる景色は爽やかそのものなので、同意を示した。 「これを爽やか、って言うんですかい?」 二人の向かいに座る禿げ頭の、どこか愛嬌のある男が、呆れたようにため息とともに呟いた。 その声音が、ちょっとばかし緊張しているのは気のせいか。 「だって、風は心地良いし、草原はサワサワいってるし、お日様は優しいしさ」 馬車の幌の中。 他の旅人と共に、王都へ向かう道中である。 しかし、こんな道中にはよくある事で。 「まー、俺たちの状況以外は、爽やかだよな」 焼けた肌のたくましい男が楽しそうに、ニカリと、白くて眩しい歯を光らせて笑った。 「困ったな」 あんまり困った風でもなく、眼鏡の青年が、少し前に怪我をして、いまだに歩く事が出来ない自分の両足をさすった。 その、青年の視線の先には、御者が背後から銃を突きつけられつつ懸命に馬車馬の手綱を繰っている。 「何処にでも似たような奴らってのは、いるもんだねぇ」 間延びした発言は、日焼けした男の肩に、しなだれ掛かりながら座る、長い黒髪も艶やかな美女のものだ。 馬車の幌のなか、緊迫感のないのはこの一行のみで、他の乗客は奥へと固まって震えあがっている。 「あ、あんたら、平気なのかね?」 初老の男性が、他の乗客を背に庇う体制を取りながら、一行へ声をかけた。 「いやぁ、平気というか、このまま、馬車が目的地に着いてくれなかったら、困るというか」 答えになっているのかいないのか、分からない返事を青年が返した所で、馬車がガタンと派手な音を発てて失速し、急停止した。 ワアワアと、馬車が騎乗した男たちに囲まれる。 たまに銃声も聞こえるのは、景気付けなのか威嚇なのか。 駅馬車は現在、強盗団に絶賛襲われ中である。 後ろの幌幕に、鋭いナイフの切っ先がズブリと突き立てられた。 「わあああぁ!?」 「ヒィー!!」 奥に固まっていた乗客たちが一斉に前に出て、御者のいる出口へと雪崩れた。 しかし、誰一人、外へ出ることはかなわない。 御者がとっくに襲われているのだから、当たり前である。 銃を突き付けられて、幌の中で逆戻りだ。 「あーぁ。みんなひでぇなあ。大丈夫かい?じいさん」 差し出された手に、先程まで他の乗客を背に庇っていたせいで、下敷きにされて倒れた男性が顔をあげれば、健康的に日焼けた男が、白い歯を覗かせて笑った。 「あ、あぁ、ありがとう」 そのたくましい手に掴まれば、ひょいと立たせてくれる。 「さあ、どうする?」 その男が、側にいた少女へ嬉しそうに問えば、少女は肩にかかった自分のふわふわの金髪を、無造作にかきあげた。 「決まってるわ。思い知らせちゃいましょ!」 少女はそう言って、不敵に微笑んだ。 「さぁて、やりますか」 「出来れば穏便に穏やかな旅行がしたいのにね」 「いいじゃねぇか。こういう方が楽しくて」 「それは君だけだよ」 逃げ場のないこの状況で、彼らはたった五人で何をしようというのか。 「行くわよ!!」 少女が言い切るなり、足の不自由そうな眼鏡の青年が、何かを投げた。 「ぎゃ!?」 ちょうどナイフで切り裂いた幌幕の間から、乗り込もうとしていた強盗の一人が、ごん、という鈍い音と共に馬車から落ちた。 蹄鉄が向こうへ飛んで行くのが見えたので、投げたのはソレだろう。 「乗客の皆さんは、このまま幌の中に居て下さいね」 にこりと微笑み、いつの間にか長剣を手にした青年に呆気にとられれば。 「おらよっと」 かけ声ひとつで、御者を脅しつけていた強盗たちを楽しそうに放り投げている男が一人。 御者は、ぽい、と、そのまま幌の中に放り込まれた。 「ハイハイ、邪魔だよお前ら」 声に振り向けば、乗客を掻き分けて、幌の後ろの幕を止めていたロープをほどきながら、禿げ頭はしっかりと、乗り込んで来る強盗たちを蹴り落として行く。 「ホラよ、お嬢!」 降りていた幌幕を上げ、禿げ頭が叫んだ。 「みんな!頭下げてて!」 少女の声に、わけも分からず、乗客たちが馬車の床に伏せる。 パパン!と何やら軽い音が立て続けに響き、チュイン、と甲高い音が頭上を何度か越えた。 そして怒号。 小さな少女が、強盗団相手に銃撃戦を繰り出しているのだと理解するのに、少々時間が必要だった。 「セイン!」 「はい」 少女が差し出した手のひらに、眼鏡の青年はぽんと、銀色の小さな塊を手渡す。 それは銃弾のカートリッジだった。少女は手馴れた手つきで弾を瞬く間に補充、装填して、ドドンと射ち放つ。 馬車の後方に陣取っていた強盗たちはさすがに左右に分かれ、距離をおく。 その隙をついて、一頭の馬が走り寄って来ると、大きく嘶いた。 眼鏡の青年がいつの間にか幌の脇の幕をめくり、隙間から外へ飛び出した。 「キャル!乗客の見なさんと、僕の援護よろしくね」 見れば、先程の馬の背に跨がって、瞬く間に駆けて行く。 「わたしを誰だと思ってるの!?」 言いざま、少女の銃が強盗たちを襲う。 なんという腕前か。 幌の中で強盗たちに姿が見えないのを良い事に、小さな隙間から次々に、彼らを馬上から撃ち落とす。 青年は青年で、馬を器用に走らせて、銃撃をかわしながら突っ込んでいく。 軌道を変え、スピードを増して走るために標準が定まらないのだろう。銃弾は常に彼の後方を過るのみだ。 銃を相手に、剣でわたり合うなど見たことがない。走り抜きざま、強盗たちの手に持っていた拳銃を弾き飛ばす。それだけでも見事なのに、たまにお遊びのように、頭の毛を真中だけ剃ったり、ベルトを切ってズボンをずり落としたりしている。 「おー、やるねえ、賢者も」 「キャプテン、あんま乗り出すと危ないっす」 日焼け男と、禿げ頭も、他愛ない会話をしながらしっかりと、着実に強盗を投げ飛ばしている。 「俺の出番が無くなるじゃねえか」 馬車にとりつこうとした強盗の顎を蹴り上げて突き落としながら、キャプテンと呼ばれた男が楽しそうに青年を見やった。 「ギャンギャンの出番なんて、一切合財無くなってくれて構わないわ」 「お嬢は冷てぇな」 すかさず答えた少女の眼は冷ややかだ。 「キャルは本当のことを言っているだけだと思うけど」 いつの間にか戻ってきた青年も、にこやかに冷たい。 彼の帰還に、乗客たちがそっと外を見れば、駅馬車の周りを囲っていた盗賊団は逃げ出すか気絶するかして、すでに散り散りになっていた。 |
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