「出口は思い出したの?」
 キャルが後をついて来る。
「んー、思い出したっつーか、まっすぐ来たんだから、まっすぐ行きゃいいはずだ」
「ああ、そう・・・」
 脱力感に襲われるキャルだった。
「だいたい、ラゾワはどういう所から入って来たのよ?」
「ええと、お前さんたちを下ろしたところから、島の西側へ歩いて探索してたんだが、途中で縦に裂けた穴を見つけて、そこから入ったんだよな。最初は自然の洞窟かと思っていたんだが、進んでみてびっくりよ。いきなり四角く掘り抜かれた空間に出たんだからな」
 それなら、北東にあるカルド岬に出なくてもいいルートがあるということだ。
 死体なんかとご対面しなくてもすむかもしれない、そう思っただけでキャルは心底ほっとした。
「ねえ、キャル」
「うわあ!」
 いきなり耳元で声がして、ラゾワは危うくセインロズドを落としそうになった。
「な、なんだよセインの旦那、しゃべれんのかよ」
「あ。言ってなかったね。ごめん」
 剣に話しかけるというのは、妙な体験だ。
 さすがは聖剣というべきか何と言うか。
「さっきから思ってたんだけど、この地下ってもしかしてさ、小さな町になってるんじゃないかな?」
 地図を広げて、現在地を確認してみる。
 さっきよりずいぶん西に反れたような気がする。
「ラゾワが洞窟を見つけたのはどの辺り?」
「・・・この辺かな?」
 地図を見せれば、ラゾワが指し示した場所は、海賊船クイーン・フウェイル号とは、たいして離れていない場所だった。
 それに、キャルたちが落ちた場所から、カルド岬へ続く道と、ラゾワが辿って来た道の予想と、先程の闘技場を位置づける。
 これだけでは分からなかったが、もし、島全体の地下に迷路のような通路が掘られていたとしたら。
「何がしかの娯楽施設だったかもね」
 先程の闘技場がいい例だが、何故地下に潜る必要があったのか。
「遺跡には違いないけど、これだけのものがあって、港の人たちは気がついてなかったのかな」
「まあなあ。ただでさえ神聖な島にしちまってるから、用がなけりゃ上陸もしねえだろうし」
 こうやってよそ者の自分達が島に上がりこんでいるのだって、港の人々に知れたら快くは思われないのかもしれない。
「で、あんたたちはなんでこんなとこに来てんだ?まさか俺たちみたいにお宝目当てってんじゃなさそうだし」
「・・・やっぱりギャンガルドの手下だわよね」
 考えることが一緒だわ。
 ぼやきながらキャルは視線を逸らした。
「んだよ、それ」
「べつに?」
 誘拐されたとき、船の中で、この島へ行きたがる理由を聞かれたのを思い出した。
 ここにギャンガルドがいなくて良かったと思う。もしいたら、このままセインを持ち逃げされた可能性が高いと思われた。
 それを考えれば、ラゾワのほうがお人好しすぎて、変な話、信用できるのかもしれない。
 だからセインは自分の身を任せたし、キャルはそれに文句を言わなかったのだが。
「で?俺の質問には答えてくれねえの?」
 顔を覗きこまれて、キャルはむうっと頬を膨らませた。

 伝説の楽園エルドラド。

 そんなものを探しているなんて知れたら、笑い飛ばされるに決まっている。
 これでも馬鹿な探し物をしている自覚はあるのだ。
「私達が探してるのは、物じゃないもの」
 ボソリと言った。
「物じゃない探し物?何だそりゃ?」
「だから、何だっていいでしょ」
 キャルの頬はますます膨らんでゆく。
「・・・怒るなよ」
「怒ってなんかいないわよ別に」
「言いたくなきゃ別に聞かねえけどよ」
「あらそう。助かるわ」
 つれないキャルの態度に、ラゾワはひょいっと、彼女の顔を覗きこんだ。
「!・・・っと、危ないわね!」
「ラゾワ?」
 担いでいたセインをひょいと肩から外し、にんまりと笑う。
「やっぱ聞きてえな」
「はあ?」
 かしゃん、と、セインを壁に立てかけて、ランタンを床に置き、そのままどっかりと座り込んでしまった。
「ラ、ラゾワ?」
 セインが訝しげに声を掛けるが、ラゾワはにこにことキャルに笑いかけるばかりだ。
「あんたね・・・。何がしたいのよ、いったい?」
「へへへ。探し物が何か教えてくれるまで、セインの旦那を運ばないってのはどうだ?」
「ええ!?」
 髭面の大人がすることではないうえに、あんまりにも子供っぽい発想に、セインもキャルも、ある意味不意を突かれて驚いてしまった。
「・・・・ラゾワがセインを運ばなくっても、私が運ぶから別にいいわよ」
 キャルがセインに手をかけて、よいしょとばかりに持ち上げる。
「キ、キャル。カバンもあるのに僕もだなんて、無理だよ」
「うっさいわね。飛石とかに運んでもらうからいいのよ別に!」
「ていうか、ラゾワの目的って、飛石だよね?」
 なら、飛石を渡さなければいいだけではないだろうか。
「ああ、そうか」
 キャルよりも先にラゾワが納得した。
 飛石はキャルとセインに反応する。
 手招きをすれば側に寄ってくるし、追い払えば少し離れたところで静止する。
 それを見て、ラゾワが二人に隠れてこっそりと手招きしてみたが、ふわふわと無視されてしまった。
「最初にインプットされたのが、僕とキャルだからだろうね。鳥の雛の摺り込みみたいなものだよ」
 セインの説明に、ラゾワは眉尻を思い切り下げて、がっくりとうなだれる。
「じゃあ、そいつを貰って帰っても、誰も扱えねえってことじゃねえか」
「いや。周期があって、何日か経つと登録者をリセットしてしまうから、大丈夫だと思うよ。貴族や王族が使っていたものは大概その血族でなければ使えないようにしていたけど、これは一般用らしいからね」
「そんなこともできんのか?」
「そうだね、作る職人にもよるようだったけど」
 現在よりも八百年前の昔のほうが、文明が進んでいたのではなかろうか。
「でも、必要がないといえば必要がない機能だしね」
 それにしても、たいした技術である。

 ドン!

 キャルがいきなり発砲した。
「何だ?」
「シッ、黙って」
 少女に言われて、口をつぐむ。
 しかし、通路の奥は暗いばかりで、これといって変化がない。
 何があったか聞こうと、再び口を開こうとしたときだった。
「そこにいるのは誰?出て来なさいよ!」
 キャルが怒鳴った。
 しかし、暗闇は暗闇のままで、何かが動く気配もない。
「・・・人ではないかもしれないわね」
「何だって?また猛獣でも出てきたって言うのかよ!?」
 舌打ちと共に呟かれたキャルの言葉に、ラゾワは慌ててセインロズドを掴んだ。
「キャル」
「分かってるわ」
 セインの声に返事を返しながら、キャルが飛石を連れて、つかつかと歩き出す。
「え?おい?お嬢ちゃん?!」
 ラゾワが驚いてその後を追おうとすると。
 げいん
「うお!」
 妙な音と、妙な声が聞こえた。
「ほうら、やっぱり人間じゃなかったわ」
「そりゃないんじゃないかい?」
 壁の影から顔を出したのは。
「キ、キャプテン!?」
「おう」
 手を上げて答えるのは、どう見てもキャプテン・ギャンガルド。
 その人だった。
「な、何でキャプテンがいるんです?」
「昼間に出かけたっつうのにお前が夜んなっても帰ってこねえから、何か見つけたんかと思って探しに来たんだよ」
「へ?もう夜なんで?」
 どうやらラゾワは洞窟内に入り込んだせいで、時間の感覚がなくなっていたらしい。
 その海賊二人から、徐々に距離を離す人影が二つ。
「化け物がいたわ、化け物が」
「さ、行こうか?キャル」
 気がつけばセインはいつの間にか姿を元に戻して、ラゾワの手の中は空っぽだった。
「化け物って、俺のことかよ?相変わらずひでぇ扱いだなあ」
 ギャンガルドは愛想良く笑顔を作って見せる。
 この笑顔で、港町の女は一度にコロリと彼に惚れ込むに違いない、というような笑顔なのだが。
 ラゾワのランタンを手に、二人の海賊を置いて、キャルとセインはすたすたと行ってしまう。
「おおうい?」
「あ、ラゾワごめんありがと」
「その飛石はランタンのお礼代わりと言っちゃ何だけどあげるから気にせずもらっちゃって」
 すちゃっ、と、キャルもセインも片手を上げて、一瞬こちらを振り向いたかと思えばそんなことを口早に残し、後はひたすら離れて行ってしまう。
 ギャンガルドの笑顔光線は、この二人に効果はなかったらしい。
「こら」
 すたすたすた
「こらこらこら!」
 すたすたすたすたすた!
「待てって言ってんだろこら!」
「いいえ一言も言ってません。そもそも言われたところでイヤです」
「そうよ待ってたまるもんですか」
 ギャンガルドが二人の後を追うが、一向に止まる気配がない。 
「船に乗せてやったろうが!」
「誘拐したのはダレですか」
「言い訳にもなんないわね」
 すたすたすた
「タカの飯は旨かったろうが!」
「あれはタカの腕がいいからよ」
「自分の部下だからって恩着せがましく言うのはまさに恩着せがましいよね」
 すたたたた
「た、頼むから待ってくれ」
「嫌デス」
「まったくよ」
 泣く子も黙る天下の海賊王も、この二人の前ではかたなしである。
「出口が分かるのかよ!?」
 一瞬立ち止まろうとした二人だったが。
 てくてくてく
「自分で見つけるし」
「壁に沿っていけば出れないなんてこともないだろうし」
 また歩き出してしまう。
「うわあ、キャプテンが相手に全くされてねえ・・・」
 ぽかんと口を開けたままついて来てしまったが、滅多に見られない面白いものを見てしまった気がする。
「ラゾワ!」
「へい!」
「変な感想漏らすんじゃねえ」
 ぼそっと呟かれた。
 これは真剣に怒っているのかもしれない。
「あ、八つ当たりよ八つ当たり」
「イヤですね、大の男が八つ当たり」
「あっ、バッカお前ら!」
 火に油を注ぐ二人を止めようと、慌てて走り出す。
「ふ、ふはははははは!」
 だが、いきなりの大笑いに、ビクリと止まってしまった。
「ようし、楽しいじゃねえかこの野郎!」
 殺気立つ声音で凄んでみたのだが。
「いっつも人をおちょくっておいて今更楽しいとか言われても」
「ねえ?」
 二人の足はそれでも止まらなかった。
 ギャンガルドの左の眉が、ピクピクと引き攣り、海賊王は、大きく深呼吸した。
「この先でちょっと変わったモン見つけたんだがな?」
 なんだかヤケクソじみた言い方ではあったが。
 ぴた
 ようやく、キャルとセインの足は止まった。



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