「手加減無しだ。キャル、行くよ?」
 セインが地面を蹴って跳躍するのと同時に、メイドたちの腕が、一斉に二人を捕まえようと伸びてくる。それらの腕を次々と切り落としてゆく。
 が、元々生命を持たない、作り物の彼女達は、止まることを知らない。
 切られたままの腕を伸ばし、微笑みながら歯をカタカタと鳴らして突き進んでくる様は、まさにゾンビのようだ。
「ゾンビだって、見たことないけどね!」
 ガガン!ガン!
 キャルがセインを援護する。
 セインの目の前のメイドの頭が、キャルの弾丸で打ち砕かれたが、頭を半分なくしてもその動きは止まらない。
「キリがないわ!」
 セインの背後に回り、背中合わせに二人は呼吸を整える。
「脚を狙って!動けなくするしかないよ!」
 掴みかかってきたメイドの首をセインが刎ねたが、首のないままギシギシと襲いかかってくる。
 首の奥から、木製の歯車が見えた。
「自分で言ってるそばから何で頭なんか刎ねるのよ!」
「体勢的に仕方がなかったの!」
「気持ち悪いでしょうが!」
 ドドン!
 首のないメイドの脚を、キャルが打ち砕いた。
 ぐらりとバランスを崩して倒れ込むが、その場でバタバタと手をばたつかせている。
「どっちにしたって気持ち悪いよ!」
「ぎゃー!なにこれ最悪!」
 そのまま、動く両手でガサガサと這いつくばって迫って来る。
 他のメイド達の掴みかかってくる手をよけながら、セインは首のないメイドの、今にも自分の足を掴み取ろうと伸ばされた右腕を切断した。
 しかし今度は左腕が伸ばされ、間一髪でその腕も切り落とす。
 次いで、両手両足を無くし、首もないまま、血液の代わりに歯車やバネを飛び散らせて暴れる銅を串刺しにして、力任せにメイドの集団に投げつけた。
 数体が、その体の下敷きとなって一緒に倒れこむ。
「うわあ!」
 背後から髪を掴まれ、引きずり倒されそうになって、後ろ手にセインロズドを突きこんだ。
 機械仕掛けの人形は、脇腹を貫かれ、それでも歯をガチガチ鳴らし、力を緩めようとはしない。
 回転する歯車の振動が、生きている人間の鼓動のように、剣からセインの手に伝わった。
「セイン!」
 キャルがセインの髪を掴むメイドの腕を打ち砕けば、カタカタと笑いながらバランスを崩し、支えを失って倒れた。セインロズドの貫いた傷跡から煙が立ち昇るが、背中を地面につけたまま、ズリズリと地面を這っている。
 それを気味悪がる暇もなく、次々とメイド達が襲い掛かって来る。
 脚を切り飛ばし、腕を切断し。
 脚を打ち砕き、腕を打ち抜き。
 徐々にカラクリ仕掛けのメイド達は数を減らしてゆくものの、動くことをやめようとしない様は、屋敷の窓から漏れる光にうっすらと照らし出されて、大きな芋虫が蠢いているようだ。
「ここまでしつこいとはね」
「モテないナンパ男並みだわね」
「・・・・・・なにそれ?」
「どこか、原動力になっている部分を壊せればいいのだけれど」
 しかしそれがどこなのか調べている隙が無い。
「セインのマメ知識に無いの?!」
「マメってねえ?こんなのマメの領域超えちゃってるよ!」
 やたら長生きで、経験と多趣味が手伝って、めっぽう博識なセインだが、それを『マメ知識』と言ってしまうキャルだ。
「変なところで超えられないでよ!だいたい、セインが行方不明になんかなるから悪いんだわ!」
「うっ・・・」
 迂闊に連れ去られた挙句に売り飛ばされたのは事実なので、反論のしようがない。
「セインなんか、やっぱり引っこ抜くんじゃなかったわ!」
「ひどいなあ、もう」
 久々のキャルの口癖に、涙が出そうになって、セインはそっと眼鏡を直す。
 そんなことを言い合いながら、メイドの集団とは、きっちりと対戦している。おかげで、いかな痛みを知らない人形達でも、腕やら脚やらを傷つけられて、ギチギチと動きが鈍くなってきた。
 それでも二人にだって、体力の限界というものがある。
「まだいけそう?」
「年寄りは労わってほしいね」
 セインもキャルも、肩で息をしている状態だ。
「か弱い女の子をこき使うもんじゃないわよ」
「か弱いって、誰が?」
 余計なひとことを言って、足を踏みつけられた。
 言葉にできず、飛び上がる。涙が出た。
「どっかの年寄りよりはハイパー若いしぴっちぴちだわよ!」
「ううう、言ってみただけなのに」
 つい言葉にしてしまったが故に、痛い思いをするのはいつものことだ。
 セインも懲りない。
「そろそろカタをつけないと、本格的にヤバいんじゃないの?」
「かなりね」
 相手の動きが鈍くなったとはいえ、四方を囲まれている状況は変わらない。
「いいかげん何とかしないと」
 セインが退路を探そうと、視線を彷徨わせたときだった。
「みいーつけたあ」
 いつの間にか、キャルの背後に、お気に入りのテディ・ベア、メーブル・チャイダンを持った、あの少女がいた。
「ダメよ、キャルったら、こんなところで遊んでちゃ」
 驚いて振り向けば、出会ったばかりのときの、あの笑顔がそこにあった。
 美しく、可愛らしい。
 少女の華やかな微笑み。
「ゼ、ルダ?」
 キャルを追いかけていた彼女の面影はあっさりと消え去って、薔薇園での出来事が、まるで悪夢であったかのような。
「なあに?」
 小首をかしげる仕草も愛らしい少女。
 村で、とうの昔に亡くなってしまっていると聞いた少女。
「君は・・・?」
 セインが彼女に近づこうとしたときだった。
「あなたが、邪魔するのね?」
 ゼルダの表情が一変する。
「セイン逃げて!」
 キャルの悲鳴と同時に、ゼルダがテディ・ベアの中からナイフを突き出した。
 咄嗟に右腕で庇ったが、その腕をナイフが貫通し、少女の重みで体制を崩したまま仰向けに倒れた。
「セイン!」
 キャルが銃口をゼルダに向けた。
「私を、二度も打つの?」
 泣きそうな、大きな黒い瞳が、キャルを捕らえた。
 メイドたちの動きは、ゼルダが現れてから止まってしまっている。
 だが、いつまた動き出すか分からない。
 セインの腕からは、徐々に赤い血が滴り落ちる。
「キャルは、わたしを殺してしまいたいほど嫌いなの?」
 自分でも目に見えてしまうほど、キャルの手が震える。
 目の前にいるのは、いったい何だ?
「ゼルダ。あなた、人間なの?」
「・・・どういうことかしら。私は私よ?」
 にっこりと、押しのけようとするセインを押さえ込みながら、ゼルダが微笑んだ。
 とてもキャルと同じ年の少女の力とは思えない怪力で、セインの腕に突き立てたナイフを、さらに深く押し込める。
 眼前に迫った鋭利な切っ先を、セインは痛みで力が抜けてしまいそうな腕に力を込めて、辛うじて留めている。
 立ち上がる余裕すらない。
「セインから退いて!」
「なぜ?」
 きょとんと、心底分からないというように、ゼルダが聞き返す。
「あ、当たり前でしょう?!相棒をそんな目に合わされて、普通になんかしていられないわ!」
「相棒?」
「そうよ!ゼルダだって、ピーターを傷つけられたら、悲しいでしょう?」
「ピーター・・・」
「そうよ!」
 キャルの頬を、冷や汗がつたう。
「でも、この人がいる限り、キャルは私の友達になってはくれないのでしょう?」
 そう言って、ゼルダが微笑む。
 それは悪魔が人を誘い込むように、妖しく、どこまでも優しい、凶悪な微笑だった。
「この人が、私からキャルを取り上げるのよ」
 ナイフを突き立てる腕に、さらに力が込められる。
「う、あっ・・・・!」
 痛みに、セインが呻いた。




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