「キャルを返してくれないか?」 高々に叫ぶと、男たちの間から、ひと際目立つ容貌の、背の高い男が現れた。 「あんたがあのお嬢さんの連れかい?」 「・・・貴方は?」 「俺はこの船の持ち主だが?」 睨み付けるセインをものともせず、男は自身の足元、すなわち船を親指で示す。 「そうですか。僕はセイン。キャルを返してくださいませんか」 あくまで少女の安全を確保したいのだろう。鋭い視線は用心深く少女の姿を探している。 「俺が気になっているのはあんただ。あんたの出方次第だな」 「出方とは?」 セインは一歩半だけ、左足を下げて身を引いた。 いつでも動けるようにするためだ。 「セインとか言ったな?噂の聖剣を、俺に引き渡してほしいんだが」 「交換条件ですか」 「そういうことだな」 セインは眼鏡のずれを直す。 きらりと眼光が鋭くなったのを、男は見逃さなかった。 「あんたが来てくれなきゃ、あのお嬢さんはサメの餌にでもするが?」 すう、と、セインの眼光が、さらに危険なものへと変わる。 「・・・僕を怒らせないほうがいい」 その言葉に、海賊たちは一斉に笑い声をあげた。 眼鏡をかけた、色白で、背は高いが線の細いセインが、自分たちをどうこうできるなどとは思えない。 セインは手の平を向かい合わせ、間に空間を作る。 その小さな隙間から、ずぶずぶと、始めは柄が。次第につばが出現し、最後に刀身が、彼の血と体液を滴らせ、ぬらぬらとした妖光を放ちながら、セインの手に握られた。 ざわめく海賊たちの中で、自称船の持ち主だという男だけが、ピュウッと口笛を吹いた。 ぱっと、セインの姿が消えた。 「ぎゃ!」 彼が立っていたすぐ右側から悲鳴が上がる。 キイン! 続いて、先ほど悲鳴を上げた、倒れこむ海賊の前方から、短剣が弾け飛んで、高い金属音を響かせた。 「野郎!」 気付いた一人がセインに切りかかるが、あえなくかわされ、代わりに柄で頭部を殴られて気絶する。 立て続けに二人がかりで右と上部から切りつけるが、セインは長身をひらりと舞い上がらせると、剣を軸に体を回転させて一人を蹴り飛ばし、着地ざまにもう一人の短剣を器用に剣先で弾き飛ばして、勢いのまま肘鉄を腹に食らわせた。 次々と倒れ始めた仲間に、海賊たちは殺気立った。 「お嬢さんが剣の使い手だとは聞いていたが、まさか剣自身が凄腕だとはね」 楽しそうに、船の持ち主は呟く。 「そこまで!」 響き渡った一喝に、全員が声の主を振り返った。 「キャル!無事だったんだね?!」 そこにいたのは、小さな手足を踏ん張らせて立っている、ふわふわの金髪の少女だった。 セインは周りの海賊たちを押し退けて駆け寄ると、キャルをぎゅっと抱きしめた。 ボカ! 「あ痛!」 セインに抱えられたまま、ちょうど彼の頭に手が届くのをいいことに、キャルは思い切りセインの頭を殴った。 「あたしを一人にするなんて!」 ぽかぽかと、小さな拳で何度も殴られて、セインの眼鏡はどんどんずれていく。 「ごめんよキャル、だからこうして来たじゃないか」 「遅いのよ!」 「小船を探すのに手間取っちゃって、甲板によじ登るのも大変だったんだ」 セインはキャルの小さな頭や頬を、何度も撫でる。 「もう、本当に来てくれないかもって思ったんだから!」 「ごめん、ごめんってばキャル」 ぐしぐしと、涙を溜めて、今にも泣き出しそうな少女を、一生懸命なだめる青年に、海賊たちはあっけに取られた。 「は!はははははは!」 大きな、まさに爆笑といった笑い声に、一同は振り返った。 「キャ、キャプテン?」 「は!こりゃあまいった!」 さも面白いと言わんばかりの、自分たちの船長に、海賊たちも戸惑い気味だ。 「気に入った!」 「は?」 男はびしっと二人を指差した。 「キャルだっけ?お嬢さん、エルグラント島に連れて行ってやろうじゃないか」 「は!?」 船長の発言に、海賊たちは顎が外れそうな勢いで、ぽかんと口を開けた。 「俺様は海賊王ギャンガルド。ちったあ、知れた名だが?」 男は自分の胸元と、船上にはためく船旗とを、交互に示した。 キャルはあわてて男の顔と、旗とを、何度も確かめる。 「あー!」 今度は大声を上げて、キャルが男を指差した。 旗に描かれるは黄金のマーメイド。 三又の槍を携え、王冠を手にした、海の女王。 この旗を持ち、大帆船クイーン・フウェイル号を駆る、海賊王の異名を持つキャプテン・ギャンガルドといえば、泣く子も黙る海賊の中の海賊だ。 しかし、キャルの口から出た呼び名は違っていた。 「賞金首一千万ゴールド!」 「え?そうなの?」 海賊といえば大概は国境を関係なく走り回る上に、それなりに海の治安も管理してくれるので、取締りなどの対象にはなれど、賞金首にされてしまうようなことはないのだが。 力を持ちすぎて、各国から迷惑がられて賞金をかけられてしまった。 ギャンガルドは、そういう唯一の海賊だ。 「キャロット・ガルム。またの名をゴールデンブラッディローズ。黄金の血薔薇といわれる賞金稼ぎが、まさかこんな子供とはね」 ギャンガルドはにやりと笑った。 「悪かったわね。みんな絶世の美女とか思うらしいけど、こんなお子様でがっかりしたでしょ」 キャルの肯定に、海賊たちは開いた口を更に開けた。 「ええええ!?こんなチビがですかい?」 あの、禿げた海賊がキャルを指差した。 「あなどるなよ?お嬢さんの剣技をここで披露してもらうか?おまえなんかあっさり真っ二つだ」 ゴールデンブラッディローズ。 その名に海賊たちはキャルとセインから距離をとった。 「さすがね。貴方の部下だけあるわ。ガラは悪くても、頭は回るのね」 セインの剣が届く距離ではないが、懐にはすぐに潜り込める。そんな距離だ。 「さっきも言ったが、俺はお前さんらが気に入った。こいつらは気にするな。癖だ」 さらりとそんなことを言われても、にわかには信じがたい。 「・・・物騒な癖ね。気に入ったって、私が賞金稼ぎである以上、貴方の首を狙うとか、そうは思わない?」 「この船の上でか?不可能だよ。俺の首を取って、それから?海の上でどうする?それに、俺の部下しかいない船上で、できるのかい?危険なのはあんたたちのほうだと思うがな」 いくら有名な賞金稼ぎと聖剣とはいえ、この船の屈強な男達を前に、それは不可能だろうと思われた。 「そうなったら、ここにいる全員蹴倒してでも陸に帰らせてもらうわ。それくらいの自信はあるわよ?」 海賊王の意に反して、不敵に微笑むキャルに、ギャンガルドはまた、面白そうにくつくつと笑った。 「やっぱり気に入った!どうだ?俺の船に乗っておかないか?ここで戦うのもいいが、どうせならタダで島に行ったほうがいいだろう?」 その申し出に、キャルは少し首を傾げて考えた。 その仕草はどう見ても八歳の少女でしかなく、とても賞金稼ぎには見えない。 お金なら、まだあるから、当分は大丈夫。ここで海賊を押しのけて小船か何か奪うにしても、場所もよく分からない上に、面倒くさい。 しかも小船で行くより大きな船のほうが快適だ。 おまけにあの海賊王の船だ。 見物するのも観光気分で楽しいかもしれない。 「決めた!ついてく!」 なんとなく、そう返事をするだろうと予測していたセインは、あきらめ気味の笑顔をつくった。 「キャル。彼らは僕が目当てだったって忘れてるでしょ?」 そのセインに、海賊王は答えた。 「喉から手が出るほど欲しいことは変わらないが、さっきのあんたら見てからじゃ、諦めるよりないな。五百年もの封印が解かれた理由ってのは、是非聞いてみたいがね」 「簡単さ。キャルが僕を起こした。それだけだよ」 微笑むセインに、ギャンガルドはにやりと笑った。 「さあ、話はまとまった!野郎ども!この二人は俺たちの客人だ!粗相のねえようにしやがれ!」 「おおう!」 意気のいい声が、あちらこちらから一斉に上がった。 それからは大変だった。 一気に盛り上がった船上は、船出の忙しさに嵐のようで、セインなどは有無を言わさず駆り出され、ロープ張りやら帆布を下ろしたりするのを手伝った。 ひと段落すると、今度は無事に出航できた祝いで、甲板はお祭り騒ぎとなる。 酒樽がいくつも運び出され、コックが腕を振るった自慢の料理が、テーブルから床の上から、所狭しと並ぶ。 柱と柱の間にはランプが吊り下げられ、巨大なイカ釣り漁船のようだ。 セインもキャルも、その騒ぎに呆気にとられて、ただぽかんと海賊たちを見ていた。 「・・・凄いわね」 「うん。僕も何度か船には乗ったけど、ここまでお祭り好きなのは始めてかな」 なんとなく隅によって、並べられた料理をなんとなくつまんでいると、あちらこちらから、同じ言葉が聞こえてくる。 「グラート!」 「わあ!」 その言葉が真横から発され、セインはびくりと肩を縮めた。 「な、何?」 キャルはキャルで、セインにしがみ付いている。 「おりゃあ、タカっていうんだ。お嬢ちゃんに挨拶したくってさあ」 よく見れば、酔っ払ったあの禿げ頭だった。 「主賓がこんなところにいちゃあ駄目じゃねえか。向こうへ来いや」 そう言って、ぐいぐいと二人を引っぱって、気が付けば甲板の真ん中に連れてこられていた。 そうなると、二人の周りにどんどん人だかりが出来てゆく。 まあ飲め、といってグラスを手渡され、なみなみと酒を注がれると、禿げ頭のタカが、高々と自分のグラスを持ち上げ、余った左手で、セインのグラスを持った腕を、わっしと掴んで持ち上げて、また言った。 「グラート!」 すると一斉に、周りの男たちも、グラスを高々と上げた。 「グラート!」 圧倒されてわけが分からないといった表情のキャルに、セインが笑いかける。 「大丈夫?」 「え、ええ。っていうか、グラートって何?乾杯みたいなんだけど」 「うん、乾杯とたいして変わらないかな?古代語なんだけど。感謝するっていう意味なんだ。まさかまだ船乗りの間で使っているとは思わなかった。伝統的なものになっているんだろうね」 「へえ・・・」 何百年も生きているだけに、セインは物知りだ。 余分なマメ知識も多いことは多いが、まだ八年しか生きていない自分には、その長い年月を、想像することさえ難しい。 こんな風に、彼が生きてきた長い時間を思わせる発言をされると、余計にそれが感じられた。 しかしすぐに、あれを食え、これを飲めと、次々と皿から瓶から差し出され、おかげであまり考える余裕がなくなった。 「よお、お嬢ちゃん。あん時はすまなかったなあ」 ぬうっと、二人の前に顔を出した髭面の男の腹に、キャルはいきなり、有無を言わさず拳をお見舞いした。 「お、おじょう、ちゃん、そりゃ、ないんじゃ・・・」 腹を押さえて男はうずくまる。 周りの海賊たちは大歓声だ。 「この連中の中で、あんたが一番私にとって不届き者だからよ」 港の街中で、先頭を切ってセインに絡んでいたのも、おそらくセインのことをギャンガルドに報告したのも、そして何より、臭かった魚の網にキャルを詰め込んだのも、この男だ。 騒ぎの発端はすべてこの男にあるといっても過言ではないだろう。 「すまなかったよ。俺はラゾワってんだ。一応この船の風読みを任されてる。よろしくな」 にしし、と笑って差し出された手を、キャルはうさん臭そうに見つめた。 「風読みがこんな所に居てもいいの?」 「お、おう!今は順風でな。しばらくは大丈夫だ」 セインが聞くと、出した手を握ってももらえないでいたラゾワは、助かったとばかりにセインを見上げた。 そこで。 「・・・兄ちゃん、でけえな」 しみじみと、セインの頭のてっぺんを見つめた。 ラゾワも、どちらかというと背が高い部類に入るのだが、それでもやはり、セインのほうが高い。 「いくつぐれえだ?」 ラゾワの質問に、セインは腕を組んで考えてみるが、思い出せないらしい。 「さあ?もうずいぶん昔に測ったままだから、覚えていないな」 その長身から、初対面で見た、小さなキャルに蹴りつけられていた姿は、中々に違和感があるかもしれなかった。 「お嬢ちゃんのほうは、こうして見てみると、なかなか別嬪じゃねえか。やっぱり俺の目に狂いはないね!将来はそこらの男が振り向かずにはいられないような美人になるだろうな」 「・・・そういえば、私たちを売り飛ばすとか言ってたわね」 髭の顎に手を添えて、キャルの顔をまじまじと観察する男に、キャルは嫌味臭く、わざと言った。 「ははは!ありゃあハク付けの嘘さ。人身売買なんぞ、うちのキャプテンが許さねえよ」 ようやく口を利いてくれたキャルに、ラゾワは笑った。 もともと、悪い男ではないのだ。 ガラが悪いだけで。 「あの時は、何で僕に声をかけたの?僕、金目のものとか、持っているように見えないと思うのだけど」 そういえば、と、思い出したようにセインが尋ねた。 「あ、う、いや、あれはだな、金目のものが欲しいとか、そういうんじゃなくて」 急に歯切れの悪くなったラゾワに、セインもキャルも首を傾げた。 事情を知っているのだろう、一部の海賊たちは野次を飛ばしたり、口笛を吹いたりしてラゾワをからかっている。 「だから、つまり、その」 「つまりその?」 「細身の別嬪が歩いてんな〜と・・・」 「・・・・・・・・」 顔を真っ赤にして答えるラゾワに、セインもキャルも目が点になった。 「ええ!?それってつまり僕を女の子と勘違いしたってこと?」 こっくりと、申し訳なさそうに頷くラゾワに、セインは耳まで赤くし、海賊たちとキャルは、堪えきれなくて笑い出す。 呼んでみたら男だったから、引っ込みが付かなくなって、とりあえず金をせびってみたらしい。 「僕ってそんなに女顔かなあ」 「ああ!いやほら!遠目だったし斜めから見たし!」 落ち込んでゆくセインに、ラゾワがあわてて言い訳をする。 「キャル、君笑いすぎ」 「ご、ごめ、だって、くくくっ、お腹イタ、た、助け、くぷぷっ」 たしかに線が細くて整った顔立ちのセインだが、女性に間違えられるとは。 「悪かったよ、あん時は」 「いいですよ、もう。悶着もありましたが、結果的にはキャルも無事でしたし、こうして島に乗せて行ってくださっているわけですから」 そう言って、笑ってくれたセインに、ラゾワは何度も詫びた。 |
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