「あの人以外に、心動かされる男がいたなんてね・・・?」

 こくり、と、知らずに唾を飲み込んだ。

 どう考えても、この状況から逃げ出すことは不可能に思えた。

「それでも・・・!」

 ゆっくりと、シェリエッタは目を瞑る。

「・・・?」

 どういうつもりの行動か判断が付きかねて、セインは眉根をひそめる。

 瞬間。

 一気に見開かれたシェリエッタの瞳はギラリと異彩を放ち、同時に袖の中からしゅるりと手の中に落とした物を投げ飛ばした。

「!・・・キャルッ!」

 弧を描いてセインから逃れたそれは、鈍色の線を引いてキャルを襲った。

 ドン!

 キャルの手に握られた小さな拳銃から発せられた弾丸は、襲い掛かる鈍色の何かを、見事に弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたそれは、ダーツの矢を金属で作ったような物だった。

 羽に切り込みを入れることで変幻自在に飛ばすことが出来る、いわば羽付きの針だ。

「くうっ・・・!」

 ぎりぎりと唇を噛むシェリエッタに、キャルはフン、と鼻で笑ってみせる。

「私を誰だと思ってるの?」

 ここに来て、キャルは思いっきり開き直る事にした。

 伝説の聖剣が目の前にあろうが、シェリエッタや、セインの正体が何であろうが、自分はキャロット・ガルム。

 泣く子も黙る賞金稼ぎ、ゴールデン・ブラッディ・ローズなのだから。

 迷う必要なんてどこにも無い。

 そうだ、これはシェリーと自分の問題なのだ。セインに、手を出させては女が廃るというやつだ

「セイン!」

「な、何?」

 銃口を、シェリエッタに向けたまま、キャルはにんまりと笑った。

「やっぱ、あんたは下がってて(にっこり)」

「えっ?!そんな、今更ハートマークつきで言われても?」

「い・い・か・ら!」

 もう一丁の拳銃を、隠しホルダーから有無を言わさず引き抜いて、セインへ一発。

 ちゅいん!

「うわわ、はい!」

 足元に当たった銃弾に飛び上がって、セインは慌てて、キャルの側まで引き下がった。

「どうするつもり?」

 少し怒ったようなセインの口ぶりに、黄金の血薔薇と呼ばれる少女は、ちらりと彼の顔を見やる。

「さあ?ただ、今ならあたし、大丈夫な気がするのよね」

 目線をすぐにシェリエッタに戻して、不敵に笑う。

「自分の問題くらい、自分で片付けられる年齢には、なっているつもりよ?」

「・・・わかった」

 その台詞に、キャルの意図を汲んで、セインは更に一歩だけ下がる。

「それでも、君に何かあるようなら、僕は行動するよ?」

 そう囁いたセインに、キャルはフフン、と鼻を鳴らした。

「・・・あたし、これでも一応、ゴールデン・ブラッディ・ローズなんだけど?」

 彼女は自信満々だ。

 答えに満足して、セインはくつりと笑って剣を下げる。この調子なら、助っ人はいらなさそうだ。

 セインが手を出さないと気配で感じ取ったキャルは、すうっ、と、思い切り息を吸い込んだ。

「シェリー!」

 相変わらず柱の影で、身をかがめて息を潜めるシェリエッタに叫ぶ。

「貴女があの熊みたいな大男とデキてたなんて驚きだったけど」

 シェリエッタが、ギリリと、キャルを睨む。

「だからって、私が貴女のターゲットになるいわれはないと思うのよね?」

「何を言っているの?貴女に捕まりさえしなければ!あの人は今も私の側にいてくれたのよ?!」

 セインが下がったことで、何処か安堵したのか、威勢の良い返事が返ってくる。

「だから?」

「・・・え?」

 冷たいキャルの一瞥に、一瞬詰まる。

「だから何だっていうの?」

「何ですって?」

 シェリエッタの身体が、悔しさに震えだす。

「人の幸せを壊しておいて、何だっていうの?!」

 ドン!

 柱からかすかに覗いたシェリエッタの頬を、銃弾が掠め、彼女は小さな悲鳴を漏らした。

 傷口が、火傷でヒリリと傷む。

「人の幸せ?」

 ヒヤリと、小さな少女は氷のような視線を投げかける。

 その温度は、幼い手に握られた鉄の塊よりも冷たいように思えた。

「あの男が、どれ程の人たちの幸せを奪って来たか。・・・分かってて言ってんの?」

 以前、この町を訪れたとき。

 半死半生の傷を負った、一人の青年をかき抱きながら、泣き崩れる老婆がいた。青年の怪我の理由は簡単で。

 賞金首に逆らったから。

 絵描きを目指していた青年は、一生、その手に筆を握れなくなった。

「・・・それはっ」

「知っているのね?それは良かった」

 この町に住んでいるシェリエッタが、知らないはずがなかった。

「他にもあるわ?」

 全財産を奪われ、一家離散した家族。毎晩続く嫌がらせに耐え切れず、町を離れた老夫婦。

 数え上げればキリがなかった。

「そんな男に、何故貴女のような人が惹かれたのか、理解に苦しむところだけれど・・・」

「それでも!あの人は寂しい人だった!だから!」

「・・・だから?」

 愛したというならそれでもいい。だがしかし。

「・・・改心してくれたわ!ヤクザ紛いの事もやめて、私と二人で小さな店でも開こうかって、言ってくれたのよ!」

 涙を溜めて、まるで恋人の過去の全ては、誰か他人の間違いだったとでも言うように、シェリエッタはわめき続ける。

「・・・だから何だって言うの?!」

 キャルの一喝が、シェリエッタの口を閉ざした。

「犯した罪の謝罪もなしで、償いもなしで、それで改心したというのなら、それは紛い物でしかないわ」

 淡々と、無表情に、キャルは言葉を紡ぐ。

「貴女がそれで幸せになったというのなら。貴女の幸せって、屑みたいなものね?」

 そんな幸せは、それこそ在り得ない。

 人を不幸にしておきながら、贖罪もなしで。犯した罪を忘れて、清算もせずに、自分達だけが幸せで良いというのなら。

 そんなのはタダの妄想だ。

「貴女があの人でなしを愛したというのなら、それはかまわないわ。人それぞれに、好みってものがあるしね。」

 そう言って、微笑んだ。

 それはそれは艶やかに。

 十にも満たない子供であることなど、忘れ去ってしまうほどの、凶悪な微笑み。

 シェリエッタは、噂が噂ではないことを、身を持って思い知る。

 輝ける黄金の髪。白く美しい肌。一度捕まったら逃れられない、蒼く聡明な瞳。

 そしてその微笑みは、何人をも凍てつかせるほどに艶やかな。

「こ、れが・・・・・ゴールデン・ブラッディ・ローズ・・・!」

 冷や汗が背中を伝う。その感触の気持ち悪さに身震いする。

 いや、少女に。ゴールデン・ブラッディ・ローズの蒼い氷の瞳に捕らえられてしまった恐怖に、身震いしたのだ。

「う、あ・・・・・あああああああ!!!」

 それでも血走った眼で、己の恋人を奪った相手への憎しみだけで、シェリエッタは針を飛ばした。

「馬鹿なひと」

 寂しそうに呟くと、黄金の少女は、たて続けに二発の弾丸を放つ。

「きゃああぁぁぁアァッ・・・・・!」

 一発目は飛んでくる針を打ち砕き、二発目はシェリエッタの右腕を打ち抜いていた。

「うう、う・・・」

 泣き呻いてくず折れるシェリエッタを、キャルは見下ろす。

「私、貴女のことが、今でも大好きよ。オムレツ、美味しかった」

 今日、彼女の店に行ったとき既に、シェリエッタはキャルが賞金稼ぎだと、恋人の仇であるゴールデン・ブラッディ・ローズだと、知っていたのだろうか。そうなのだとしたら、憎い相手に、あんな綺麗に笑いかけて、心の中で何を思っていたのか。

 キャルは熱くなる瞼をこらえて、すん、と、小さく鼻をすすった。

「どうするの?」

 剣を下げたまま、セインがいつの間にか側に立っていた。

「賞金首でもないし、警備隊に・・・?」

 心配そうなセインの瞳に、ひどい顔をした自分が映っている。

 キャルはまた泣きそうになって、誤魔化すようにふるふる、と、首を振った。

 




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