「ああいった手合いに狙われる覚えは、全くないのだけど。アレじゃないの?本当はギャンギャンたちを襲うところを、間違って私たちが襲われたんじゃないの?」
 国王の命を受けて旅をしているのは海賊で、海賊の目的は自分たちだけれど。
「国王の失脚とか、そういうのを狙っている連中がいるにしたって、俺たちの邪魔したところで国は傾くとは思えねえんだが?」
 国王を失脚させるなら、それ相応の効果が必要になる。が、自分たちはほぼ、国王の趣味というか、気まぐれで呼びつけられているようなものだ。
「実は重要な任務でも任されるのかしら?」
「大賢者を引っ張って来いってんだから、その可能性を考えなかったわけでもねぇんだろ?」
 にやりと、人の悪い笑みを浮かべて、ソファに横たわるセインをちらりと見やったギャンガルドを、キャルはぎろりと睨んだ。
 もし、刺客の目的がセインだったのだとしたら、彼の正体が相手に知れてしまっている可能性があるが、それにしても。
「そりゃ、ね。でも、だからって納得いかないわ。私たちは王様の用事の内容も知らないのよ。王様だって馬鹿じゃないんだから、刺客が送られるような内容だったら、あんたたちじゃなくて、それなりの人物を使いに寄越すなり、そういった事柄を匂わせるなりするはずだわ。いくらセインが大賢者で、私がそれなりのヘッド・ハンターだっていっても、油断してたら殺される可能性だってあるのよ?」
「ふむ。そこいら辺が怪しいと思っていたんだが。違うか?」
 珍しく、ギャンガルドが真面目な表情をした。
「とにかく、こうして急いで宿屋を出てきた理由は、また狙われる可能性が高かったから、ということかしら」
 ようやく、手の中で遊ばせていた銃を足のホルターに戻し、キャルはカウンターに両肘を付いて、手の平の中に自分のほっぺたをうずめた。
「昨日吊るしたヤツが来る可能性もあるけどな。組織だって動いているとしたら、確実に新しい、更に物騒な刺客が来るかも知れないだろ。面倒くさいし、逃げるが勝ちかと思ってね」
「だったら、最初っからそう言いなさいよ!」
 本当に、この男は。何が悲しくて、早朝から町中を寝巻きのまま担がれて移動しなければならないのか。
「賑やかね。朝ごはん、まだなんでしょ?」
 ひっぱたいてやろうかと手を振り上げたところで、ジャムリムが両手に焼きたてのトーストやサラダを持って戻ってきた。
「まだコーヒーとか、焼いたベーコンとかあるから、運ぶのを手伝ってくれない?」
 カウンターに料理を並べたかと思えば、指示を出すだけ出して、また奥へと引っ込んでゆく。
「おれ、持ってきますわ」
 タカが慌てて、ジャムリムのあとを追った。
 狭い店内は、一気に美味しそうな匂いで満たされる。
「ま、俺が様子を見に行ったのは、外でちょっとした物音があったからなんだが。短時間でお前さんたちに気付かれずに一仕事するような連中だ。今の賢者じゃ危ねえし、とりあえず非難しとくに越した事はねぇと思ってな」
 そういったことには頭が回るギャンガルドの存在は、非常にありがたいのだが。
「礼は言っておくわ。ありがとう。けどね?説明させるまでが一苦労なのよ。ギャンギャンって」
 一番面倒くさいのは、刺客でもなんでもなく、この男なのかもしれなかった。
「私のストレスが溜まるのよ」
 本当に、この男の何が良くて、大人の女性たちは集まってくるのだろうか。
 その謎を解くのは、セインと約束している探し物を見つけることよりも、キャルには難解に思えるのだった。
「まあ、この際その思考回路の摩訶不思議は放っておくとして」
 溜息をつきつつ、自分の頭の中を整理する。
「今、さり気なく酷い事を言われた気がするが」
「気にしなくて結構よ。昨夜の刺客を縛り付けておいたのに逃げられた、ということは、結局相手は誰で何が目的なのか分からないままってことよね」
「そういうことになるなあ」
 別に意見を求めているわけでもないのだが、ご丁寧にギャンガルドが頷き返す。
「ついでに、どこに潜んでいるかも分からない上に、あの宿屋の主人同様、懐柔されている人もいるかもしれない、と」
 言いながら、ギャンガルドをちらりと見やる。
「ジャムリムを疑ってんのか?」
 勘がいいというのは、こういった時に便利だ。
「そうね。疑えない材料というものが見つからないうちは、疑ってかかるのが筋ってモノじゃないかしら?」
「ふん。俺の目を馬鹿にすんなよ?」
 にやりと笑われて、キャルもムッとする。
 そういえば、そうだ。この男は、あの海賊王ギャンガルドだった。いい加減なくせに、人を見る目は確かで、状況判断もすこぶる勘が良い。
 その辺りは野生動物並だ。
「さあ?どうかしら。色に目移りするのはいつの時代でも男でしょ」
「お嬢、時々年に似合わねぇ事を言うよな」
「どうせ耳年間ですよーだ」
 べーっ、と舌を出して見せたところで、ギャンガルドがバターを塗ったトーストに歯を立てた。
 サクッと、良い音がした。
「おいしそうだね」
 声が聞こえて振り向けば、ソファに寝かせていたセインが体を起こしていた。
「大丈夫なの?」
「もうギャンギャンに担がれたくないからね」
 セインはゆっくりとソファを手摺り代わりに立ち上がる。
 肩に担がれ、そのまま走り回られたおかげで腹の傷が悪化したのだが、これ以上寝ていては、移動のたびに担がれそうだ。それはご免こうむりたい。
「あんまり無理しない方が良いんじゃねぇのかい?」
 カウンターに居るキャルの隣に座ろうとすれば、ニヤリと意地の悪い笑みを海賊王が作るので、セインは、ふう、と、面倒くさそうに肺から息を吐き出して。
「お気遣いありがとう。けど、昨日の晩にわざわざタカを僕らのところに寄越してくれたくらい親切にしてくれたのだから、朝っぱらからまたもや君の肩に担がれて、村中走り回られた僕の今現在の気持ちも、さっさと理解してくれるよね?」
 にっこりと、微笑んだ。
 とっくの昔にセインの体調が思わしくない事を、気付いていたのだろう海賊王に、最早隠す必要もなくなった。
 それは仕方ないと言えば仕方がないが、そんな状態のセインを、肩に担いで動き回るギャンガルドの行動は、彼特有の悪い癖としか言いようがない。
 あれは本気で人攫いに見えたのではなかろうか。思い出すだけでも眩暈がする。
 まったくもって腹立たしい。
「何だよ。黙っていたのはそっちだろう」
「うん。そうだよ。当たり前じゃないか」
 セインは笑顔を崩さないまま、ギャンガルドを牽制した。




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