第二章

 大きな日時計を中心に、広場は人々に憩いの場を提供している。その広場につながっている一番大きな通りには、市が立っていた。
「へえ。大きな町だけあって、さすがに物資も豊富だね」
 セインの顔が、心なしかほころぶ。
「見てみたいものが沢山あるわ!これは無駄使いしてしまいそうに魅力的ね」
 キャルは、セインの腹にすっぽり収まる形でクレイの背中に跨っていた。久々の賑やかで華やかな街並みにご満悦である。
 彼女の鞄は、現在タカが運搬している。車輪が付いているので、キャルの鞄の上に自分たちの荷物を載せて歩けば、楽なのだそうだ。
「とにかく、先に宿だろ。駅馬車は明日まで動かねえんだから」
 ギャンガルドがもっともな提案をした。
「ふうん?君のことだから、このまま飲み屋にでも直行するのかと思ったのに。案外考えているんだねえ」
 馬上からセインが、疑うような視線を向けた。
「俺だってこれでも一応、船の長だぜ?優先すべきは優先するさ。まずはあんたの足だ」
「はいはい。足手まといは宿屋でおとなしくしてますよ」
 まだ疑っているらしいセインに、ギャンガルドは大げさに溜息をついてみせる。
 セインはそんなギャンガルドから視線を外し、ジャムリムに笑いかけた。
「ジャムリムさんは?休憩しなくても大丈夫?」
 長い間馬車に揺られていたのだから、疲れも溜まっているだろう。
「そうだねえ。セインさんの足もそうだけど。ちょっと休憩したいし、やっぱり宿屋は探しておいた方が良いんじゃないかい?酒屋がくっついてりゃ、ベストなんだけど」
「なるほど」
 酒屋付きの宿なら、ギャンガルドがどこかへ行ってフラフラとあちこちの女性に手を出す心配もなくなるということか。
「行動が読まれてますぜ。キャプテン」
「お前は黙ってろ」
 ギャンガルドが、タカの頭をぺしりと叩いた。
「しかし、本当に城壁に囲まれてんだな」
 家々の隙間から、レンガ造りの赤茶けた壁がちらちらと、どこへ行っても見える。ギャンガルドが、感心したような、呆れたような声を出した。
「町ぐるみで要塞なんだよ。ほら。向こうには畑もあるし、ちょっとした農場もあるみたいだし。井戸もあちこちに設置されているしね」
「へえ。いくらでも籠城できるようになってんだ」
「うん。水の供給は多分地下水なんだろうけれど。オアシスが町になったんだろうね。良く出来てるよ」
 馬上では、良く見渡せるらしい。セインが町を観察しながら、しきりに感心している。
 しかし、女性の興味は目下、それどころではないらしい。
「ねえセイン!クレイを止めて」
「どうしたの?」
「あれ!」
 大きな瞳をキラキラと輝かせて、キャルが指さしたのは、可愛い雑貨の並ぶ、これまた可愛らしい張り出し窓の店舗だった。
「おや、可愛いね」
 ジャムリムの表情もほころんだ。女性はみんな、だいたい可愛いものには目が無いものらしい。
「でしょ?後で絶対ここに来るわ!だから早く宿屋を決めちゃいましょ!」
 すでに店の扉の中に突進しそうなキャルの興奮ぶりに、セインはなんだか不安になった。
「無駄遣いしちゃだめだよ?」
「何よ、悪い?」
「メッソーモゴザイマセン」
 無駄遣いするつもり満々らしい。
「こんなお店がある町に来るのも、久しぶりなんだもの。ちょっとくらい良いじゃない」
「僕としては、そろそろ紅茶の茶葉が欲しいところなんだけれど」
 これからも旅は続くのだから、余計なものを買って、荷物を増やしたくない。鞄を持つのは、だいたいセインなのだ。
 今はタカが荷物係を申し出てくれているけれども。
「大丈夫よ。お金に困ったら、最高の賞金首がここにいるじゃない!」
「あー、その手があったかー」
 ノリノリのキャルに、全くその通りと言わんばかりに頷くセインの二人に、慌てたのはギャンガルドだ。
「おい。俺は非常金庫扱いか?」
 冗談だと分かってはいても、相手は賞金稼ぎでも有名なゴールデン・ブラッディ・ローズと、伝説の聖剣だ。本気になられたら困る。
「ギャンガルドだったら、捕まったって簡単に逃げ出せるでしょ?」
「逃げ出した後が大変苦労するだろうが」
「あー、二人とも。宿屋なんだけどさ。あのあたりなんかどう?」
 二人の終わりそうにない話題に、セインが割り込んだ。
「看板が出てますね」
 タカがすかさずチェックする。
 セインが見つけたのは、ジャムリムの要望通りに、一階が居酒屋、二階がフロントで、三階からが客室になっている、ちょっとアンティークな香りのする、小洒落たホテルだった。
「ホテルじゃねえか」
 店の作りを見上げながら、ギャンガルドが眉をしかめる。
 確かに、この豪快な海賊王に、アンティークなホテルなぞ、ついぞ似合わない。
「女性の好みを優先してみると、こういう所もたまには良いかと思って」
 セインの言うとおり、こういうときは女性を中心に動くのが身の為だろう。
 でないと、後々何を言われるのか分かったものではない。
「きゃあ!素敵!」
「こんな高そうなところに泊っても良いのかい?」
 思った通り、女性組の反応は上々である。
「見た目の割に安いですぜ。ふうん。公共の施設なのか。それで安いのか」
 表に出された看板を眺めながら、タカがしきりに唸っている。
「公共のって、ここの領主が経営でもしているの?」
「そんな感じみたいですぜ。持っていた館をホテルに改築して、旅行客を受け入れているようでさ」
「ああ、そんな説明まできちんと書かれているのか。律儀なのか狡賢いのか」
 これは、旅人には良いアピールになる。きっと、ホテルの経営は町の宣伝も兼ねているのだろう。
「部屋が空いていれば良いのだけれど」
 セインがタカの手を借りてクレイの背からキャルを降ろし、自分も降りる。
「見て来ますよ」
「頼むよ」
 足取りも軽くホテルの中に入ってゆくタカに、ギャンガルドが複雑そうな顔をした。
「どうしたの?」
「あいつ、もうすでに俺の手下っていうより、賢者の従者って気がする」
 そのムッと膨れた表情に、セインは思わず笑い出した。ジャムリムまでが笑っている。
「な、何だよ!」
「それ、嫉妬?」
「はぁっ?!」
 思ってもみなかった指摘を受けて、ギャンガルドは、ぱくぱくと魚のように口を開け閉めする。
「部屋、充分空いてますぜキャプテン!旦那!」
 そこへ戻ってきたタカを、ギャンガルドが睨んだ。
「な、なんです?」
「お前が賢者に懐くからだろうが!」
「へ?」
 何の事だか解らずに、タカが目を丸くした。
「言っとくが、俺の手下が俺以外の奴の下につくなんざ有り得ねえ」
 今度は、頭の皮が剥けるんじゃないかと思うくらい、ぐりぐりとギャンガルドに撫でまわされる。
「ええーっと、えっと、えっと・・・?」
 状況が掴めず、ギャンガルドとセインとジャムリムの間を忙しなく視線を彷徨わせたタカだったが、がしりと頭を鷲掴みされ、動きが止まる。そのまま、自分の目線に、ギャンガルドの目線が合わさった。
 正直、怖い。
「えっと?・・・おれっちが旦那に懐くって、だって旦那今怪我人ですし。面倒見てやんねえと。あと、おれ、キャプテン以外、キャプテンだなんて思ったことねえっすよ?」
 とりあえず言い訳をしてみる。
「んなこたぁ、分かってるんだよ。部屋、空いてるんだろ?」
 何故ギャンガルドに頭を撫でまわされたり、鷲掴みにされたりしなきゃいけないのか、わけがわからないまま正面からにっこりと微笑まれて、一生懸命こくこくと頷いた。
 満面の笑顔が怖い。
「へえ、余裕があるから大丈夫だって言ってやした」
「よし」
 タカの答えに満足したのか、ギャンガルドは先頭を切ってホテルへと入って行った。
「あんまり気にしなくてもいいわよ」
 すれ違いに、キャルからそう言われたが、タカは首をひねって皆の後に続いたのだった。




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