「キャ、キャロットさん?」 恐る恐る、声を掛けてみる。 すっかり腰は退けて、なんだか歩き方が年寄りくさくなってしまっている。 そんな様子も、セインの前をすたすたと足早に歩くキャルからは見えないのだが、あんまり情けない声色だったので、盛大な溜め息と共に立ち止まってやることにした。 「あのねえ、セイン」 「はい?」 「正確に自分の年齢、言える?」 「・・・・・えーっと」 唐突な質問だったが、セインは一生懸命考えた。これで変な回答をしてしまったら、またキャルに怒られる。 「八四十六歳・・・・多分」 「・・・・・・・・自信なさそうね」 「寝ていた時間が長いからねー」 あの岩に自分を封印する前に、既に三百年は生きていた自覚はある。正確に五百年眠っていたわけでもないだろうし、目覚めてみたら年号も何度か変わっていて、おおよその逆算をしてみるのは今回が初めてだから、ちょっと自信がない。 「まあ、そんなに生きているんだったら、仕方ないかもしれないわねー」 ふん、と鼻息も荒く腕を組み、自分の背丈の倍を越えるセインを見上げ。 「な、何?」 少女の首が痛いだろうと、思わずしゃがんだのがいけなかった。 「痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたい!!」 わっしとモミアゲを両方掴まれて、精一杯これでもかと引っぱられた。 「何するのう〜!」 涙眼で訴えても引っぱられ続け、顔がひし形に伸びるのではないかと思われた頃、ようやく手を放してもらうことが出来た。 きっと、モミアゲ部分の皮膚は真っ赤になっているに違いない。良く抜けなかったものだ。自分のモミアゲながら褒め称えたい気分だ。 「年寄りすぎて、あんたがいろいろ考え込んじゃうのは分かるわよ」 分かっているなら労わってください。 「でも心配しすぎなのよ。考え過ぎなのよ。物事頭で考えたって行動に出なきゃ何にも変わらないって、あたし思うの」 家を建てるのに段取りやら何やらを考えても、紙面にどんなに完璧な設計図を描いても、それを形にしなければ意味がないのと同じだ。 「だから、あたし、セインを楽園の中でも一番まともなエルドラドに連れて行くことにしたのよ」 たとえそれが夢物語であろうとも。 「うん。分かってるよ」 乱暴者でぶっきらぼうで、でも心優しい、金色綿毛の髪の少女。 五百年の眠りから、セインを目覚めさせた少女。 キャルが何を言いたいのか、理解して、セインは笑った。 「ありがとう、キャル」 「分かればいいのよ」 にやりと、キャルが笑い返す。 「そうよ。なんたって、あたしってばまだぴっちぴちの八歳なんですからね!平均寿命が七十だったら、私が大人になる頃は、あと十年、ううん、二十年は寿命が延びてると思うし!そしたらざっと見積もっても、あたしは後八十二年は生きてるって事よ!ほぼ一世紀だわ!一世紀っていったらちょっと長いわよ。その間にエルドラドぐらい見つかるわ。もし見つからなくたって、見つかるまで、うーんとうーんと、長生きするんだから!あたしは決めたら実行するわよ!」 それは、よぼよぼのお婆さんと旅を続けるという事なのだが、キャルのことなので実際そんなことになっても、例えば百歳を超えても、チャキチャキとセインの前を陣取って歩いていそうだ。 想像してしまって、セインはちょっとだけくすくす笑いをしてしまった。 「そうだね。そうなったら、どんなに良いだろうね」 「良いだろうじゃなくて、そうするのよ」 言い切るキャルを見ていると、本当に、自分だけ取り残されて、地上に一人留まることはもうないのかもしれないと、本気で思ってしまう。 今まで、自分を手にしたマスターたちとの別れも、戦いの中で死なせてしまった人たちも。 みんなみんな、セインを置いて、いなくなってしまった。 キャルとの、この変な旅が、もしかしたら最後になってくれるのかもしれない。キャルが自分の目の前からいなくなるなんて事は、起こらないかもしれない。 「ちょっと。変な顔しないでよ」 「え?そ、そうかな?」 頬が知らずに緩んでいたらしい。キャルはいつものように、両腰に手を当てて、呆れ顔でこちらを見ている。 それがなんだか嬉しくて。 「うへへ」 「気持ち悪いったら」 「うん、ごめん」 自分の不安な気持ちを、何をしなくても悟ってくれて、言い聞かせてくれる。 キャルはまだまだ子供なのに、どうしてだろう。一緒に居て、こんなにも安心できる。 「男で年寄りの僕がそれじゃあ、ちょっと情けないか」 「ちょっとじゃないわ。大いに情けないわ」 「うん、ごめん」 ずれた眼鏡を直しつつ、セインはキャルのカバンを持ち上げて、空いた手でキャルと手を繋いだ。 「ぜったい、見つけるんだから」 「うん」 森の中の小道を歩きながら、一度交わした約束に、新たな約束を追加した。 爽やかな朝の空気に包まれて、次の町に行って新たな鋭気を養おうと二人が計画を立て始めた頃。 もうすぐ、森の外に出られるというところで、忘れていた事柄を、ウッカリ思い出してしまった。 「なんか、忘れてたね」 「忘れていた、っていうよりは、忘れていたかったのよ。あたしたち」 後ろから、朝早いというのに、出来うることなら二度と聞きたくなかった聞き覚えのある声で、のん気な歌声が、朝の爽やかな風と共に流れてきてしまった。 一瞬、立ち止まりかけた二人だったが、繋いでいた手を素早くはずす。セインはカバンを脇に抱えて両手を合わせ、キャルはスカートの下から一丁の銃を取り出して弾丸を確かめる。 一瞬で、ヤツが現れても対応できる準備を整えて、森の外へ向け、一目散に走り出した。 「三十六計逃げるが勝ちってね!」 「何それ?」 「最も有効な戦略は逃げることって意味!」 「ほんとにそう思うわ」 ここまで来てのん気に鼻歌なんか歌っているところを見れば、幸いゼルダの屋敷には立ち寄らなかったのだろう。 もう少しで森の入り口から抜けられると思ったところで、二人揃って聞きたくない声を聞いた。 |
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