第四章

 しばらくして、ようやく屋敷の屋根が見えてきた。
 その様子は、前回訪れたときとまったく変わらない。
「普通に立派な屋敷なんだけどな」
 藍色の空に溶け込んで、森の木々の合間から見え隠れする屋敷は、時間的に不気味といえば不気味だが。
「使用人が一人しかいないのに、綺麗過ぎるのが変なんだ」
 屋敷がずいぶん近くに見えるようになってから、屋敷の壁や窓、植木に至るまで、綺麗に整備されていることに気が付いた。
 初めて来たときは、夜中に訪れたことも手伝って、気づきもしなかったが、外から見ても、この屋敷は、まるで全盛期のように美しく整えられていた。
「たった一人で、ここまでできるものなのかな?」
 一人で住むには広すぎる。
 ちょっとしたホテルでも経営できそうなほどに大きな屋敷。
 村人は、ピーターという使用人が屋敷をきれいにしていると言っていたが、それにしても。
 セインは、キャルと同じ疑問を抱いた。
 ちらりと、二階の窓に人影が動いた。
「ゼルダ?」
 一瞬、屋敷の当主と名乗った少女の顔を思い浮かべた。
 既に亡くなって、この世に存在しないはずの少女。
 しかし、影は少女のものよりも、成熟した大人のように見える。
「あれ?」
 では、あの影がピーターという使用人なのかと思ったが、屋敷に近づくにつれて、影はどう見ても女性のようにしか見えない。
「・・・あれはどう見てもスカートだよね?」
 見ていると、影は一つから二つへと増える。
「誰か来ているのかな?」
 しかし、動き方がいまいちおかしい。
「うきゃあああああああ!」
「!!!!」
 いきなり聞こえた金切り声に、セインは視線を屋敷の端、一番隅の垣根へ移動させた。
「キャル!」
 ちょっと間の抜けた悲鳴だが、あの声は間違いなくキャルの声だ。
 セインはランタンを咥えて手を合わせ、両手の間に空間を作ると、左の手の平からセインロズドを引きずり出した。
 己の体内から産まれた長剣を握り、迷わずに垣根の中へ突っ込んでゆく。
「キャル!どこだ?!返事して!」
 屋敷の裏庭から、玄関先までをぐるりと囲った低木は、キャルの姿を隠してしまっているようだ。
 ただでさえすっかり暗くなってしまっている。セインはランタンを持つ手を、精一杯高く上げた。
「セインのばかあーっっっっっ!!!!」
 屋敷の壁の向こうから、キャルの罵倒が聞こえた。
「なんで馬鹿なのかなあ」
 元気でいるようなので安心しながら、急いで声のした方向へ急げば、壁の途切れた角から、キャルが突進してきた。
 どすん
 思い切り体当たりされれば、いくらなんでもバランスを崩して当然だ。
 キャルもろとも倒れこんで、セインは地面へ後頭部を激しくぶつけることになった。
「はううっ!」
 目から星が飛び出した。
「いたた、って、セイン!」
 そのセインを下敷きにしているのだから、実際はそんなに痛くもないだろうに、キャルは顔を押さえながら飛び上がった。
 どうやら顔面からセインの腹に突っ込んだらしい。
「なんでセインがいるの?!」
「そりゃないよ。いたらダメなの?」
「だって、売り飛ばされたんでしょ?」
「・・・・・知ってたの?」
「さっきピーターに聞いた・・・・、セイン立って!」
 矢継ぎ早にお互い質疑応答をしていた二人だが、キャルが慌てて立ち上がると、セインの腕を引っぱって、無理やり立たせる。
 と、同時に、キャルが先ほど突っ込んできた角から、メイドの集団がぞろぞろと現れた。
 何事かと思う隙もない。
 二人の姿を認めると、一斉に襲い掛かって来たのである。
「うわあ、ちょっとなんなのこれ!」
「わかんないわよいきなりだったんだから!」
 先程の悲鳴は、このメイド集団のせいであるらしかった。
 雪崩れ込むように掴みかかってくる集団を、セインロズドで振り払い、ランタンとカバンをキャルに預け、走る。その最中、セインは視線を感じて、先ほど人影が見えた窓を振り仰いだ。
 窓が開け放たれて、そこから女が二人、顔を出していた。
 こちらを見て、笑っている。
 ぞっとした。
 室内からこぼれる光に照らされたその顔は、白く美しく。
 まるで、あの少女、ゼルダを成長させたような。
「キャル!早く!」
 近づくメイドたちを牽制しながら、後退をするのは至難の技だ。
「この人たち、この屋敷の使用人なの?」
「そのはずなんだけど、今まで見たことないのよね」
 ドドン!
 キャルが威嚇射撃をメイドたちの足元に打ち込んだ。
 一瞬、彼女達の足が止まる。
 その隙を突いて、セインはキャルのカバンを引っ掴んで、一目散に逃げ出した。
「とにかく屋敷から離れよう!」
 キャルがランタンを掲げて走ってくるのを確認して、カバンを片腕で脇に抱え、月明かりと、屋敷から漏れる明かりとを頼りに、今来た方向を辿り始めた。

 カシャン

 小さな音が聞こえ、そちらに視線を向ける。それはあの女達が顔を出していた窓だった。
 女がいない。
 そう思ったのと同時に、目の前に黒い何かが広がった。
 それがスカートであったことに気が付けば、あの女達が目の前に降り立っていた。
「窓から飛び降りたのか」
 女が、ゆっくりと立ち上がる。
 着ている服が、黒のジャンバースカートに白のエプロンであることに、その時になって気が付いた。
 それは、背後から迫り来るメイドたちと同じ。
「どうやら、彼女らも使用人のようだね」
 白く美しい肌に、結い上げられた艶のある黒髪。瞳は漆黒。
「ゼルダ?」
 キャルが驚きに、屋敷の主である少女の名を呟いた。
 振り向けば、同じ格好のメイドたちが、ゆっくりと近づいてくる。
 もう少しで屋敷から抜け出せる、というところで、メイドたちに挟まれる形で身動きが取れなくなった。
「ちょ、と・・・!何?これ」
 屋敷の窓という窓に灯りが灯されているために、メイドたちの顔が、白く浮かび上がった。
 近づいてきてようやく分かる。
 女達の顔は、みな同じだった。
 白い肌。黒い髪と瞳。
 ゼルダという、美しい少女が成長したような、美しい顔。
 そして一様に、優しそうに微笑んでいる。
 顔だけ見れば、それはまるで女神のよう微笑みだ。
「皆さん姉妹でいらっしゃる?」
「それはないわね」
 年も同じに見えるうえに、背の高さまで同じ。まるでクローンだ。
「でさあ、キャル?」
「こんなときに何よ間抜け大賢者」
 棘の生えたキャルの声に怯みながら、セインは剣を構えた。
「ゼルダはどうしたのかな?」
「屋敷の裏庭で撒いてから、見てないわ」
 撒いた、というのなら、彼女から逃げ出してこの状況に陥っているということか。
「ピーターっていう使用人は?」
「庭の真ん中で別れたわ」
 やはり、ピーターという人物はこの屋敷にいるのか。では、この同じ顔をした使用人たちのことも、彼なら分かるのだろうか。
「会えない?」
「無理ね」
 当たり前の答えが、間髪置かずに返ってくる。
「そもそも、なんでこんなことになっているのさ?」
「逃げてたら、地下室から出てきちゃったんだから仕方ないでしょ!?」
 良くは分からないが、メイドの集団は地下室から出てきたらしい。
「裏にロックガーデンがあって、そこで地面に扉があるのを見つけたのよ。そこからこの人たちが出てくるのを見ちゃったのよね。それで、最初の一人と目が合って」
 そのまま追いかけられているらしい。
「なんでロックガーデンなんかに行ったのさ!」
「あんたを探してたんでしょうが!」
「うわあ、ごめんなさい!」
 探してもらっていたとはつゆ知らず、思わず謝るセインだった。
 ガン!
 振りかざされたメイドの腕を、自分の左腕で受け止める。
 ガウン!
 すかさずキャルが銃弾を掠めさせれば、メイドたちは退いた。
 それでも囲まれている状況は変わらない。
「あの、さ」
「・・・言いたいことはなんとなく分かるけど」
「やっぱり、そうだよね?」
「あたし達の目が節穴じゃなきゃ、どう見たってアレはおかしいでしょ?」
 組み合ったおかげで、すぐ間近で見てしまった。
 彼女達の、白いブラウスの長袖の下に隠された、ほっそりとした腕は作り物だった。
「どういうことかしらねー?」
 思わず顔が引きつった。
 キャルが庭で見た、カーテンを閉めるメイドの腕。
 あの腕も、同じではなかったか。
「まさかとは思うけど、この人たち・・・」
 長いスカートに隠された足に、キャルは目をやった。
「うりゃ!」
 だだっと走って、いきなり目の前のメイドのスカートを、思いっきりめくりあげた。
 これには、メイド達も不意を突かれたらしい。一斉にギシリと、軋んだように動きを止めた。
「ふえ?!」
 目を丸くして、メイドたち同様、一瞬固まってしまったセインだが、すぐさま行動に出た。
 スカートから現れたのは、やはり作り物の足。
「キャル!」
 メイドの腕に捕まりそうになったキャルを後ろに放り投げると、セインは手前のメイドの服を、セインロズドで切り裂いた。
「やっぱり!」
 裸にされても微笑んだままのメイドの体は、全てが作り物だった。
 間接部分が球体で繋がった、精緻な身体。
 白く美しく、完璧な身体は、不気味に闇の中に浮かび上がる。
「これが生きた女性だったら、僕、間違いなく変質者だねー」
 あはは、と、眼鏡を直して笑いながら、セインの眼光が変わる。




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