「きゃあ!可愛いわ!」
「うん。いいね」
 ホテルに入るなり、女性二人はあちらこちらをチェックして忙しない。
「こういうの、女性って好きだよね」
 セインも、きょろきょろと見渡しながら、心なしか嬉しそうだ。
「お前さんまで喜んでるって言うのはどういう事だ」
「だって、綺麗じゃない?」
 つやつやの木製の壁には、所々組み細工が施され、正面にあるフロントに続く階段は緩やかな螺旋で手摺も丸く、先の部分には可愛らしい天使の彫刻がラッパを吹いている。床も木製で、木の種類をいくつか変えて、こちらも壁と同様、組み細工で飾られていた。
「へえー」
 ギャンガルドとタカも、改めてホテルの内部を見回した。
「天井からシャンデリアがぶら下がってら」
 入り口から入って、左側。
 丸いアンティークなテーブルが、これまたアンティークな椅子とともに並び、奥にはカウンター席がある。夜にはバーテンが立っているのが、とても似合いそうなカウンターだ。
 昼間は普通にカフェテリアになっているのだろう。ウェイトレスらしいエプロン姿の少女が、こちらをうかがっている。
 奥のテーブルにカップルと、数人の客が座って、楽しそうに話をしていた。
 そして、中央にシャンデリア。
 螺旋の階段と相まって、舞踏会でも開かれそうな雰囲気である。
「部屋もきっと可愛いわ」
「キャルちゃんとあたし、一緒に寝ようか?」
「それも楽しそうね!」
 ジャムリムもキャルも、階段を上ってはしゃいでいる。
 彼女たちの先にある階段の踊り場には、大きなステンドグラスが、壮大な神話を物語って輝いている。
「本当に、こんな立派なホテルが格安なの?心配になって来た」
 タカに肩を借り、松葉杖で歩きながら、セインは口元を引きつらせた。
「フロントで聞いて来ましたけど、あの値段で大丈夫ですぜ。心配しなさんな旦那」
「そうそう。心配しすぎは怪我の元だぜ?」
 ギャンガルドもタカも、肝が据わっているのか、大雑把なだけなのか。
「両方だろうな」
 ぽつりとつぶやいたセインだった。
 
「預けた馬の納屋はあっち?」
 フロントに着くなり、セインはクレイの所在を確かめる。
「ええ。お預かりしましたお馬なら、飼葉と水を差し上げております。いつでもお会いできますよ」
「ありがとう」
「いいえ。お部屋は三つでよろしいですね?では、書類にサインを。・・・こちらが、お客様の鍵となっております。係の者がご案内致しますので、ごゆっくりどうぞ」
 フロントボーイが言うなり、別のボーイが、セインの様子から気を使ったのだろう、車椅子を引いて来る。
「こちらへどうぞ」
「へえ。こういうのも準備してあるんだ」
「足の不自由な方も、お出でになりますので常備させていただいております」
 セインが車椅子に座ると、ボーイはそのセインの座った車椅子を押しながら、全員を用意された客室へと案内した。
 途中で乗ったエレベーターも、木製でデザインが古く、階を表示する案内板が半円になっており、針で示すタイプのものだった。これも、可愛いと女性陣に好評だ。
 部屋の説明を受け、鍵をボーイから受け取り、チップを渡して帰らせると、キャルとジャムリムは部屋割もそこそこにして、買い物に出かけてしまった。
「よっぽど楽しみにしていたんだねえ」
 荷物を任されて、男三人取り残された。
「部屋割なんだけど、僕とキャルはいつも通り二人で一部屋もらうよ。ダブルの部屋を三つ取ったんでしょ?残りの二部屋はそっちに任せるよ」
 セインがボーイから貰った鍵を二つ、タカに渡す。
「まてまて。賢者ひとりにさせられるか。何かあったらお嬢に換金されちまう」
 言いながら、ギャンガルドは、セインが入ろうとした部屋の扉を閉めてしまった。
「ちょっと。何するのさ」
 ムッとして睨みつけるが、ギャンガルドはニカリと笑って、
「こっちの部屋で、男三人、親交でも深めようや?」
 などと言う。
「悪いけど、僕、君との親交は充分に深めているから遠慮するよ」
「えー。カードするにしたって、タカと二人じゃつまらねえ」
「・・・ポーカーで僕からお金巻き上げようって腹でしょ?言っとくけど、僕強いよ」
 にっこりとセインが笑う。
「・・・カードゲームなんざ知らないと思ったのに」
「お生憎さま。タカ、悪いんだけど、荷物、持ってきてくれる?」
 言うなり、器用に車椅子のまま扉をあけて、中に入ってしまった。
「ああ、ポーカーがしたいなら、さっきのホテルの下のラウンジにでも行けばいいよ。きっと暇な旅行客が相手してくれるんじゃない?」
 タカからキャルの鞄を受け取りながら、セインは室内を見渡している。どうしても付き合ってくれそうにない。
「じゃあ、ごゆっくり」
 最後にまた拒絶の笑顔を残して、部屋の扉を閉めてしまった。
「キャプテン。旦那に付き合ってもらいたかったら、たぶんお嬢と一緒でないと」
「やめとくよ。賢者にボロ負けすんのがオチだろ。あー。つまんねえ」
 つまらないと言いながら、顔は嬉しそうだ。
 これはまた、何か企んでいるのかもしれない。
 諦めの悪いギャンガルドの、ギャンガルドらしい一面だ。周りは迷惑なのだが。
「つまんねえから、荷物置いたら、さっさと町に出るぞ」
「姐さん待たないんですか?」
「待ってたら日が暮れるだろうが。出先でつかまえりゃ良い」
 セインのことは別にして、ギャンガルドもこの町には大いに興味があるらしい。
 さっさと部屋に荷物を放り込むと、部屋のチェックもそこそこに、さっさとタカを連れて町へと繰り出した。
 ホテルに一人残されたセインは、ギャンガルドたちが出かけたことは気配で分かったので、安心して部屋でのんびりすることに決め込んだ。
 開け放った窓からは、家々の屋根が連なり、その向こうに、やはりレンガの壁が見える。
 入り込む風は緩やかで気持ちがいい。
「さて、うるさいのもいなくなったことだし、キャルが帰ってくるまで、いくらか足を治しておかないとね」
 セインは動かせない足をさすると、車椅子をベッドへと寄せた。
 セインロズドの姿を取れば、早めに完治できるだろう。
 セインは伝説の聖剣、大賢者セインロズドの本体であり、鞘でもある。剣の姿を取ることができ、その姿なら、人の姿でいるよりも、ずっと早く怪我を治すことができる。
 構造は、本人にも分かっていない。
 車椅子に座ったまま、セインロズドになることもできないので、ベッドに横になろうと両腕に力を込めた時だった。
 誰かが、部屋の扉をノックした。
「・・・誰だろう?」
 知っているみんなの気配のどれでもない。
「ホテルの人かな?」
 降りようとした車椅子の車輪の向きを変え、扉に向かう。
「はい?」
 返事をすれば、聞いたことのある声がした。
「突然失礼致します。私、駅馬車でお世話になった者ですが」
 扉を挟んで、少しこもって聞こえる声は、駅馬車で知り合った、初老の男性のものだった。
「ああ。どうしました?」
 どうやってか、ホテルの場所を探して会いに来たらしい。
 他の乗客を、強盗団から守ろうと背中に庇っていた姿を思い出す。あの勇敢な男性が、わざわざホテルを探して尋ねてくるなど、どうしたことだろうか。
 セインは快く扉を開けて、男性を迎え入れた。



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