「ようこそ!わが城へ!」

 両手を広げてにこやかに入室した国王を、三人はじとりと眼を細めて睨みつける。

「昨日も来ました」

「用意してくれたものは今晩届けてくれるってお姫様が約束してくれたのに」

「うちのコックがまた城にお客様を取られたと、ストライキを起こしそうなのですが責任とって頂けますかね?」

 遠慮なく攻め立てる。

「ふふん。我が家のコックだって捨てたもんじゃないぞ。何せ王室お抱えだからな」

「そりゃ、ここは王室だもの」

 律儀にツッコミを入れてしまったのはキャルだ。

「海賊のみんなはじょうひんすぎてたべたきがしないといってたけど」

 昨夜の海賊たちの意見をそのまま伝えてみると、国王はピクリと動きを止めた。

 まさか批判が返ってくるとは思わなかったらしい。

「我が家に持ち込んだ衣類はあとで纏めて送り返させて頂きます」

 ラオセナルの言葉に、今度は笑っていた口元が引きつった。

「あのさ。この部屋に僕を呼ぶの?嫌味?」

 肝心の聖剣殿は眉間に皺を寄せてご立腹だ。

「なんだ?王族の食卓と言ったらうちはここなのだから仕方あるまい?」

 入口の前に立ったまま、客人三人の視線が痛くて中に入れないガンダルフは、心外だとばかりに口を尖らせた。

 すると、セインが青筋を立てて食堂の一番目立つ場所に飾られている額縁を指差した。

「あれ、外しとけって前に言ったよね?」

 半ば唸るようにセインが指差したのは、美しくドレープを引いたカーテンの掛けられた壁だった。

「壁?」

 ことんと、キャルが首を傾げる。

 主賓席の背後にある、部屋というにはどちらかと言ったら広間なんじゃないかと思うこの場所で最も目に付く壁に、窓も無いのに綺麗な模様のカーテンが左右から掛けられており、裾の部分はそれぞれ壁端にタッセルで緩く止められている。

 そのカーテンの弧を描いた中央の隙間から、古ぼけた額縁がちらりと見えた。

 どうやら、絵画か何かを隠しているらしい。

「なんだ?良いではないか。五百年も昔の絵じゃぞ。歴史的価値ある、国宝だぞ」

「こっこく…」

 当然だと言う風にガンダルフが自慢をすれば、セインの顔が真っ赤になって、二の句が付けなくなったらしく、はくはくと口を動かした。

「国宝?!」

 ようやく叫んだセインは、顔を青くしたり赤くしたりと忙しい。

「ふふん。当然じゃろ?我が国を幾度も救った英雄様じゃからな」

 胸を張った国王の顔を平手打ちしそうになって、セインは慌てて自分の手を自分で止める。顔も耳も首まで、湯気が出るんじゃないかと思うほど真っ赤になった。

 おまけに唇を噛みしめて泣きそうである。

「ど、どうしたのセイン?!」

 慌てたのはキャルで、小さい身体をセインの前に滑りこませて、顔を覗き込もうと彼の服の裾を掴んで見上げてみた。

「な、なんでも、なひ」

 引きつった笑顔で答えが返ってきた。なんとも言い難い表情だ。

「声、裏返ってるけど?」

「は、恥ずかしすぎる・・・」

 ちいさなちいさな声で呟かれ、多分聞こえたのはキャルと、その隣にいて気遣っていたラオセナルくらいだっただろう。

 それで、なんとなく件の壁に掛けられて絵画に描かれているのが誰なのか分かった気がした。

 目の前にあるセインの握られた手を見れば、そんなとこまで真っ赤だった。

「どんだけ恥ずかしがってんのよ」

 ちょっと笑いそうになってしまった。

「ひどいよっ」

「だってセインったら!」

 多分全身真っ赤。

「ガンダルフ!」

 唐突に呼び捨てられてもニヤニヤと笑って構える国王に反して、壁に控える近衛達が色めきたった。

「ああ、いいんだ。お前たちは動いちゃいかん」

 片手で制して、

「これでも見えないようにしてるんだから、譲歩してくれんか?」

 などと言いつつ、その顔は悪戯が成功した悪ガキそのものだ。

「次に来たときにあったら、僕は二度とここには戻って来ないからね!」

「それは困る!」

 悪戯に成功はしたものの、これ以上機嫌を損ねられては拙いと思ったらしい国王は、そそくさと着席を促した。

「まあまあ、今は見えないんじゃから、そう気にしなくても良いではないか。ささ、せっかく馳走を作らせたのじゃ。存分に味わってくれんか」

 ぱちんとへたくそなウィンクを返されて、セインも大きく息を吸い込んだ。

「・・・・・」

 めいっぱいガンダルフを睨んだ後、ふう、と嘆息して入口から一番遠い場所に陣取った。

 入口は部屋の廊下側の壁のほぼ中央に位置する。ので、国王であるガンダルフはもちろん主席に座る。と、いうことは、国王の席から反対側の隅っこに三人で着席した事になる。

「これ。遠すぎて会話が出来んわ」

 思わず嗜めたガンダルフだったが、三人とも聞こえないふりをする事にしたらしい。

「やれやれ、しょうのない」

 わざとらしく溜め息をつき、ガンダルフも着席すると、ドアの付近に佇んでいた人物にも声をかけた。

「ささ。そなた等も座るが良い」

 思い出したように席を勧められ、いまだ室外の廊下に立たされていた二人も、ようやく王家の食堂の間に足を踏み入れる。

「他国とはいえ身分は王族のマスターに、王様は失礼なんじゃないの?」

 憮然と唇を尖らせながら、そのマスターであるザラムント国の第二王子、ドラテの椅子の背を引き、大事そうに彼を着席させながら、赤髪のバルバロッサがちらりとセインを見やった。

 彼らの選んだ場所は、長くて馬鹿に大きな食卓にあって、ガンダルフ寄りの部分だった。

 王子の護衛であり、従者である彼女の腰に剣は無い。

「人が乗車している馬車を襲うような人物に、失礼だなんだと言われたくもないわ」

 応戦したのはキャルだった。

「あら。あたしだって知ってたの?」

 悪びれずに自身も着席し、艶やかな赤い唇を持ち上げてニヤリと笑う。

「国王が君等と僕らをここに呼んだわけではないよね。君たちが彼に頼んだんでしょ?何を取り引きしたのさ」

 セインがバルバロッサを素通りして、視線をドラテに向けた。

 それに、驚きもせずに薄く笑みを履き、ドラテはセインを見つめた。

「流石だね。大賢者」

「その呼び方、性質の悪い人物を思い出すから止めてくれるかな」

 返してにこりと微笑むセインと、ドラテの視線がぶつかる。

「どうして、私たちが取り引きをしていると?」

「どうしてだって?君は当人なんだから説明しなくても分かるでしょう。仕向けたくせに、意地が悪いね」

「ふふ。ますます欲しくなったよ」

 眼を細めて笑うドラテに、セインは眉をしかめた。

「・・・どういう意味?」

「それこそ分かっているのだろう?」

 全員が席に着いた事で、置かれていた菓子は下げられ、次々と料理の乗った皿が運ばれて並べられて行く中だというのに、とても穏やかに食事が出来る雰囲気ではない。

 空気は張り詰めっぱなしで、給仕の女中や下男たちが、無表情を装いながら緊張に顔を青褪めさせる。

「君には既に彼女がいる」

 セインがバルバロッサを視線で示せば、彼女は頬杖をついたままにこりと笑って手を振った。

 そんな従者をドラテも一瞥したが、直ぐに視線はセインへと戻される。

「バリーはもちろん、私の可愛い剣だ。しかし、性能では君に劣る」

「彼女に失礼だろ」

「バリーを庇うのかい?」

「庇う庇わないの問題じゃない。・・・バルバロッサ。君は何故ドラテをマスターに選んだんだ?」

 それは純粋な疑問だった。自分ならこんな男、絶対に選ばない。

 しかし、セインの疑問に、バルバロッサは肩を震わせて笑いだした。

「ふふ!あははははは!どうしてだって?なんであんたがそんなこというのさ?分かり切った事じゃないか。マスターは力を持ってる。あんただって気付いている筈だ。あたしらはそういうモノだからね!」

 セインは喉を鳴らした。

 言われずとも、知っている。分かっている。

 自分はそういう性質だ。そして彼女も。

 ドラテはいずれ、ザラムントの国王になる。そういう男だ。


 ダン!



 突如響いた音に、ハッとしてセインは自分の隣を振り返る。

 キャルが椅子の上に立ちあがっていた。

「ちょっと。黙って聞いていれば何なの?」

 眉を吊り上げて憤慨している。

「お嬢さんが、今のセインロズドのマスター?」

 冷やかに視線を寄こすザラムントの王子に、キャルは烈火のごとき怒りを乗せて視線を返した。

「マスター?違うわ。相棒よ」

「相棒、ねぇ?」

 小馬鹿にしたのだろう、くすりと笑うドラテに、キャルは腕を組み上段から睨めつける。

「お嬢さんは勘違いをしておられるようだ。彼らは剣なのだよ?」

「違うわ。セインは人間よ。そこの赤髪の女もね!」

「体内から剣を引き出し、何百年と生きる彼らが、人間?」

「そうよ!世の中不思議なことぐらいごまんとあるってどっかの海賊が言ってたもの。それっくらい普通よ」

 言いきるキャルに、ドラテは眼を見開いた。

「普通?これらが?」

 呆れたように呟き、次いでクスクスと笑いだした。

「そこまでにしてくれるかな?」

 ガタリと、バルバロッサが椅子を蹴倒して立ち上がった。

 いつの間にか、セインがドラテの背後に立ち、すらりとセインロズドのその刃を、彼の喉元に当てていた。

「あんた、何時の間に!」

 飛び退って、バルバロッサも剣を取り出そうと自身の胸に手を当てた。

「動かない方が良いよ。彼の首、落としたいの?」

 低い声でセインが制する。

 キャルでさえ、今まで聞いた事が無い声音だった。

 ざわりと、その場に居た一同に鳥肌が立つ。

「僕の相棒を笑わないでくれる?」

 普段のセインからは想像もできない感情が削ぎ落とされた無表情は、心臓が凍えるほどに恐ろしい。

「本気?」

「これが本気じゃなかったら、逆に君の首はとっくに胴体から離れているよ」

 セインロズドに冷静さがあるから、自分は首をはねられずに済んでいるということか。

 マスターを貶められて怒りに走った聖剣の恐ろしさとは、いかほどのものか。

「あたしのマスターに何するのさ!」

「君は黙ってて」

 背後でいつでも剣を取り出せるように構えるバルバロッサには一瞥もせず、ひたりとドラテに視線と刃を当てたまま、セインが圧した。

「君と共に在るつもりはない。これからも、ね」

「未来は分からないよ?」

「お前のような輩と迎える未来なんぞ、願い下げだ」

 引力でも重くなったかのような声だ。

「・・・分かった。無礼を詫びよう」

 降参とばかりに両手を上げたドラテに、ようやくセインは剣の刃を引いた。

「お嬢さん。失礼をしたね」

 首筋をさすりながら、流石にドラテも緊張したのか、安堵の息を付きながら、キャルに頭を下げた。

「君の聖剣は素晴らしい。バルバロッサももちろん優れているが、私は賢者とまで言われた剣が欲しかったんだ。でも、一旦諦める事にするよ。とりあえずはね」

 心配して飛びついたバルバロッサの髪を撫で、ドラテはにこりと微笑む。

 しかし、それは逆効果だったようで。

「セインはセインのものよ。誰にも束縛する権利なんてないわ」

 今度は、キャルまで怒らせた。





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