第四章

「何よ、変わったものって」
 うろん気に、キャルがギャンガルドを見上げる。
「俺には読めなかったんだが、どうやら古代文字っぽかったんでな。大賢者サンになら、読めるんじゃねえかと思ってよ」
 海賊王はにやりと、例の不敵な笑顔を張り付かせた。
「・・・あんたの目的ってそれじゃなかったの?」
 キャルが、ラゾワが抱え持つ、青く光る飛石を指さした。
「何だ??」
「あ、キャプテンこれ」
 ラゾワが差し出す青い石に、ギャンガルドは目を輝かせた。
「浮石か!?」
「へい。そこの二人にもらったんですが」
 ラゾワがキャルたちを見やる。
「浮石じゃなくて飛石。まあ、どっちでもいいんだけどね」
 セインが答える。
「もらったって、お前」
「ランタンと交換よ。私達、その石ランタン代わりに使ってただけだから」
 今度はキャルが答えた。
「ランタンとこいつじゃまるで価値が違うんだが、知ってんのか?」
「今はそんなことより、君の見つけたって言う、古代文字のほうに興味があるんだけど?」
「・・・・・・・・怖えから、微笑まないでくれるか?」
 にっこり微笑むセインに、ギャンガルドもにっこり笑ってみる。
 信用できないとばかりにセインもキャルも、警戒心丸出しだ。
 それを横から眺めるラゾワは生きた心地がしない。
 先ほどまで調子を崩されていたとはいえ、今はけろりと二人の正面に立つギャンガルドはさすがというのか。
「うう、ここにタカの野郎がいてくれたらなあ」
 あいつなら、この場を上手く取り繕ってくれそうなのに。
 気の良いコック長の顔を思い浮かべたら、一気に腹が減った。
 ぐううううう
「あ」
 体は正直だ。
「何今の」
 セインが振り向いた。
「俺の腹の虫だ」
「威勢がいいね」
「・・・そうだな」
 情けねえけどありがとう俺の腹の虫!
 一斉に注目された自分の腹に、ラゾワは感謝した。
 正直この三人のかもし出す険悪ムードは勘弁してほしかった。身の置き場所がないどころか洞窟内で逃げ場所もない。
「よし」
 ぽん、と、ギャンガルドが手を打った。
「とりあえず俺が見つけた部屋に行って、飯だ」
 うれしそうだ。
「飯って、あんた手ぶらじゃない。どこにご飯があるのよ」
「それはその部屋へ行ってからのお楽しみだ」
 にんまりと笑う。
 また例の、楽しんでいるあの顔だ。
 キャルはげっそりした。
 が。部屋、という言葉も、古代文字、という言葉も気になるのは確かなので、仕方なくギャンガルドの後についていくことになった。
「・・・本当に仕方なさそうだな?」
「だって仕方ないもの」
 その、ギャンガルドの言う部屋を自力で見つけるのも手だが、それでいつまでたってもここから出られなかったらシャレにならない。
 それに、セインの肩の傷も気になった。
 ギャンガルドの手前、意地でも剣だけの姿になるわけにもいかない。
 先ほども今も、結構無理をしているのではないだろうか。
「セイン?」
 見上げてみれば、心配ないよと、優しい笑顔が返ってくる。
 一度剣の形をとったから、大分楽にはなっていると本人は言うのだが。
 程なく。案外早くに、目的の場所にたどり着いた。
 長い廊下の両脇は、同じような扉が並んでいて、まるでホテルを連想させる。
「ここだ」
 着いた部屋は、回りの扉に比べて、結構頑丈そうな扉がついていた。
「・・・・で?」
「でって?」
「ご飯は?」
「この中だ」
「・・・・・・」
 当たり前だろう的な返事に、キャルはムッとする。
「あんた開けなさいよ」
 こういう男だ。
 絶対中に何かあるとみて間違いない。
「お?」
「お、じゃないわよ、一回この中開けてるんでしょ?」
「んー」
 のらりくらりと、ぐずるギャンガルドに苛立ちが募る。
「・・・何よ」
「実は開けてないんだなこれが」
「はあ?」
 では中にどうしてご飯があるなどというのか。
「あんた、お弁当か何かタカに持たせられたんじゃないの?」
「持たせられた」
「この中に忘れて来たんじゃなかったの?」
「忘れたってゆうかなんと言うか」
 忘れては来たのだ。
 この扉の中に。
 だが一度、閉めてしまったらびくともしないのだという。
 よくよく見れば、ドアノブに何か文字がびっしりと書かれている。目を凝らしてみれば古代文字のようだった。
 だから、セインがいればなあ、と思ったのだが、会えるとも限らない。
 仕方がないから暗闇に目が慣れた頃に、当初の目的どおりラゾワを捜し歩いていたらたまたま自分達を見つけた、ということらしかった。
「そういえば、ギャンガルド、ランタンとかランプとか、持ってなかったよね」
 この真っ暗な中、それでよく歩き回ったものだ。
「いやあ、それもこの中に忘れちまってよ」
 ばつが悪そうなギャンガルドに、セインは溜め息をついた。
「ちょっとどいて?」
 邪魔とばかりに海賊王を押しのけて、古代文字が書かれているというドアノブを解読にかかる。
「ええと・・・・・」
 セインがぶつぶつと読み始め、すべて読み終えると、自然に扉はカチャリと音をたて、キイイ、と開いた。
「開け胡麻みたいだな」
「鍵みたいなもんだからね」
 感心そうなギャンガルドに、セインはちらりと疑わしげな目線を送る。
「キミ、だいたい最初はどうやってこの中に入ったのさ?」
「開いてたもんだから普通に?」
「へえ?」
 最初から開いていたからつい中に入ってみた、とでもいうのか。
「そうだったとして、なんで忘れ物なんかしたのさ?」
 弁当ならともかく、照明具まで。
「慌ててたからなあ」
 そう言いながら、ギャンガルドはひょい、と部屋の中を覗いた。
 つられて、安全なのかと、残りの三人も中を覗く。
 ふわりと、飛石が先に中に入った。
 中は結構広い部屋だ。
 ちょっとした調度品が置かれていて、ベッドまである。
 しかしすべての家具が、華奢な彫刻を施されていたり、フリルの付いた小物が置かれていたりと、ちょっと女性向きの趣がある。
 宿泊施設のものにしては豪華ではあったが、何の変哲もない、といえば、何の変哲もないように見える。
 壁の向こうの、大きな肖像画の女性が、きれいなドレスを着て、柔らかく微笑みかけていた。
「あ。弁当発見」
 ラゾワが部屋の中心に置かれたサイドテーブルの上を指差した。
 ギャンガルドが忘れていったのであろう、火の消えたランタンと、丁寧に包まれた小包が見えた。
「あ!馬鹿!」
 コトリ、とラゾワが足を踏み入れた途端。
 肖像画の女性がカッと目をむいた。
「へ?」
 気付かずにラゾワは弁当とランタンを手にしていたが。
 ごうん、という音に反射的に身を屈めた。
 チチチチチチ!
「うおおおお?」
 小さな黒い物体が、大きな集団となって飛び交い始める。
「ラゾワ!」
 抜けそうになる腰を叱咤しながら、ラゾワは入り口へと這いずった。
「いていて、いて、いてて!」
 それでも見る間に、ラゾワの身体は黒く覆われて見えなくなる。
「ち!」
 ギャンガルドとセインが飛び出して、素手で黒い塊を掻き分け、ラゾワを引きずり出した。
 その間にも、三人はあちこちを噛まれる羽目になった。
「キャル!ランタンを!」
「今やってるわよ!」
 セインに言われるより早く、キャルはベッドのシーツを剥ぎ、鏡の前にあった青銅の大皿の上に、中の油をぶちまけて浸し、そこへ火をつけた。
 チチチチチ!
 辺りが炎に照らし出されると、小さな獣の大きな集団は、ばさばさと部屋から逃げ出し、通路の向こう側へと騒ぎながら消えていった。
「な、何だったんだ、今の?」
 服のあちこちを噛み切られ、ところどころ傷を作って、ラゾワは呆然としていた。
「吸血蝙蝠ね」
「ご名答だ」
 肩で息をしながら、ギャンガルドが言う。
「やっぱり油断がならないんだ」
 セインはぶつくさと文句を言いながら、油を出してしまって、火が消えかかってしまっているラゾワのランタンの代わりに、ギャンガルドがこの部屋に忘れていった方のランタンに、火を移す。
 景気よく燃える青銅の皿の上のシーツは、辺りを良く照らし出してくれていた。
 肖像画は最初に見たときのように、優しく微笑んでいる。
 吸血蝙蝠がたまたま瞳のところにいて、目を見開いたかのように見えただけらしい。
「ああ、びっくりした」
「すまねえな、まさかお前さんが足を踏み出すとは思わなくってな」
「ひでえっすよ、キャプテン」
 床に座り込んだラゾワに、ギャンガルドが笑いかける。
「まったく。部下を何だと思ってるのかって言う前に、私達を何だと思っているのかしらね?!」
「あー、それ、是非聞きたいなあ」
「いや、だから。・・・・・・・・微笑むなって。怖えから」
 と、口では言うものの、ギャンガルドはどこ吹く風、といった態だ。
「開いてたから入ったって言うのは本当だぜ?あれに襲われて部屋を出たときに、弁当とランタンを置きっぱなしにして閉めちまって、戻ろうと思ったらもう開かねえ」
 途方にくれても仕方がないから、とりあえずラゾワを探して通路を歩いていた、という、行動そのものが、確かにギャンガルドらしいといえばらしいのだが。
「無謀といえば無謀よね」
「んだよ、しっかり会えたんだからいいじゃねえか」
 あきれ返るキャルを尻目に、ギャンガルドが弁当の包みを開く。
「それは結果論でしょう。・・・ああ、もう。どうしたらこんなのが作れるのか今度聞いてみなくちゃね」
 キャルの目線はすでに、タカの弁当へと注がれている。
 ラゾワに至っては、今にも飛びつかんばかりである。
 話を聞くところによると。
「うへえ!助かりますぜ!何せ朝食っただけで、昼も夜も時間が分からなくって食ってねえんです」
 ということらしい。
「それにしても、一人二人分にしちゃ多いわね」
「おう。まあ、他の連中と、洞窟に入る前にはぐれたからな」
「・・・あんたの手下って、苦労してそうだものね・・・」
 その、はぐれたかわいそうな手下達の分は、キャルとセインで頂けるのだから、まあ、良かったのかもしれないが。
 弁当を食べ終わるまで、一同はとりあえずこの部屋で休息をとることにした。
「キャル、眠いなら寝てもかまわないよ?ちょうどベッドがあることだし」
「いいわ。寝ようにも寝られないもの」
 セインがキャルに睡眠をとることを勧めたが、寝ている間にセインを連れ去られそうな気がして、キャルは心配で目が冴えてしまっていた。
「俺なら大丈夫だぜ?少しは信用しろよ」
「今さっきあんなことした奴が、よくもぬけぬけしゃあしゃあと、そういうことをほざくわね?」
 キャルの視線は、片時もギャンガルドから離れない。
 こんな油断も隙もない奴の側に、自分達がいること自体が信じられない。
 本当ならさっさとここで分かれて、自分達は自分達で違うルートを辿ればいいのではないか。
 たとえ出口がカルド岬であったとしても、だ。
 だがしかし、やはりセインの怪我が気になった。
「キャル?僕のことなら気にしなくてもいいから」
「いいのよ、本当に眠気がおきないだけだから。あんたこそ、あたしのことは気にしなくてもいいわ?」
 セインが気遣ってくれるのは嬉しいが、セインにしてもギャンガルドが信用できないから人の形をとったままでいることは、良く分かっていた。
「さっきの吸血蝙蝠のことは謝るぜ?けどよ、吸血蝙蝠が中にいますって言ったら、開けてくれたかよ?」
「へえ?そこまでしてあんたは弁当が大事だったの」
 弁当とランタンを取りに来るだけで、なんで騙されなきゃならないのか。
「だって、腹が減るじゃねえか」
「・・・・・・・・・・・」
 キャルは殴りたい衝動をかろうじて押さえ込んだ。
「のらりくらりとこの男は!」
 いつか絶対に仕留めて、役場に突き出そう、そうしよう。
 そんでもってその金で豪遊して、好きなもん買い漁って、好きなもん食いまくってやる!
 心にそう誓う。
「それはそうと、キャプテン、これからどうしやす?」
 腹が膨れて満足したらしいラゾワが、腹をさすりながら聞く。
「うん?目的のものは手に入ったし、この二人にはこの部屋へ来てもらったし、後は外へ出るけど?」
「・・・ちょっとまった」
 妙に引っかかる言い方をするギャンガルドに、キャルは睨みを利かせた。
「この部屋に来てもらったって、どういうことよ?」
「・・・そのまんまだが?」
 ひく。
 キャルの頬が引きつる。
「もらったって、いかにもな言い方よねえ?」
 キャルがぎろりと、ギャンガルドを睨みつけた。
「何?ギャンガルド。君、そういうもったいぶった言い方良くないよ?用があるなら言ってごらんよ」
 二人のやり取りを見ていたセインが、まるで子供を諭すように言うので、海賊王は言葉に詰まった。
 見た目が自分より年上でも、三十路そこそこのギャンガルドは、何百年も生きているセインから見れば、実は子供みたいなものだった。
「・・・・・えっと?」
「うわあ、キャプテン子供みたいっすね」
 目が点になったままのギャンガルドに、ラゾワが追い討ちをかける。
「お前は早く飯食っちまえ!」
「へーい」
 おとなしくサンドイッチに手を伸ばすラゾワだが、キャルとセインは依然、ギャンガルドから視線を離さない。
「あー、別にまた騙そうってんじゃねえんだ。あんたらの探し物が何か、ずっと気になっててね」
「あ!それ俺も気になってやした!」
 ラゾワの賛同を得て、ギャンガルドは二人の視線を真っ向から受け止め、にやりと笑った。
 例の、あの不敵な笑みだ。
「その笑顔、嫌いなのよね」
「何でも知りたがるのは、悪い癖だよ?」
 そのギャンガルドの笑みを受け流して、セインもキャルも、いかにも嫌そうだ。
「大体、私達が探し物してるなんて、あんたに言った覚えがないんだけど?」
 腕組みをして、キャルがキラリと睨みつける。
「俺も聞いた覚えがねえな?」
「なら、なんで自信満々なのよ」
「ああ、そりゃ、ほれ」
 キャルを攫ってきたときに、キャルがギャンガルドにこの島で何か見たか聞いたことがある。
「ああ、あれ?あれがどうかしたっていうの?」
「あんまり必死だったからさ、ちょっと気になったわけだ」
「・・・それでどうして探し物なのよ」
 うさん臭そうに、キャルは海賊王をねめつける。
「浮石のことかと思ったが、お嬢ちゃんは物ではなくて、何か見たか、って俺に聞いただろ。ああ、こりゃあなんか、面白いなあ、と」
 それにプラス、大賢者・セインロズドのご登場で、この宝剣にかかわる何かだろう、と検討をつけたらしい。
「具体的に言ったらセインは関係ないわね」
 楽園なんてものが、武器であるセインとかかわりがあるわけはない。
 探しているのはセインのためだが、大賢者セインロズド、という宝剣とかかわりがあるのかと言われれば、それは関係がないのだった。
「じゃあ、やっぱり探し物してるんだ?」
 うれしそうなギャンガルドを、うろん気に見上げる。
「まあね。けど、本当に、あんたたちの興味をそそるようなご立派なお宝でもないし、お金にはならないし、触れることも出来ないものよ」
「なんだそりゃ。なぞなぞみてえだな」
「存在自体がなぞなぞみたいなものだもの」
 すでに探し物があることは、ラゾワに話してしまっている。
 適当に言って、適当にあきらめてもらおうと思ったのだが。
「キャル。探し物、見つかったかも」



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