「もう、三年も前にゼルダは亡くなっているんだ。それを、君が復活させた。いつまでも若く美しいまま、成長を止めさせた形で」
「そ、れは・・・」
 ピーターの顔から血の気が失せ、小さく、こくりと頷いた。
「彼女は、君の作ったオートマタドールだ」
 ピーターの小さな目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「ごめん。辛い思いをさせてしまったね」
 この屋敷に初めて来たときに感じた寒気は、人が住んでいるはずの屋敷に、人の温かみを感じなかったためのものだ。
 人工の建造物は、人が住んでいないとなると、全く様相が変わる。そこにあるはずの温かみが、すっぽり抜けてしまうのだ。
 この広い屋敷に、生きて住んでいるのはピーター一人である。
 手入れをされているというのに、人の気配がほとんどしなかった。
 セインが最初に屋敷を訪ねた時に感じた寒気のような違和感は、まさにそれが原因だろう。
「お、嬢、様を、失い、たく、なかった、んで、す」
 ぽつりと、ピーターが呟くように語り始めた。
「あの、流行病、は、悲惨で、した」
 体中に斑点が浮かび、高熱にうなされ、水を求めて苦しみながら息絶える。五人に一人助かれば良い方だった。
 小さなきこりの村は、あっさりと壊滅してしまった。
「ゼル、ダ、様は、お、俺、たちの、光、だった。やさ、しくて、笑、うと、みん、なが、幸せ、に、なった」
 その少女の小さな命さえ、救うことができなかった。
「こ、こんな、み、醜、い、俺、のこ、と、好き、だ、って、言って、下さった、のは、ゼルダ、お嬢、様、だけ、だった」
 背骨が曲がり、隆起したコブ。いびつな体。顎の骨が噛み合わない醜い顔。そんな彼でも、少女は偏見の眼差しで見る事無く、普通に接したのだろう。それは、ピーターにとって、まさしく至上の喜びであったに違いない。
「お嬢、様は、俺の、人形、が、大好き、で、いつ、も、喜、んで、くだ、さった」
「だから、彼女を、人形に?」
 ゼルダそっくりの人形を作ったのは、自分を慰めたかっただけだったのだろう。
 だが、やがてオートマタドールをゼルダと思い込むことになり、世話をやき、生前の彼女と同じように接するようになった。
 人形と人間との境が無くなってしまうほどに。
 そしてそれは、人形にも影響が及んだ。
「ピーター・・・」
 セインは、小さくうずくまってしまったピーターに呼びかける。
「それは、どういうことか、分かっているね?」
 誰も救われない。
 死んだ人を、死んだと思えないのは、哀れだ。いつまでたっても、立ち直れない。
 そして、自分を人間だと思い込んでしまったオートマタドール。
 人形は人形のまま。
 人のように成長もしなければ、心臓が動き、熱い血液が体内を巡ることもない。
 ゼルダは、ピーターがいつしか土に返り、この世からいなくなってしまっても、壊れるまで永遠にこの世界に留まり続ける。
「ゼルダを、なんとかしてやれないの?」
 キャルが、大きな青い瞳で、セインを見つめた。
「僕には、どうすることもできない」
「セイン!」
「これは、ピーターと、ゼルダの問題だよ」
 突き放すセインに、キャルは体をこわばらせたまま、ピーターを見た。
 丸い肩が、震えている。
「お、俺が、駄目なん、です。全て、俺、が」
「ピーターは悲しかっただけだろう?自分と親しい人がどうにかなったら、誰だって悲しいからね」
「そう、です。悲しくて、あ、あたり、前、なんです。おれ、が、わが、まま、なんです。お、嬢、様、生きてい、て、ほし、くて」
「・・・でも、それだけではいけないよ。それでは君もゼルダも、かわいそうだ」
 ぽろぽろとこぼれる涙と、鼻水とが一緒になって、ピーターの顔はくしゃくしゃだ。
 キャルが差し出したタオルで、顔を覆ってしまった。
「お館、様たち、が、一、番、辛いん、です。ひ、一人、だけの、お、嬢様、亡くされ、たん、です。でも、何も、いわ、なか、った。お、俺だけ、が、た、耐えられ、なくて、よ、弱い、から」
「そこまで分かっていながら、何故ゼルダを作ったりしたの!?あの子がかわいそうよ!」
 拳を握り締めて、唇を食いしばるキャルの頭を、セインが優しく撫でた。
「分かっているなら、大丈夫だね?」
 問いかけるセインに、ピーターはこくりと頷いた。
 今のゼルダと、三年前に亡くなったゼルダは、違うものなのだと、作り主のピーターが理解できたら、後は彼の心持ち次第。
 このまま、オートマタドールと暮らすのも。その生活を壊すのも。
 自分が死ぬ前に、彼女を壊すことができればそれで良い。
 この館だって、今の領主の代が終わってしまえば、どうなるか分からないのだから。

 どう足掻いても、どんなに望んでも、一度死んだ人は帰っては来ない。
 姿かたちが似たものを作り出したところで、それは取り戻したかったその人ではない。

 キャルは、ちらりとセインを見上げた。
 長い長い時間を生きてきたセインは、やはり沢山の死を見てきたのだろうか。
 キャルと出会う前、セインは岩に突き刺さった、錆び付いてボロボロになった聖剣の姿で封印されていた。それも、自らが争いの元となることを嫌って、自分で自分を封印していたのだという。

 大賢者 聖剣 セインロズド

 それが、セインの剣の名前で、呼び名だ。
 手にした者は、世界をも手に入れることができると謳われた伝説の剣。
「どうしたの?」
「!・・・な、何でもないわ!喉が渇いたのよ!お、お茶ちょうだい!」
 飛び跳ねたキャルに、セインもピーターも驚いたが、言われてみれば、カップの中身は、全員既に空っぽだった。
「あ、気が、付き、ません、で」
 ピーターがあわてて立ち上がろうとしたのを、セインが引き止めた。
「ああ、ピーター。いいよ。僕がやるから、君は座ってて」
「し、しかし」
「いいから。僕のお茶は、これでも天下一品だよ?ピーターに、飲んで欲しいな」
 にっこりと言われて、ピーターは、ぽけっと一瞬惚けたあと、顔を真っ赤にした。
「す、すみま、せん」
「良いんだ。君は少し、人に頼ることを憶えないとね?」
「で、でも」
「使用人って言っても、程があるよ。なんでも一人で抱え込まない。誰でも良いから、相談する。君は、自分が万能ではないんだって自覚しなくちゃ」
 そうすれば、ゼルダを失った悲しみも、一人で抱え込まずにすむだろう。
「いいのよ、ピーター。座っていたら?」
 セインの言いたい事がなんとなく理解できて、キャルはソファに深く沈んだ。
 お茶が来るまでくつろぐつもりだ。
「し、しか、し、使用、人、は、お、俺で、す、から」
 おろおろするピーターの裾を、キャルが無理に引っぱって、浮いた腰を元に戻させた。
「ピーターは座ってなさい」
 大きな青い瞳に睨まれて、ピーターは大人しく頷いた。
 ピーターが大人しく彼専用の椅子に落ち着いたのを見定めて、セインは立ち上がろうとする。
「お嬢様!!!」
「セイン!!!」
 セイン以外の二人が、同時に悲鳴をあげた。
「・・・・・え?」
 脇腹が異常に冷たくなったと思った瞬間、今度は急激に熱くなった。
 無理に首を回して振り返る。ソファの後ろに見えたのは、愛らしいゼルダの姿だ。
 彼女が手にしているのは、小さな体に見合わないような大きな剣。
 その剣が、セインの脇腹に突き刺さっていた。



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