ラルに案内されて、目的地に到着する。
 全員で、見上げてみる。
 入口の扉の上にはでかでかと「役所」の文字。
「ギャンギャン、入る?」
 くるりと振り向いて、キャルがギャンガルドを見上げた。
「お?何故聞く」
「そうね。聞かなくたっていいわよね」
 ちなみにギャンガルドは一千万ゴールドの最高賞金首である。
「まあ、キャプテンなら大丈夫っすかね?」
「ギャンガルド、賞金首だったっけ?」
「あんまりここでギャンギャンの名前言わない方が良いよ。ジャムリム」
 言いながら、ぞろぞろと役所の中に入っていく。
 もらった衣装のコーディネートが、いかにも子供向けの物語にでも出てきそうな海賊風の衣装なのが、なんとなく気にはなるものの、実際の海賊が、あんな重そうな上着を着て、フリルびらびらのシャツを着ているかといえば、現実は普通にシンプルな服装だったりする。ごてごてした衣装では、荒れる海の中で、船の甲板をうろうろなんか出来ないからだ。
「すいませーん」
 とてとてと、キャルが役所の中の、「ヘッド・ハント課」と印刷されたプレートが、天井からぷらんと下がっているカウンターへ歩いて行った。
 夜といってもかまわない時間になっていたが、ヘッド・ハント課は例の条例で言うところの「特別処置」を貰っているらしい。
「どうしたんだい?お嬢ちゃん」
 すぐに、にこにこと人の良さそうな眼鏡のお兄さんが、よれたワイシャツの腕をまくりながら出て来た。
「私、こういう者なんですけどー、ちょっと賞金掛けたい奴がいんのよね」
 言いながら、キャルが差し出した小さなカードを受け取って、係員らしいお兄さんは、眼鏡をおでこにずらして乗せて、じっとカードを睨んだ。
 仕草がオヤジっぽいなー、などと思いながら見ていると、今度はキャルの顔をじーっと見た。
「えーっと、君が、キャロット・ガルム?」
「そうよ。顔写真も載ってるでしょ?」
「あ、ああ、そうだね。同じ顔だ、うん」
 キャルに言われて、何度か頷くと、今度はカードの裏を見た。
 どんどんと顔が青くなったかと思うと、今度は赤くなり始め、耳まで真っ赤になったかと思えば、カードとキャルを交互に何度も見ては確かめる。
「え、えと、まさかとは思うけど、君…?」
 おそるおそる訊ねる係員に、キャルはにっこりと、極上の笑みを贈った。
「そのまさかだわ」
 しばらく間が空いた。
「しええええええええええー!!!」
 係員が奇声を上げたものだから、全員驚いたが、当の奇声を上げた本人の方が、驚いているらしい。またもや顔を白黒させて、わたわたと両手をばたつかせている。
 それで、体格の良い作業着の口ひげを生やした中年の男が飛んで来て、

 ごいん!
 
 一発、良い音がした。
「何やってんだ!他の皆さんに迷惑だろうが!」
 どうやら、上司らしい。
「す、すいません!で、でもあの、このハンターカード!」
 掲げられたカードを奪い取り、カードを見ると、上司の男はキャルにハンターパスを返した。
「お嬢さんが、ゴールデン・ブラッディ・ローズかい?」
 にっこりとほほ笑まれ、キャルも、にこりと返す。
「そう、呼ばれる事もあるわね」
 ヘッド・ハンターは、世界中で犯罪者を捕まえられるようにハンターパスを発行される。それは同時に通行手形にもなり、また、彼らの身分証明証になる。
 顔写真や名前はもちろん、裏には今までハントした賞金首の名前が記される。書き切れなくなったら、古い方から消されてしまうが、記録は王都の中央役場に残る仕組みだ。
「ふむ。噂はかねがね聞いているよ。キャロット・ガルムって名前の凄腕のガン・レディ。ハントした賞金首は皆高額な連中で、付いた二つ名がゴールデン・ブラッディ・ローズってね。こんな町で、超有名人に会えるとは、光栄だ」
「ありがと。でも、有名人たって、一般の人はあんまり知らないわ」
「はは。そうかもな。…で?うちに何の用だい?この辺にゃ、お嬢さんのお眼鏡に適うような高額賞金首はいなかったと思うがね。宿でも探してんのかい?」
 腹をぽん、と撫でて、町の観光案内用のパンフレットに手を伸ばすので、キャルは慌ててカウンターに乗り出した。
「違うわ。宿は確保してあるの」
「じゃあ、何だい?」
 手を止めて、きょとんとこちらを見た口ひげに、キャルはぺしぺしとカウンターの上の表札を叩いて見せた。
「これ!私の用事はこっち!」
 表札には、「こちら賞金首募集中」と書いてある。
 賞金首の受け取りと賞金の引き渡し、ハンターたちの世話以外にも、役所は賞金首の情報を収集する役目も担っている。というより、明らかに賞金首と成り得る犯罪者を探し、賞金額を出すスポンサーも探すのである。
 だいたいの場合、各国が賞金を出資しているが、それだけでは間に合わないので、個人や企業から融資してもらうわけである。
 もちろん、自分から賞金を出したいから捕まえてくれ、なんて言うのも、有りなワケで。「賞金首募集中」というのは、そういう情報集めの為のものである。
「だれか、捕まえて欲しい奴がいるんだったら、自分で捕まえたらどうだね?」
「だって、それじゃ犯罪者にならないわ」
「ああ。そうか」
「と、いうことで、登録して欲しいのよね。コイツ」
 キャルが差し出したのは、ラルに用意させていた写真である。が、その写真の人物を見て、口ひげは溜め息を付いて眉間に皺を寄せた。
「お嬢さん、この人はね」
「知ってるわ。お城の執事のカントよ」
 話そうとするのを無理にさえぎって、キャルはまくしたてた。
「知ってて訴えているの。別に私利私欲じゃないわよ。そりゃあちょっとは入っているけれど、充分な審査したうえで登録して欲しいのよね、賞金首に。けしからん犯罪者よ。うそつきだし誘拐犯だし!」
「は?誘拐犯?」
 只事ならない単語を聞いて、眼鏡も口ひげもきょとんとしている。
「きょとん二度目よ!そんな顔している場合じゃないわ!」
「いや、しかしだね?」
「しかしもかしこもなにも、うちの連れが攫われて、お城からやっと逃げ出して来たのよ!本人もここにいるし、証人もいるわ!」
 眉を吊り上げて怒鳴るので、キャルの声は役場中に響いた。
「えー、でも、良い爺さんだぜ?何かの間違いじゃ…?」
 まだ信用しない役人に、キャルはカウンターをドン、と叩いた。
「だから、うそつきだって言ってんでしょ!この町の変な条例も、カントが領主に進言して出させてんのよ!」
「お、落ち着いて。済まないが、突拍子もなさ過ぎて、確信が持てないんだが…」
 困り果てた口ひげの役人に、セインが近づいた。
「すみません、攫われたのは僕です。証人は他にもいます。それと、これを」
 ことりと、セインがカウンターの上に置いたのは、ラルから預かったクロムの紋章だった。
「クロム公の…!?に、偽物では、なさそうだけど?」
「私も、証明します。メイドの言う事は、信じられませんか?」
 ラルが、前に進み出た。
「き、君は…、城のメイドの?」
「はい。時々、書類を納めに来ておりますので、面識はございますね?」
 ラルの登場に、カウンターの向こうの役人二人は、互いの顔を見やった。
「その紋章は、我が主様であるクロム様から、このお方が城から脱出する際に使ってくれとお渡ししたものです。お疑いになられるなら、クロム様へ直接お聞きになられればよろしい」
 キッと、小柄な少女に睨まれて、役人たちの顔は青ざめた。
 名高いヘッド・ハンターと、自分たちの領主の旦那が、カントが罪人だと認めているのだ。
「わ、分かった。しかし、我等は俄かには信じられない。カント様と言ったら、とても紳士的な方で、市民にも慕われている。厳重な審査の上で決定するが、それでも良いかね?」
「…いいですよ。僕らも、彼の紳士的で勇敢な態度に騙されましたからね。思う存分調べて下さい。今まで、パムルもクロム公も、誰にも信じてもらえずにいたから、訴え出なかったのでしょうから」
 自分たちの領主一家の、しかも苦労しているのを知っている二人の名前を出されて、役人たちは何とも複雑な顔を作った。
「分かりました。早急に対処します」
 ようやく取り出された申請書類に必要事項を書き込み、サインをしてから、キャルが首をかしげて考え込んだ。
「どうしたの?」
「うん。賞金額、いくらにしようかと思って」
「ふうん。君が出すんだし、好きにしたらいいんじゃないかな」
「そうね」
 意気揚々と、賞金額を書き込んだ。
「はい!なるべく早くお願い。そしたらここの領地、きっと良くなるわ!」
 にこにこと差し出された書類を、口ひげの役人も、眼鏡の役人も、神妙な顔つきで見つめていた。
「ひゃ、百万ゴールドっ!?」
 思わず呟いた役人に、キャルは首をかしげた。
「あら、安い?」
 眉根を寄せる少女に、役人二人は首をぶんぶんと振った。
「普通、五十万とか、そんなもんでしょ。百万って言ったら、大罪人ですよ」
「だって、ムカつくんだもの、ソイツ。一千万ゴールドの賞金首だっているんだし、そもそも私が捕まえる連中自体がそれくらいが底辺だもの。妥当かと思って」
 ケロリと言うが、言っている事はその見目とは全く相反する。
「でもさ、そんなに驚くくらい高い金額を、アレに出すのも勿体無いじゃない?」
 攫われた、とか訴えるこの背の高い青年も、ケロっとそんな事を言う。どうして超のつく有名なヘッド・ハンターが、こんなちっさいんだろう。そして、どうしてこんなひょろっとしたのと一緒にいるんだろう。そもそも本当にこの女の子が、あのゴールデン・ブラッディ・ロースなのだろうか。
 頭の中がぐるぐると混乱し始めたものの、訴えられている人物は、この町ではたしかに大物で。
「ま、まあ、あのですね、厳重に、厳密に審査してから決定しますから、今金額を決めなくても…」
「そうなの?」
「はい。スポンサーを通すやり方もありますが、ガルム様の場合、ご自分で賞金も出されるようですので、審査がもし通ったら、額を決めて納めていただくのはその後になります。万が一、審査が通らなかったりした場合に、お返しするのも手間ですから」
 慎重に、言葉を選びながら眼鏡の役人が説明するものの、キャルはどこか納得いかないらしい。
「ま、いいわ。あの馬鹿執事が皆を騙してるんだっていうのは決定事項だものね。疑うならクロム公とか、トルムのお爺ちゃんとかに聞くと良いわ。今頃、お城でごちゃごちゃやっている筈よ」
 キャルの出した人物の名前に、役人二人は一気に顔を青ざめさせた。
 なにせ、今は一地方へ封ぜられているとはいえトルム公といえば、領主の兄で下手をすればパンナよりも上の権力者だ。
 クロム公にいたっては、既に紋章もここに確認済みで。
「おい!」
「は、はい!」
 口ひげの役人が眼鏡の役人に指示を出せば、どたどたと走って行った。
「今、城でごちゃごちゃやってるって言ってたな」
 壁に引っかけてあったジャケットを取りながら、キャルに視線を送れば、眉を吊り上げられた。
「そうよ。他の兄妹もだいたい集まっているわ。こんなとこでのたくたやってるから、本当の事が見えないのよ」
「はは…。お嬢ちゃんが最強だっていうのはホントみたいだな」
 キャルの書いた「賞金首申請書」をひっつかんで、そのまま部下をぞろぞろ引き連れながら出て行った。
「こうゆうのを、お役所仕事って言うのよね」
 腕組みしながら、城へ向かって馬を跳ばす役人たちの背中を見送るキャルに、セインは小さく肩を落とした。
「いや、彼らは行動早いと思うよ?」
「そうかしら?だいたい、町のルールがおかしくなった時点で、王都にでも連絡入れておけばこんな事態にならなかったのよ。そう思わない?」
 言われてみればその通りで。
「彼ら役人は、国の規律を優先されますから、この領地の規則は彼らには採用されないのです。ですから、感覚に多少のズレがあるのでしょう」
 ラルが城を見つめながら呟くように説明するので、キャルは余計に鼻息も荒く、眉もつり上がり。
「そこで暮らす人々の暮らしを支えてこその役所ってもんだわ!やっぱり、お役所仕事って事よっ!」
 今は役所の外に出ているとはいえ、正面入り口のすぐ手前である。こそこそと様子を見に出て来ていた役人たちが、キャルの一言で一斉に姿を消してしまった。



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