第三章 「お嬢ちゃん!」 「ラゾワ!」 こちらを思いっきり指差しているのはあの髭面の。 「何でここに!?」 「いやあ」 えへへ、と笑う顔が、ラゾワの持つランタンに照らし出される。 「実はうちらもこの島に用があってね」 「ほんとに?」 「セインを追って来たわけじゃなくて?」 後頭部をこりこりと掻くラゾワに、二人はじっとりと半目で睨みを利かせる。 「な、何だよ、本当だって!俺たちが探してんのは青くって丸い・・・・・」 セインとキャルの眼光に怖じ気づいて、数歩下がったラゾワだったが、急に目が一点に釘付けになった。 「あーーーー!!!!」 いきなりの怒鳴り声に、キャルとセインは耳を塞いだ。 「な、何よ!」 「そそそそそそそそ、それ!!!!」 「は?」 ラゾワの指がこちらへ向けて、びしいっ!と突き出される。 「あたし達が何したっていうのよ?!」 「お嬢ちゃんたちじゃなくって!」 よく見れば、自分達より少々斜め上方に、ラゾワの指は伸びている。 「ああ、これ?」 キャルが飛石を手に捕まえると、ラゾワはもう大騒ぎになった。 「お嬢ちゃん、これどこで見つけた!?」 「なあに?あんたたちの探しモンってこれだったの?」 ラゾワは大きくうなづく。 「港でキャプテンが面白い話を聞きつけたって言って、皆で探せって事になったんだよ」 話すにつれ手振りが加わり。 「それがなんだかメチャクチャ珍しい代物だって言うじゃねえか。はるか昔の伝説の石だとか、青く輝く水晶だとか色々言われはあるみてえだけどよ」 身振りが加わる。 なんだか見ているほうが疲れる。 「浮き石って、今は言うの?」 「ぷかぷか浮いてっから浮き石ってんだろ?」 「いや、僕らの頃には、飛石って呼んでいたんだけど」 「どっちにしたって同じじゃない」 「・・・・・え?」 キャルが、話が長くなりそうだと、しゃがみこもうとした時だった。 ラゾワが一瞬、眉間に皺を寄せて考え込む。 「セイン、あんた今、何つった?」 「?・・・僕らの頃には?」 「その次だよ!」 「飛石?」 「って呼んでただ?」 ずいっと、ラゾワに胸倉を掴まれる。 妙に凄む彼に、セインは何か悪いことでも言ったかと思ったが、石の呼び名を言っただけで、胸倉を掴まれて凄まれてしまうような事をした記憶はない。 「う、うん。そう呼んでいたっていうだけで。ねえ、僕何か悪いこと言った?」 「そこだ!」 「うわあ!」 胸倉を掴まれたまま、今度は思いっきり眼前に指まで指されて、とうとう両腕を上げて降参のポーズをとった。 「うが!」 奇声を上げたラゾワが、急に脛を抱え込む。 「ちょっとラゾワ。セインが何かしたかしら?」 「キャル」 「お、お嬢ちゃ・・・」 涙眼のラゾワを見下すキャルの瞳は冷たくて、抵抗するのも恐ろしい。 「いや、セインの旦那が浮石のことを、飛石って呼んでいたって言うんなら、昔はそれなりにたくさんあったって事になんだろ?」 涙眼でラゾワが弁解をするが、キャルは片眉をぴくりと跳ね上げただけで、その氷のような視線は変わらない。 正直、怖い。 「だ、だから、たくさんあるんなら、もっと探して見つけ出せば面白いことになるんじゃねえか・・・と」 「ああ、そういうことか。確かに僕がまだ剣になる前は、たくさん見かけたね」 ぽん、と手を打つセインの顔を、今度はキャルとラゾワが、二人でまじまじと見つめた。 「な、何?」 「セインが剣になる前って・・・」 「そりゃ旦那、どういうこった?」 「あー・・・」 セインは口が滑ったとでもいうように、口元を押さえた。 「うーんと、ここだけの話にしてくれるかな?」 「・・・セイン?」 不安そうに、大きな瞳を歪めるキャルに、セインは笑ってみせる。 「そうだね、君にはもっと、早く話しておくべきだったのにね」 その声に、キャルは急に、セインの話を聞いてはいけないような気がした。 「無理に言わなくってもいいのよ?ここには部外者も約一名いることだし」 何も今説明することではない。後で落ち着いたときでも良かった。 二人の秘密にしておきたい話になりそうだと、キャルは思う。 「あ。お嬢ちゃん俺を仲間外れにしようとしてる」 「最初っからあんたは仲間外れよ」 そう、今ここにいるラゾワから、セインの秘密に関わる事柄が外に漏れでもしたら。 ギャンガルドに囚われたときに引き出してしまった、あの恐ろしい想像が脳裏を過ぎった。 もし、もしセインが、キャルの手の届かないところへ行ってしまったら。 知らず、手が震えだす。 「大丈夫だよ、そんなにたいしたことじゃない。・・・キャル?」 そっと、セインがその大きな手で、震える手を包み込んでくれる。 「なんだか知らんが、俺が聞いたらヤバイ話か?」 キャルの震えを見て、ラゾワは心配になったのか、二人をおずおずと見やる。 「んー、君は前科があるからね」 「セインの事をギャンガルドにちくったのは昨日の話よね?」 セインはにっこりと、キャルは無表情に。 しかし声音にはちくちくと、見えない棘が生えていた。 「だ、だってあれはよう、別にセインの旦那があの大賢者セインロズドだって分かって報告したわけじゃなくってよう・・・」 逃げ腰に語尾が段々しどろもどろになって、最後に至っては聞き取れないくらいに小さい。 「分かってやっていたことだったら、ラゾワっていう人間は、とうに海の藻屑だったわね」 嘘ではないと告げる眼に、ラゾワは冷や汗が背中を伝い落ちるのを感じ、ごくりと唾を飲み込んだ。 「キャル、そこまでにしてあげなよ。ラゾワが困ってる」 セインの助け舟に、ラゾワは首が千切れんばかりに何度も頷いた。 「それに、知られてもたいしたことじゃないから。僕が今まで言い辛かっただけで」 「・・・そう?」 「うん」 セインの説得に、キャルは小首を傾げてちょっと考え込むと、ふうっ、と息を吐いた。 「なら、いいわ。話、してくれる?」 「うん。どこから話そうか。そうだな。昔、この国が興るよりも更に昔に、一人の愚かな騎士がいたんだ」 セインの話はおよそ八百年の歳月をさかのぼった。 八百年といえば現在のこの国の元になる国が、醜い争い事を繰り返していた頃の話だ。 途方もない昔話である。 「この国はひとつに統合される前、二つの国に分かれていたのは知っているよね?」 ひとつの小さくて豊かな国と、ひとつの大きくて力のある国があった。 回りの国々から身を守るため、小さな国は自然を利用して、国そのものを巨大な要塞にしていた。 北には剣峰ロックガンド山脈。 東に大河グリースブルー。 南にダレス大湿原。 西にグレイトガウン樹海。 これらはなかなかに攻略し難い上に、豊かな自然は豊かな富をもたらした。 大きな国はこれを嫉み、小さな国を力任せに滅ぼしてしまおうと考えたが、浅はかな考えは身を滅ぼすに至り、小さな国にしっぺ返しを喰らって逆に滅びた。 「そんな話だったわね」 「へえ?俺は始めて知ったな」 この国の住人ではないラゾワは、たいして興味がなさそうではあったが、戦いの話となると耳をそばだてた。 その様子に苦笑しながら、セインは更に話を進める。 当時、小さな国には一介の、それこそ目立たないような、平凡な騎士がいた。 戦で武功をたて、落ちぶれた家を復興させるのが望みの、どこにでもいるような小さな存在だった彼は、やがて戦場で、稀に見る才能を開花させる。 数で負ければ地の利を活かし、兵器の性能で負ければ奇襲を仕掛け、助けが必要となれば隣国に自ら出向き、どんな不利な状況でも必ず論破して救援を連れてくる。 そうして軍師としてほとんどの戦を勝利へと導いた。 それだけではない。 前線には先陣切って先鋒を勤め、武芸にも秀で、そんな彼を兵達は慕い、自ずと彼に付き従うようになった。 そんな彼を、人々は英雄と呼ぶようになった。 「へえ、そんなすげえヤツがいたんだ。うちのキャプテンと、どっちがすげえかな」 「でも、今の時代には必要がない才能ね」 二人の感想に、セインは小さく笑う。 「でも、そんな彼も誤算があったんだ」 そんな男が、たった一度だけ、恋をした。 相手は母国の第一王女。 かたや英雄といわれど、落ちぶれた貴族の息子。 かたや小さいとはいえ一国の王女。 周りが、許すはずもない身分差だった。 騎士は戦った。 王女との仲を国王に認めてもらうために、必死になって戦った。 王女は自分のために、戦場へ自ら赴く騎士の身を案じ、王に泣きながら許しを請うた。 だが、それでも二人の仲は認められることはなかった。 やがて大きな国は騎士の活躍に倒れ、小さな国は大国となった。 そして二人の仲は国民に知られることとなり、国民は二人の婚姻を望む。 国王は恐れた。 騎士の才能と、国民の騎士への支持の高さに恐れ戦いた。 何せ、既にこのときには、数々の戦を勝利へと導いた騎士の豊富な知識とずば抜けた発想力から、彼は英雄以上の英雄という意味を込めて、別の呼び名が付けられていたからだ。どんな窮地にあっても、彼がいれば必ず勝利し、生きて帰れると。 自然に、兵士や国民の間で、彼の存在そのものが勝利への象徴となっていた。 一介の騎士が、国王よりも国民の支持を得るなど、あってはならないことだった。 「ケチな王様ね。結婚くらい許してあげればいいのに」 「そうは行かなかったんだよ。王女は国の第一王女で、王様には男の子供がいなかったんだ」 「ってえことは、あれか?王女と結婚したヤツが国の王様になるってえことか」 ラゾワが顎に手を当てて考え込む。 騎士と王女が結婚でもしたら、国の英雄が王になるのだから、国民は大いに喜ぶのだろうが・・・。 「そう。だから王様にしてみれば、今まで隣国に小さな国と馬鹿にされてきた分、大国の身分のある、できれば王族と王女を結婚させたかったんだ。そうすれば、強力な後ろ盾が出来る上に、成り上がりと馬鹿にされることもないだろ?」 「女だからって王位継承権が無いのが悪いのよ。さすが昔の話ね」 キャルがムッとして言い放つが、八百年経った現在でも、女性に王位継承権や国の首領になる権利の無い国は多い。 「まあね。それに、やっぱり騎士は騎士。どんなに武功を立てようが、王は彼の望みであったお家の復興を許さなかったんだ。そんなことをしたら、彼はますます力をつけただろうし、国民の心は王から離れていっただろうからね」 そして王は、騎士を貶める上手い手を考えた。 「負けた国の人々を、奴隷として扱ったんだ」 セインの眉根が寄せられる。 言葉を紡ぐことさえ苦しいようだった。 「それは酷い扱いだったよ」 石切り場や鉱山など、労働条件の厳しい場所へ送り込み、食べるものもろくに与えず、動けなくなるまで働かせた。 そしてそれを、騎士の提案として議題を通ったこととして、工作をしたのだ。 国民は怒り、王女は嘆き悲しみ、奴隷とされた人々は騎士を心の底から怨みあげた。 騎士は失脚した。 「何それ?皆今まで騎士を英雄と祭り上げておいて、誰もかれも彼を信じなかったっていうの?!」 キャルが叫んだ。 なんと単純なのか。それも、王の策略だというのに。 「そうだね、信じられないという人もいくらかはいたかもしれないけれど、ほとんどの人が、彼を罵倒したよ。親友でさえね」 人々は英雄が図に乗ったと思い込んだ。 ちやほやされて、何でもできると思い込んでいるに違いないと、彼を罵った。 それでも、彼は奴隷達を救おうと、色々と手を尽くしたが、もともと、彼が奴隷を作ったのだと、今更だと、協力してくれる人物さえいなかった。 それは、王が先に手を回していたからなのだったが、彼はそれでも王を糾弾することはなかった。 まさか王が仕組んだことだとは、夢にも思っていなかったからだ。 王は、自分達の結婚を、いつかは許してくれると信じていたからだ。 しかし、望みが叶うことはなかった。 騎士はやがて、国を出ることを決意する。 愛した人さえ自分を信用しなくなった。 守ってきた国民さえ、今や彼を英雄とも、騎士とも呼ばなくなった。 彼は深い悲しみに囚われた。 「文字通り、失望したのさ。自分と親しくしてきた者たちも、彼を愛してくれた人も、血を分けあった肉親でさえ、誰一人、自分を信じてくれる人がいなかったんだ。必要とされなくなったのだから、国を出ようと思うのも、当然といえば当然のことだろう?」 だが、王がそれを許さなかった。 惜しくなったのだ。 騎士の類稀なる才能が。 奴隷制度は王の手によって見直され、奴隷達は解放される。 騎士は奴隷という人種差別を強いた罪に問われ、幽閉されることとなった。 塔に閉じ込められ、王に智恵を貸すことを強要された彼は、頑なにそれを拒んだ。 やがて彼は狂気の中で、ひとつのことを望み始める。 一振りの剣になりたい。 そうしたら、誰にも支配されず、強要されることなく、人を信じることもなく、ただその刃に光を映しこんで、そこにあればいいのだ。 「剣の使い手だった騎士らしい考えだった。そうして、牢には一振りの剣が残された」 セインが話し終わると、ホールの中は静まり返った。 長い沈黙。 何かにすがるかのように、ようやく、キャルが震える唇をこじ開ける。 「セイン、その、騎士って・・・」 ひっそりと、セインは笑って応えた。 「騎士に、人々が与えた称号は、奇跡の大賢者、だったよ」 彼がどうやって剣にその身を変えたのかは分からないという。 ただ、飽くことなくそう願っていたのだと、そう言ってまた笑った。 「んな事が、あるのか?」 ラゾワも、顔が青ざめていた。 「僕が手を合わせると、その間の空間から剣が出てくるのは見ているよね。あれだって、普通じゃ考えられないだろ?」 ここにギャンガルドがいたら、どういう反応を示すだろうか。 「きっと、信じられないような顔をして、さらりと納得するのよ」 「ああ、キャプテンならそうだろうな」 御伽噺さえ信じると言うギャンガルド。 それを言うなら、目の前にいる大賢者セインロズドそのものの存在が、御伽噺だった。 「だってあんた、こうしてここに立っているじゃないか。剣になったって・・・」 「ああ、それはこの姿のほうが都合がいいからね。本体は剣なんだ。しいて言えばこの体は鞘なんだよ」 「物騒なことだな」 「まあね」 セインにしてみれば当たり前のことなのだろう、さらりとした彼の態度に、ラゾワは背筋が寒くなったような気がした。 「ああ、これで少しは重荷が取れた気がするよ」 「あたしは余計に重くなったわよ」 肩を押さえてコキコキと首を鳴らすセインに、キャルは恨めしそうに上目使いでねめつけた。 「・・・ごめん」 「いいわよ。しゃべってくれないことの方が辛いもの」 ふいっと、そっぽを向かれて、セインはやれやれと頭を掻く。 「とにかく、その頃にはこんな感じの飛石がよくあったんだ。これのおかげで、夜はガスを使わなくても明るかったし、戦場でも色々と役立ったよ」 「へえ、こんなのがごろごろとそこいらへんにねえ」 ラゾワの興味はすぐに飛石に移ったらしい。感心そうに青く光る石を見つめる。 「ごろごろと、まではいかないかな。これは一応精密に出来た機械だからね。とても高価なもので、持てるのはお金のある人たちだけだったんだよ」 飛石をいくつ持っているかを競うのは、貴族達のステイタスにもなっていたらしい。 セインは戦のためにそれを借り受けるのに、苦労した程だと笑った。 「あれ?てえと、あんたそのまま封印されてたってことか?」 思いついたように言うラゾワの、興味の移り変わりの速さに、セインはまた苦笑した。 「いや?僕が封印するのはまた後の話。それに、封印されたんじゃなくて、封印した、んだけどね」 「されたんでなく、した?そりゃどういうこった?」 「えーっと?」 セインはちょっと考え込むような仕草をして、もったいぶらせてから、にっこりと微笑んだ。 「それは秘密です」 「ああ?!」 がっくりと肩を落とすラゾワに、セインは楽しそうに言う。 「だって、この話まで君にしてしまったら、キャルと共通の秘密がなくなっちゃうもの」 「・・・乙女か、おめえは」 「どうとでも?」 にこにこと嬉しそうなセインに対して、キャルは耳まで真っ赤だ。 「あれ?キャル?」 心配そうに覗き込むセインの額を、キャルはグウで殴り飛ばした。 ごいんいんいんんんん・・・ 奇妙な音が、地下のホール内に反響した。 |
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