左右に一人ずつ立っている門番が、街の中に入る人々をチェックしていく作業は流れるようで、人の数の割に細い橋の上でも、そんなに混雑はしていないように見える。
 それでも大きな街だけあって、旅人の出入りは多い。
 行き交う人々の雑踏の中、駅馬車も門番の前まで進み出た。
「よう!ご苦労さん」
「ああ、お前さんか。久しぶりだなあ。どうだい?調子は」
 御者と門番は顔見知りのようで、親しげだ。
「まあ、見ての通りさ。少々やられちまった」
 補修だらけの馬車を、御者が振り返って示せば、門番の男も、所々破れた幌に気づいて、眉をしかめた。
「あちこちやられちまってまあ。使えない用心棒でも雇っちまったのか?」
「いや、色々あって用心棒を雇えなかったのさ」
「おいおい。それでよく無事だったな」
「まあな。運が良かったんだろ。死にかけたけどな」
 物騒なのか呑気なのか分からない会話を続けながら、御者が通行証を見せ、門番がそれをチェックする。仕事はしっかりしているようだ。
「はい、すいませんね。・・・・よし」
 馬車の後ろに回り、乗客を一瞥すると、あっさりと許可を出した。
「行って良いぞ」
「ありがとよ」
 馬車がガラガラと門を潜ろうとしたところで、セインが大声を上げた。
「すみません!待って下さい!」
 何事かと驚く門番に、動けないセインの代わりに、キャルが顔を出した。
「ごめんなさい。私の連れの馬が一頭、その辺にいるはずなんだけど、一緒に中に入ってもいいかしら?」
 小さな少女が大きな瞳で首をかしげて尋ねる姿は愛らしい。
 門番も、精一杯怖がらせないように笑顔を作って対応する。彼なりに和んだらしい。
「馬?どの馬だい?お嬢ちゃん」
 問いかければ、可愛らしく微笑んで、指をさす。
 見れば、毛艶の良い綺麗な馬が一頭、こちらを見ている。ずいぶんと立派な馬だ。
「あれかい?」
「あの子よ。クレイ!」
 少女が呼べば、嬉しそうに近寄ってくる。
「へえ、良い馬だね」
「でしょ?私の連れにはもったいないくらいよ」
 連れというのは、先ほど大声を上げた青年だろう。
「大事にしてやりなよ、あんた」
「はい。ありがとうございます」
 声をかければ、青年は素直にぺこりと頭を下げた。
「良いよ。連れて行きな」
「ありがと。門番さん」
「ありがとうございます」
 許可を出せば、馬まで嬉しそうに嘶いて、仲良く馬車と並んで門を潜って行った。
 ガラガラと駅馬車が街中を進む中、馬車の幌の中で、変な悲鳴が響いた。
「むぎゃ!」
 足を踏まれたギャンガルドが、思わず飛び上がったのだ。
「ギャンギャン。さっき笑ったでしょ」
「せ、せめて確認してから踏んでくれねえか?」
 先ほどの、門番相手に猫を盛大に被ったキャルに、実はこっそりと笑ったギャンガルドだった。
 まさか気づいていたとは。
「背中に目でも付いてんじゃねえのか?」
「あら。失礼しちゃうわ。そもそも可愛さも女の武器だわ。利用しないほうが馬鹿よ」
「おや。キャルちゃん良い事を言うねえ。可愛らしさだって女の武器だよね」
 ジャムリムまでキャルに同意をし始める。
「ねー」
「ねー」
 美女と可愛い少女が二人で手を合わせて首を一緒にかしげる様は、確かに目の保養だ。
 ただし、中身を知っていなければ。
「キャプテン。こればっかりは勝てないっすよ」
 ぽん、と、タカに肩を叩かれて慰められ、海賊王は情けなく眉尻を下げた。
「女の子って、可愛くて良いよねー。見てて癒されるし」
 心の底からそう思っているのか、セインがのほほんと笑っている。背後に花が咲いているのが見えるような呑気さだ。
「お前さん、お嬢の中身知ってるくせに、本気で言ってんのか?」
「は?何が?」
 思いっきり不思議そうに、質問を質問で返されて、ギャンガルドは呆れた溜息を吐き出した。
「さっきから失礼ね」
「痛てててててて!」
 今度は脇腹の肉を捻られた。
「私はいつだって可愛いわ!」
「自分で言うなよ・・・」
 げんなりと、ギャンガルドがキャルに抓って捻りあげられた自分の脇腹をさする。鍛えた筋肉で出来ている体だが、皮膚への直接攻撃には弱いらしい。真っ赤になってしまっていた。
「元気で良いねえ。おちびさんは充分可愛いさ」
 御者が笑いながらそう褒めれば、キャルはギャンガルドの時とは全く違う極上の笑顔で礼を言う。
「ありがと!」
 そんなことをしているうちに、早々に馬車は停留所へと到着した。
ざわざわと賑わう広場のそばに、停留所は設けられていた。
 行き交う人々の邪魔にならないように、馬車は器用に停車する。御者の腕はさすがといったところか。
「さ、着いたぜ。お客さん方。王都方面へ行きなさるんなら、出発は明日の朝八時にまたここへ来てくんなせえ。切符はこちらに」
 説明しながら、御者はバタバタと乗客の下車の準備をする。
 荷台の後ろの幌幕を全部上まであげて、折りたたみのタラップを設置すれば、お年寄りでも楽に馬車の昇降ができる。
 乗客一人一人に丁寧に挨拶をし、切符を確認して、女性や子供、お年寄りには手を貸す御者は、この仕事が本当に好きなのだろう。
「おや、最後はお前さんかい?」
「ええ、どうも。足を怪我しているので、上手く動けなくて。ご迷惑をおかけします」
 タカの肩を借り、ゆっくりと馬車から降りるセインの移動に、御者も手伝ってくれる。
「ああ、こりゃ、確かに馬が必要だわ」
 馬車から降りて、クレイの背に跨ると、セインの足が包帯だらけなのに御者が気づいて、ひとり納得しては頷いた。
「ありがとうございます。明日もまた、利用させてもらいますね」
「そりゃあ、毎度あり!でも、明日からは別の御者になりますんで、残念ですが、俺とはここまでですよ」
「それは残念」
 そんな会話をしていれば、タカがわざとらしく咳払いをして見せた。
「ああ、いけね!忘れるところだった!」
 ぺちん、と額を叩いて停留所の受け付けに走った御者は、すぐに引き返して来て小さな巾着をタカに渡した。
「これ、用心棒代。あと、こっちはオマケ」
 にこにこと手渡されたそれは、王都までの人数分のチケットだった。
 ほかの乗客たちは足早に去ってしまった後だったが、誰か見てやしないかと、タカは一瞬きょろきょろとあたりを見回してしまった。
「い、いいのかよ?」
 こっそりと耳打ちすれば、景気よくばしばしと背中を叩かれ、タカは眉をしかめた。
「あんな見事なもん見してもらったんだ!見物料だよ」
「そうかい?じゃあ、もらっちまうぜ」
「持ってけ!それに、あんな別嬪、滅多に見れないしなあ」
 でろりと鼻の下が伸びた御者の視線の先にいるのは、なるほど。
「ジャムリムの姐さんか・・・」
 美人にゃ滅法弱いのは、誰でも一緒ということか。それでも貰えるものは貰っておくのが海賊根性。
「じゃ、遠慮なく」
 本当に遠慮なく、タカはチケットと巾着を懐に仕舞い込んだ。
「何からなにまで、ありがとうございます」
「危ないところを助けてもらったんだ。あんた方は命の恩人だよ。お礼を言うのはこっちの方さ」
セインが頭を下げれば、御者が手を差し出した。セインも、手を伸ばして御者と握手を交わす。
「また、いつかお会いしましょうや」
「またいつか」
 にこやかに手を振って御者と別れを告げ、一同は広場へと足を踏み出した。





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