「ぬ。冷たいのう。大賢者殿が到着したというから、この祭りも開催したというのに」

「国費を無駄に消費しないで下さい」

 唇を尖らせる国王を、オズワルド卿が咎める。

 しかしガンダルフ王も慣れたものらしい。

「良いではないか。町の者、皆喜んでおる。経済が活性化したと思えば良いのだ」

 特に反省するでもなく室内を見渡した。

「・・・お?」

 こそこそと、アルフォードの背後に隠れようとしていたキャルとセインを見つけると、王は恩師であるラオセナルが何か言おうとしているのも無視して大声を上げた。

「おお!セインロズドよ!!!!」

 それにびくりと肩を震わせたセインは、キャルを小脇に抱えて、扉の前に控えるアルフォードに、小さく頭を下げると、脱兎のごとく逃げ出した。

「あ!こら!なぜ逃げる!?」

 追いかけようとしたガンダルフの襟首を引っ掴んで止めたのはラオセナルである。

「こ、これ!ラオ!何をする!」

「ガンダルフ様。ここは我が家です。ご承知か?」

 猫の首を取ったような仕草で、国王の目線を自分に向かせ、ラオセナルが凄む。

「し、承知しておるっ」

「ほう。それは大変よろしい。承知していらっしゃったとは思えぬ行為の数々ですがな。では、あの方が、我が家にとってどんなに大事な方かも、ご存知ですね?」

 目の前に、師の厳しい眼差しがあれば、さしものガンダルフ王も、首をすくめざるを得ないらしい。

「だから予がこうして自ら迎えに来たのではないか」

「パレードしてですか」

 半目で睨むラオセナルに、小さくなっていた国王は、ここぞとばかりにニヤリと笑んだ。

「その方が面白かろう?」

 ガンダルフの、全く持って反省のない様子に、ラオセナルは深々と嘆息した。

「あの方の正体を、国民に発表する気ですか。いちいちお迎えに来られなくとも、登城する予定でしたし、それがあの海賊たちとの約束でしょう。この町に訪れられた以上、あの方は海賊を見殺しにはしないと分かっておられましょう?」

 呆れながら、国王にこれほどまで強く進言出来る立場の人間というのは、この国において、元家庭教師である自分と、国王の父であり、今は隠居生活を楽しんでいる前国王だけだという事に、軽く頭痛を覚えるラオセナルである。

「ふふ。到着したと聞いた時は胸が躍ったのだがな。報告とギャンガルドだけが来て、肝心のセインロズドが来んのだ。待ちきれなくてな」

 楽しそうに、そんな事をうそぶく。

「祭りを、わざわざセイン様のお帰りに合わせるように計画されて、いちいち派手なお迎えなんぞよこして、いったい何を考えておられるのです」

「楽しければそれでいいのだ。何にも考えてなどおらん」

 本気で言っているらしい。

 ガンダルフも、もう初老といっても良い年頃で、その答えは如何なものか。

 そんな破天荒なガンダルフ二世ではあるが、政はまともに取り仕切っている。つい最近も、中央の内部改革を行ったばかりだ。

 近々、各地方自治体の役場などの汚職についても審査する予定でいる。報告次第では、これまた地方改革も進めねばならなかった。

 他国への牽制も忘れない。

 何を考えているのか相手に悟らせない彼の豪胆ぶりは、各国への警告にもなっている。また、実際に手を出して、痛い目を見た国は多い。

 だが、普段は「楽しけりゃ何でも良い」をモットーに、恩師であるラオセナルと老中たちを困らせているのが、この男だった。

「さすが、あの海賊王と仲良くなられるだけの事はありますな」

「ふん。やる事はきちんとやっておる。予は律儀なのだ」

 胸を張る出来の良いのか悪いのか分からない教え子に、ラオセナルは深々と何度目かの溜め息をついた。

「何を時化た顔をしておる。セインロズドは予にも大事な客ぞ。独り占めしようとするのは許さん」

「大事なお客様だと言うなら、もう少しセイン様のお立場というものを慮って下され」

 分かっていて近衛騎士を引き連れ、パレードまでしてオズワルド家へ乗りつけたのは、セインやラオセナルが困る顔を見たいが為であるとしか思えない。

「ちょっとしたサプライズじゃ」

「どこがちょっとですか」

 兎に角、屋敷から追い出して、城に戻ってもらおうと、最高の国家権力を持つ不法侵入者を邸宅の外へと連れ出したラオセナルだったが。

「ガダ陛下」

 あまりの事に、愛称と敬称がくっついた。

 得意げに胸を張る国王の頭に、何十年振りかのげんこつを落として、ラオセナルは頭を抱えたくなった。

「おじいちゃん!こいつら何とかして!」

 セインの背後に隠れているらしいキャルが、顔だけこちらに向けて涙目で叫ぶのを聞いて、二人が木の影に隠れて敷地の外を窺っているのに気付く。

 屋敷の広い庭を抜け、残りのパレード部隊が待ち受けているだろう正門から追い出そうと、ガンダルフとその騎士たちを連れて来たは良いものの、自宅の正門前には、国王やパレードを、一目見ようと詰めかけた市民と、今後ろに控える近衛騎士の馬のほか、ずらりと整列した騎馬隊に歩兵隊に、まあ、要するに国王直属の指揮下にある近衛軍が勢ぞろいして、屋敷を市民と一緒に取り囲む形となっていた。

「…確認してからセイン様を逃がせばよかった」

 ぽつりと呟けば、側に駆け寄って来たアルフォードが、深々と頭を下げる。

「申し訳ございません、裏口も使用人口も、出入り口は全て囲まれておりました」

「ああ。良いよ。お前の責任じゃないからね」

 自分の執事を労う。

「我が家を奇襲でもして陥落させるおつもりでしたか?」

 こうなると、怒りを通り越して呆れるばかりだ。

 パレードといっても、こんな大掛かりな規模であるとは予想していなかった。良く見れば、天幕の引かれた馬車まである。

「これでも予は考えておる。名目上はお前を迎えに行って城へ連れて来るだけのパレードじゃ。セインロズドの持ち主は、一応オズワルドという事になっておるからの」

 この祭りそのものがセインロズド復活祭なのである。その聖剣を、長年にわたり代々引き継ぎ、見守ってきた名門オズワルド家に、国王が敬意を払って自ら赴き、その功績をたたえて城まで案内する、という趣旨であるらしい。

「なら、我が家の都合も考えていただきたいものですがね」

「ふふん。そうしたらつまらんだろうが」

 パレードの名目で屋敷を取り囲み、逃げ場を無くしておきながら、何を言うか。

 確信犯である事は百も承知なラオセナルである。

 このために正装させられ、わざわざこの屋敷まで連れて来られた近衛部隊には、気の毒としか言いようがない。

 おまけに、自分の屋敷の家人たちも、いまごろ肝を冷やしている事を考えると、これも気の毒としか言いようがなかった。

 そしてキャルとセインである。

「セイン様、キャル。申し訳ない。こんな王に育てた覚えはないのですが」

 二人の傍へ歩み寄ると、セインは諦めたように隠れていた木の幹に寄り掛かって座り、その膝の上にキャルが座って、手近に咲く小さな花をくすぐって遊んでいた。

「あー、しょうがないよ。ガンダルフだもの」

「そうよ。おじいちゃんが謝ることなんてないわ。これ、王様の仕業って事なのね?まったく、能天気な王様を持つと、臣下が苦労するわね」

 本人を前に、萎縮も恐縮もしないのがキャルとセインである。

「逃げ場はないみたいだね?」

 セインがラオセナルの傍に控えていたアルフォードに確認する。

「申し訳ありませんが、完全に包囲されております」

 アルフォードは申し訳なさそうにうなだれている。

「だから、お前が気に病む事は無いのだよ。そう肩を落とすな」

「はい、申し訳ございません」

 良いというのに謝罪の言葉を重ねるアルフォードの肩を、オズワルドは軽くたたいて励ました。

「そうよ。執事さんが何かを気に病む事は無いわ。この騒動の発端はそこの髭オヤジでしょ?」

 キャルがガンダルフを指差した。

「む?予の事か?」

「他に誰がいるのよ。その反応、誰かさんを思い出してムカつくわ。あんたたち実は兄弟なんじゃないの?」

 誰の事を言っているのかは言わずもがな。

「えー?国王の実は弟です、って、それ面白がりそうだよ。ギャンギャン」

 王弟が海賊の王だなどと、これはこれで一大叙事詩が書けそうな話だ。

 セインがもの凄く嫌そうな顔をした。

「本当に兄弟だったりするんじゃないでしょうな?」

 ラオセナルまで疑い始めた。

「それはそれで面白そうじゃな!」

 ガンダルフが顎をつまんで笑う。

「義兄弟の契とやらを結んでみるのも良いかも知れんのう」

 余計な事を言ってしまったと眉根を寄せるキャルとラオセナルを余所に、良い事を思いついたと嬉しそうだ。

 そのガンダルフの正面に向き直ったラオセナルは、にっこりと微笑んで、現在の状況の先を促した。

「…で?」

「うむ。乗れ」

 満面の笑顔で返された。

 本当に義兄弟の契りなど結ばれれば国家的にも国際的にも困るのだが、この話は今は置いておくことにして。

 パレードの名目がオズワルド家当主を迎えに行く事になっているのだから、ラオセナルもセインとキャルごと、馬車に乗せられなければならないらしい。

 しかし、国王の思惑通りに事が運ぶのも、ここまでやられて大人しく従うのも癪だ。

「坊ちゃん」

 ラオセナルが、真顔で呟いた。

「な、何だ」

 ガンダルフが鼻白む。

 初老に入ったような年齢でも、昔ながらの呼び方をされれば、返事をしてしまうらしい。

「もう、おいくつになられました?」

「む。なんだ急に」

「いえ。王子も王女も、皆様大きく立派におなりになられましたし。まあ、末のお子様は、まだ赤子も同然でいらっしゃいますが、これまた可愛らしゅうて。奥様方は斉しく仲がよろしいですし、我が国はあと少しで安泰かと思いましてな。…坊ちゃん?」

「う、うむ。あと少しとは?」

「坊ちゃんもお人が悪い。そんな愚凡にお育てした覚えはございません」

 にっこりと微笑まれれば、ぐうの音も出ないガンダルフ二世は、拗ねたように唇を尖らせた。

「安心しろ。予のこの育ちはもう、天賦の才だ。誰もラオの責任は問わぬ」

「ふむ。さようでございますか。なら、私も安心してあの世へ行く準備が出来ますな」

 言っている内容とにこやかな表情の割に、ラオセナルの声は堅い。

 すなわち、

「国民の運命を左右する一国の主が、己の子供たちまで大きく成長するほどイイ歳をして、いつまで遊んでいるつもりだ馬鹿者が。育て上げた恩も忘れるようならそれなりに覚悟しておけ。いつまでも坊ちゃんでいられると思うな」

 という事である。

 ちなみに、「あと少しで国が安泰」とは、王がもっとしっかりしたら、という意味合いだ。

「む。少しは信用するが良い」

「少しで宜しいので?」

 破天荒な国王も、師には敵わないらしい。

 一瞬渋面を作ったが、すぐににやりと笑って返す。

「安心しろ。いつか全面的に信用させてやる」

「それまでは野放しにしろと?」

「出来ればその方が予は嬉しいぞ」

「ほう。まあ、良いでしょう」

 無駄と諦めたのか、ただ聞き流す事に決めたのか。おそらく後者であるのだろう。

 一旦会話を打ち切ると、ラオセナルはキャルとセインを呼び寄せ、パレード用に色とりどりの花で飾られた馬車を邸宅の庭まで移動させると、二人を乗せ、自分も後に続いた。

 もし、二人が馬車から見えたとしても、オズワルド家の血縁者か何かだと思ってもらえればそれで良いという配慮もあった。国民にとって、何でもない二人が国王の馬車に乗っているのは不自然極まりない。

 天幕付きの王家来賓用の馬車は広くゆったりとした内装で、向かい合わせに座っても間にテーブルを挟んでお茶でも楽しめるようになっている。

 ラオセナルはアルフォードに自分も城へ行く事を伝え、薄手のカーテンを引き、あとはゆったりと備え付けの長椅子に腰かけた。

「あまり、外はご覧にならないほうがよろしいでしょう」

「そうだね。ありがとう」

 セインは万が一を慮って、あまり外からは見えない位置に腰を下ろす。

 逆に、キャルは興味深々で、馬車の内部を観察し終われば、あとは外を眺めて道行く人々に手を振った。

 パレードは進み、オズワルドの屋敷の外周を一周してから大通りへと移動を開始する。

 大人しく屋敷を解放してくれたようだ。

 こうなるともう、馬車が走るに任せるしかないので、ラオセナルもセインも、ある程度ガンダルフ二世に振りまわされる覚悟を決めて、セインにいたっては、いまだに城に居座っているであろうギャンガルドも含む破天荒な自己主張の激しい二人に挟まれるのかという杞憂も持ちつつ、開き直る事にしたのだった。

「きゃあ!外は凄く綺麗よ!お花が降って来るわ!」

 肝が据わっているのか、ただ女の子で華やかなものが大好きだからか。

 キャルだけが、思い切り元気である。



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