第二章 「大丈夫ですかねえ?旦那」 先程と変わらない食堂のテーブルの上で、タカが麦酒を片手に、大小の凸凹コンビが消えて行った方を見やった。 片や背の高い、眼鏡をかけた細身の青年。片や気の強い、まだ十代にも満たない小さな少女。この二人が凄腕のヘッドハンターと、その相棒で伝説級の聖剣だなどと、誰が知りえようか? まあ、目の前でウィスキーをジョッキであおる自分たちのキャプテンの前では、それも例外かもしれない。 何せ二人とも、この男の前では殺気も何も隠そうとしない。 自分は気に入られているようなのでそこは嬉しいのだが、この男の嫌われように、がっくりと肩を落とす。 自分はこの男を尊敬もしているし慕ってもいる。だからこそ、無理難題を押し付けられても手下なんかやってるし、こうして付いて来てもいる。 それでも、あの二人を責める気持ちにはならない。 ・・・・なにせ、嫌う理由も良く分かるのだ。 「なあに、大丈夫だろう?ああ見えて、強情者だ」 出会ってすぐさま、あの二人の力関係は知れている。伝説の大賢者を足蹴にする少女も豪快だが、その大賢者を隙あらば掻っ攫おうとするこの男も豪快だ。 現在、そんな二人に挟まれて、セインという一見青年の姿をした長老の心情を、タカは思いやらずにはいられない。 「年寄りは労わってやりましょうや」 「ブッ・・・・・!ゲホゴホゲホ!」 しみじみとしたタカの言に、ギャンガルドは迂闊にも、飲んでいたウィスキーを肺に入れてしまいそうになって咽込んだ。 しまった気管があっつい。 「ガッハハハハハハハハハッハッハハハハハハ!!!!!」 ようやく咳が治まれば、次には堪えようもなくて呵々大笑。 しまった苦しい。 「お、おま、タカ!それ、大賢者の目の前で言ってやれ!」 ばしばしとテーブルを叩く。 「何で?」 気付かないのも酷いし凄い。 常識人な様で、タカもしっかりギャンガルドの手下である。 大賢者を年寄り扱いは、充分に豪快だ。 「いや、それとも、お嬢の影響かな?」 ふむ、と、ギャンガルドは己の顎を摘んで、目の前の手下の禿げ頭をつるりと撫でた。 「な、何スか?」 頭を撫でられて、気持ち悪そうに眉をしかめるタカを、ニヤニヤと見やる。 年寄り扱いされて、タカ相手にあの青年の姿をした大賢者が、どんな顔をするのか。 想像しただけで可笑しいではないか。 自分の手下は、出会った頃より確実にあの男を人間扱いしている。 彼本来の性質も影響があるのだろうが、最大の原因は。 「ふん。お嬢め」 あの小さな少女。彼女の大賢者への扱いが、全く持ってそれらしくも無い事に加え、大賢者自身がそれを当然のこととして受け止めている。周りがそれに引っ張られた。それだけの事だが、引っ張られた連中を管理しているのはギャンガルド本人だ。 今まで、自分の手下どもが、こんな風に気付きもしないうちに変化させられた事は一度も無い。 大賢者は大賢者だ。それ以上でも以下でもない。今までの奴等なら、そういう扱いをしていた事だろう。それなのに。 「さすがに、頑固に五百年も眠りこけていたヤツを起こすだけの事はあるか」 自分はいまだに、あの青年の成りをした男を、人として見る事はできないでいる。 静かで、そのくせ身震いを起こさずにはいられないあの眼。 薄いくせに、深遠の淵に放り込まれた気分にさせられるあの色。 人のもので有り得ようが無い。 それでも、あれが欲しいと思う自分は馬鹿なのかもしれない。 自覚はあるのだ。 「お嬢が踏んだ足だったら心配いらねえだろ。毎度殴られるか踏まれるかしているらしいしな」 問題は。 「隠した傷は、どうだか知らねぇが」 ぐいと、ウィスキーを喉に流し込み、口端から零れた、喉に流し込みきれなかった雫を乱暴に手の甲で拭う。 「そういや、怪我、してんでしたっけ」 二人を見つけた森でのやり取りで、セインが怪我をしていると、ギャンガルドが言っていたのを思い出す。セインもそれを否定はしなかった。 しかし、この村に辿り着くまで、痛むようなそぶりは見せていなかったように思う。 「まあ、キャプテンがいますからねえ」 二人のギャンガルド嫌いは承知している。傷が痛む事を隠していたのかもしれない。そうなると、ますます心配になってくる。 「おれ、見て来ます」 立ち上がりかけたタカを、ギャンガルドが片手を上げて留める。 「放っとけ」 「いや、しかし」 タカは本当に、あの聖剣をその身に宿す男を、人間として扱っているらしい。それに、くつりと喉を鳴らす。 「忘れたか?大賢者は剣の形を取れば、怪我が治っちまうんだろ?」 人並みはずれた、などという言葉が生温く感じられるその現象。それを目の前にしてでさえ、あの少女はあの男を人間だと言うのだ。 「あぁ、そうでした」 納得して、タカは浮いた尻をすとんと椅子の上に戻す。 「すげえ便利」 次に呟かれた言葉も、ギャンガルドは可笑しくて笑った。 「お前らも、さあ?なんだろうな。大賢者が好きだよなあ」 「はあ?」 突拍子も無く出た言葉に、タカは目を丸くして、次に眉間に皺を寄せた。 「そりゃあ、気に入っていますがね。あんな聖剣だろうが大賢者だろうが、普通に料理の手伝いしてくれるようなの、そうそういませんぜ?」 そういえば、以前あの二人を船に乗せた時、タカはセインに芋の皮むきをさせていた。 「警戒されているのはキャプテンぐらいですからね。おれたちゃ、仲良くさせてもらってますんで」 「あーぁ。俺もそんな風に付き合いてえなあ」 溜息混じりに呟けば、タカは盛大に呆れたといった表情を向けてくる。 「キャプテンが無理強いするからでしょ。仲良くしたきゃ、大人しくしていて下さいよ」 「無理」 「えぇー?」 結局、なんのかんのとキャプテンを筆頭に、クイーン・フウェイル号の面々は、敵対している最高級のヘッドハンターであろうが、伝説級の人外であろうが、あの二人を気に入っているのだ。 「まあ、いつか二人ともまとめて手に入れて、海原に連れ出せたら皆で祝杯を上げようや」 「やー。キャプテンがキャプテンである限り、不可能と思われるのは何ででしょうかねえ?」 ごちん 「痛ぇ!」 盛大に膨れた頭のこぶを抑えて、タカはうめいた。 「殴らなくたっていいじゃねぇですか!」 「ふん。まあ、今日は大人しくしておいたほうが、あの二人のためにはなんだろ」 つまみのナッツに手を伸ばし、豪快に掴んで口の中に放ると、わしわしと噛み砕く。 「お、これうめえ」 もくもくと口を動かすギャンガルドを、タカが凝視する。 「キャプテンも、一応気を使ってんですね」 「そりゃあ、これ以上嫌われたくねえし?」 と、いうより、ギャンガルドもセインの傷は気になっていた。 あの嵐の中を無理に歩かせたのも、まともな宿を取らせたかったからだ。キャルも文句は言わなかった。 あの少女が何も言わずにこちらの提案を鵜呑みにした事で、ギャンガルドはセインの怪我が治りきっていない事に気付いていた。 「お嬢が気を使っているくらいだ。結構深いかもしれねえ」 ぼそりと呟く。 「何がです?」 「何でもねえ」 「キャプテンの何でもねえは、何かがあるんですよ」 変なところで勘のいいタカは、しかしそれ以上追及はして来なかった。 そんなところまで勘がいい自分の手下に、ギャンガルドは満足げに口の端を吊り上げた。 「どっちにしろ、明日にならなきゃ、移動できるのかどうかも解りゃしねえんだ。大人しくしておくさ」 外を見やろうとして、ギャンガルドは舌打ちした。 宿屋の二階にあるこの食堂の窓は、嵐に警戒して、すべて雨戸が閉められ、室内は蝋燭とランプでのみ照らされているのを忘れていた。 自分も、気が急いているらしい事に、今更ながら気が付いた。 「朝は遠いな」 「嵐はそんなに長くは続かねえモンです」 ちぐはぐに思える会話も、自分の手下が己の心情を察して発した言葉と解れば、符合する。 焦った所で、世の中びくともしないのは承知の上。結果を出すには目の前の難題を払いのけなければ始まらないが、それも長くはかからないだろう。 ギャンガルドは、クイーン・フウェイルに残してきた手下どもを思い出す。 人質にとられた自覚も無く、ギャンガルドとて、人質にしたつもりもない。 全員に、笑顔で見送られた。 城の連中は剣呑に顔色を滲ませていたが、そんな事は知ったこっちゃない。 「お嬢と旦那に会えんのだったら大人しくしていますよ!」 「絶対連れて来て下さいよ!」 「お嬢を泣かせちゃ駄目ですからね!」 「こっちは任せといて下さいや!」 どいつもこいつも、人の心配は皆無だ。 「キャプテンはキャプテンだもんよ。心配しただけ損すらぁ!」 肝の据わった連中が、二人に会えるのを楽しみにしている。 国王陛下なんざ知った事か。 食えない狸を、こっちが化かしてやろうじゃないか。 「ふん」 その、全員が会うのを楽しみにしているうちの一人が、どうも体調不良と来れば、別にもう一晩くらい、この宿に留まるのも良い。 兎にも角にも、すべては夜が明けてから。 ギャンガルドは、まだ止まない風と雨の音を聞きながら、思案を巡らせるのだった。 |
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