「ゼル、ダ?」 にっこりと、可愛らしく微笑む少女の握る剣の柄には、セインの血が滴っている。 「しまった・・・!」 セインとキャルの座っていたソファは、入り口の扉を背にしていた。おまけに、この部屋の絨毯は毛足が長く、足音を消してしまう。 ピーターからは、そのソファが陰になって扉が見えにくい。それでなくとも、彼には開く扉に気がつく余裕はなかっただろう。 「お嬢、様!」 「夕食の時間に、食堂に行ったのに、いつまでたってもピーターが来ないのですもの。もしやと思ったの。やっぱり、貴方が邪魔をしていたのね」 「お、お嬢さま!な、なん、て、事を!」 血の気が一気に失せた顔で、ピーターが少女にすがりつく。 「気配に、全く気づかなかった。ゼルダ、やっぱり、君は」 刺された場所だけが熱かったのに、今や全身が痺れるようだ。 喉からせり上がる体液をこらえて、セインはセインロズドを取り出した。 「!!!」 全て取り出す前に、ゼルダがセインの体から、突き刺した剣を無理やり引き抜く。 引き抜かれた剣の切っ先の後を追って、真っ赤な血が、空中に弧を描いた。 「あなた、邪魔なのよ」 剣に付いたセインの血を振り払いながら、ゼルダは長い黒髪を、うっとうしそうに背中へ払った。 ごぼり 嫌な音と共に、口から大量の血液を吐き出して、セインが崩れ落ちる。 毛足の長い絨毯の上に、セインロズドが突き刺さった。 「セイ、ン?」 目の前でおきた出来事に、キャルは理解ができずにセインの名を呼んだ。 ソファの上に、それこそ糸の切れた人形のように、セインは倒れたまま、キャルの呼びかけに答えない。 指先さえ、ピクリとも動こうとしない。 「せいん?」 もう一度、呼びかける。 キャルの呼びかけに応えたのは、セインの口からも、腹からも、どくりどくりと流れ出す、大量の、真っ赤な命の証。 「さあ、キャル。邪魔なバケモノはいなくなったわ。これで、私と一緒にディナーが出来るでしょう?」 嬉しそうに笑って、ゼルダは赤く濡れ染まった幼い手の平を、キャルに差し出した。 「ひ、いや、い、や」 ゆっくりと、首を振り、知らず知らずに、数歩さがる。震える両手で顔を覆うと、キャルは遠くに悲鳴を聞いた。 どこからそんな声が出るのか、不思議な、耳障りな甲高い声。 それが、自分の喉の奥から発せられているのだと、ようやく気づく。 がばりと、突き刺さったセインロズドを床から引き抜き、ゼルダへ飛び掛かった。 「何をするの?」 一閃目で、ゼルダの頬に剣先が掠った。 「よくも!」 今度は赤く染まった刃でかわされる。 その刃は、セインを突き刺して赤く濡れそぼったままだ。 「分からない」 「よくもセインを!」 飛び退ったゼルダを追いかけて、セインロズドを横に薙ぐ。 ゼルダの髪が、一房切れて宙に舞う。 「どうして?」 「セインを元に戻してよ!」 ズダン! 二本の剣が拮抗し、切り結んだまま、二人はお互いを見つめた。 「あの人はバケモノなのよ!?」 「あいつがバケモノなら、あんたはなんなのよ!」 「何言って・・・」 「今切った頬の傷から、何が見えるのかしらね?」 しゃりん、という金属音と共に、二人は体を離した。 「見てなさい!」 キャルは言いざまに、自分の腕をセインロズドの刃にあてた。 「これが、生きている人間の証だわ!」 刃を当てた傷口から、赤い血がこぼれて、一本の筋を作った。 「何度言ったら分かるのかしらね?セインが流したものと、同じものが、私の体の中にも流れてる。セインがバケモノなら、私だってバケモノってことになるわ!」 「キ、キャ・・・ルっ!」 倒れて動けないまま、セインがキャルを呼んだ。 「セイン!」 思わず顔が緩む。 なんとか生きてはいるらしい。 「あんまり心配かけんじゃないわよ!」 しかし反論は返ってこない。先程の声が、精一杯であるらしかった。 「バケモノ、まだ生きているの?」 イライラと、剣を構え直して、セインに切りかかろうとするゼルダの前に、キャルが立ちはだかった。 「セインはバケモノじゃないって、何度言えば分かるの!」 ぽたりと、キャルの腕から赤い雫が落ちて、絨毯に赤い染みを一つ作った。 その染みを見るなり、ゼルダはギョッとして、後ろへ飛び退る。 赤い液体。 自分には無い、得体の知れない液体が、キャルの中にも流れている。 「うそ!だって、だって!」 困惑を隠しきれず、ゼルダは絨毯に出来た新しい染みを凝視して、何度も首を振った。 その隙に、キャルは太もものホルダーから銃を抜くと、セインの前に、セインロズドを突き立てた。 「はやく、元に戻んなさいよ!」 視線はゼルダから外さないまま、怒鳴りつける。 「で、も・・・っ、ぐっ」 ゼイゼイと、荒い息の下で、セインが呻いた。 セインがゼルダの目の前で、セインロズドと同化して見せれば、彼女はますます、セインを化け物と確定してしまうだろう。そうなったら、キャルは? 「いいから、戻んなさい!」 「ごめ、ん」 気を失うように目を瞑ったセインと、セインロズドから真っ白な光が同時に輝き、客間を覆った。 あまりの眩しさに、ピーターもゼルダも、目を庇い、何事が起きたのか判断できないまま目を開ければ、そこには銃と剣とを構えたキャルがいた。 「セイン、様、が、いな、い?」 彼の倒れていた場所には、大量の血痕が残るばかりで、あの長身がどこにも見当たらない。 「どこへあのバケモノを隠したの?」 「バケモノって何のことよ?セインはセインだわ。バケモノでも何でもない」 「はぐらかさないで!キャルは騙されてるんだわ!」 そうだ。きっとそうに決まっている。キャルを渡さないために、あの男がキャルを騙して、キャルの中にも赤い液体が流れていると思い込ませているのに違いない。 「・・・は?」 一瞬、キャルの頭の中が真っ白になった。 「騙す?誰が?誰を?」 驚いた口調で、キャルがゼルダを凝視する。やっと、自分をまともに見てくれたのが嬉しくて、ゼルダの表情が少し和らいだ。 「あのセインって人が、キャルを騙しているのよ!」 途端に、キャルが大声で笑い出した。 「お、おかしなこと言わないでよ、お腹が痛くなっちゃう!」 腹を抱えて笑いながら、キャルはそれでも銃口をゼルダから逸らさない。 「セインが、私を騙すわけがないじゃない」 きっぱりと、言い切った。 「何故、そんなことが言い切れるの?」 「何故?決まってるわ。セインの馬鹿に、そんな器用なこと、不可能だからだわ」 怪我をしていなければ、ここで猛烈な抗議が、セインから発せられただろう。 「私より、あのセインっていうバケモノの方が良いっていうの?」 友達になってくれると言っていたのに。 アレは全て嘘だったのか。 ゼルダの身体が、知らずにカタカタと震えだす。 「残念だけど、少なくとも人が大事にしているものを壊そうとする人とは、友達になんかなれないわね」 「大事?あのバケモノが、大事なの?」 やっぱり、邪魔だ。あのバケモノさえいなくなったら、キャルはちゃんとこの屋敷に住んで、一緒にいてくれる。 「バケモノじゃないって何度言ったら分かるの?セインは人間よ」 「まだそんなことを言って!あんな赤いものが、人間から出てくるわけがないわ!」 「私にもその赤いものが流れているわ。さっき見せたでしょ?二回も痛い思いしたんだから、さっさと納得して欲しいもんだわ」 「いたい?」 「そうよ。怪我したら痛い。人間なら、誰にだってある感覚よ。痛いから怪我するのは嫌だし、相手が痛いって分かるから、傷つけちゃいけないんだわ」 「何を言っているの?」 キャルの言っている事が、ゼルダには分からない。 いたいって、何? 怪我なんて、切れたらくっつけて、それでおしまい。赤い液体が流れることも、痛いなんて感覚があることも、ない。 「分からない・・・分からないわ」 「お嬢、さ、ま」 そっと、ピーターが呟いた。 「どうしたの?ピーターったら、目から水が出てるわ」 ピーターまで、おかしくなってしまったのだろうか。目から、どんどん水が溢れている。初めて見る。 コレは何? 「もうし、わけ、ねえ。お、嬢、様」 |
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