片方の手に何人かの男を縄でぐるぐる巻きにしたまま引き摺って歩いてくる。 「よ!お二人さん」 「よ!じゃないでしょ海に帰ったんじゃなかったの?」 指をさすキャルに、ふにゃりと眉尻を下げた海賊王は、がりがりと頭を掻いた。 「人を海亀みてぇに言うなよな」 昨晩、たしかに出港を見送ったはずの海賊王が、何故か王宮に居る。 「あー。まあ、クイーンの皆が出て来た時点で、想像はしてたよ」 セインも一緒になって眉尻を下げた。 「敵を騙すにゃ、まず味方からってね」 悪戯が成功した悪ガキみたいな顔で、ギャンガルドは上機嫌だ。 「ほれ、王様。コレ土産」 引き摺っていた男どもを、ぽい、とガンダルフの前に投げ捨てた。 「おお、ご苦労じゃったな」 当然とばかりに受け答え、ガンダルフはクルトに言って、ぐるぐる巻きのままの男たちを、何処かへ引きずって退場させた。 「まだ居たと思ったがなあ」 首を傾げる国王に、ギャンガルドは両手を広げて見せる。 「おいおい。全員ここに並べんのか?今朝のうちにとっ捕まえちゃいるけどよ、残った連中はあんたの兵隊連中の詰め所に放り込んで来たぜ。やー、大量大量!」 何がどうなっているのか理解の範疇を超えたらしく、キャルはセインにしがみついて、口をぱくぱくさせた。 「何だ?お嬢、魚にでもなっちまったか?」 ドン! 「おうわ!あっぶね!俺を撃つな俺を!」 足元に銃弾がめり込んだギャンガルドが、慌てて飛び退った。 「誰が魚よ!どういう事なの?!」 叫んだキャルに、海賊王も国王も、にんまりと唇の両端を上げて、お互いの顔を見やる。悪戯が成功した悪ガキそのものだ。 「ひひっ!俺が用があんのは、実はお前さんらじゃねえんだなぁ、コレが」 人の悪い笑みを浮かべたまま、ギャンガルドが視線を移す。 その先にいた人物に、片手を上げた。 「よ!元気だった?」 まるで友人にでも挨拶するような仕草に、ギャンガルドの視線の先の人物は、ギリギリと苦虫でも噛み潰したかのような表情だ。 「・・・・・・こんな所で貴方にお会いする事になろうとは思いませんでしたよ。今までどちらをほっつき歩いておられたのです」 仇でも見るような目付きで睨み返すドラテに、ギャンガルドは眼を細めた。 「久しぶりの再会だってぇのに、随分冷たいんじゃねぇの?」 言葉とは裏腹に、明らかに面白がっているのはその表情からも分かるくらい、今のギャンガルドは上機嫌だ。 「良くもそんな事を。国では貴方の処分命令が出ているのですよ?」 「ふん。そんなこったろうと思ったぜ。自分の言う事利かない息子なんざ、興味がねえんだろ?親父様はよ。その点、お前はねちっこくて、兄弟の中でも強かだもんなぁ?苦労したんじゃねえの?」 「私たちを置き去りにして逃げ出した貴方に、何が分かる!」 射殺せそうな苛烈な視線を、ドラテはギャンガルドに向ける。 「ふん?親離れできねえヒヨッコが囀りやがる」 ダン!と床が鳴り、次の間に甲高い金属音が響く。 「あいっ変わらず気が短けぇなあ」 「うるさい!」 いつも腰に刺している短剣で、ギャンガルドは切りかかったドラテの剣を受け止めていた。 必死の形相のドラテに比べ、鞘を抜きもせずに王子の刃を受け止めるギャンガルドは、余裕綽々だ。 「なあ?お前。ドラテ。この国に手ぇ出して、大賢者が欲しかったのか。馬鹿だなあ。賢者がお前を認めてくれるとでも思ったか?」 「知った風な口を!」 噛み付かんばかりのドラテに、ふと笑いかけたかと思えば、ギャンガルドの足がドラテの脇腹にめり込んだ。 「っが!」 そのまま吹っ飛び、背中を壁に打ち付けて止まったドラテは、ふらりと立ち上がろうとするものの、膝から崩れ落ちる。 「くそ!セインロズド!セインロズドさえあれば!」 セインに向けて伸ばした腕を、ひねりあげられて悲鳴を上げた。 「なあ、お前さん。すまんが、予の国にちょっかい出すのは止めてもらえんかの?兄弟喧嘩に巻き込まれて内政を堕落させられては、こちらも困るのだ」 隣国の王子の腕を掴みあげながら、ガンダルフが困ったように言う。 「私にこんな事をして、只で済むとでも?」 睨みあげるドラテに、ガンダルフは大袈裟に溜め息をついて見せる。 「その前に、お前さんが予の、ひいてはこの国の来賓を拉致しようとした事は事実。傷を付けても良かったようじゃしな。あれはうちの国宝じゃ。国外に自分で出ていく分には構わんが、お前さんがしようとしたのは拉致で強奪で泥棒だ。物的証拠どころか、お前さんが誑かしたうちの馬鹿どもの証言もある。証人もいる。つまり。予の言う意味が分かるな?」 このままこの国に囚われ、裁かれるのにも文句は言えないという事だ。 「ザラムントの王子ともあろう者が、犯罪者に成り果てるとは」 「ふん。お前の国の家臣どもは、ちょっと美味い餌をちらつかせただけで飛びついて来たぞ。そんな連中を同胞に抱えてご苦労な事だなガンダルフ王。私が犯罪者?ならば、貴様はどうだと言うのだ?」 ガンダルフは元々王位継承権第五位だった。その彼が今現在王位についているという事は、一位から四位までの王位継承者が、悪意があったか無かったか。何がしかの理由で死んでいるという事だ。他にも、地方で内乱を起こした自国民を処刑もした事だって一度や二度ではない。 王位を継ぐと言う事は、血塗られた過去を背負うと言う事だ。 だが、ガンダルフ王はにこりと笑った。 「予は、この世で裁かれる事は何もしとらん。予が裁かれるなら、それはあの世へ行ってからじゃ。地獄行き決定じゃがな。しかしそれが王族と言うものよ。そなた、自覚が足りぬな?」 尻尾を掴ませない。やるなら徹底的に。たとえ罪を犯しても、王族は犯罪者になってはならない。 暗にそれを言の葉に滲ませて、ガンダルフはわしゃわしゃと、子供にするのと同じにドラテの頭を撫でまわした。 「何をする!」 怒鳴るドラテを無視してガンダルフ王は立ち上がると、ギャンガルドを振り返る。 「どうするのじゃ?」 「ん?どうするって?」 わざとらしく、首を傾げるギャンガルドに、王はぽりぽりと頭を掻いた。 「主には感謝しておる。色々手伝ってもろうたおかげで、一斉に大掃除が出来た。じゃが、予は自分の子供だけで手一杯じゃ。余所の子供まで面倒は見切れん」 「おいおい。王様よう。それじゃあ、コイツが俺んとこのガキみてぇじゃねえか」 「何を言う。そのまんまその通りじゃろうが」 「俺はあんな国、縁切ってんの!」 「しかし今回手伝ってくれたのは、ザラムントが関係していたからじゃろうが。最後まで責任取らんか」 「うひ!嫌だね。それはそれ、これはこれ。第一自分の兄弟が他国でアホやってたら寝覚めが悪いから協力しただけだし!」 言い合うギャンガルドとガンダルフの間で、ドラテが顔を歪めた。 「ふ、ふふふ、あはははははは!兄弟?兄弟だと?私をまだ弟と言って下さるとは光栄だ!兄上!」 さも可笑しいとばかりに額に手を当てあおのいて笑うドラテに、ギャンガルドはむう、と口をへの字に曲げると。 「うっさいんだよお前は」 スパーン! 小気味良い音が響いた。 「いっ!」 ドラテが頭を押さえて蹲る。 「っちー、この石頭め」 ギャンガルドがドラテの頭を手の平で叩いた音だった。 「叩いた手が痛てぇとか、お前の頭はまさに石でできてんのか?このド阿呆」 「なっ!」 アホ呼ばわりされて、ドラテが顔を上げれば、手をひらひらと振るギャンガルドが、冷やかに自分を見下していた。 「なんだあ?その反抗的な目は。あ?」 「ギャンギャン。それ、悪役のセリフ」 半ば呆然としながら、キャルが突っ込みを忘れない。 「良いんだよ。別に。おりゃー、こいつらからしてみりゃ悪玉だろうからな。めちゃくちゃ腑に落ちねぇけどよ」 「あんたが兄ってどういう事よ?」 「ん?まんまそういう事だけど?」 質問にきょとんと返すギャンガルドに、キャルが銃口をドラテから離さずにちらりと視線を移す。 「この男は私の兄だ。腹違いだがな。本来なら正真正銘我がザラムントの第一王子にして第一王位継承者なのさ。ギャンガルドが何者かも知らずに付き合いを持っていたとは、間抜けな娘だな」 キャルの疑問には、ドラテが答えた。 「一言二言多いのは、さすが兄弟って事かしら?」 チキリと、引き金に指を掛けてキャルがドラテに向かって銃を構え直した。 |
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