「いったあああああい!」
「恥ずかしいことをさらりと言うんじゃないわよあんたって人は!」
「うう、だってほんとのことなのに」
「!!!!!!!」
 耳までか全身真っ赤になったキャルを見て、ラゾワは溜め息をついた。
「やべえ。天然だわ。こりゃ」
 天然のスケコマシ。
 八歳の幼児までも引っ掛けてしまう恐ろしさだ。
「と、とにかく、ラゾワがここにいるってことは、どこからか入ってきたって事よね?!」
 セインをげしげしと足蹴にしながらキャルが振り返ったので、急にふられた話題にラゾワはあわてて答えた。
「あ?ああ、この先の・・・・」
 そのまま自分の真後ろを振り返ったラゾワだったが、指そうとした指もそのまま、きょろきょろしたかと思えば沈黙してしまった。
「・・・なんなのよ?」
 キャルはそこでようやく、ホールの中を見渡した。
「ねえ、ラゾワ」
「はい?」
「扉が三つあるわね」
「へえ、そうですねえ」
「・・・・・」
 今度はキャルまで沈黙してしまった。
「え?ちょっと待ってよそれじゃあラゾワ、君ってもしかして」
 二人の様子に事態を察したセインが、早口でまくし立てた。
「えへへへ、そのとおりで」
 がいん!!!
 脛を抱えて飛び上がったラゾワを、キャルは無視してセインに向き直った。
「迷子になったわ」
「・・・・・ははは」
 三つ扉があるうちの一つは、セインたちの背面に。
 もう二つは、右側と左側に。
 ちょうど丸いホールを三等分する位置に、それぞれの扉があるらしかった。
「どっちから自分が出てきたか分からないなんて、すでにボケてんじゃないの?」
「人を蹴りつけておいて、そりゃないよ、お嬢ちゃん」
 脛を撫でているラゾワは涙眼だ。
「とにかく、ここにいても仕方がないんだから、どの扉か選ばないと」
 今まで微かな風の気配をたどってきていたが、このホールの中では半球形をしているためか、空気そのものが円を描くように循環してしまっていて、流れの本元を辿れそうにない。
 扉も、セインが壊してしまったもの同様、残りの二枚も木製の、平凡な、特にこれといって特徴のないものだった。
「壁はあれこれ装飾してあるのに扉はシンプルってどういうことよ?」
「とりあえず両方開けてみたらいいんじゃねえか?」
 ラゾワの提案に、キャルはむうっと頬を膨らませた。
「じゃあラゾワ開けてよ」
「えええ〜?」
 開けて何かが飛び出したらどうするのか。
「あ、それはちょっと待って?」
 ホールの中央まで出ていたセインが、天井を見上げながらキャルとラゾワを引き止めた。
 セインは飛石を天井付近まで飛ばして、首を傾げながら何か考え込んでいるようだった。
「どうかしたの?」
 側へ駆けつけるキャルに視線を下ろし、セインは困ったような表情を浮かべた。
「ちょっとね、ここ、競技場だったみたいだから」
 彼が指し示す天井絵を見上げれば、何か巨大な獣と盾と剣を持った人間が闘いを繰り広げていたり、何がしかの武器を携えた人間同士が威嚇しあっていたりと、結構物騒な図柄が描かれていた。
 そうしてよくよく周囲を見渡せば、低い壁がぐるりと張られ、その奥は一見階段に見えるが、おそらくは観客が座るベンチなのだろう。
「競技場?・・・闘技場?」
「競技場かと思ったんだけど、これはどうやら・・・闘技場、らしいね」
 扉にばかり気を取られていたせいもあって、境目もなく張られた壁に気がつかなかった。
「でもよ、大昔の話だろ?もし猛獣が居たとしたって、とっくにおっ死んでんじゃねえか?」
 まさかといった体のラゾワだが、では、彼らギャンガルド一派は、あの怪鳥には出くわしていない、ということか。
 現在地上に残っている連中は定かではないが。
「セイン、カバンは持ってるわね?」
「うん。大事なものだからね」
 セインは両手を合わせて彼の本体を引きずり出し、キャルはカバンをセインから引き取って中身をチェックしだした。
「おいおい、大げさだなあ」
「僕らね、上でロックバードに会ったんだって言ったら、君そんなに悠長にしてられる?」
 セインが慎重に、右側の扉の周りを調べだす。
「ロックバードって、足が三本あって、やたら馬鹿でかいっていう?」
「うん。確かに三本、足があったわね。私の頭くらいの鈎爪だったわ」
 キャルが答える。
「いや、なんだってそんなモンがいるんだよ」
「ここを守らせるためだったみたいよ」
「でも地上での話だろ?ここは地下だし、さすがに、なあ?」
 今度はセインが答えた。
「あの天井画に描かれた獣。あれ、もともと洞窟なんかを好む猛獣だって言ったら?」
 描かれているのは三つの頭を持つ、黒く巨大な獣。
 その姿は犬のようで、性格は狼よりも獰猛な。
「ケルベロス。僕も、実物は見たことがないけどね」
「け、けるべろすだとう?」
 話の中でしか聞いたことのない幻の獣の名だったが、それと同様の生物であるロックバードが地上にいたというのなら、この地底にケルベロスなんてとんでもないものが生息していてもおかしくないと、この二人は言うのだろうか。
「変な発音しないでよ」
「だ、だってケルベロスっつったら」
 口から炎を吐き、動きは見た目どおり俊敏で、その牙は何でも貫き切り裂く。
「つがいで飼われていなかったことを祈るしかないわね」
 ふふん、と、キャルはラゾワを笑ったが、キャルもケルベロスなんかとはち合わせはごめんだった。
 もし、つがいで飼われていて、この途方もなく広いだろう洞窟の中で繁殖なんかされていたら、たまったものではない。
「最悪ケルベロスだとしても、他の獣かもしれないしね?」
 慰めるようにセインが二人に話しかけるが、ケルベロスでないにしても、相手はこんな闘技場で使われるような獰猛な何かなのだから、とにかくこの国が滅んだときに、一緒に滅んでいてくれていることを祈るだけだった。
 右の扉を調べ終わったセインが、左の扉を調べようと、飛石を呼び寄せたときだった。
「・・・なんか、生臭くない?」
「・・・脅かすなよ、嬢ちゃん」
「・・・とりあえず右の扉には近寄らないでね?」
 セインが二人を振り返って、えへへ、と笑った。
「て、どういうことよそれ!」
「右は獣の毛がついてたりとか端っこに爪痕があったりとか、そういうことだよ」
「じゃあ、左は?!」
「それを今から調べようとしてたんだけど・・・」
 カリカリカリ
 爪で木を引っ掻くかすかな音が、ホールに響いた。
「い、今、かりかりって、いわなかったか?」
 ラゾワが、思わず後ずさった。
「ラゾワ君、よく出てこれたよねぇ」
 コフッ、コフッ
 左の扉の向こうから、何だか鼻息まで聞こえて来た。
「右も左も、獣用の扉だったってことだね」
「んな悠長なこと言ってる場合か!」
 この男が本当に、はるか昔のこととはいえ、騎士で、軍師で、剣の使い手で、ひとつの国を滅ぼしたものなのか、ラゾワは疑いたくなった。
「ガアアアアアア!」
 びりびりと、鼓膜が破れそうな咆哮と共に、巨大な身体が扉を吹き飛ばして宙を舞った。
「げえ!」
 白い体毛に巨大な牙。
 輝く眼光は赤。
 それはケルベロスではなかったとはいえ、一同を震撼させた。
「サーベルタイガーって、んなのありかよ!」
「実際ここにいるんだからしょうがないじゃない!グダグダ言ってないで走る!」
 後退しようにも、後ろの扉はセインが壊してしまっている。
 左の扉の奥には何がいるのか検討もつかない。
 下手をすればそれこそケルベロスが潜んでいるのかもしれないのだから、今サーベルタイガーが出てきた右の扉に駆け込むしかなかった。
「あんたほんとにどうやってここまで来たのよ!」
 キャルが叫ぶ。
「いいから早く!」
 セインが二人とサーベルタイガーの間に割って入り、白い獣と対峙する。
「セイン!伏せて!」
 キャルの言葉に、セインはサーベルタイガーから視線を逸らさずに、脇へと飛び退った。
 ドドドン!
 一瞬の閃光が三つ。
 ラゾワがキャルを見やると、片膝をついた彼女のスカートがひらめいて、ふわりと元の位置に落ち着いたところだった。
 その瞬間に、白い太ももに対のホルスターが、似つかわしくなく巻かれていたのが見えた。
 彼女の両手には二丁の短銃。
 ガアアアア!
 白い獣は銃声と光に驚いたのか、高々と後ろ足で立ち上がると、目を前足で擦る。
「今のうちよ!」
 掛け声にセインはそのままラゾワをタックルよろしく引っ掛け、キャルと共に扉へ走りこむと、後ろ手に扉を閉めた。
「うわ、生臭!」
 セインに引っ掛けられながら、ラゾワが鼻を手で覆った。
「うわあ、右でも左でも一緒だったみたいだね?」
 走って行くと、三叉路に出くわした。
 片方を覗いてみればどうやら先程の左側の扉に繋がっているらしい。
「あんた本当に、どうやってここに来たのよ」
 見上げるキャルに、ラゾワは首を捻る。
「急いだほうがいいみたいだよ?」
 走りながら後ろを振り返れば、暗闇の向こうから白いものがうっすら見える。閉めた扉はあっさりと破られたらしい。
「警戒してちょっと間を置いているけど、間違いなく追って来てる」
「ううう、俺よく無事だったなあ!」
 飛石が照らし出す範囲はせいぜい五メートルといったところか。
 さすがに獣の通り道には壁画は描かれていない。
 ひたっひたっひた
「やばい!」
 身の軽い獣特有の足音が、背後から忍び寄ってきていた。
 安全と決めたのか、サーベルタイガーが追って来ている距離を縮めたのは、間違いがない。
 三人は走る速度を速めたが、それで野生の獣から逃げおおせるものではない。
 距離はすぐに縮まった。
「セイン!」
 キャルの声と共にラゾワを伏せさせる。
 ガウン!
 一発の銃声。
「ガア!ガアアアア!」
 続けて獣の咆哮が上がる。
 片目から血を吹き出し、白い猛獣は雄叫びを上げて数歩後退る。
「うわ、この暗いのによく当てる!」
「的がでかいからね!走って!」
 再び、一斉に走り出した。
 獣は前足で地面を引っ掻き、更に三人に向けて鋭い眼光を放った。
「ウオオオオオオオ!!!」
 今までとは違う声は、明らかに怒りを表していた。
 ガキン!
 あっさりと一跳びで追いつき鋭い爪を突き立てる。
「セイン!」
「僕はいいから、早く!」
 ぎりぎりと、自らの剣でその爪を受け止め、サーベルタイガーと力勝負に持ち込む。
「ちょっとラゾワ!どうやってここに入って来たのかくらい、さっさと思い出しなさいよ!」
「まままま、待て待て待て!」
 キャルに襟首を締め付けられながら、ラゾワは必死に記憶を辿る。
「ガウ!」
「!」
 サーベルタイガーの牙が、セインの肩に食い込んだ。
「セイン!」
「そうだ!」
 キャルが叫ぶのと、ラゾワが叫ぶのとはほぼ同時だった。
「旦那!こっちだ!」
 ラゾワが後方を指差す。
 ドン!
 キャルが威嚇に銃を鳴らすと、サーベルタイガーが、びくりと力を緩めた。
 その隙をついて、セインが力任せに獣を横薙ぎに払う。
 その際、肩の肉をいくらか持っていかれたが、それに躊躇している暇はなかった。
 すぐに体勢を立て直したサーベルタイガーは、再びセインの肉を喰らおうと襲いかかって来る。
 ドン!ドン!ドン!
「ギャウウウン」
「しつっこいのよ!」
 キャルの銃撃がサーベルタイガーに命中するが、全部が当たったわけではない上に、玉切れ寸前だ。
 弾丸を込めている時間がない。
「こんなことならカートリッジ式のほうにしとくんだったわ」
 舌打ちをしながらセインへ駆け寄り、彼を支えようとするが、なにぶん身長差があって上手く出来ない。
「何やってんだよ、ほら!」
 ラゾワがセインに肩を貸す。
「悪かったわね」
「こんな時こそ頼ってくれよ」
 悪ぶれるキャルにラゾワがウィンクを返した。
「すまない・・・」
「いいって事よ」
 素直に詫びるセインに、ラゾワは肩に手を回させながら笑いかけた。
 暫く走ると、鉄の柵が見えた。
「ちょ、行き止まり?!」
 驚くキャルに、ラゾワは笑ってみせる。
「違う、こっちだよ」
 ラゾワが顎で示す先に、鉄の扉が見えた。
 が、キャルには重くて押し開けられない。
「グルルルルル」
 そうこうしている間にも、獣の唸り声が迫ってきていた。
「ああ、くそ、持ってろ!」
「きゃあ!」
 セインをキャルへ放り投げると、ラゾワは自分のランタンを足元に置いて、鉄の扉に取り付いた。
 二の腕の筋肉が盛り上がる。
 ギギ、ギギギギイイイイ
 錆び付いた嫌な音と共に、扉が押し開かれる。
 自分の身体を捻り込んで大人が入れる大きさが確保できたか確認すると、ラゾワが手招きした。
「早く入れ!」
 まず、キャルはカバンをラゾワに放り投げた。
 次に、重いセインを引きずるように、彼女の身体が扉の中に入った時だった。
 たん!
 軽快な音と共に、白い影が躍った。
「きゃあああああ!」
「いけねえ!」
 サーベルタイガーが、まだ扉の中に入りきらないセインの身体に圧し掛かった。
 とっさに、ラゾワはセインの剣を引っつかんで、サーベルタイガー目掛けて突きつける。
「ガア!ガアアアアアア!」
 怒れる獣は、その切っ先を払い落とそうとするが、ラゾワはそれに負けじと拳を突き出した。
 どごん!
 アッパーカットの要領で、サーベルタイガーの顎に、ラゾワの拳がめり込んだ。
「がは!」
 さすがによろめいた獣に、ラゾワとキャル、二人がかりでセインの身体を扉の中へと引き込んだ。
「ガアアア!」
「うひゃあ!」
 ドン!
 キャルが発砲した。
「キュウ!キャウウウ!」
 サーベルタイガーが数歩後退する。
 「今よ!」
 二人は懸命に扉を閉めた。
 ガチャン!
 閉まったと同時に、ドゴン!という鈍い衝撃が伝わった。
 ドカン!ドゴン!
「体当たりしてやがる」
「ほんとにしつっこいわね!」
 急いで鍵を閉めたが、それでも安心は出来なかった。
「セイン!」
「あ、ああ、ごめん。大丈夫だから」
 そうは言うものの、彼の肩は引き裂かれ、身体のそこかしこに切り傷が出来ていた。
「立てるか?」
「まあ、ね」
 ビリビリと、自分の着物の一部を割いて、包帯代わりに肩に巻きつける。
 キャルがそれを手伝うが、その間にも、布は血でじわりと滲んで行く。
「肉ごと持っていかれたからね。・・・参ったな」
 切り傷のほうはなんでもないようだったが、肩の傷はひどい有様だ。
「まあ、これで一安心だろ。来たときにゃ分からなかったが、多分ここが、あれを世話する奴が使うための通路だったんだろうな」
 辺りを飛石で照らし出してみれば、壁画とまでは行かないが、簡素な装飾に色付けがされていた。
「多分、あの鉄の柵の奥に、まだいるんだろうね」
 たった一頭で生き延びていたとは思えない。
 それに、小さな国だったとはいえ、セインはこの国の存在を知らなかった。
 使われている言葉は古代語。
 いつから滅び、ここの生き物はいつからここで、命を繋げていたのか。
「あの柵の奥は、たぶん元々猛獣を飼っておくためのものだったんだろうさ。やあ、それにしたって俺、本当によく無事だったよな」
 ラゾワは鳥肌の立つ両腕をさすった。
「というか、君があれを起こしてしまったんじゃないかな」
 よろよろと立ち上がりながら、セインがつぶやいた。
「へ?」
「あの手の獣は耳と鼻が格段にいいからね。それに普段はあんまり身動きしないんじゃないかな。もともとサーベルタイガーは夜行性ではないからね。ここで生まれ育って進化したとも考えられるけど、多分、獲物の気配がしたときだけ、ああやって活動をする」
「なんだ、結局ラゾワが悪いんじゃない」
「お、俺が悪いのかよ?」
 情けない顔をするラゾワに、セインは笑って答える。
「君が悪いわけじゃないよ。こうして逃げ場を思い出してくれたわけだし、それを言ったら、生き物をこんな地下に閉じ込めて、そのままにしてしまったこの国の人たちだろうね」
「そりゃ、そうだけどよ」
 申し訳なさそうなラゾワに、セインは溜め息をつく。
「本当に、海賊だとは思えないくらいお人好しだね」
「あんたにだけは言われたくねえなあ」
 さらに情けない顔になった。
「とにかく進むわよ。いろいろ調べ物もあるけど、一旦外に出てからだわ」
 キャルが飛石を引き寄せて、弾丸を込める姿を、ラゾワはセインに肩を貸しながら、まじまじと見つめた。
「?何よ」
「いや、お嬢ちゃんの武器は旦那だと思ってたからよ」
 ラゾワに指を指されて、セインは不服そうだ。
「人を指差すものじゃないよ、ラゾワ」
「ああ、わりい」
 そんな二人の会話にくすくす笑いながら、キャルは器用に銃をくるくると回して、構えてみせた。
「悪いわね。私の本職はこっちなの」
 剣はセインと知り合ってから使うようになったと言って、キャルが先を歩き出す。
「小さいからリーチで負けちゃうのよね」
「ああ、それなら拳銃なんかは関係ないしな」
 合点がいったように、ラゾワが首を縦に振る。
 それにしても射撃の腕前といい、出会ったときに垣間見せた剣技といい、大の大人顔負けだ。
 剣に至っては、セインと出会ってからというなら、始めて三ヶ月そこそこということになる。
 それであそこまで使いこなすのだから。
 セインの教え方が上手いとしても、もう神業に近い。
「やっぱ末恐ろしいや」
 もしかしなくてもこの二人、最強のコンビじゃないだろうか。
 出会ったときに見たキャルの剣の腕前を思い出して、ラゾワは身震いした。
「うお?」
 急に、セインを支えていた左肩が重くなった。
「う、ごめん。ラゾワ」
 見ればずいぶんとセインの顔色が悪い。
「おいおい、大丈夫かよ?」
 そろりと、セインを下ろして、壁にもたれかけさせる。
 呼吸が荒い。
「剣でもやっぱ怪我すりゃ痛そうだな」
「当たり前でしょ!」
 キャルに食って掛かられ、ラゾワは思わず頭をかばった。
「大丈夫?セイン」
 だが予想に反してキャルの拳は飛んでこず、彼女はセインの側で心配そうに肩の傷を見ている。
「ラゾワ、ごめん。ちょっと迷惑をかけるよ?」
「へ?どういうこった。別にあんたくらい運ぶの、わけないぜ?」
「それは、頼もしい」
 青ざめた顔でセインはそう言うと、目を瞑ってしまった。
 すると、彼の体の陰影があやふやになり、すうっと、その姿を消してしまった。
 残されたのは、先ほどまで杖代わりにしていたあの剣。
 どうやら剣になった自分を運んでほしいということだったらしい。
「本当に剣なんだなあ」
「何を今更」
 しみじみと、ランタンで照らしたセインロズドを眺めるラゾワに、キャルが呆れたように言う。
「私じゃ引き摺っちゃって運べないのよ。あんたがいてくれて助かったわ」
「そりゃ、どうも」
 剣のほうが人間よりは運びやすいのでその点では助かるが、何せ抜き身。
「・・・聖剣ってんだから切れ味は?」
「抜群にいいわよ?」
「・・・そうかい」
 どちらかというと、人間のままでいてくれたほうが良かったか、などと思うが、こうして人に頼むぐらいなのだから、肩の傷は剣でいたほうが楽なのだろうか。
「しょうがねえ」
 そう言うと、ラゾワは刃を外側に、峯を首に当てるといった格好で、肩にセインロズドを担いで、歩き出した。



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