「帰りましょ。不愉快よ!」

 セインの腕を取り、ラオセナルに手を差し出して促しながら、キャルが席を立った。

「食事は運ばれて来たばかりだよ?食べないのは国王に対する不敬じゃないのかい?」

 ドラテが顔に笑みを張りつかせたままで引き止めるのを、キャルは一瞥した。
「あら。食事を断ったくらいでそうやって騒ぎ立てる方が狭量っていうものよ。それに無礼なのはどちらかしら?そんな事も分からないなんて、貴方おいくつ?そんな人が王子様だなんて、聞いて呆れるわ」

 言いざまに部屋を出ようとすると、背後でしゅるりと何かを払う音がした。

 すかさず、振り向きながらスカートの下、太ももに巻きつけたホルダーから銃を引き抜き。


 ガン!


 音のした方向へと、ためらいも無く一発放つ。

「っちぃ!」

 舌打ちしたのはバルバロッサだ。

 切りつけようと剣を引き抜き、振り下ろした所を銃で弾かれたのだ。

「私を誰だと思ってんの?」

 ゴールデン・ブラッディ・ローズの名は伊達じゃない。

「生意気なんだよ!」

「どちらが?」

 再び切りつけようと振りかざしたバルバロッサの剣を、割って入ったセインが受け止める。

 ギャリン!

 火花と共に、金属同士のぶつかる甲高い音が室内に響いた。

「各々方!お控えなされよ!」

 叫んだのは、壁に控えていた国王直属の近衛兵士だったが、セインとバルバロッサの気迫に押され、剣の柄に手を当てたまま引き抜く事が出来ない。

「ひっ!」

 入室しようとしたメイドが、剣を切り結ぶ二人に驚いて、クリームやソースと共に綺麗に盛られたフルーツの乗った大皿を落とした。

 ガシャン!と盛大に皿が割れた陶器の音で、タイミングを計っていたセインは、音に驚いて隙を見せたバルバロッサに体当たりを仕掛けた。

 彼女を弾きざま、返す手で赤い剣の刀身にセインロズドの切っ先を絡めて弾き飛ばそうと、腕ごと剣をひねりながら振り上げる。しかし、そこは流石にバルバロッサも自分の剣を手放す事はしない。

 巻き上げられながら自身も身体を回転させ、後方へ飛び退く。

 距離が開いた事で、お互いの体勢を確認し、今度はバルバロッサが仕掛けた。

「ああああああああ!!」

 気合いと共にセインへ一直線に大上段で切りかかったが、セインは半歩退いたのみで赤い切っ先を交わし、退きながら左足を軸に身体を回転させ、右足の踵をバルバロッサの首筋に打ち込んだ

「ぐっ!」

 常人なら首の骨が折れていただろう足技を受け、彼女が呻きながらよろめく。

「チェックメイトだ」

 バルバロッサの眼前に、セインロズドをひたりと添えて、セインがバルバロッサを見下ろした。

「・・・何故首を撥ねない?」

 にたりと、赤い唇を引き上げて笑うバルバロッサに、剣先を引かずに構えたまま、セインは眉間に皺を寄せた。

「何故、撥ねる必要が?」

 質問に質問で返す。

 睨みあう二人の耳に、ぱんぱんと、今この場にもっとも似合わないだろう、手を打ち鳴らす音が響く。

「流石だね、セインロズド。バルバロッサが好いように振り廻されているのを、初めて目にしたよ」

 大仰に両手を広げ、まるで演劇の一幕に感激でもしたかのようなドラテに、視線をバルバロッサに向けたまま、セインの眉間の皺が、さらに深まった。

「マスター!」

 セインがセインロズドを引くと、バルバロッサがドラテに駆け寄った。

「マスター!お怪我は?」

「大丈夫。お前こそ、何処か損傷はないのかい?」

 縋り付くバルバロッサの髪を梳き、ドラテはバルバロッサをくるりと一回転させた。

「ああ、大丈夫みたいだね。賢者様は加減をしてくれたようだ」

 するりと、バルバロッサの頬を撫で、その唇に軽いキスをして、自分の剣を宥めるドラテに、セインは複雑な思いでセインロズドを握りしめた。

「セイン?」

 セインと同じく、隣国の王子等から視線を外さずに、キャルがセインを呼ぶ。

「うん」

「あたし、あの人嫌い」

「そりゃ奇遇だね。僕もさ」

 滅多にそんな事を口にしない二人の言葉に、ラオセナルが小さく息を零す。

「帰りましょう」

 促せば、セインもキャルも頷いた。

「それは困る」

 踵を返そうとする三人に、ドラテは満足そうに笑んだ。

「君たちは私を侮辱しただろう?あまつさえ、私と私の従者に剣を向けた。これは国際問題だよ?ガンダルフ王」

 ラオセナルの肩がぴくりと震えたが、セインもキャルも、隣国の王子を睨んだだけでびくともしない。

「だ、そうだけど。国王?」

「ふむ」

 セインに促されて、ガンダルフが顎を擦る。

「国際問題と言うなら、国際会議にかけてみるかね?ドラテ殿。うちの家臣を誑かし、我が国の宝を盗もうとし、我が王宮でそなたの従者が剣を抜いたうえに、そなた、予の馬車を襲撃させたろう。不利なのはどちらかね。証拠はいくらでも揃えて見せるが?」

 きょとん、とした顔で、ガンダルフがさも当たり前のように、我が儘な子供を諭す口振りで、そんな事を言った。

「ほう?私が、何かご迷惑をおかけしたような口振りですね?」

 返すドラテは余裕の笑みだ。

「違うのかね?そなたが我が国の土を踏む以前から、予と予の国民が、大掃除を仕掛けているのを知らぬようじゃから、仕方ないかのう」

 ぱちん、と、下手なウィンクをして、ガンダルフはニコニコと面を崩さない。

 ムッとした表情を出してしまったのはドラテだ。

「予の国を見縊ってもらっちゃ困る」

「・・・なるほど。では、我が目的もお見通しということですか」

「さて?内側から崩して外堀も埋めようとしてたってことかね?」

「・・・・・」

「ついでに、個人的にお前さんがそこのうちの国宝を、あわよくば連れ出そうとしたことかね?」

 これだけ、国王の前でセインをあからさまに勧誘していたのだから、ドラテにはそれなりの勝算があったのに違いない。

「ちなみに、ここは我が国、我が城ぞ。そなたが何をしようが構わぬ。だが、我らがもっとも大事な客人を、どうこうする心づもりでいるなら、それなりに覚悟せよ」

 国王が、するりと挙手する。

 何処に隠れていたものやら、わらわらとあふれ出た男たちによって囲まれた。

「ふん!これくらいなんて事無いね!」

 ブン、と、赤い刀身を薙ぎ、バルバロッサがうれしそうに構えた。

 しかし、キャルとセインはそれどころではない。

「あれ?」

「あれれ?」

 なだれ込んできた男たちは、城の警備にしては軽装過ぎるうえに場にそぐわない普段着で。

「えーっと?」

 なんといういか、見た事のある顔立ちばかりで、一瞬キャルもセインも状況が把握できずに一人ひとりの顔を確認してしまった。

 彼らの指揮を取っているのは、馬車で一緒になった近衛のクルトだ。

 それはいい。

 彼は近衛らしく正装を身に纏い、王章を掲げて、さも国王直属の近衛兵士だ。

 しかし。

「あの、見た事のある顔ばっかなんだけど?」

 頬をひきつらせてセインがラオセナルを見やれば、老紳士は呆れたように額に手を当てた所だった。

「ちょっと!もしかしなくても?」

 キャルが大声で、誰にともなく訊ねれば。

「よー!お嬢!」

「だんなー!まーた巻き込まれてやんの!」

 どっと笑い声が響いた。

「ああ、やっぱり」

 肩から力が抜けて、セインはセインロズドを体内に仕舞いこむ。

 それを見ていたバルバロッサが、顔を赤らめて叫んだ。

「あたしを侮辱する気か!?」

 剣を仕舞ったという事は、戦闘する意思が無いという事だ。もしくは、それに相応しない相手と思われたか。

 叫びざまに下段から切りかかってきたバルバロッサの剣を、セインは長い両腕でキャルとラオセナルを背に庇いながら、身を捩る事でかわす。

 そのまま返された剣先を、脇に居た近衛の腰から有無を言わさず剣を引き抜きながら弾く。

 流石に、バルバロッサの剣戟を受け止めて刃零れを起こしたその剣を捨て、今度は気軽に渡されたナイフで彼女の振り仰ごうとした拳を叩き落す。

「ぐう!」

 痛みに剣を取り落としそうになったバルバロッサの胴を掬いあげ、そのままの勢いで投げ飛ばした。

「君を侮辱したわけじゃないよ。僕は、彼らを信頼しているんでね」

 床の上に叩き落とされたバルバロッサは、頭だけを持ち上げてセインを睨んだ。

 わざと彼女の主人の元へと投げてやったのだが、ドラテはバルバロッサに近付きはしても、彼女を助けようとはしない。

 訝しく思っていれば、ドラテがバルバロッサの傍に寄り添った。

「やれやれ。君は頭に血が上り過ぎる。もう少し冷静にならないと」

 ドラテは優しげに彼女の髪を撫で、

「使い物にならない剣は、捨ててしまうよ?」

 そう囁いた次の瞬間。

 ドカ!

 鈍い音が響き、バルバロッサの赤い眼が見開かれた。

「あ、ア、ぎゃあああああああああああアアアアアア!!!!」

 彼女の左手が、ドラテの突き刺した短剣で床に縫い留められていた。

「ごめんなさ、ごめんなさい、ますたー、ごめ、ます、ますた」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたバルバロッサが、しきりに詫びる声にも、ドラテは微笑む顔を崩さない。

「何してるんだ!」

 駆け寄って彼女の左手から短剣を引き抜き、身体を支え、セインは取り出したハンカチで彼女の手を押さえる。

 自分と同じ身体だ。これくらいの怪我なら直ぐに治癒してしまうのは知っている。それでも、こんなにされて平気なわけがない。

「同類相哀れむってところかな?これくらいの怪我、君等はどうってことないだろう?」

 ぎゅう、と、バルバロッサの頭を身体ごと抱え込み、ドラテから守るようにしてセインは隣国の王子を睨み据えた。

 かちり

 金属の静かな音がした。

「ほんっとうに胸焼けがするわね」

 キャルが銃口をドラテに向け、威嚇する。

「だ、だめ!やめて!」

 それを悲痛な声で止めたのはバルバロッサだ。

 キャルは舌打ちしたくなった。

「あんた!まだこんな奴をマスターとか言うつもり?!」

 堪らず彼女を怒鳴りつけた。

「あたしを目覚めさせたのは王子だもの。あたしの願いを叶えてくれるのは王子なの。あたしはどうなったって構わないんだ。王子が世界を壊してくれる!」

 ボロボロと涙をこぼしながら、バルバロッサが叫んだ。

「なんだ。分かっているじゃないか」

 優しい手つきで、セインの腕の中のバルバロッサの頬を撫でる。その手の平に、うっとりと眼を細めて、バルバロッサがすり寄った。

「・・・・っ!」

 たまらなくなって、セインはそのドラテの手を払うと、バルバロッサを抱えて立ち上がる。

「止血を」

 それだけ言って、近くで震えていたメイドに彼女を託すと、ぐっと拳を握り込んだ。

「殴らないの?」

「殴られたいのか?」

 殴りたいのは重々だ。だが、それで殴ってしまってはこの国に迷惑がかかる。不届き者と言えど、王子に怪我を負わせれば、それこそ国際問題だ。

「ふふ」

 おかしくてたまらないのを、肩を震わせて堪えているらしいドラテを、セインはもう一切相手にしない事にする。こういう人間は、相手にすればするほど助長するのを、よく知っている。

「バリーはね、剣になって二百年なんだそうだよ。八百年を超える君に、敵うわけもなかったかな」

 背を向けるセインに、構わずドラテは話しかける。

「どうやって、どうして、君と同じになったのか、知りたくない?」

 ぎりぎりと、セインは奥歯を噛みしめた。

「どうだっていいのよ、そんな事」

 キャルが、そっとセインの裾を引く。

「キャル?」

 きゅっ、と、握りしめられた裾の先に、キャルの大きな潤んだ瞳があった。

「私、あんたが嫌いだわ」

「それはそれは。でも君に嫌われようが、私は痛くもかゆくもないのでね。お好きにどうぞ?」

「じゃあー、お言葉に甘えてお好きにさせてもらうぜ」

 新たな声が響いた。

 この傲慢で自信に満ちて、いい加減な口振りのこの声を、セインもキャルも良く知っている。

 そうだった。今この場で、ドラテの逃亡を阻むために彼らを取り囲んでいるのは、この男の部下どもだ。

「じゃじゃーん!俺様登場〜」

 呑気に姿を現したのは。

「ギャンガルド!」

 驚いたキャルの声に人差し指と中指を揃え、ウィンク付きでピッと気障ったらしくポーズを付けたギャンガルドが、そこにいた。





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