よろけて、尚も剣を離さずにいるのは褒めるべきか。 「手前がこの世を恨んでいようがなんだろうが、その程度。そこの赤髪の女の足元にも及ばねえじゃねえか。手前の尻ぬぐいは手前でしろや」 罵声を浴びせたギャンガルドに、殴られた顔を押さえながらドラテが眼を血走らせた。 「あ、あ、兄上に何が分かる!?国から逃げ出して!好き勝手に海賊なぞやって!自由に生きている貴様に!何が分かるのだ!!」 ドラテの慟哭にも思える叫びに、ギャンガルドは眼を細め、殴られたまま地べたに尻を付けて蹲る弟を見下ろした。 「お前、バッカだなー…」 しみじみと呟いた。 「あの国が嫌なら俺みたいに逃げりゃ良い。そうじゃ無かったら自分で改革くらいしろ。ちょうどお前の目の前に良〜い見本が居らあ。逃げたのは俺。改革したのは此処の王様。ついでに言うと、お前、人の事好き勝手言ってくれてるけどな、そうやってウジウジ生きてんのも、お前が好き勝手に選んだ生き方だ。嫌だと思ったんなら」 一旦言葉を途切れさせ、親指でセインを指し示すと。 「こんっな人の言う事なんざ聞きやしねえ聖剣の尻なんぞ追っ掛けて、他人様にチャチャ入れてねぇで、手前の人生くれえ手前で立て直したらどうだ」 「な、なんだとっ・・・ぶふ!」 言い終わりもしないうちに、ギャンガルドに抑えつけられたドラテの頭が地面とぶつかった。 「お前自分で何かやった?他人の言う事ばーっかり素直にほいほい聞いてんじゃねえの?だからお前は何時まで経ってもボンボンのお坊ちゃまだっつってんだよ。この底抜けの、お・お・ば・か・さ・ん!」 最後にデコピンを喰らわせれば、ドラテは額を押さえて真っ赤になった。 「好きに生きたいならそれなりの代償ってモンも必要なんだよ。お前にはそれを支払う度胸が無ぇだけだろが」 「あ、兄上には関係ない!」 「おーおー、そらそうだ関係ねえよ。当ったり前さー。お前の人生に俺は関わるつもりなんざねえし。お前の絶望なんざ、賢者とその女の見た絶望に比べりゃ可愛いもんだし?せいぜいお守りしてもらっていろ。どうせお前ら、これから牢屋にぶち込まれんだから」 ギャンガルドの言葉に顔を上げれば、ドラテは近衛隊に取り囲まれていた。 「連れて行け」 国王ガンダルフの一言で、ドラテが引っ立てられる。 呆然と両目を見開いたまま、よろよろと自分で歩いているのか引き摺られているのか分からない状態で、隣国の王子は両脇を近衛隊に支えられるように部屋から出て行く。 「ああ、丁寧にな。彼はザラムントの王子であるのでな」 近衛隊長のクルトを呼んで、ガンダルフ王が指示を出した。 罪人とはいえ、一国の王位継承者である事に違いは無い。ギャンガルドは牢屋と言ったが、実際にはそれなりの客室に通して見張りを立てておくに留まるだろう。 気真面目な近衛隊長は、一瞬眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしたが、直ぐに深々と頭を下げて、捕らえたばかりの罪人を引きずる部下の元へと走って行った。 「監禁だけでいいのかい?」 ちらりと聞くギャンガルドに、ガンダルフは大仰に肩をすくめてみせた。 「おや可笑しな事を聞くね。君の国とうちの国とで戦争でも起こしたいのかね?」 そうしてにやりと笑って、 「そなたこそ。関係ないなどと言っておいて、賢者殿から弟を庇いよって。やっぱり弟となると可愛いものかの?」 こそりと耳打ちした。 あのままセインの前にドラテの身を晒していれば、聖剣の逆鱗に触れた隣国の王子は少なからずただでは済まなかったに違いない。 「おいおい。勘違いすんなよ。何度も言うがあいつを弟とは思っちゃいねぇよ。とっくの昔に捨てたモンだ。俺には必要ない。俺が庇ったのは、あちらさんだ」 ギャンガルドが指し示したのは、気を失ったまま運ばれて行くバルバロッサだった。 「聖剣だか何だか知らんが、なーんか、主人を無くしたらどうなるんだか。可哀そうでな」 「ふむ。なるほど?」 担架に乗せられた彼女の赤い髪が見えなくなるのを見送ってから、海賊王と国王は、ふいと同時に振り返る。 「キャル、ごめんね?」 「なんでセインが謝んのよ」 「だって、その、」 少女の衣服に付いた埃ををパタパタと払って、彼女の無事を確かめるセインと、不機嫌そうに頬を膨らませるキャルと。 「あれでしょ、またなんか一人で自己完結してるでしょ」 「え?」 屈んでキャルの衣服を整えるセインの顔を両手で挟むと、キャルは眼鏡がずれるのもかまわずにセインの顔を自分に向けさせた。 「今回の事はあの王子が勝手にした事じゃない。セインが悪いわけじゃないわ」 キャルは、ずれた眼鏡の向こうの、色素の薄いセインの瞳を覗き込む。 「分かってる。ありがと」 色の薄い瞳が微笑んだ。 そのまま、セインの指先がキャルの眼元をそっと撫で。 「だから、そんな泣きそうな顔しないで?」 こつりと、セインの額が、自分のおでこに触れたのが分かる。 温かいセインの体温がそこから伝わった。 「な、泣いてないもん!」 「うん、うん」 ぽろぽろと、眼から大きな粒が零れて、自分の頬を濡らすのは気のせいだ。しょうがないなって顔して、セインがおでこをくっつけたまま笑って、濡れた頬っぺたを拭ってくれるものだから、余計に水滴が零れてしまうのも、気のせいにしておこう。 「あちらはあちらで、落ち着いたみたいだぜ」 「うむうむ」 王様とギャンガルドが並んでニヤニヤしているのは、あとで鉄槌を加えておこうと思うキャルだった。 「さて」 涙の止まらないキャルをセインが抱きかかえ、ガンダルフに向き直る。 「あの二人なんだけど」 ちらりと、今回の騒動の発端になったザラムントの二人が連れられて出て行ったドアを見やれば、先ほどまで相好を崩していた二人も、顔を引き締めた。 「分かっておる。本来なら地下牢にでも繋いでおくところだがな。しかし我が国はザラムントの狼藉をほうっておくつもりはない。かといって、一戦交えるつもりもない」 ガンダルフが顎を撫でて不敵に笑う。 「まあ、賢者殿には予想がついておると思うが」 にんまりと、両目を三日月にしたガンダルフに、セインはくつくつと笑った。 「まったく、ホントに君等は似ているね。どうして血が繋がっていないのか不思議だよ」 そう言うセインに、ギャンガルドとガンダルフが、お互いの顔を見やった。 「よしてくれよ!俺はこんなおっさんを親戚に持った覚えはねえぞ?」 「何だと?それは予のセリフだ。お前みたいな無法者なぞ、我が王家には扱いきれぬわ」 お互い指をさして罵り合うものだから、ついにセインは片手でキャルを抱いたまま腹を抱えて笑いだした。 「そんなとこまでそっくりだ!」 言われて、二人はきょとんと、今度はお互いの顔をまじまじと見つめた。 そんな事を同時にしていれば、いくら否定した所で行動がそっくりだと自分たちでも気付く。 海賊王も国王も、バツが悪そうに眉尻を下げた。 「でもよー。顔も似てねえし、考え方だって間逆だと思うぜ?どうして似てるって?」 納得がいかない表情のギャンガルドに、セインは呆れたように腰に手を当てる・ 「じゃあ、さっきギャンガルドが言ってた逃げるの逃げないのに例えてみようか?ギャンギャンはどうしてザラムントの王子なのに出奔なんかしたのさ?王子様なんか、一生食べる物にも寝る物にも着る物にも困らないだろうに」 その質問に、ギャンガルドはさも当たり前だと言わんばかりに仰け反って胸を張る。 「国を捨てて逃げたのは、そっちの方が俄然楽しいって分かってたからさ」 それを聞いたガンダルフ国王も、顎を擦って片眉を上げた。 「ほう。予はあれだぞ。うちの国をどうこうしようって奴らを、ジワリジワリと追いつめていたぶるのが楽しくてな。国外に出て行く気にもなりゃせんわ」 外に出るか、内に留まるか。 それなりの違いがあれども行き着くところは結局のところ。 「ほら!そっくり!」 楽しければそれでいいという、何とも豪胆な理由であるのだ。 「「どこが?!」」 またもや同時に、海賊王と国王の声が響くのだった。 さて夜が明けて。 「やっとうちのご飯が食べられるー」 「ホントよねえ、せっかく帰って来たのに、お城とか宮殿とかにばっかり行っていて、落ちついてご飯食べられなかったもの」 清々しい朝日に目を覚まし、ちょっと庭を散策した後に食べる朝食は格別で、さらにそれが慣れ親しんだオズワルド家であればなおのこと。 昨日から続いた騒動で、やっと腰を据えて食べられるご馳走に、セインもキャルも夢中だ。 「ふふ。一杯食べて下さいよ?うちの料理長が、日が昇る前からそれはもう腕によりをかけて調理しましたからね」 美味しい美味しいと連呼する二人に、ラオセナルも上機嫌である。 「スープもブレッドもみんな美味しい!」 「厨房の者が皆喜びます」 うれしそうなキャルに、給仕をするアルフォードの口元も、心なしか柔らかい。いつも硬い表情しか見せないオズワルド家の執事には珍しい事だ。 胃に優しく、今朝はたっぷりと煮込んだオニオンスープはもちろんだが、燻製にした肉は野菜と一緒に柔らかく煮込まれてスライスにされ、朝採りの野菜が、自家製のチーズとバターと共に焼きたてのブレッドに挟まれている。 新鮮で、良く熟れた果物は食べやすくカットされて彩りも鮮やかに食卓を飾る。 ずっと、セインとキャルがオズワルド邸で食事をするのを待ち構えていたという料理長の本気具合が見て取れる食卓だ。 最後の仕上げに、腕利きの執事が淹れる、さっぱりと胃に優しいミントとジンジャーが主体のハーブティーで、料理長自ら焼いたオレンジのスコーンを頬張った。 「朝からお腹いっぱいだわ!」 美味しい食事は元気の素。 全員が和やかに、一日の英気を養った。 「さて、今日のスケジュールをどうしようかな?」 セインがソーサーにカップを戻しながらキャルを見やれば、ラオセナルが待ってましたとばかりに口を開いた。 「料理長が、今日は昼も夜も腕をふるいたいと申しております。セイン様が宜しければ、祭りも本日が最後。俄かの祭りとはいえ、国を上げての祭典ですからな。楽しんで行かれてはどうです?」 聖剣復活祭と称したこの祭りは、その名の通り、メインはセインである。セインであるのだけれども、そこはそれで、色々と国王ガンダルフU世の思惑が絡んだ結果の偽物の祭りであるので、無関係であるような無いような、変な立ち位置にいつつも、セインはこうしてのんびりとする事が出来る。 実際、聖剣セインロズドの正体が一般に知れ渡っては困るので、知らぬ存ぜぬで良いのだ。 ちょっと囮になるくらいで。 しかも、今現在は既に囮になり終わって役目は終わったわけで。 「良いわね!今日も一泊するわよセイン!」 ぱっと顔を輝かせたのはキャルだ。 「ええ?ラオに迷惑じゃない?」 ためらうセインに、現オズワルド卿は微笑んで見せる。 「なんの。迷惑などと思い召されますな。我が家は何度も申します通り、貴方様のご自宅です。家の者皆、貴方様とキャルちゃんのお帰りを、心待ちにしておりますよ」 「じゃあ、決まりね!あたし神殿に行きたい!何か催し物があるって聞いたわ!」 「では、馬車を出すとしましょうか」 「きゃあ!おじいちゃんってば素敵!」 「ほほ!キャルちゃんの為ですからね」 セインの意見など何処へやら。勝手に話が進んで行くのは、ワザとなのだろう。 「ほっとけばほっといただけ、自分が居ると皆に迷惑がーとか、どんどんそういう風に考えちゃうんだもの」 とは、何時かの日にキャルがラオセナルに漏らした言葉だ。 キャルが時々セインの意見を無視して、やや強引に事を進めるのは、彼女の性格もあるのだが、どうやらそれでちょうど良いらしいので、ラオセナルも時々こうして、キャルの話に乗っかる事にしている。 「神殿かあ。僕、行った事ないや」 ぽつりと呟けば、キャルががばりと振り返った。 「セインが行った事ないの?」 勢いに釣られて仰け反れば、その分だけキャルに詰められる。 「え?う、うん。僕の居た頃には、神殿なんて神官しか近寄れなかったもの。だから、遠くから見たことくらいしか」 「決まりね!」 言い終わらないうちに何かが決まったらしい。 「午前中はセインとおじいちゃんと、皆で神殿見学!お昼は一旦戻って、午後からお祭りの屋台を見に行くの!ついでにお城にご挨拶に行って、夜はご飯食べてからセインのライアー聞くのよ!スケジュール決まり!」 「え!?」 なぜそこで自分のライアーが出て来るのか。 「ほうほう、それは名案。セイン様のライアーを聞けるのは嬉しいですなあ」 「えええ?!」 反論しようと口を開きかけたところで楽しみだと言われれば反論のしようがない。 「屋敷中の皆に聞かせてあげればいいのよ。良い恩返しだわ」 「お、恩返しって」 そんなに自分の腕前は良くは無いはずで、セインが混乱している隙に、またもや話はどんどん進む。 「恩返しなどと、恩返しせねばならぬのは我等の方ですから、気兼ねなく弾いて下さればよろしいのですよ。一度弾いて頂いた時に、皆聞いておりましてな」 何で皆で聞いてるんだ恥ずかしい!っていうかえ?ホントに?弾かないと駄目なの? 言いたいことは山ほどあるものの、若干混乱してしまって、口をパクパクさせるだけで言葉が口から外に出ない。 止めが、何時も控えめで三人の会話に割って入る事が滅多にないこの家の優秀な執事であるところの、アルフォードの一言だった。 「セイン様のライアーですか。また弾いて頂けるんですね?皆楽しみにしますよ」 朝食の皿を片付けに来たついでに、ライアーの準備をしておくようにと言いつかったアルフォードが、滅多に見せない笑みを乗せてそんな事を口にすれば、セインはもう、降参するしかなかったのである。 「ううー。ちょっと一つだけ懸念があるんだけど、多分それも承知なんでしょ?」 ちらりとラオセナルを見やれば、老紳士はにこりと微笑むと、大仰に頷いた。 「もちろん、分かっています。家の者にも言ってありますから、安心して暴れて下されば宜しい」 もちろん、その懸念というのは当たってしまうセインであるので、ラオセナルの言葉に、少し肩の力を抜いたのだった。 |
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