「旦那。はっきり言っちゃあいけませんぜ」
 禿げ頭がそう言って、青年が馬から馬車へ移動するのを手伝う。
 青年は馬の鼻面を撫でてやると、手を借りながら、元いた場所へと座りなおした。
 青年に続いて、彼の連れも、何事もなかったかの様に、元の場所に収まった。
 しかし、ほかの乗客たちはそうもいかない。みんな固まったまま、まだ呆然としていた。
「タカ。お前後で覚えてろ?」
「あらやだ。手下いじめよ。手下いじめだわ」
 そんな呑気な会話が、彼らの行動と、まったくもってちぐはぐしているのだが、本人たちは気にした様子もない。
「キャルちゃん、すまないね」
 怪我をした御者を手当てしていた黒髪の美女が、金髪の少女の頭を撫でた。
「ほら。なにせこの人、目立ちたがりで寂しがりだろ?こんなこと言っているけど、セインさんとキャルちゃんに、ちゃんと褒めてもらいたいのさ」
「な!ば!馬鹿言ってんじゃねえよジャムリムお前!」
「へー」
「ふーん」
「あー」
 なんだか、どんどん変な方向へ話が流れていく。
「あ、あのお・・・」
 手当てが終わったらしい、御者がおずおずと手を挙げた。
「発車してもよろしいでしょうか?」
 もっともな提案をする。
「馬はみんな無事ですし、点検をして、走れるようなら動いたほうが良いんじゃねえかと」
「ああ、ごめんね。それはそうだね。ほかの乗客の皆さんも、大丈夫ですか?お怪我は?」
 御者の提案を受けて、セインと呼ばれた眼鏡の青年が馬車の中を見渡した。それに、乗客全員が頷く。
 眼鏡の青年の問いかけが合図になったのか、ようやくこの場所から移動できると安心したからか。乗客たちはいそいそと、各々の位置を確認し、落ち着ける場所を見つけて席に着いた。
 駅馬車に、ようやくいつもの賑わいが戻る。
 乗客に何事もないのを確認すると、御者は荷台を降り、車輪や馬たちの綱などを点検してゆく。
 念のために、護衛に禿げ頭がついた。
「あの」
 御者が、裂けた幌の応急処置をしながら、小さく尋ねた。
「お宅ら、どういう団体さんで?」
「あー?あー・・・。うん。普通、そう思うわなあ」
 ぽりぽりと禿げ頭を掻きながら、うーん、と唸った後。
「どういう団体かって言われたら、何でもねえんだけどもよ」
 などと言うが、あの腕の立ちっぷりで、何でもないわけがない。
「どっかのお偉いさんの護衛かと思ったんだがね」
 御者が言うのも尤もで。
「護衛っちゅうか、護衛を訓練しに行くんだけどさ」
「へえ!そりゃ、達人なんでしょうなあ。強いわけだ」
 妙に感心しながら、御者がにっこりと笑った。
「で、ものは相談なんだがね?」
「は?」
 つまりは、目的地に着くまででいいから、用心棒をしてくれないか、という事だった。
 たしかに、普通駅馬車には用心棒が付くのが当たり前だ。用心棒がいたって、先ほどのような盗賊や山賊に狙われるのだから、いないほうがおかしいのである。
「今回は、ほれ。あの町で足止め食ったうえに、用心棒なんざ雇っている余裕もなかったしな。崖崩れやら倒木やらで、そっちのほうに人件費取られちまったから」
 この駅馬車に乗った町では、ちょうど嵐に遭遇した上に、変な泥棒集団に遭遇した。おかげで、足止めを食いそうになったのだが、爆発騒ぎや盗難騒ぎのおかげで、ルートを変えてでも駅馬車を走らせることになったのだった。
「報酬は出るのかい?」
「もちろん!大きな町に着いたら、組合に掛け合って弾んで貰うよ!」
 護衛を勤めるような連中を訓練するのだから、下手な護衛よりよほど腕が立つに決まっている。
 真剣な面持ちの御者相手に、禿げ頭はつるりと頭を撫でて、にやりと承諾した。
「よし。旦那がだめでもおれっちとキャプテンで何とかなるしな。金になるならやるぜ」
「おお!ありがてえ!あんた、名前は?」
「おれっちはタカってんだ」
「じゃあ、タカ。よろしく頼むよ!」
 にこにこと頼まれて、悪い気はしない。タカは、これで商売が出来たとばかりに、上機嫌で幌の中の定位置に戻って、他の四人に用心棒の件を説明した。
 御者は御者で、御者台に戻ると、乗客全員の定員数を確認し、よっぽど安心したのか、鼻歌交じりに馬車を発車させる。
 馬車はゆっくりと動き出し、どんどんスピードを増していった。
 この御者もほかの乗客も知らないことではあるのだが、運が良かったというべきか。
 確かに、この五人にかかれば大船に乗ったも同然である。
 タカは泣く子も黙る海賊船クイーン・フウェイル号の一味だし、彼がキャプテンと呼ぶ男こそ、そのまま海賊王と名高いキャプテン・ギャンガルド本人であったし、金髪の少女は、見た目こそ可愛らしいが、これでもゴールデン・ブラッディ・ローズの二つ名をもつ凄腕のヘッド・ハンター、キャロット・ガルムその人である。
 そして、一番謎な眼鏡の青年なのだが。
 彼は数か月前に、キャルが引き抜いた伝説の聖剣、大賢者セイン・ロズドの本体であり、化身である。
 まったくもって、そうは見えないが。
 ちなみに、黒髪の美女はジャムリムという。ギャンガルドの愛人であり、今のところ、海賊王を制御できる唯一人の貴重な人材だ。


 兎にも角にも、馬車は一行を乗せ、とりあえず何事もなく、無事に次の停車場のある街が見える場所まで順調に辿り着いた。
 今度は大きな街で、宿屋もホテルも選り取り見取りらしく、キャルやジャムリムなどは、同乗した若いカップルからいろいろと情報を聞き出してははしゃいでいる。
「しかし、凄い城壁だな」
 すっかり御者と意気投合したタカは、御者台に座って前方を仰ぎ見た。
「ここの領主様の家が、代々軍人の出でね。この地方を任されたときに、城下町まで城の壁で囲っちまったそうだ」
「へえ。すげえや。でっけえ要塞みたいだぜ」
 タカが感心するのも無理はなく、巨大な壁にぐるりを取り囲まれて、広い荒れ野の中に、その街は唐突に現れた。
 外からは、城壁に阻まれて内部を観察することは難しい。ただ、奥に小高い丘があり、その上にこれまた堅牢そうな城が建っている。あれが、その領主とやらの城に違いないのだが、城と壁が作り出すその様は巨大な軍艦を思わせた。
「何?何が凄いの?」
 女性陣の輪の中に入れず、暇なセインが御者台に顔を出す。
「わ。旦那。歩けねぇんですから、無理しないで下さいよ」
「だって、暇なんだもの」
 ガタゴトと揺れる馬車の振動だって足の傷に響く筈なのに、歩けない足を引きずってうろうろされるのは、かえって周りが気を使う。それを承知でこうやって顔を出すのだから、余程暇を持て余していたのか。
「まあ、今までじっと座りっぱなしだったからなあ」
 困ったように眉尻を下げるタカに、セインも、ごめんね、と一言謝って、タカが掴み易いように両手を差し出す。
 タカも、差し出された両手を取って御者台に移動させてやろうと、自分の両手をセインに差し出し返した時だった。
 急に、セインの手が引っ込められた。
「ちょ、何するのさ!」
 がっちりと脇を固めて、セインが叫んだが、その固められた腕ごと左右から大きな手で挟まれて、長身を持ち上げられる。
「ん〜?俺も暇だから」
 犯人はギャンガルドだ。
「持ち上げなくていいし!痛いし!こら!」
 腕をホールドされては、今のセインでは抵抗できない。相手はもちろん、それを知っていての嫌がらせだ。
「ほう。そうかそうか。でもねギャンガルド。この状態でも両手は合わせられるって分かってるのかな?」
 普段より低い声音に、ギャンガルドの口元が、ひくりと引きつった。
「だ、旦那?」
 伸ばそうとしたままの両手の行き所を失わせていたタカまで引きつった。
「あらセイン。これ使ったほうが早いわ」
 ギャンガルドの背後から聞こえた幼い少女の声に、今度は御者まで引きつった。
 かちりと撃鉄を起こす音。
 少女が手にしているのは拳銃で、その拳銃をセインの手に握らせた。
「ありがと。キャル」
「どういたしまして」
 にっこりと微笑み合う二人は本気だ。
「と、いう事で。降ろしてくれないかな?」
 肘から下しか動かせない状態でも、背後に密接する脇腹くらいは確実に撃ち抜ける。
「ちぇー。冗談が通じないぜ」
 渋々とセインを降ろしたギャンガルドに、キャルが微笑んだまま呟く。
「あんたの冗談は冗談にならないのよ」
「お嬢。怖いから・・・」
 涙目になったのはタカだ。
「まあまあ。みんなで何をもめているんだい?いいから、外をご覧よ。セインさんだって、外を見たかったんだろ?」
 細い腰に両手を当てて、ジャムリムが割り込んだ。
 御者を含めて六人で、馬車の外を見るのは狭苦しいが、当初のセインの目的はジャムリムによって、ようやく達成された。
「へえ。街全体が要塞になっているんだね」
 感心して呟く。
「そうなんですよ」
 御者がセインを振り返った。
「あの壁の上の凹凸は砲台で、もうちょっと近付けば見えるんですがね、転々と小さな穴が開いていましてね。新鮮な空気を取り入れるっていう目的を含めて銃を撃つためのものなんですよ。それで、所々に見える櫓が見張り台でして。門なんかカラクリの橋になっていて、敵が来たら入り口の蓋にしちまうから誰も入れないようになっちまうんですよ」
 本領発揮とばかりに、指さしながら、御者が観光名所の案内人宜しくしゃべりだす。
「凄いねえ。じゃあ、大きい街なのに、ぐるっと堀が掘ってあるの?」
「詳しいですね!?」
「だって、門が掛け橋なんでしょ?」
 満面の笑みで話し込んでいた御者が、急に顔を赤くした。
「すいませんね、はしゃいじまって。生まれ故郷なんですよ。久々に帰って来たもんですから」
 急に、しゃべりすぎたと恥ずかしくなったらしい。
「いいじゃないか。故郷に帰って来たなら、うれしくもなるさ」
 ジャムリムが城壁を見上げる。
 美女の賛同に、御者はさらに頬を赤くした。
 そんなことをしている間にも、城壁は馬車が近付くにつれ、どんどん大きくなってゆく。
「なんというか。圧迫感があるわね」
 壁の真下に来る頃になると、壁の威圧感は否応なしに増した。
「立派だけど、これはちょっと・・・」
 御者には聞こえないように、キャルに続いてジャムリムも呟く。
 街の入り口は堅牢確固たるもので、さほど大きくはないのは、敵の大量侵入を防ぐためのものなのだろう。
 セインの言った通り、深く広い堀が掘られており、水も張られていない。が、水の代わりに、堀の底には鋭く尖らせた槍が乱立しており、あまり気持ちの良いものではなかった。





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